SNS妄想③「ねぇ大寿くん、見てみて、この大寿くんすげーカッケー!あ、これも、これも!うん、どれもサイコーにキマってる、いいねー」
ふたりが恋人になって数日後、大寿と三ツ谷の写真を投稿する、ふたりの恋愛掲示板のスレが出来ていた。
先日ふたりで出かけた際にこっそり撮られたと思われる新たな投稿を見た三ツ谷は、意気揚々とソファーで寛ぐ大寿の元にやってきた。
昼下がりの大寿の家、恋人になってから三ツ谷は以前より頻繁に訪れるようになった。
「……良かったな、オマエの思惑通りで」
「ししっ、保存保存っと。あー…でも見逃しありそう。大寿くんSNS検索して、オレたちの写真見つけたら教えて?」
大寿が三ツ谷の携帯機種の写真の保存方法を調べて教えたことにより、三ツ谷の秘蔵のコレクションは日に日に増えていった。
とはいえ、元ヤンとヤンキーの秘密の恋ということで、初めこそ盛り上がっていたものの、今は過疎ってきて投稿数が減っている。元々、ふたりを揶揄う目的で立てられたスレッド。しかし、ゲイカップルだと言いたい放題非難していた者たちは、既に飽きてしまったようだ。
実は、今このスレに投稿してるのは、主にふたりの恋愛に興奮しているお姉様方で、だからこそ写真はとてもよく撮れてるのだが、ふたりはそのことを知らない。
「面倒くせぇ。それより、そのスレ、リンクしてくれ」
「え、リンク?どうやるの?」
「携帯、貸してみろ」
「いいけど、パトロールする気?」
「通報できるのか?」
「さあ」
大寿は機械音痴な三ツ谷から携帯を借りて、自分のスマホのラインにURLをリンクした。
先ほどチラッと覗いたふたりの写真。三ツ谷の顔はどれも美しかった。実物と接しているものの、マジマジと顔を見るわけにはいかず、見たい時に眺めたり写真を保存する為にリンクしたのだが、そのことを本人に伝える気はない。
「へへ、オレの彼氏最高だろって、みんなに見せつけられるの最高!」
「ったく、前々から思っていたが、オマエはホント頭沸いてんな」
「……前々からって。今までずっと抑えつけてきた反動かもな。冒険したくても冒険しなかった。だけどずっと暴れたいって気持ちがあった。やっと覚悟を決めて、しがらみから解放されて自由になって、非難されたけど、分かってくれる奴らがいて、オレはそれで充分だよ」
急にしみじみとして遠くを見つめる三ツ谷は、どこか寂しそうであったが、どこまでも真っ直ぐで、凄烈な情熱を秘めた横顔は、何よりも美しかった。
「冒険しなかったのか?東卍時代、喧嘩上等でヤンチャしてたろ」
「はは、東卍時代はオレの宝だからな」
「だが失われたが、失いたくなかったんだな」
「………。でも、東卍解散しても、大寿くんがいたから楽しかった。東卍とは違う、オレの居場所だからな」
少し瞳を潤ませて愛し気に大寿を見上げる三ツ谷。右こめかみには龍が鼓舞しているようだ。
三ツ谷はずっと龍宮寺堅を尊敬していた。彼の言葉と死が相当こたえていた三ツ谷は、彼の友に対する意志を継ぐことを決意したようだ。
龍宮寺の望みは三ツ谷がデザイナーになることだったようだが、一緒に歩めない寂しさがあったのだろう。そして三ツ谷自身も、デザイナーを目指しつつも、かつての友をを見捨てたという後悔があったのだろう。だが、デザイナーになることは子どもの頃からの夢。未練が残らないように、ブーイングの嵐を巻き起こして、完全に断ち切ったのかもしれない。
三ツ谷は仲間想いで、彼には見捨てられない大切な友や仲間がいる。
だが。
友達兼恋人の大寿は、彼らが与えられないものを、三ツ谷に与えることができる。
三ツ谷はポジティブで強い心を持っている。だが、傷つかないわけがなかった。
三ツ谷は弱音を吐かない、傷ついたとは言わない。強気の笑顔や愛らしい笑顔を見せる。しかし、賞を辞退したことによる誹謗中傷は、確実に心を傷つけただろう。
少しでも傷を癒したくなる。
三ツ谷の形の良い唇を貪り、抱きしめて、自分だけのものにしたくなる。そんな衝動に駆られ、肉欲に支配されそうになるが、グッと抑える。
「大寿くん、腹減ってね?なんか作るけど?」
「いや、空いてねぇな」
「そう。オレは、空いてるけど……なんか、口寂しいというか……」
三ツ谷が意味あり気に大寿のたてがみのような青髪を指でくるくると巻き付けてきたので、大寿は一瞬動揺した。
しかし悟られないよう話しかけた。
「なら自分の分だけ作ったらどうだ?」
大寿の家には三ツ谷専用のエプロンがある。
初めて家にあげた日から腹減ったから料理を作ると言い出したので、勝手に台所に立っても構わない。
「じゃあ、ついでに大寿くんの夕飯も作っとくよ」
笑顔を零して三ツ谷がキッチンに向かって、大寿はどこかホッとしていた。
三ツ谷が前より頻繁に訪れるのは、恋人としての触れ合いを期待しているからのように思える。大寿だって三ツ谷に触れたい。が、触れたら歯止めが利かなくなってしまいそうだ。
◇
「たっ、大寿くんっ、一大事だよ!」
料理を終え、ソファーで読書中の大寿の隣に座り携帯を見ていた三ツ谷が、大寿が本を読み終わり本を閉じたタイミングで話しかけてきた。
何事かと覗くと、先ほどのスレが更新されていたようだ。
『このふたり、ホントお似合いだよな』
『ああ、初めは偏見の目で見てしまったけど、なんかいいよな』
『ラブラブで、オシドリ夫婦みたいだよな』
『三ツ谷はこんな風に笑うんだ。爆笑してるようで、幸せそうだよな』
『大寿限定の笑顔なんじゃね?』
『柴大寿、初め怖いと思ったが、男前すぎないか?』
『そもそも顔も性格もイケメンな三ツ谷隆が惚れる男って、相当ヤバいヤツだろうな』
冷やかしのヤンキーたちが消えて、BL好きの女子たちが男になりすまして占領しだした。
だが、ふたりともそのことは知らない。
「なんでだろ、書き込みが好意的になってる!」
大寿が覗くと、確かに三ツ谷やふたりの事を批判する声はない。ただ、こんな風に騒がれるのは、別の意味で精神に影響を与える。
三ツ谷も戸惑いを隠せないようで、んなことねぇってと否定しながらも、どこか嬉しそうで、はにかむ三ツ谷を見て大寿は嬉しくなった。
「ああーっ!」
「今度はどうした?」
再び三ツ谷が声を張り上げた。
「この書き込み………」
「?」
再度更新したら書き込みが増えていたようだ。
『ふたりのキスシーンみたいよな』
『キスしないかな』
『さすがにキスシーンをネット上に上げるのはヤバくないか?』
『悪用するヤツいるだろうし、常識だよな』
『でも、俺たちに供給…いや、カリスマ性あるるふたりには、同性愛者ってことで差別される者たちに希望を与えてほしいというか』
『オマエにそんな大義あるのかよ、ただ見たいだけだろ』
『とにかくキスが見たい!』
短時間で怒涛のやり取りが繰り広げられたようだ。
「……どうする大寿くん?オレたちのキスが見たいようだよ」
「見せ物じゃねぇんだぞ、外で出来るわけねぇだろーが」
人目が気になるというのもあるが、そもそも大寿と三ツ谷はまだキスをしたことがなかった。
恋人なのに、愛の告白もしていない。
家族には息するように愛してると言えていた大寿だが、恋人になり数日経過したというのに、三ツ谷にはまだ愛してると言えてない。
恋愛感情で愛しく思っているに関わらずだ。
三ツ谷も大寿に告白してこない。
三ツ谷は天然人たらしで、嫌味なく人を褒めたり肯定的な言葉を使うが、付き合おうと言ってきたにも関わらず、頑なに好きだとは言ってこない。それこそ付き合う前は、友達としてだが、軽々しく好きと言ってきたのに、変に意識しているようだ。
もしも三ツ谷が告白してきたら、大寿も即座に返そうと思っている。が、大寿から言う気はない。しかし、意地の張り合いを続けていたら、ふたりの関係はいつまで経っても進展しないだろう。
三ツ谷は時に意地を張る。
聖夜決戦でも、訊くところの日本服飾文化新人賞でも、意地を張り己の生き様を見せ、たとえ勝てないと分かっていても、決して曲げないのだ。この恋の駆け引きでも、折れることはなさそうだ。
三ツ谷が恐ろしく頑固なのは、大寿は身を持って知っている。
「なら、家では出来るんだよな?」
「──ッ」
大寿が外では出来ないと豪語したことに対する三ツ谷の返答。
薄い紫の瞳が熱を帯び、刹那的に揺れてる。
黙っていると、三ツ谷の端正な顔が苦渋に歪んでいき、昏く移ろいだ瞳が逸らされた。
「オレたちは、スレの人たちからすると、仲良くて、オシドリ夫婦に見えるようだけど、実際は違うよな。なんていうの、仮面夫婦?……結婚できねぇし、夫婦になれねぇけどさ」
声が震えていて、必死に何かを耐えているようだ。左目は完全に隠れていて、感情までも隠している。
先程まで三ツ谷は恥ずかしくも嬉しそうにしていたのに、今の苦しそうな姿を見ると、胸が締め付けられる。
三ツ谷にそんな顔をさせ、辛いことを言わせるなんて、恋人失格な気がした。
「三ツ谷、オレたちは恋人のふりしてるんじゃねぇし、本当に仲良いだろ?」
「……だけど恋人っぽいことは何ひとつしてないよな。肝心なことも告げてない。プラトニックラブは分かるけど、オレの恋愛の定義は特定の相手に対して、性的欲求を含んだ特別な気持ちで愛することだから、大寿くんの宗教観に合わないのかと、ずっと思ってて……」
「……三ツ谷」
ひょっとして大寿がクリスチャンで、本当は同性愛を受け入れられないと思っていて、告白も何しないで耐えていたのか?
三ツ谷からキスすることもないのか?
と、大寿はヒュッと息を飲み込んだ。
確かに大寿は敬虔なクリスチャンだが、同性愛を異常だと思ってないから、三ツ谷との恋愛を禁忌だとは思っていない。
それにキリスト教全てが同性愛を禁じてるわけではなく、解釈はそれぞれだ。時代が進み、人々の魂レベルが向上したことにより、倫理観も変化していっている。時代に合わせて、宗教の解釈や考え方を、柔軟に変える必要があるだろう。
元々、大寿は時にキリスト教の教えに反する暴力行為を行なってきた。三ツ谷がデザイナーの道を諦めたように、三ツ谷の愛を失うとするならば、クリスチャンの道を捨てる覚悟だってあるのだ。
「ごめん、オレ浮かれて、大寿くんの気持ちを考えてないで……困らせちゃったよね。一度口から出てしまった言葉は取り消せないけど、出来れば忘れてほしい。オレが耐えればいいことだし、オレは大寿くんと別れたくないから、耐えるよ……」
別れを切り出されるかと覚悟もしたが、三ツ谷はずっと耐え続ける心積りのようだ。
「はは…プラトニックラブ上等だよな」
「くっ、オレは馬鹿だ。つまんねぇ意地張って、好きなヤツ、泣かせて」
「………え?」
驚いたように目を丸くしている三ツ谷を見て、大寿はウッカリ告白していたことに気付いた。
こんな形で告白するつもりはなかった。ロマンチックではないし、ムードのカケラもない。
「……三ツ谷、愛している」
とんだ失態とはいえ、もう勝ち負けなど気にする心境ではないし、意地張るのはやめて、キチンと愛を告げようと思った。
三ツ谷の身体が自分の正面に向くようにして、肩に手を置いて真剣に告げると、動揺から震えながらも、負けないくらい真剣な眼差しが返ってきた。
「……大寿くん、オレも、愛してる」
泣かすなよ、バーカと、可愛げのない言葉も付け加えられた。
喜びでぐしゃぐしゃになった顔は、崩れてるにも関わらずとても綺麗で、瞳から零れ落ちた透明な雫は、宝石のようだった。
「バーカ、泣くことか?」
照れ隠しに冗談混じりに言ったら、
「大寿くんだって泣いてんじゃん」
と揶揄われた。
どうやら大寿も三ツ谷の告白に感動し、目から一筋の涙が零れ落ちたらしい。
「三ツ谷、もう遠慮しねぇからな」
そう宣言した大寿は、三ツ谷が何かを言う前に、顎を持ち上げて言葉を奪うように塞いだ。
「ん、ふっ……んん……っ」
何度も何度も角度を変えて唇を啄み、弾力と柔らかさを堪能する。三ツ谷自身待ち望んでいたようで、一切の抵抗なく、首に腕を絡ませてきた。
甘い痺れにより弛緩して薄く開かれた唇の合間に舌を差し挿れれば、既に待ち構えていたように出迎えられた。舌を根元から愛撫し、口腔内を丹念に舐めると、くぐもった声が漏れた。
熱烈な感情の赴くまま、舌を絡め合わせて溢れる唾液を啜り、時に舌を軽く喰み、何度も甘い痺れを求めあう。くちゅくちゅという粘着質な淫な音で、互いの性的興奮は昂っていき、脳髄までもが甘くとろけてしまいそうだ。
結局、三ツ谷が息絶え絶えになり、もう無理と観念するまで、口付けは続けられた。
当たり前だ、ずっと三ツ谷が性的に欲しかった、大寿の想いを軽く見てはいけない。
「三ツ谷、今夜は泊まってくよな?」
大寿は今夜三ツ谷を抱くつもりだ。
禁じられている婚前交渉になるが、一時的な快楽の為に抱くのではなく、揺るぎない愛からだ。
後日になるが、教会に赴き、神の前で永遠の愛を誓う。夫婦同然に、三ツ谷のことを深く愛し続けると宣言する。
「……あ……でも、母さんやルナマナに何も言ってねぇし……それに、夕飯、大寿くんの分しか、作ってねぇし……」
「一緒に食うのも悪くないよな。母親にはオレから伝えるか?」
大寿をその気にさせたのだ。
もう逃す気はない。
「いい、オレから伝える」
三ツ谷は母親に携帯から電話をして泊まることを告げた。
通話が終了した後、「心の準備が…」と落ち着かない。早く大寿が欲しくて待ちくたびれていただろうに、面白いヤツだと大寿は思った。
◇
「こんにちは。三ツ谷隆です。いつもオレたちの写真撮ってくれてありがとう。お礼に、オレからもとっておきの写真をあげる」
大寿と三ツ谷の恋愛掲示板に、三ツ谷本人を名乗る者の書き込みがあった。
その言葉の後に貼られたのは、紛れもなく大寿と三ツ谷が深々と唇を重ねている、濃厚なキスシーンだった。大寿が自撮りしたものである。
それを見たふたりのBLに夢見てたスレ民たちは、過剰摂取のあまり、次々と鼻血を流して卒倒したとか、しなかったとか。
【おしまい】