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    凪瀬夜霧

    腐界の底でちまちまと日々BL小説を書いている腐女子です。
    最近20年ぶりくらいに同人活動を再開いたしました。
    シナリオ重視、エロはエロく、アホはアホなノリとテンションで書きまくっております。
    ポイピク初心者の為至らない点はご容赦ください。

    また、SKIMAというサイトで書き物のお仕事も少ししております。
    お仕事承ります。
    https://skima.jp/profile?id=206608

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    凪瀬夜霧

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    既刊同人誌「恋愛騎士物語(1)」の最初の話であり、全ての始り。
    オンラインイベント用のサンプルに。

    【恋愛騎士物語】序章:新たなる日々1話:入団式2話:母のお願い3話:同室者4話:最強軍団5話:歓迎会6話:テラスにて7話:軍神の激励1話:入団式
     高い吹き抜けのドームからは燦々と日の光が入り込み、円形の室内を自然な明かりで照らし出す。
     正面に備え付けられた玉座にはまだ年若い王が堂々と座り、その両サイドには正装をした様々な魅力ある男が並んでいた。
     そのような場に、1人の青年が進み出た。赤い絨毯を確かに踏みしめ、気圧される事もなく、むしろ不敵に堂々とした歩みの青年に居並ぶ者達もそれぞれ興味深げにしていた。
     黒く長い軍服の裾を颯爽と靡かせ、長身を玉座の前で折って礼をする。下げた頭から輝くばかりの長い金の髪がサラリと落ちて、服の黒によく映える。瞳は海の様に深く青く、顔立ちは美術品のように端正で美しい。

    「ランバート・ヒッテルスバッハ。騎兵府入団を許可する」
    「有難うございます」

     玉座に腰を下ろしたままの王が凛とした声が言うのに、ランバートと呼ばれた青年は恭しく答える。

    「それでは、剣を」

     王の言葉に、後ろで控えていた1人が一歩前に出る。
     白い儀式用の軍服に、長い黒髪の端正な顔立ちの男だった。切れ長の黒い瞳がジッとランバートを見ている。その手には一振りの剣があった。

    「ランバート・ヒッテルスバッハ。陛下の剣として、盾として、今後生きる事を誓うか」

     儀礼的な言葉だったが、それを紡ぐ声は低く耳に心地よく、ランバートは思わず聞き惚れて一瞬反応が遅れてしまう。そんな自分を叱責し、恭しく誓った。

    「誓います」
    「それでは、剣を受け取れ」

     姿勢を崩し、頭を下げたまま両手を水平に前に出す。その両手にずっしりと重みが加わった。目の前の男が手を引っ込め一歩下がったのを確認してから、ランバートは剣を自分の脇に置いた。

    「これで、入団の儀式を終える」

     数人の護衛をつけ、王はその場を後にする。最後まで目を伏せたままで全てを終えたランバートは、やっと重苦しい空気から解放されたことに息をついた。
    2話:母のお願い 王が去った後、参列していた男達も退室していく。そうしてようやく、ランバートは体を起こす事を許された。
     軽く伸びをして、固まりそうな肩を回して辺りを見る。この兵府宿舎で陛下に面会する為に使われるこの部屋は、滅多な事では入る事ができない。
     高い天井には美しいフレスコ画が描かれ、この国で有名な物語の一場面を楽しむ事ができる。高い位置にある窓からは惜しみなく陽の光が入り、室内は予想以上に明るい。白い壁面には国旗の他に、各兵府のエンブレムが描かれた幕が下がっている。

    「ランバート・ヒッテルスバッハ」
    「はい」

     後ろで声がして、そこに1人の男が立っているのに今更気づいた。ランバートはそちらに向き直り、剣を腰に掛けて歩み寄った。

    「部屋まで案内しよう。宿舎の案内は同室の者に任せてある。着替えてから回るといい」
    「有難うございます」

     同室者。その存在を今更思い出したランバートは少し考える。ここにいる限り寮での生活となる。同室者はかなり重要な問題だ。
     まぁ、誰とでもそれなりに上手くやる術は持っている。ランバートは案内されるがまま、1階の廊下を抜けて2階へと上がっていった。


     そもそもランバートが騎士団に入る事になった原因は、1カ月程前に遡る。
     ランバートはこの国の四大貴族家の一つ、ヒッテルスバッハ家の末っ子だ。自由奔放に生き、趣味の多い生活はそれなりに楽しくはあったが満たされない何かがある事は確かだった。
     そんなある日、彼の実母がふらりとやってきて、いつも通り気ままにお茶など飲みながら突然のように言ったのである。

    「ねぇ、ランバート。私、綺麗な息子が欲しいわ」
    「はぁ?」

     大概の狂言や妄言に慣れていたランバートも、母のこの発言には耳を疑った。
     母も見た目は若く繕っているが、中身はそれほど若くない。父もこれ以上の子は望まないだろうし、無茶な要求としか思えなかった。

    「孫の間違いじゃないのかい、母上」
    「息子。ねぇ、どうにかしてちょうだい」
    「どうにかって。俺が子供でも作れば、孫になるしな」
    「ダメよぉ。その子が大人になる頃には私しわしわじゃない。そうじゃなくて、今すぐ若い息子をはべらせたいのよ」
    「無茶だよ。若い男のパトロンでもすればいいじゃないか」
    「それじゃ味気ないのよ。ほら、傍にいるけれど手が届かないってのがいいんじゃない」

     この人は大概の妄言を現実にしてきたが、流石に今回ばかりは無理だ。
     そう思ったランバートの脳裏に、ふと一つの可能性が過った。そして母を見ると、ニッと悪戯な笑みを浮かべていた。

    「騎士団に入れと?」
    「あんたならいけるわよ」
    「確かに、剣も馬術も趣味の一つとして好きだけど、人間的に受け入れてもらえるかの問題があるよ。知ってるだろ? 俺がどんな組織にも馴染めなくて、結局仕事もろくにしてないの」

     そこを自信もって言ってはいけないのだけれど、仕方がない事実だ。

     多趣味で頭もよく、剣や馬術もお手の物。生まれもいいと完璧なのだけれど、人間やはり何かが欠けて生まれるものなのだろう。ランバートにもそういうものがあった。そしてそれは、とても重大な欠陥だった。
     その頭脳や才能を見込まれあちこちから声がかかるのだが、人に合わせる生活というものや雁字搦めの序列、同じ組織内での嫉妬やそれに伴う陰湿な空気と虐め。そういうものに嫌気がさしてしまい、1年もしないうちに仕事を辞めてしまう。
     元々情熱など殆どない性格でもあって、周囲を冷めたまで見てしまい余計に世と疎遠になりつつある。

    「今の所、騎士団以外では男同士の結婚は認められていないわ。養子も考えたのだけれど、どうにも幼すぎて。子育てはしたくないのよね」
    「そんな完成品を欲しがるような事を言わないように。相手は人間なのだから。俺なら育てる楽しみもあると思うけれどね」
    「無理よ。あんた飽きっぽいから。どう、やってみない?」

     母のごり押しに、ランバートは考えてしまった。
     この国の騎士団はその発言権と武力において他国とは比べようもない力を持っている。序列は厳しいが、陰湿だという話は聞かない。部署も多くあり、所属すると専門分野に特化した職務となる。
     主な部署は、対外国や内乱時に力を発揮する騎兵府。城の警備や陛下の護衛を主とする近衛府。諜報を主とする暗府。大きな戦や軍事的対外国との交渉の指揮を執る宰相府がある。
     その他にも隊をサポートする為に、医療府、調理府などがある。これらは主だった四府をサポートし、日々の生活を支えてくれる。
     そしてこの騎士団では女人禁制の法があるかわりに、唯一男同士の婚姻が許されている。男同士の友情や親愛の末の愛というのが、こういう場では多いらしい。
     以上が、ランバートの知る騎士団の情報。そして、母の言わんとしていることは大いに理解した。

    「ランバート」

     誘惑的な瞳で息子を見る母の視線に、ランバートは深く溜息をつく。そして自分でも驚くほどあっさりと、それを承諾してしまった。
     おそらく、そろそろ家での生活にも飽きたのだろう。窮屈でも未知の世界を覗いてみたい誘惑はあった。
     何よりも興味があった。騎士団と呼ばれるこの国一番のエリート集団がどんなものなのか。その中身が。
     こうしてランバートは、騎士団に入団する事となったのである。
    3話:同室者
     案内された部屋は二人部屋で、表には既にプレートがあった。木枠の中に同じく木で作った札が差し込まれている。自分の名前の隣には、『ラウル・ハーゲンバーグ』という札があった。

    「ここだ。後は1人でも大丈夫か?」
    「はい。有難うございました」

     しっかりと礼をしたランバートは、改めて扉と向かい合う。そして、硬いノックをしてから扉を引き開けた。
     中は簡素だが、実に機能的なものだった。ベッドが左右に1つずつ、机とクローゼットはベッドの横にそれぞれある。書棚は一つだが中身は多くない。

     そしてその少年は、ベッドに腰を下ろしてランバートを待っていた。
     まだ幼い印象を受ける少年だ。短い茶色の髪は明るい色合いで、あどけない少年の顔立ちや表情によく似合う。縦に大きなライトブラウンの瞳も若い輝きに溢れている。身長もそう高くはないがさすが騎士団の人間だ。腕や足はそれなりに綺麗な筋肉がついている。
     少年はぴょこんとベッドから降りると早足でランバートの傍にきて、弾ける笑みを惜しみなく向けて手を差し出した。

    「はじめまして。同室のラウルです。えっと」
    「ランバートです。こちらこそよろしくお願いします、ラウル先輩」

     「先輩」という響きに、ラウルの頬がほんのりと赤くなる。照れているのだろうとランバートは察し、笑みを浮かべる。可愛いと言ったら流石に怒るだろうか。

    「えっと、先輩はやめてください。僕そんなキャラじゃないし、なんか恥ずかしいし。普通にラウルでいいです」
    「それでは俺の事もランバートと。ついでに、敬語も必要ない。同室なんだからもっとラフにしよう。俺もそうするから」

     笑顔だけで人を奴隷にできると言われた甘いマスクで笑い、ランバートは彼の様子をつぶさに観察する。小柄なラウルは恥ずかしいのか、もじもじしながら小さく頷いた。

    「じゃあ、この部屋のこと教えるね。ベッドはそっち側が空いているから自由に使ってね。クローゼットはその隣、中に制服とかも入ってるよ。テーブルセットと本棚は共同なんだ。本棚の中にティーセットもあるから、自由に使ってね」
    「分かった。まずは着替えるよ。この服は気に入っているけれど、流石に肩が凝る」
    「あっ、分かる。でも、ランバートは似合ってるね。僕は全然だった。身長も足りなくて手直しが大変だったんだ」

     なんて言って笑うラウルに微笑みかけ、ランバートはクローゼットを開ける。中には普段の業務できる制服が三セット下がっている。
     同じ黒い生地だが、正装とは違って装飾は少なく、肩回りも余裕がある。細身のトラウザーズ、白いシャツはしっかりとノリがかけられて、その襟元には所属部署のシンボルを示すピンがある。上に羽織るジャケットは丈が膝上まであり、金糸で縁取りがされている。どれをとっても品がいい。
     着ていたものを脱ぎ、普段用の制服を着るその背中に視線を感じる。どうも見られているというのは嫌いではないものの意識はしてしまう。その視線が熱いものであればあるほどだ。

    「男の着替えなんて見ていてもたいして珍しくないだろ?」
    「あっ、ごめん! なんか、自分とは違うなって思って。綺麗な背中してるんだね」

     どうやらラウルは自分の体にコンプレックスを持っているようだ。そして、理想としてはランバートのような身長が欲しいようだ。大きな意味には捉えず、そのくらいの認識をする。

    「ラウルは成長期だろ、そのうち体もできてくる。それに、ラウルにはラウルのよさがある。さっき俺に向けた笑顔は随分魅力的だったよ」

     からかうように口の端を上げて笑うと、ラウルは恥ずかしそうに俯いて顔を赤くする。感情が素直に表に出る、可愛らしい少年だ。

    「ランバート、もてるでしょ」
    「どうして?」
    「かっこいいし、気の利いた会話とかもできそうだし」

     この子は誘っているのか?
     不意に思ったが、流石にこんな可愛い子をどうにかするつもりはない。自分には似合わないし、妙な罪悪感がありそうだ。穢れない白いものを汚すのは満足感もあるが、それに伴う責任感もある。ランバートとしてはそんな所に手を出すくらいなら、遊び慣れた相手と大人な関係を結ぶ方がいい。

    「そんなのは上辺だけさ。それに俺は、追いかけられる恋愛は苦手なんだ。追わないと燃えない」

     正直なところ、それがネックとなって今まで特定の恋人を作っていなかった。男女共に色々な出会いがあり、やることはやっている。だがどれも自分を夢中にさせるものがなかった。追いかけられるのは徐々に重荷になり、飽きてしまう。
     だが追うのなら、してみたいかもしれない。そう思える相手に出会えればの話だが。

    「僕も、もっと勉強しなきゃ。もっと大人になって魅力的になって、捨てられないようにしなきゃ」
    「ん?」

     呟きを小耳に挟み、ランバートはシャツに腕を通しながらそちらに顔を向ける。その視線の先で、ラウルが更に顔を赤くした。

    「好きな人に追いつきたいなって。僕みたいなのじゃとても釣り合わないんだ。だから、ランバートみたいになりたいって思うの。いつか、もういらないって言われたら僕、どうしようって」

     これも一つの向上心か。もじもじしながら言うラウルは可愛らしい。ランバートは笑いかけ、茶色の髪を軽く撫でた。

    「心配しなくても、今のままでラウルは十分に魅力的だ。これ以上魅力的になったら、その恋人は大変だろうな」
    「え?」
    「お前を誰にも見せなくなくて、嫉妬に狂うんじゃないのか?」
    「そっ、そんなことないよ! もう、そんな心の狭い人じゃないんだから」

     頬を膨らませて言うその様子すらも愛らしい。ランバートは笑い、さっさと着替えを済ませた。
    4話:最強軍団
     寄宿舎の構造は、1階は共有スペース、2階は一般隊員の部屋、3階は団長クラスの私室になっている。1階と2階は自由に出入りできるが、3階は団長本人の招きを受けた者しか入る事ができないという。
     1階は食堂、医務室、トレーニングルーム、浴場、会議室、そして各部署の執務室などがある。それらを順に巡り、中庭の修練場と裏手の訓練用の森を少し見学すると、辺りは茜色に染まり始めた。

    「じゃあ、食堂に戻ろうか。この時間だとみんないると思うから、僕のグループに紹介するね」

     ラウルは面倒見のよい友人のようにランバートに接してくれる。ランバートも彼なら親友としての関係が築けそうだった。
     食堂は十分なスペースがあるが、それでもそれぞれがグループを作っているので容易には近づけない空気がある。特に今のランバートはまだ部隊での紹介が行われていない。頼りはラウルだけだ。
     食事はセルフ式で、好きな物を好きな量だけ皿に取ってトレーに乗せると、ラウルの後ろについてキョロキョロ辺りを見回す。
     ラウルも同じようだが、やがて目当てのグループを見つけたのか目を輝かせ、そちらへとランバートを誘導し始める。だが、明らかにそっちは場違いな感じがした。
     どんなに辺りが混もうが、そこだけは指定席のようにぽっかりと空いている。そこには既に3人の影がある。どれも今日一度見た人物だが、こんな形で再会することになろうとは思わなかった。

    「やっぱり俺、どっか適当に座るから」
    「え? なんで? なんか僕、嫌われるような事したかな?」
    「いや、そういうんじゃないけど」

     あの空間は特殊すぎて簡単には入る事ができないだろう。それよりもまず、なぜラウルが彼らと一緒の席で食事をする関係なのか、それは知りたい気がする。
     だが、声は意外にも向こうからかかった。

    「なんじゃお前ら、そんなところに突っ立っておらぬでこちらに座ればよかろう」

     男性とも女性ともつかない音程の声が、随分と珍しい口調で話しかける。ランバートはそちらに目を向けた。
     そこには、口調と同じく目を引く男が座っている。背中の中程まである真っ白な髪に、眦の切れ込んだ薄い水色の瞳の青年だ。全体が白く、肌も透けるように白い。一見病弱な印象を受けた。随分整った女性的な顔立ちをしているせいか、厳しく冷たい印象を受けてしまう。だが、どうもそれは外見的なものでしかないようだ。
     ニヤリと笑う表情からは新しいおもちゃを見つけた残酷な主のようなものを感じた。

    「ほら、ヒッテルスバッハ。お前じゃ。うちのをあまり困らせるでない」

     名指しされればもう捕まったも同じだった。ランバートは諦めて空いている席に腰を下ろす。ラウルが当然のように白髪の青年の隣に座ってしまったので、仕方なくその対面。隣は、今朝の入団式で会った黒髪の青年だった。

    「ほぉ、なかなか見栄えがするの。今朝も思ったが、はったりのきく奴よ」

     満足げなその言葉に、ランバートの隣に座る黒髪の男がわずかに顔を上げる。呆れているのか、少しきつい目をしていた。

    「僕が欲しかったくらいなんだけれどな。その外見も、才能も、絶対僕の所のほうが活かせるのに。騎兵府なんてもったいない」

     明るくからかうような口調で言う青年もまた、人を引き付ける魅力を持った男だ。
     柔らかなクリーム色の髪が肩の上くらいで遊んでいる。柔らかな顔立ちに似合う、やや目尻の下がった青い瞳は空を写したようだ。ただ、その柔らかな外見に似合わず中身は毒をもっているように思う。何より、絡み好きっぽい。

    「誘惑するな。俺のところは万年人員不足なんだぞ。ようやくいい人材が入ったんだ、そう簡単に手放すものか」

     低く冷静な声音は儀式で聞いたほどの威厳はない。だがとても、耳と胸に心地よく染みるような声だった。

    「お前達、入ったばかりの奴を囲んで玩具にするな。まずは名乗るのが礼儀だろう。俺達は全員こいつを知っているが、こいつは俺達の名前も知らないんだぞ」

     叱責する低い声音に威嚇され、他の二人は肩を竦める。だが、まだまだ遊び足りないらしくクリーム色の髪の青年が楽しそうに指を鳴らした。

    「当ててごらんよ、ランバート。僕達はまだ名乗っていないけれど、有名人だもん。所属と名前、当てられたらご褒美ね」
    「お前!」
    「面白そうじゃの。自信はあるかえ、ヒッテルスバッハ」

     よってたかって新しい玩具とでも思っているのか、二人の青年は楽しげに笑いランバートに問いかける。ただ、隣の黒髪の男だけは困った顔で二人を睨み付けていた。
     ランバートは二人の様子をジッと観察した。騎士団の情報は規制がかかるから、あまり流れていない。騎兵府は外向きの任務を行っている事から少しは分かるが、他の部署となればほぼ皆無。
     だが、あの儀式に参列していた人たちだ。間違いなく、四府の団長の誰かだ。

     ランバートの口元に笑みが浮かぶ。こう挑戦的に来られたらたまらない。これでも自己顕示欲は人並み以上に強い。そしてそれ以上に、負けず嫌いだ。
     幸い、多少の情報はある。各部署が抱える仕事の特性から、それに求められる適性は見える。これまでの視線、表情、印象、言葉。それらから拾い上げれば当てられる。三分の二の確率だ。
     まずはクリーム色の髪の青年に視線を向ける。揶揄うような口調だが、雰囲気は柔らかく相手に威圧感を与えない。そういう事が癖になるような部署だろう。更にランバートの「外見」を求めた。ならば。

    「近衛府団長、オスカル・アベルザード様」

     真っ直ぐに視線を向けて口にしたランバートに、クリーム色の青年、オスカルは驚いたような顔をした。鉄壁の仮面が一瞬でも揺らいだことにランバートは満足する。だがすぐに、心より楽しげな笑みが返ってきた。

    「よく知っているね。正解、君は優秀だね」
    「有難うございます」
    「ほぉ、オスカルは当てたか。では、私はどうだえ?」

     狡猾な光。だがその奥には知性が見える。口数は多いが、この人は自身に通じる情報は先程から出していない。機密情報を扱う部署だ。腰に剣を下げていないことから戦場に出る事が少ないのだろう。頭脳明晰で、他を圧迫する雰囲気もある。交渉事が上手そうだ。

    「宰相府団長、シウス・イーヴィルズアイ様」
    「ほぉ、よくできた男じゃ。どうだえ? そんなつまらぬ男の下になど行かず、宰相府に来ないかえ?」

     小気味良い笑い声が楽しげに言う言葉は微妙に本気な気がしてランバートは肩を竦めた。戦局を左右する宰相府は多少魅力的だが、そのうち飽きてしまいそうで選ばなかったのだ。

    「さーて、では最後。そこで一人渋面を作ってる奴は、誰でしょうか?」

     答えの分かりきったクイズを出すように、オスカルが楽しげに言う。ランバートの視線が自然と、隣の黒髪の男に向く。
     まさに夜を体現したような静かな容貌。切れ長の瞳も、長い黒髪も静寂を思わせる。決して怖いわけではない。いうならば、夜の安らぎを感じさせる。

    「そんなの、決まり切っているではありませんかオスカル様。俺は今日、この人から剣を下賜されたのですよ?」

     剣を渡すのはその部署の団長の役目。あの場にいた二人も当然団長だ。そして、騎兵府に所属するランバートに剣を渡した団長ならば、有名すぎるくらいその名を知っている。

    「騎兵府団長、ファウスト・シュトライザー様」

     名を呼んだ瞬間、ファウストは妙な顔をした。驚いたような、でも予期していたような一瞬の揺らぎ。感情の波が、とても人間臭く見えた。

    「おい、シウス。隊の情報は規制されているんじゃないのか?」

     不機嫌な調子のファウストが言う。一般兵ならばそれだけで背筋が伸びるような低音だが、正面のシウスはまったく動じない。逆に楽しそうに笑う。

    「しているぞ。その坊やがそれを超える情報網と洞察力を持っているだけだえ。巷に流れるは精々、団長の名前くらいなものよ。それがどんな人物か、顔を知る者は多くない」
    「特にシウスはインドアだからね、知らないよ」
    「ヒッテルスバッハ家の情報網なら、どうにか名前くらいは仕入れられるだろうよ。後は私達を観察し、推測したのだろう。そうであろう?」

     話しを振られ、ランバートは困った顔で曖昧に笑った。
     確かにヒッテルスバッハ家の情報網なら、彼らの名前くらい知ることができる。だがそれ以上に、ランバートの持つ情報網は広い。貴族世界だけではなく、酒場や商館の情報もランバートには届く。それを維持するための資金もかかるが、情報はそれ以上の価値があるものだ。
     各部署の特定はここからの情報が参考になった。酒場や商館は人が集まり、非番の騎士も来る。そこから、どの部署にどのような特性があり、どういう人間が多いかを知ったのだ。

    「利口な男は嫌いではない。誇ってよいぞヒッテルスバッハ。お前は私を楽しませるに十分な男じゃ」
    「有難うございます、シウス様。それでは是非、一つ俺の願いを聞いてもらえませんか?」

     唐突な申し出に、シウスは少し驚いたようだった。だがすぐに視線を定め、口の端を上げた。

    「言うてみよ」
    「俺は家名で呼ばれるのが嫌いです。よろしければ、ランバートとお呼びください」

     丁寧な礼を取って言う言葉は、それ以上に暗い棘を秘めている。それを感じられないシウスではない。だがその先を向けられた事すらもシウスは楽しかったらしい。声を上げて笑った。

    「よいぞランバート。お前は面白い男だ! この私に挑む者などそうはおるまい」

     楽しげなシウスだったが、当のランバートは何かよくないものを引っ掛けてしまった事に今更気づき肩を落とす。それに、隣のファウストが気遣わしい表情で苦笑してみせた。

    「悪いのに気にいられたな。まぁ、そう気を落とすな」
    「有難うございます」

     とは言え、団長クラスとのパイプは悪くない。求められるものが大きくはなるだろう。信頼ある人間を使いたいのは誰だって同じだ。それに見合う力がないと知れれば切られるが、期待に応え続ければ良好な関係を続けられる。
     退屈を嫌うランバートにとって、こんなにスリリングな事はない。

    「さて、シウスにも気に入られた事だし、君には約束通りご褒美をあげないとね」
    「褒美なんてオスカル様。俺はそんなのが欲しかったわけではありません」

     一連の流れを楽しんで見ていたオスカルに、ランバートは恐縮したように言う。その言葉は真実で、嘘も偽りも無ければ遠慮でもない。だが、オスカルはランバートを離すつもりはないようだった。

    「これから君の歓迎会をしよう。美味しいお酒につまみも用意してさ。いいことに、明日は安息日だしね。シウス、君の部屋を使ってもいいかな」
    「あぁ、構わぬ。私もお前ともう少し話がしたい。ラウル、お前も当然来るであろう?」
    「はい、ご一緒させていただきます」
    「ラウル……」

     こうなると逃げられる気がしなかった。唯一救いだったのが、隣のファウストが「気の毒に」という感情たっぷりに肩を叩いてくれたことだった。
    5話:歓迎会
     結局その場は夕食を押し込んで離れたランバートだったが、「来なければ迎えに行く。逃げようなどと考えるでないぞ」というシウスの招待状つきで帰ってきた。
     歓迎会なのだから制服も脱いで私服で来いとの仰せに甘え、ランバートは実家から持ってきた私服に着替えた。同じく招かれているラウルも、短いズボンに簡素な服という楽な格好に着替えていた。

    「ラウル、俺はお前に聞きたい事が山ほどできた」
    「え?」

     白いドレスシャツの胸元を開け、細身のトラウザーズにベルトを通しながらランバートは睨むように言う。そこに悪意はないつもりだが、ラウルは純粋に声の低さに怯えたようだった。

    「あの人達と、どういう知り合いなんだ」
    「あの……えっとね、それは、その」

     問い詰める言葉にラウルは真っ赤になって下を向き、もじもじする。着替えを八割がた終えたランバートは、肉食獣が迫るようにしなやかに距離を詰めると、ベッドに腰を下ろしたままのラウルのすぐ傍まできた。
     その迫力に思わず体を捩ったラウルは図らずもベッドに倒れ込む。まるで押し倒したような構図は、妙な生々しさがあった。

    「さぁ、言ってしまいなさい。ラウル、いい子だから」
    「僕の口からは、あの」

     可愛い瞳に涙を浮かべるラウルは、怯えながらも誠実に答えようとする。その心のありようは真っ白なものだ。だから、これ以上ランバートは問い詰める事をせずに体を離した。
     こんな真っ白なものをどうこうしようとは思わない。それに、大事なルームメイトだ。

    「まぁ、あの人達に聞けば済む話だし、いいけれど。まったく、入団早々に悪目立ちするなんて。こんな予定ではなかったんだけれど」
    「ランバートなら遅かれ早かれ、あの人達の目に留まったよ」

     体が離れて安心したのか、ラウルは途端に安堵の表情を浮かべて苦笑してみせる。それをもう一度睨みながらも、ランバートは溜息をついて部屋を出る事にした。

     3階へ上がる階段のすぐ脇には、外部の様子が見える小窓のついた部屋がある。そこには夜警の騎士がいて、人の出入りを監視している。
     ラウルとランバートがその小窓を叩くと、すぐに人が出てきた。

    「シウス様の部屋に行きます」
    「あぁ、聞いている」

     出された帳簿に名前をそれぞれ書いて階段を登っていく。そうして廊下に出ると、廊下の向こうからこちらへ向かってくる一人の男の姿が見えた。

    「ラウル、シウスのところか?」
    「はい、クラウル団長」

     その名に覚えがある。暗府団長、クラウル・ローゼン。

    「そちがランバートか。シウスの所で歓迎会らしいな。あれに気に入られるとは、入団早々災難だな」
    「そんな事はございません、クラウル様。むしろ幸運ととっております」

     丁寧にそう告げると、クラウルの瞳が僅かに細くなる。何か癇に障る事があったか、勘ぐられたか。そう感じたランバートはすぐさま笑みを胡散臭いものに変え、楽しげに笑った。

    「随分刺激的な方達なので、俺程度がどこまでついてゆけるか心配ですが。それでも、あの方々の目に留まったのはこれからの騎士人生において幸いな事だと思っています」
    「……物好きだな、お前も」

     その一言でクラウルの追及は終わる。今はなんとも言い難いというところだろう。とりあえずそれでいい。別に騎士団に害を成す気はないのだ。まぁ、暗府を預かる長としてこれは職業病のようなものかもしれないが。

    「すまない、俺は合流する事ができない。二人とも、度を超すような事はするなよ。困った事があればファウストが助けてくれる」
    「はい、団長」

     去り際にラウルの頭をくしゃりと撫でたクラウルが通り過ぎていく。その足音は無いに等しいくらい小さい。ランバートもやっと息がつけた。
    6話:テラスにて
     広い三階部分は団長の部屋だけ。一室は大の男が五~六人ゆったり寛げるだけの広さがある。
     シウスの部屋は特に物がないのか、大きなテーブルとベッド、机と書棚とサイドボード、それにソファーセットくらいだ。
     二人が部屋に入ると、既にそこは色々なものがセッティングされていた。テーブルには軽食とワイン。室内は薄明るい程度だが不便はない。
     そして既に、シウスとオスカルは飲んでいた。

    「二人とも遅いよ! もう始めちゃってるから適当にくつろいで」
    「適当にって……」

     どう寛げと言うのか、ランバートはむしろそれを聞きたかった。
     ラウルは慣れたように三人掛けソファーにゆったり腰を下ろしているシウスの傍に行ってしまう。とても自然に。ラウルはどこか色香を含む瞳でシウスを見て、幸せそうにしている。その様子を見て、全ての疑問が解けた。

     なるほど、そういうことか……。

     だがそうなると困ったのはランバートだ。絡み好きのオスカルの傍は出来れば遠慮したい。だが、他にこの場にいられる場所が見当たらない。
     気後れしてしまうランバートの肩を、不意に叩く人がいた。振り向くと、夜を纏うようにファウストがそこに私服姿で立っていて、「こい」と仕草で合図された。

    「あー、早速ファウストが部下いびりするんだ」
    「お前は少し酒を控えろ、オスカル。普段から酔っ払いみたいな奴にこれ以上酒などいらないだろ」
    「そうさの、お前は酒が入ると悪乗りが過ぎるからの」

     楽しげにシウスが揶揄うのに、オスカルは明らかに拗ねた顔をする。
     それにも構わず、ファウストはランバートを連れて外へ。そこはテラスになっていて、白い二人掛けのテーブルセットが置かれていた。
     ファウストはそこにグラスを二つとワインを一本、そして軽食を置いて座る。ランバートも腰を下ろすと、何も言わずにファウストはグラスにワインを注ぎ、これといって言葉もなく、分かっているかのようにグラスを鳴らした。

    「悪いな、落ち着かなくて。あいつらも悪い奴らではないんだが、どうにもお前みたいな奴を見ると弄りたくてしかたがないらしい」
    「分かる気がするので嫌ではありません。ファウスト様は、俺がきたら庇うつもりでいたのですか?」

     それぞれグラスに口をつけ、一口飲むと会話が始まる。
     ファウストの溜息まじりの言葉にも、ランバートは笑って応じる。ファウストは苦労の多そうな顔をして、それでも嫌じゃないのか笑ってみせた。

    「あいつらに任せたら玩具だからな。お前もそれに悪乗りして大変なことになりそうだ。どうにも、あいつらもお前も気が強くて自信家なようだからな」
    「早々に察してくださり助かります、団長」

     女性十人を一撃死できそうな素敵な笑顔を浮かべたランバートに、ファウストは面食らったようだった。だがすぐに、その綺麗に整った顔に笑みを浮かべる。

    「正直、お前はどうして騎兵府を希望したんだ。宰相府あたりはお前の試験結果を見て喉から手が出るほど欲しがったぞ」

     正直な疑問を向けられ、ランバートは困った顔をした。理由を聞いたら、目の前の麗人は渋面を作るような気がしたのだ。
     スリルが欲しくてなんて、言ったら怒るだろうか。

    「お前の試験結果は、どこでも欲しがるものだった。まぁ、暗府だけは例外だな。お前のように目立つ人間は使いづらいと言っていた」
    「それは残念です。俺はけっこう潜入とか好きなんですけれど」
    「そっちにまで精通しているのか?」

     なんて、驚いた顔で言われるのが楽しくて、嬉しくて笑みがこぼれる。ランバートはどうやら、ファウストが意外にも気に入ったようだった。色々な表情をもっと見てみたいと思える。

    「裏でこそこそするのはけっこう得意です」
    「頼むからお前まであの二人のようになるなよ。それでなくてもフォローが大変なんだ。それに、お前は俺の部下なんだ、忘れるなよ」
    「この場でもですか?」
    「私服の時点でそんな野暮は言わないさ」

     ニッと笑うファウストは、本当に惚れるほどにいい男だ。ランバートもつられて笑う。
     その時不意に扉が開かれ、テラスと室内を隔てるものがなくなる。そして真面目な顔をしたシウスが、二人を見下ろした。

    「ファウスト、少しその坊やを私に貸してくれぬか」

     静かな声がそう告げるのは、意外と重いものがあった。重要な話があると察し、ファウストは何も言わずに室内に戻ってしまう。
     ガラス一枚隔てた隔離空間はなんだか重苦しい空気となった。ランバートの正面に座ったシウスは、真面目な顔でランバートを見る。

    「ラウルの同室者であるお前に、まず言っておかねばならぬ事がある」
    「お二人が恋人だということですか?」

     先手必勝そう告げたランバートに、シウスは目を丸くする。その反応を見ると、ランバートは楽しくてたまらなくなった。まさかばれていないとでも思ったのか。そんなの、ここに入った時のラウルの行動と、この人の視線を見れば容易に分かるのに。

    「知っておったかえ?」
    「まさか、気づかれないとでも? 食堂では気づきませんでしたが、私室ではそうはいきませんよ。貴方がラウルを見る目は誰に向けるよりも優しく幸せそうですからね」

     そうやんわりと微笑みを浮かべて伝えると、シウスは恥ずかしいのかグラスにワインを注ぎたして、それを一気に飲み干した。そしてグラスを乱暴に戻し、しばし俯いたまま押し黙ったかと思えば、次は下から睨み付けてくる。

    「よもやこの私が、他人に感情を読まれるなど。宰相府の長であるこの私が、何たることかえ。まったく情けない」
    「貴方は隠しているつもりでも、ラウルにはそんな芸当できませんよ。根が素直なのでしょうね」
    「可愛いだろ、その素直さが。私にはあれほどに真っ直ぐな人間など未だ信じられぬ。それゆえに愛しいのだが」
    「惚気なら他でお願いします。俺のような独り身には、その毒気は強すぎますので」

     幸せな顔を見せるシウスに溜息をつくランバートは、だがそれだけでないのは分かっていた。この人は釘を刺しに来たのだろう。自分のものに手を出すなと。

    「ランバート、お前をラウルの同室にしたのはあの子が疑問を持ち始めたからじゃ。なぜ自分だけ同室者がなかなかこないのかと」
    「当然の疑問でしょうね」
    「故にお前を選んだ。だが、あれは私のものだ。手出しなどしようものなら私の全てを使ってお前を追い込むぞ」

     真剣な視線を向けられ、その瞳の深さに驚かされる。だが、元々そんな気などない。どれだけ手広いとはいえ、ラウルはさすがに可愛すぎる。あんな純粋なものに触れてしまったら、きっと己の醜さを知らされるだろう。まるで、罪を一つ一つ告げられる気分だ。

    「そんな怖い顔をしなくても、他人の物に手を出すほど不粋な人間ではないつもりです。何より後が面倒ですし、相手が貴方となればなおさらです。友人とは思っても、それを超えるわけがありません」
    「信じてよいか」
    「信じていただかなくては。ついでに、貴方がショタコンだったという真実も墓まで持って行くとしましょう」

     悪戯っぽく付け加えると、シウスはぐうの音も出ない様子で一際怖い顔をする。それも含めて、ランバートは笑って封印する事にした。

    「まったく、面白い人間は好きだがあまり褒められた性格ではないの、お前」
    「貴方もそうだと思いますけれどね、俺は」
    「オスカルもだ。あれも私やお前と同じ穴の貉じゃ。愉快犯という点では、私やお前よりも性質が悪いかもしれぬ」
    「あぁ、わかります」

     溜息をつきつつワインを流し込むシウスに同意しながら、ランバートもワインを飲む。その背後に、人の影が差した。

    「二人とも酷いな、人の悪口言うなんて」
    「!」

     ランバートからは死角になっていて、その存在が分からなかった。突然の声に驚いた顔で振り返ると、その頬に指が食いこんだ。

    「あっ、その顔いいね。やっぱりランバートは僕好みの顔してるよ」
    「オスカル様、いるなら声をかけてください」

     恨みがましく言うが、返ってくるのは意地悪な笑み。それもかなり満足そうだ。

    「言ったら驚いてくれないじゃないか。僕はね、みんなが驚く顔が好きなんだよ」
    「ほら、悪趣味じゃろ」

     溜息をつきつつ呆れた顔をしたシウスに、ランバートも頷く。だが当のオスカルは楽しそうに笑うばかりだ。

    「まぁ、よく言われるからね。ところでランバート、君はどうして騎士団に入ったんだい?」

     予想外なその問いかけに、ランバートは一瞬押し黙る。そしてオスカルをジッと見つめた。へらへらした口振りだが、確かに彼も団長の一人だ。食えない。

    「僕が聞いてるヒッテルスバッハの末っ子ってのはね、多趣味も多趣味、それでもって気まぐれで、自由気侭なきれ者ってことなんだけどさ。そうなると疑問なんだ。どうしてそんな人が、騎士団に入ろうと思ったのかってね」

     軽い口振りからは想像できない程に、問いかけるその視線は深く重く冷たい。嘘などつけば一瞬で見破るだろう。同じように他人を観察することに長けたランバートは、この手の人間には嘘をつかない事にしている。勿論、事実を言うにも言葉は選ぶが。

    「ここだけの話って事に、してもらえます?」
    「なになに?」
    「実は、お婿さん探しにきたんですよ」

     冗談みたいな口調で言うと、オスカルだけじゃなくその場にいたシウスまでもが、飲みかけのワインを噴出しそうになっている。しばしの沈黙がこんなに面白く感じたのは、ランバートにとって初めてのことだった。

    「冗談?」
    「いえ、本気です。まぁ、俺自身の意志ではなく、母の希望ではありましたが」
    「なんと、まぁ。理由は様々あるが、かような理由で騎士団に入った人間がいようとは」
    「軽蔑して、ついでに不謹慎だと軍法会議にでもかけますか?」

     無論、そんな事は出来ないと分かって言っている。軍法会議にかけるには、それ相応の罪や違反がなければならない。入団理由がどんなに不埒でも軍法違反ではない。まぁ、軽蔑はされるかもしれないが。
     苦笑交じりのランバートだったが、返ってきたのは楽しげな笑い声だった。

    「うん、やっぱり君は面白いね! 気に入ったよ」

     その反応は、正直予想していなかった。いや、予想しなければならなかったか。オスカルという人間ならば、このくらいの返しは当たり前だと。

    「お婿さん探しか。うん、いいんじゃない? 人それぞれに理由はあるんだからさ。僕は嫌いじゃないよ。ううん、気に入ったかな」
    「まぁ、そういう人間がいたとしても否定はせぬ。むしろ、私は否定できぬからな」

     既に恋人がいるシウスはそれ以上は言わず、代わりに顔を赤くする。彼はどうやら恋愛に関しては純粋なようだ。

    「まぁ、勿論それだけではありません。俺個人としても、新しくなった騎士団という存在は気にかかっていました。実力主義の世界だと聞きましたし、人は個性的だとも聞きました。ここなら、俺は飽きることなく過ごせると思ったのです」
    「退屈な日常を覆す一歩か。それなら間違いなく、君の選択は正しいね。ついでにお婿探しもおすすめ。ここは個性的な人間が多々いるからね」
    「貴方達を筆頭に?」

     含み笑って言うと、同じような表情でオスカルも笑う。どうやらこの人とは悪い友人のような関係が結べそうだ。無言のまま互いに交わした握手を見て、シウスが深い溜息をついた。
     この夜は、本当に飲んで食べてと楽しい時間をおくった。夜も更けて、ラウルが寝てしまった頃にお開きとなり、ランバートはそのままラウルをシウスの部屋においてきた。そうするのが恋人同士にはいいだろうと思ったのだ。
     最初困った顔をしたシウスも、腕の中に落ちてきたラウルを見ると表情を柔らかくし、頭を撫でて寝かせた。その姿や表情に愛情の深さが見える。
     結局この日は自室で一人寝を決め込み、ランバートの激動の一日は終わりを迎えたのだった。
    7話:軍神の激励
     翌日、目が覚めたのはまだ早い時間だった。これはもう習慣と言っていい。どんなに夜が遅くてもこのくらいの時間には目が覚める。そして、日課をこなすのだ。
     汗を拭い支度を整えたランバートは、腰に剣を下げて部屋を出る。まだ早い時間だからか人の気配がない。何より今日は安息日だ。激務の騎士も今日は遅く起き出すのだろう。前日から外泊する者もいるという。
     ランバートは剣の柄を指で遊びながら一階へと降りてくる。そして中庭にある修練場へと上がって、剣を構えた。

     剣術を習い始めてからこれが習慣だ。軽く体を慣らしてから素振りをし、その後で型を確かめるようにゆっくりと動く。剣は習ったのだが、型にはまるのは好まない。自主的に練習を繰り返し、自分の頭で考えながら自分に合った構えや型を作り出していった。そうして今の強さがある。
     ゆったりと剣を動かしながら体を温めていると、不意に石の廊下をこちらに向かってくる足音がした。一旦剣をおさめて向くと、そこに黒衣がゆらりと見えた。

    「早いな、ランバート」
    「ファウスト様」

     意外な人物が現れたことに、ランバートは少し驚く。軽装のファウストも同じように剣を腰にしている事から、目的は同じようだ。互いにそれを感じたのか、僅かに苦笑を浮かべてしまう。
     ゆったりと歩み寄ったファウストは、ランバートのすぐ傍にくると笑みを深くした。

    「こんな早くから訓練か」
    「怠ると気分が晴れないのですよ。貴方こそ、朝から鍛錬ですか?」
    「団長ともなると、色々苦労が多いんだよ。騎兵府のトールともあろう者が、その上に胡坐をかいて鍛錬を怠るなどあってはならないからな。強さを保つというのも仕事の一つだ」
    「それはまた、お疲れさまです」

     苦笑とともに、ランバートは心からその言葉を彼に贈った。
     国を守る実質的な剣とも言える騎兵府。その団長を皆は敬意を込めて『トール』と呼ぶ。最も力ある雷神は、最も強い軍神でもある。その名を冠する人物に負けは許されない。彼の負けはイコール、騎兵府の負けになるからだ。

    「ランバート、少し相手をしないか」

     体を軽くほぐしながら、ファウストはそんな事をランバートに持ちかける。強い者を好むランバートにとってそれは滅多にない誘いなのだが、同時に危険な誘いでもあった。
     軍神相手にどこまでやれるかなど、ランバートでも分からない。もしかしたら一瞬で終わるかもしれない。

    「軍神自ら、手ほどきしてくださるので?」
    「そんな堅苦しいものではない。ただ俺も、こう毎回素振りではつまらないんだ。誰かいれば相手にと望む。それに、俺はお前の剣にも興味がある」

     それは、昨日見せた顔とはまた違う鋭さのある表情だった。その凄味に一瞬息を呑む。それと同時に、ゾクゾクするような高揚感もあった。挑戦してみたい。その気持ちがむくむくと大きくなっていった。

    「光栄です」

     にっこりと笑みを向け、ランバートはファウストの対面に移動して剣を軽く構える。まずは基本通りに。ファウストも剣を抜き、軽い様子で構えてみせる。
     そうして緊張した時間がゆっくりと過ぎていく。満ちた濃厚な空気は張りつめて、いつ進み出るかを互いに探っている。
     風が一陣、二人の間を吹き抜け、巻きあがった葉が地に落ちた。

     カァァァンッ!

     互いに踏み出したその剣は、鍛錬という軽さはなかった。正面からぶつかった剣は互いに重い音を響かせる。剣を間に互いの顔が近くなる。二人とも、楽しそうな顔をしていた。
     剣を払い一度距離を取ったランバートは、意外なほどに本気な剣に驚くと共に、基本通りでどうにかなる相手ではないと改めて知る。そして、構えを本来のものに戻した。
     剣を軽い感じで片手に握り、体からも無駄な力を抜いた。そのくせ緊張感は増す。表情は楽しげなものに、より鋭利さを増して。
     ファウストも構えを変えた。右手一本で剣を握り、右の肩を下げて構える。左手はその刀身に軽く添えるだけ。足を開き、腰を落とす。水平な剣の切っ先は真っ直ぐにランバートを捕らえていた。

     先に出たのはファウストだった。まるで槍のような突きはかなりの勢いだ。
     だがランバートはその切っ先を受けるのではなく、流した。瞬時に軌道を読み、突き込まれた剣に自らの剣を軽く側面に当て、僅かながら切っ先をそらす。
     それで引くファウストではない。見切られた剣をそのままランバートに向けて薙ぐ。だがそれも、ランバートは予測していた。
     身をかがめることで避けたランバートは、同時に懐に入り込む。そして切っ先を真っ直ぐにファウストへと突き込んだ。
     動きに反応して一歩後退したファウストはランバートを睨み付ける。その視線に、ゾクゾクした。こんなに満足できる戦いは初めてだ。
     ファウストの剣は実直な性格に似合う、真っ直ぐな剣だ。そしてその威力は想像を超える。反応が早く、見切るのが難しい。突きと斬撃のバランスもいい。

    「今の斬撃、普通なら首が飛んでますよ」
    「お前の突きも、普通なら心臓を一突きだ」

     互いにそんな言葉を交わした後は、ドッと笑った。笑いながら、二人は剣をおさめた。これ以上は危険な気がした。本気で殺し合いをするわけにはいかない。私情による団員の殺傷は軍法にかけられる。それを侵すわけにはいかなかった。

    「剣だけなら師団長クラスと並べても遜色ないか。俺の剣をかわす奴に久しぶりにあった」

     薄らとかいた汗を拭いつつ、ファウストは感心したように言う。同じように汗を拭い、持参した水を口に含んだランバートはそれをファウストに持って行きながら苦笑した。

    「俺も楽しかったです。あれだけ本気で剣を振るったのは、本当に久しぶりでした」

     ランバートから受け取った水筒に口をつけつつ、ファウストは笑う。そして、満足そうな顔で切り出した。

    「次の安息日も、俺はこのくらいの時間にここにいる」

     それはファウストからの誘いだった。次も、とは。そしてランバートも、それに応じて軽い笑みを浮かべた。

    「俺も、朝練のない日はこのくらいの時間にここにいます。長年の習慣ですから」

     互いに来るとは言わない。だが、くることは分かっている。それで十分だった。
     ランバートにとっての新たな生活は、前途多難かつ、刺激的なものになりそうだった。
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