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    煉獄兄弟の鬼ごっこシリーズの続き、置いていきます。
    まずは4月頭に遊郭編の特別編集ということでこちらを公開するのに丁度良いかと。
    読み直すと当時の自分よく書いてるよなぁ、と自然に色んな妄想が湧き出てた頃を思い出したりします。
    もうすぐ刀鍛冶編のTV公開、楽しみですね😊

    遊女千寿郎の任務蝉がかまびすしい夏も終わりを迎え、夜も段々と冷えるようになって物哀しさを感じるようになってきた頃合に、兄上の大好きな芋の収穫が始まる秋がやってきました。秋といえば十五夜で、萩やすすき、月見団子なんかをお供えして大きなまんまるの月をゆっくり眺めたりするのですが、その昔は団子の代わりに芋を供えていたらしく、丁度芋の収穫の時期に現れるこの月は秋の収穫をお祝いして芋名月とも呼ばれているようです。去年兄上にそのことを教えて差し上げた所、案の定薩摩芋と勘違いして月に向かってわっしょい!と叫んでおりまして、芋の収穫を祝うには景気付けに良かったのですが、そのまま勘違いした状態で今年もまたお月見の時期を迎え、兄上が農家から収穫したばかりの薩摩芋を大量に買ってきて団子を並べる為の三方に積み重ねようとしていたので、さすがに俺は芋は芋でも違う芋だという事を兄上に説明致しました。しかし兄上は芋違いをしていたことを特に気にも留めず、俺の言ったことを理解した上で自分は薩摩芋が好きだから薩摩芋で祝う、同じ秋の収穫物だ、とそのまま薩摩芋を積んで満足そうにしており、まぁ、兄上が満足ならばそれはそれで良いと、今年は煉獄家では団子の代わりに薩摩芋で月見をしておりました。そんなことをしているうちに十月になって秋祭り、秋晴れの上天気の中、民衆が街へ繰り出して露天商がこしらえた饂飩や飴細工、台に並べられた下駄や石鹸、皿、絵草子などの日用品を購入したりして楽しんでいる頃、俺は苛々しておりました。
    何が起きたのかと言うと自称、祭りをつかさどる神こと宇髄さんなのですが兄上のげろの一件から興醒めしていた割にもう家にやって来て玄関先で兄上と話をしておりました。俺は「祭りに行こう。」とでも兄上を誘いに来たのかと思って廊下の影から顔を覗かせてもやもやしながら二人を見ていたのですが、また兄上が頬を染めて困り果てたような顔をしていたのです。宇髄さんはそんな兄上の肩に手を置いて真剣な顔で何かを頼むように話かけており、兄上が赤い顔で腕を組み目を閉じて俯いているのを見て、遂にあの男は祭りへ誘い次いでに愛の告白でもしたのではと思い悶々としていました。幾ら柱と言えども俺の大切な兄上にあんな顔をさせて困らせる輩は許せない、そこまでして兄上の心が欲しいのか、一緒に祭りに行って訳の分からない絵の付いた揃いの茶碗なんか買ってきゃっきゃうふふする仲になりたいのか、と俺は目を光らせながらどす黒い空気を廊下の影から放出するという離れ技をやってみせた所、流石に宇髄さんも廊下の影に潜む俺の存在に気付いてぎくりとし、兄上に、じゃあ約束の時間に絶対来いよ、と言うとそそくさと帰って行きました。
    閉められた玄関の前で兄上が溜息をついていました。俺は心の中で宇髄さんに向かって暫く誘わないんじゃなかったのか、と文句を言いながら兄上に駆け寄り、今度は何の用だったのかを尋ねました。
    「任務の話だ、千寿郎は知らなくていい。」
    ふむ、違った。祭りではなかった。つい早とちりをしてしまった。てへぺろ。
    しかし兄上は俺の方を振り返りませんでした。兄上は以前にも宇髄さんに絡まれた後似たようなことを俺に言いました。知らなくて良いと言われると知りたくなるのが人の性分、俺の大好きな兄上のこととなれば猶更なおさらで、やはり宇髄さんがまた兄上に良からぬことを言ったに違いない、と思って俺はむっとしました。
    「兄上。」
    俺がそっと呼び掛けるように声を出すと兄上が振り返って俺を見下ろしました。
    「何かお困りのようですがもし宜しければ俺に話して下さいませんか?」
    俺は兄上が心配でした。兄上は普段俺の前では明朗快活に振る舞っているのだけどふとした時に思い悩んでいる表情をしている時があるのです。俺はいつも兄上に支えられてばかりで、力になれる時は出来る限り兄上を支えて差し上げたいと思っておりました。
    「いや、大丈夫だ、心配かけてすまない。」
    「兄う…。」
    兄上は俺の両肩をぽん、と叩いてから自分の部屋へ戻ろうとしたので、俺は兄上の隊服の裾を引っ張って引き留めると兄上の顔を見上げました。
    「兄上、僕では兄上の役には立てないのですか?僕は兄上の悩み事一つも聞いてやれないのは心苦しく思います。どうか僕に打ち明けて下さい。」
    さあ、兄上、あの男は貴方に何と言ったのですか。さあお答え下さい。さあ!さあ‼︎さあ‼︎
    兄上は俺の顔をまじまじと見るとふっと笑いました。
    「おまえには極力心配をかけたくないと思っていたが…、今回ばかりは少し…な。」
    兄上は眉を下げて苦笑いしました。
    「実は、宇髄が花街で潜入捜査を手伝ってもらいたいと言ってきてな。」
    「花街へ潜入…?」
    「ああ、それで遊女の恰好かっこうをしてくれと頼まれた。」
    「なっ…。」
    宇髄さんは兄上に何という註文をするのかと驚愕しました。兄上のような方が女装などしたらまるで歌舞伎の人気若女形わかおやま、女を買いに来た男衆がみすみす放っておく訳がありません。きっとおひねりを投げ付けられるなどして兄上は大層心を痛めてしまうでしょう。これはまずい、兄上が酷い目に遭ってしまう、そんな危険な場所に顔を赤らめて女装に抵抗を見せる兄上を送り込もうとする宇髄さんに俺はむかついて、あの男をどう料理してくれようかと考えに考え抜いて、俺の得意技の一つ、千切りにしてくれようと思いました。
    「どうしても兄上でなければいけなかったのですか?」
    「うむ、場所が場所だけに悲鳴嶼殿ではすぐ男とばれるし不死川にはテメエコロスぞ、と凄まれたらしい。胡蝶姉妹は他の任務にあたっているから無理と断られてそれなら、と甘露寺に声を掛けようとしたら何処から情報を得たのか伊黒が甘露寺の後ろから執拗な睨みをきかせてきてそれ以上声をかけられなかったみたいでな。」
    「はあ…。」
    ふと、俺は誰かを忘れている気がしましたが今はそれどころではないと考えないことにしました。庭の添水そうずが竹筒に溜まった水をこぼしてコン、と虚しく音を立てていました。後に家に顔を出した伊黒さんから聞いた話ですが、この時柱達の間では宇髄さんに対して満場一致で「お前が女装しろ。」と裏で言っていたそうです。きっとあの場に柱達がいたら兄上に「断れ。」と言ってくれたかもしれませんが真面目にも困っている人を放っておけない、自分は二の次の兄上はつい了承してしまったのだと思います。
    その話は置いておくとして、兄上の話を聞いたこの時はもう覆水不返、後悔ほぞむ状態で、兄上が引き受けてしまった以上誰が何と言おうと腹を下していようと全うしなければいけない任務の一つになってしまった事に変わりはなく、俺は心に決めました。
    「兄上、僕が遊女になります。」
    そう言うと兄上は目を丸くして驚いた顔をしました。
    「何を言う!お前にそんなことはさせられない!どんな場所かわかって言っているのか。」
    「もちろん存じております、倉にあった書物や聞いた話である程度の知識は持っております。僕が遊女として潜入しましょう。」
    「そうはいかない!任務とはいえお前が男の相手をする姿など見たくもない!それにお前に女装などさせたら俺は…!」
    兄上は腕を組み複雑な表情をしていました。
    「何ですか?」
    「いや…、確実な事は言えないが鬼が出るかもしれない所だ、それ以外にも危険が伴うぞ!」
    「僕はこれでも刀の色は変わらなかったけど最終選別はくぐり抜けてきました。今も鍛練は欠かせておりません。兄上の役に立たせて下さい!僕も煉獄家に生まれた者として鬼討伐に協力したいのです!」
    俺だって兄上が見知らぬ男の相手をする姿など到底我慢出来ないのです。兄上に降りかかる全ての困難から兄上を守りたいのです。人の為に死と隣り合わせの闘いに身を置く兄上にとって俺の考えは不純だと笑われるでしょうか、いや、笑われても構いません、俺にとって兄上はこの世の誰よりも大切な人なのです!俺は心の内を見抜かれないように兄上の目を正面から見据えると兄上は暫時黙考したのち腕組みを解き、俺の傍へ近づいて来ました。
    「わかった千寿郎、お前がそこまで言うなら俺は反対はするまい、お前を連れて行こう、だが俺はお前を潜入させた後常にお前の近くで鬼を探る。決してお前を危険な目には合わせない。」
    兄上は真剣な眼差しで俺を見つめました。
    「僕は兄上を信頼しております。」
    兄上の視線に応えるように頷くと俺は支度をしに自分の部屋へ向かいました。父上の食事は鍋に芋の煮っ転がしなどを作って置いてあるのでお腹が空いたら勝手に食べてくれるだろうと茶碗だけ卓上に用意しておきました。
    俺はふと、部屋にしまっておいた日輪刀を取り出しました。鞘を抜いて握ってみましたがやはり刀は何の反応も示しませんでした。溜息を吐き、虚な眼差しで刀を鞘に収め、桐箱の蓋を閉めると部屋の隅に寄せました。
    「千寿郎、支度は出来たか、そろそろ宇髄との約束の時間だ。藤の家に向かうぞ。」
    障子越しに兄上の声が聞こえたので急いで荷物を入れた風呂敷を背負い、兄上と共に父上の部屋へ向かいました。
    父上の部屋の戸を兄上が静かに開けると布団の上に外を向いて横になっている父上がいました。
    「父上、今日から俺と千寿郎は共に任務に出ます故、暫く留守を頼みます。」
    父上は何も言わずにこちらをちらりと見るとすぐ向こうを向いてしまいました。
    「父上、行って参ります。」
    「…。」
    「さあ、行くぞ、千寿郎。」
    兄上はそっと戸を閉めると笑顔で俺に言いました。これから息子が命の危険を冒しに行くというのに何も言ってくれない父上に対して俺は寂しさを感じました。兄上は任務前父上に声を掛ける度にこんな思いを抱いているのか、と思うと俺に笑顔を向ける兄上の心の内が少しわかった様な気が致しました。

    藤の家に着くと宇髄さんが縁側に片足を乗せて座った姿で俺達を待っていました。
    「宇髄、待たせたな。」
    「お、来たか煉獄、…って何で弟がいるんだよ。」
    宇髄さんは俺の姿を見ると眉間に皺を寄せました。俺がむっとした顔で宇髄さんを見ると彼は俺からふい、と目を逸らしました。
    「面倒くせぇ奴がついて来ちまったな…。」
    そう呟いた気がしましたがよく聞こえませんでした。
    「宇髄!昼間の話だが遊女の姿は千寿郎に任せる事になった。君の計画を勝手に変える事はすまないと思うが俺も女の恰好では何かと動きにくいだろうからな。」
    余儀無く計画を変更された宇髄さんは兄上の顔を見て長い溜息を吐きました。
    「お前危険が伴う任務に弟送り込んでどうすんだよ。お前の考えにしちゃ納得いかないねえ。」
    宇髄さんは兄上ならもし酒に酔った男に手籠めにされかけるという最悪の事態に遭遇したとしても相手を投げ飛ばして気絶させるなどして身を守ることが出来るだろうと安心していたのでした。なのに潜入するのが俺だということになって余計な心配をする羽目になったのです。
    「心配は無用だ、決して警戒は怠らない。時を見て俺も潜入しようと思っている。」
    「潜入って簡単に言うけどどうやって入り込むつもりだよお前。」
    「遊客のふりをして千寿郎を買えばいいのではないのか?」
    「馬鹿、仕入れた女をすぐ見世みせに並べる訳ねえだろ。それに他の女使って上手く入り込んだとしても中では楼主や遣り手が常に目ぇ光らせてんだ。下手に動いて騒ぎでも起こしたら全部水の泡だぞ。」
    「む…、そうか、ではどうすれば…。」
    「もう、しょうがねぇな、とにかくお前は警備中に怪しまれないよう着替えして待ってろ。」
    余程女装がいやだったか、と宇髄さんは思い直すと俺を奥の部屋へ招き入れました。俺はそこに待機していた藤の家の主人の奥さんに紺色に紅葉の模様が描かれた女物の着物を着せられて、下ろすと肩まである髪は紐を解いて櫛で丁寧に梳き、顔にお白いをはたいてから最後に唇に紅をのせて、誰が見ても男とは思わないであろう女の姿に変化させられました。
    「可愛く出来ましたよ。」
    奥さんが俺を褒めながら藍色の着物に着替えた宇髄さんに引き合わせました。兄上が遅れて部屋に入ってきて、鉄錆色の着物に袴を合わせた姿になっておりました。
    慣れない格好で俺がもじもじしていると兄上が何故か俺を直視していました。
    「うーん、髪色で煉獄の身内だってばれるかなぁ…。」
    宇髄さんが近づいてきて俺を上から下までじろじろ眺めてから兄上の方を見ました。
    「煉獄、俺が潜入して千寿郎の傍につくからお前外から見張ってろ。」
    「それは駄目だ!」
    「はあ?はっきり断り過ぎだろ。今の上官命令だぞ。」
    「上官命令だろうが譲れないものは譲れない!俺は弟を巻き込んだ以上兄として弟を守る責務がある!」
    「あー、はいはい、好きにしろ。その代わり潜入する時ばれるなよ。」
    「心得ている!」
    兄上は俺の傍に寄って屈むと手を伸ばして唇から僅かにはみ出た紅を親指でそっと拭いました。
    「これでいい。」
    兄上が目を細めて笑っていて、何故かいつも以上に優しい笑顔に俺はつい見惚れて顔を赤らめました。
    「今更だが、もう廓の目星はついているのか?」
    「ああ、京町通りにある銀杏屋だ。その周辺で行方不明の人間が多く出ている。今から俺が千寿郎を連れて行くから煉獄は待機していろ。俺が時を見て鴉を飛ばすからそうしたら俺の指示に従って動け。」
    「承知した。宇髄、くれぐれも頼む。」
    「では兄上、先に行っております。」
    俺は兄上の前でうやうやしく頭を下げてから宇髄さんと共に外に出て、後を追いかけるように外へ出て俺を見送る兄上に笑顔で手を振りました。


    宇髄さんに連れられてやってきた遊郭は和と西洋を織り交ぜ、入り口にステンドグラスをはめ込んだ扉の付いた三階建ての豪華な建物でした。初めて入る廓に俺は好奇心からきょろきょろと周りを見ながら中に入りました。建物内部は吹き抜けになっており、各部屋が螺旋らせん状に配置されていて見通しの良い構造でした。
    中では化粧を落とした遊女や禿かむろ達が自由時間をのんびりと過ごしていて、二階の階段近くから遊女とはまた違う女が俺達を見下ろしていました。
    宇髄さんは奥から出て来た女将と話をして俺を置いていく取引をしていました。何故か宇髄さんは俺を十五歳と偽って話を進めていました。女将は俺をちらりと見ると随分幼く見える事を口にして不審な目を向けてきたので、正体が露見してしまわないか内心不安だったのですが宇髄さんは借金まみれの家の娘だから栄養不足で身体が成長してねえんだ、と適当に嘘を吐いて誤魔化していました。
    ふと視線を通路の壁側に向けると、二十歳を過ぎたであろう遊女の一人が神棚の前で手を合わせて一心に祈っておりました。見上げてみると棚板の上に極太の魔羅を象った置物が真上にそそり立って鎮座していて、俺はすぐ下を向いて視線を外しました。その遊女は仕事を沢山こなして早く年季が明けるよう魔羅に祈りを捧げていたのですが、長年そこで神として崇められてきたそれの威圧的な佇まいは、全てを突き通して破壊しようとしているかのように不気味に黒光りしていて、俺は酷く恐ろしい気持ちにさせられました。
    無事銀杏屋に引き取って貰えた俺はそれから数日間、疑念を持たれないよう細心の注意を払って鬼を探し、姉様になってくれた花魁に指導を受けながら身の回りの世話等をこなしていました。夜見世が始まると俺は花魁や他の遊女の元に食事や酒を運び、度々男女が情交に及ぼうとする姿を目にしていました。此処へ来た初日、初めてそれを見た時に驚いて、本能剥き出しの動物のような人間の姿に仕事の手を止めて部屋の前で呆然としてしまったことがあったのですが、遣り手と呼ばれる二十七、八位の女が俺の前に来て、恐ろしい顔つきで俺を見下ろすと早く仕事をしろと追い立てて来ました。
    「ちょいと、千。」
    ある日干したばかりの赤い夜具を部屋へ運んでいると、女将が俺を呼び止めました。
    「はい。」
    俺が返事をして振り返ると女将は愛想の良い笑みを浮かべながら俺に近づいてきました。
    「千、あんたまだ此処へ来て日が浅い所なんだけどねぇ、あんたに早速良い話が来てんだよ。駒澤村の大地主のせがれがあんたのおなじみさんになってくれるそうだよ。何処から見てたんだろうね、一目惚れだってさ。」
    駒澤村の大地主、はて?と一瞬首を傾げましたが地名からきっと兄上のことだと思いました。
    「今夜いらしてくれるみたいだから粗相のないようにね。しっかり働くんだよ。」
    「はい、わかりました。」
    兄上が来てくれる!廓で提供される朝夕二回の粗末な食事といつまでも慣れない場の雰囲気に少々疲れ始めていた俺は兄上の事を思うだけで元気が沸いてきました。


    夜になり花街が人出で賑わいを見せ始めた頃、兄上は駆け足で俺のいる桔梗屋へと向かっていました。
    いいか、煉獄、女が初見世に出る前は男に慣らす為に水揚げの儀式を行う。そこで俺はおまえが千寿郎の上客になるという口実で水揚げをお前にさせるように手配しておくからお前は廓に入ったら案内を受けろ。通された部屋に千寿郎がいるはずだからお前はそこで千寿郎と待機しつつ鬼の気配を探れ。あと刀は隠しておけ、例えどんなに身分の高い人間でも武器は持ち込まないのが遊郭の仕来しきたりだ。
    兄上の頭の中には鎹鴉から伝えられた宇髄さんの言葉が浮かんでいました。
    (宇髄は俺が怪しまれずに潜入出来るよう上手く立ち回ってくれたみたいだが…、水揚げとは何だ…?魚でも獲るのか…?うむ、よくわからん!)
    兄上はそんな事を考えながら走り続け、銀杏屋の大籬おおまがきの前まで来て立ち止まりました。牛太郎と呼ばれる男が諧謔かいぎゃく的な言葉を含めながら籬の前で呼び込みの声を張り上げていて、遊女を冷やかしにきた男衆の後ろから籬の中を覗いて見ると、振袖新造が奏でる三味線の音を背景に華やかに着飾って化粧を施した遊女達が真っ直ぐ前を向いて並んで座っていました。その中の一人の遊女が兄上の姿を見つけて流し目を送りましたが騒いだのは兄上の前にいた男連れで、自分に流し目を送ったんだ、などと連れ同士で言い争いをしているのを兄上は興味が無さそうに見て、すぐにその場を離れると銀杏屋へ入って行きました。

    俺は女将に指示された二階の客間へ入り、鏡台の前に正座して兄上が訪れるのを待っていました。
    兄上を接待する為に敷かれた赤い夜具が薄暗い部屋を鮮やかに彩って扇情的な雰囲気を醸し出していました。
    スル、と襖が開いて兄上が姿を見せました。兄上の背後にいた女将がごゆっくり、と声を掛けて襖を閉めて行きました。
    「兄上!」
    俺は立ち上がって兄上を呼びました。たった数日離れていただけなのに何年も離れていたような気がして、思わず兄上に縋り付きました。兄上は俺の頭と肩に手を置いて優しい笑顔を浮かべました。
    「心配していたぞ、千寿郎。元気そうで良かった。」
    「はい、何とかやっておりました。」
    「鬼の情報は何かあったか?」
    「今のところは特に…、被害も出ていません。」
    「そうか、暫くの間良く頑張ってくれたな。」
    それから半刻程兄上と他愛も無い会話をして、俺がすっかり安心しきったその時でした。
    兄上が突如、刀を手に襖の方を警戒して動きを止めました。俺は兄上の顔付きが瞬時に険しくなったのを見て狼狽えました。
    「あ、兄上…?」
    兄上は何も言わずに襖の向こうの気配を探っていました。そしてちらりと俺を見てから急に俺の腕を掴んだと思うと、俺の身体を自分の方に引き寄せて抱き締めました。
    「あっ、兄上、何を…‼︎」
    兄上は俺に顔が見えるように少し身体を離すと口の前で人差し指を立て、俺の耳元に口を近づけて囁いてきました。
    「千寿郎、声を出して芝居をしろ。」
    「こ、声…?」
    「そうだ、今俺と床入りしているように演じろ。」
    「え、あ…、兄上、ど…、どうやれば…。」
    「兄と呼ぶな、今は他人だ。呼ぶなら名前にしろ。」
    「あ…、き…、きょう…じゅ…。」
    俺がもたもたしていることで兄上が痺れを切らしたのか襖の方を横目で見て、ち、と舌打ちをすると俺の首筋に突然吸い付いてきました。
    「いや…!あ…っ!」
    自然と俺の口から声が上がり、兄上の肩を掴んで押し退けようとしましたが背中に兄上の両腕がしっかり回されている為無駄な抵抗でした。
    兄上は俺の背に回り込んで俺を抱え上げ、自分の股の間に座らせました。
    そうして俺の着物の襟元をぐいと引っ張ると、開いた胸元に手を差し入れてきて俺の胸の先の小さなふくらみに触れ、ゆるゆると指先を動かしてきました。
    「や、やめ…、あ…、あに…、んんんっ!」
    「千、耐えなくていい、声を上げろ。」
    兄上のもう片方の手が俺の下半身に伸び、着物の裾を捲り上げて晒された俺の陰茎を握り、ゆっくりと上下に動かしてきました。
    「あ、あ、あああーーー…‼︎」
    胸と下半身に与えられる刺激に堪らず声を上げたのですが兄上と呼べないのがこんなに苦しいとは思いませんでした。
    今は他人、俺は兄上の声を頭の中で反芻していました。今俺の身体を弄んでいる手は兄上であって兄上では無いのです。遊女に扮した俺を買った一人の男の手なのです。
    「はぁ…!あっ、あ…!あう…!」
    兄上の手の中で屹立したものの先端から透明な雫が流れ始めました。
    俺はこれまでずっと兄上とこの様なことになりかけるとその手を恐れて逃げてきました。何故なら俺と兄上は血の繋がった正真正銘の兄弟だからです。俺の中にはいつも兄弟という枠を超えてはいけないという意識がありました。そして図々しくも兄上にそれをわかって貰いたいと思っていました。俺は宇髄さんが兄上に関わろうとすると嫉妬をして腹を立てる癖に、いざ兄上が俺に迫ってくると逃げ出していました。俺は…、卑怯者でした。兄上は真っ直ぐな人だったので俺を心から愛してくれているのはわかっていたのですが俺には兄上の愛情は大き過ぎて耐えられませんでした。だけど兄上の愛情を失ってしまうのは嫌だったのです。
    じゃあもし兄弟じゃなかったら…?
    兄上に与えられる快楽の中でその問い掛けに答えを出そうとして自然と涙が溢れてきました。
    (兄弟じゃなかったら俺は…、もっと素直に…。)
    兄上が体勢を変えて俺を夜具の上にそっと仰向けに寝かせ、その上に覆い被さって俺の陰茎を扱いたまま口付けをしてきました。口の隙間から漏れる声と舌が絡まってくちゅくちゅとした淫らな音が響いて、兄上の身体が次第に熱を帯びていくのがわかりました。口が離れると兄上の唇が赤く染まっていて、俺の唇に塗られた紅が兄上の唇に移ったのか、はたまた兄上の体温で色付いたのかわかりませんでしたがその唇が何とも艶かしく、以前読んだ本の、海の向こうの神話に出てくる赤い果実のように見えました。
    「千っ…。」
    俺の名を呼ぶ声の優しく心地良い響きに俺は身体を震わせて、兄上の首に手を回すともう一度、兄上の唇を今度は自分から求めました。兄上は俺を受け入れると俺の口の中で何度も舌を絡ませ、息も絶え絶えの俺の陰茎を握る手に力を加えて更に扱きました。
    「はあ、はあっ、あ…、ああああっ!」
    先端から勢いよく精液が飛び散って兄上の手と俺の着物を汚し、俺は蕩けた視界の中で兄上の顔を見上げました。視点が合うと兄上が心配そうな顔で俺を見下ろしていました。
    「大丈夫か…、千…。」
    「はい…。」
    「すまない、急にこんなことをして…、許してくれ。」
    兄上は懐紙を取り出して自分の手と俺の着物を拭き、俺の身体を起こして強く抱きしめてきたので俺も兄上の背に腕を回して目を閉じました。
    「わかってますから…、謝らないで下さい…。」
    俺は素直に兄上に身体を委ねていました。この姿をしている間だけ俺は「煉獄千寿郎」ではなく「千」という女姿の他人になり、任務を遂行するという理由で兄上に抱かれる自分を納得させることが出来たのでした。
    俺が兄上の腕の中で微睡んでいる間、兄上は布団の近くに置いていた日輪刀に手を伸ばし、俺の肩越しに襖の方を睨み付けていました。
    聞き耳を立てなければわからない程の足音がひたひたと遠ざかって行って何も聞こえなくなると兄上は静かに日輪刀から手を離しました。
    「…兄上、襖の向こうに誰かいたのですか?」
    兄上の動作に気付いた俺が小声で聞くと兄上は俺を身体から離して俺の乱れた着物の胸元を直しながら言いました。
    「…微かだが、鬼の気配があった。」
    鬼という言葉から危険な場所に来ているのだという意識がはっきりしてきて、俺は唾を飲み込むと身体を震わせました。



    「旦那、あんたが連れてきた娘、あんたの客の男に抱かれて良い声で鳴いてたみたいよ。羽振りも良いしほら、みんなに小遣いまでくれたんだよ。」
    「そうかい。ははっ、そりゃ良かったな。あの娘はそんなに良い声だったかい。」
    二階の、俺達がいる所とはまた別にある客間の真ん中で、胡座をかいて頬杖をついた美丈夫が女将の話を愉快そうに聞いていました。
    (まぁ俺が全部指示したんだけどな。)
    宇髄さんはそう心の中で思いながら兄上が無事潜入した事に満足して膳の上の酒を手酌で一杯呷りました。
    「まだ来たばかりで四十八手も教え込む暇なんてなかったけどあの初々しさがまた人によっちゃ良いんだろうね、昔から客を取れるのは床上手に鳴きの上手い子って言うけどあの娘は良い客について貰ったよ、これからしっかり貸した分働いて貰わないとねえ。」
    女将は機嫌良く膳の上の徳利を手にすると宇髄さんに酌をしました。
    「まぁゆっくりしておいで。あんたのおかげで暫くは稼げそうだよ。」
    女将はそう言って襖を開け、部屋を出て行こうとしました。
    「ああ、そう言えば最近この辺りで足抜けが多いって話だが。女将知ってるかい?」
    宇髄さんは並々と酒が継がれたお猪口を慎重に口に運んで空にすると女将に話を振りました。
    「足抜けなんていつだってあるさ、辛くて逃げるのもいれば男女の色事が恋愛に発展して逃げるなんてここじゃあ日常茶飯事だからねぇ。全く、借金したまま逃げるなんて勘弁して欲しいわ。」
    「そりゃそうだ、最近もまた出来上がった男女が足抜けしたそうだが…、その男女の姿がまた何処を探しても見えないらしくてな。逃げたのは全員行方知れずのままらしいな。」
    「ふん、どうせ追われて逃げ切れないと判断して二人で川にでも飛び込んだんだろ。次の世で一緒になろうなんて言ったりしてさ。馬鹿だよねぇ、死んだらそこまでだってのに。」
    「それが死体すら上がってこねえらしいんだ、廓の方は神隠しだってことで強引に納得させられてるみたいだけどな。」
    「へぇ、そりゃ気味が悪いねぇ。化けて出なけりゃいいけど。」
    「化けてなんか出ないだろ、…相当怨まれでもしなきゃなあ。」
    宇髄さんが目を光らせて女将を見、口角を引き上げました。
    「はっ、逃げた人間がどうなろうと知った事じゃないさ。元々借金の肩に売られてきた女共だ。借金こさえた親が悪いのにそれをこっちが肩代わりして食事と住む場所与えて働かせてやってんだ。あの娘らにもの言う権利なんか無いんだよ。女衒ぜげんやってるならわかるだろ?それよりもあんた達の方こそ田舎の百姓の娘を何人騙して喰い物にしてきたんだい?親をもっと楽させてやれる、華やかな暮らしが出来るって甘い誘い文句並べてさ。」
    女将は懐から取り出した煙草に火を付け薄ら笑いを浮かべて宇髄さんを見ました。宇髄さんが何も言わないでいると女将はふん、と視線を外して部屋を出て行きました。
    「…わかるわけねぇだろ、こんな地獄。」
    苦界。遊女の世界はそう言われています。年季が明けるまでの数年、十数年、籠の鳥となって毎夜毎夜違う男を相手にし、妊娠や病気に怯えながら女達は暮らしているのです。
    宇髄さんは女将が廊下の奥へ消えていったことを足音と気配で確認してから立ち上がると畳に視線を落としました。畳の縁にクナイを突き刺して上げ、その下の床板を切り抜いて外すと一階と二階の間にある空間へと忍び込みました。その空間にある、外へと通ずる空気抜きの穴から忍び込んだ宇髄さんの配下の筋肉質の鼠二匹が隊服と日輪刀を用意して待ち構えていて、宇髄さんは素早く服を着替え左目に花の模様を描くと、鼠に俺達のいる部屋の位置を案内させました。
    二階の各部屋には嘘に塗れた言葉を囁き、好きでもない男に抱かれて悲鳴に似た喘ぎ声を上げる遊女達がいました。その遊女達を凌辱し自身の抑えきれない衝動を恋の遊びと称しながら塵箱にでもぶち撒ける勢いで抱く男達の獣の声に、邪念と悲念を孕んだ体液と酒と煙草の匂いが床下に籠った生温い空気と混ざり合いながら辺りを漂い、宇髄さんは不快な気分にさせられました。そんな悪臭漂う粘り気を帯びた反吐へどの様な泥の中に時折一筋の光が差し込んで愛し合う男女が生まれ、お互い懸命に幸せになろうともがく二人を無情にも食い殺している鬼がいることを察した時、怒りで吐き気がする程だったそうです。
    宇髄さんがこちらに向かっているその頃、俺は兄上の胸に抱かれたままじっとしていました。兄上は時折大きな目を動かして部屋の外の気配を探っていました。
    「ん…?」
    兄上の視線が畳に落ちました。
    「千寿郎、少し退いてもらえるか。」
    俺が兄上から離れると兄上は夜具を退けて日輪刀の切っ先で畳を上げました。本来ある筈の床板が一部なくなっていて、その空いた穴から宇髄さんが顔を出しました。よっ、と声を出して穴から這い上がると身体に付着した埃をはたき落としていました。
    「宇髄、待っていたぞ。」
    「おお、無事潜入出来てたようだな、状況はどうだ?」
    「鬼の気配があった、襖の向こうから俺達の様子を伺っていた。」
    「何匹だ?」
    「気配からすると一匹だけだ。きっとこの建物内にいる。」
    「ってことは、今この建物の何処かに身を隠しているか、人間の姿で紛れ込んでいる可能性がある訳だ。」
    「この中からどうやって見つける?」
    「鬼を誘き寄せる。」
    宇髄さんはにやりと笑いました。
    「奴が狙うのは足抜けを図った人間だ。逃げた人間が死んだとしても誰もわからねえし気にも留めない。奴はこの花街の人間を餌にしておきながら何食わぬ顔してこの廓の中でのうのうと暮らしているのさ。」
    「鬼の目的がわからないな。逃げた人間だけを狙う理由が。」
    「そんなの知るかよ。理由があろうがなかろうが鬼は滅殺する。これ以上犠牲者を出す前に片付けるのが俺達の仕事だ。」
    宇髄さんは鋭く目を光らせて言いました。
    「とりあえず隊服に着替えろ。鼠にお前の服持って来させたから。」
    「そうか、ありがとう、宇髄。」
    宇髄さんは兄上が着替えをしているのを尻目に何か思うところがある様子でした。
    「ところで…煉獄、お前の弟これから走れるよな?」
    「…?宇髄、それはどういうことだ?」
    突然の意味不明な質問に俺と兄上の頭には疑問符ばかりが浮いていました。
    「お前ら俺が来る前に部屋で随分といい声上げてたらしいな。まさかとは思うけど本当にやってねえよな?」
    「…!」
    「…‼︎‼︎」
    兄上が固まっていました。やったな、と宇髄さんは思い俺達に不満そうな目を向けていました。俺は先程の情事を思い出して狼狽し、羞恥の心から両手で真っ赤になった顔を覆って部屋の隅で背を向けて小さくなりました。
    「うむ!状況が状況だったのでやむなく手を出してしまった!久々に 昂奮こうふんしたが問題ない!千寿郎が走れなければ俺が抱えて走るから気にするな、宇髄!」
    ぎゃあああ、兄上!お願いだから堂々と認めないで下さい‼︎
    「ははっ、そうか、後で覚えてろ。」
    宇髄さんが爽やかな笑顔を浮かべながら脅しの含まれた文言を口にするという器用なことをしたので俺の背中に汗が伝いました。俺は宇髄さんに兄上を取られるのは厭なのだけどやはり柱を怒らせるのは怖いのです。そのうち鴉の脚に不幸の手紙でも括り付けてくるのでは、と思うと夜も眠れなくなりそうなのでした。
    そんな恐怖に駆られた俺は腰が抜けそうな状態でよろよろと立ち上がり、それを見ていた宇髄さんは更に怒りを蓄積させていたのでした。

    「よし、じゃあ煉獄、千寿郎、派手に逃げろ!」
    「承知!」
    兄上は襖を勢いよく開けると俺の手を引き、廊下にいた遊女や男衆の間を縫って走り出しました。
    「待て!どこに行くんだ!」
    楼主が叫びました。だけど俺達は足を止めずに階段を駆け降りて外へと飛び出しました。
    「早く後を追え!足抜けだ!逃げられるぞ!」
    楼主が番頭に指示している後ろで遣り手の女がつと窓際に寄り、そこから見える俺達の後ろ姿を睨みつけていました。桔梗屋の男衆が俺達を捕まえに外へ飛び出して行く中、女は二階の窓の柵に足掛けすると勢いよく宙を舞い、格子状に立ち並ぶ遊郭の屋根の上を伝って俺達の後を追い始めました。
    街中に溢れる人混みを掻き分けながら俺達は走り続けました。
    ふと後ろを振り向いた俺は屋根を伝って髪を振り乱しながら追いかけてくる女に気付きました。明らかに人とはかけ離れた動きで追ってくる姿に俺は瞬時に鬼と判断しました。
    「兄上!鬼が追って来ています!」
    兄上はちら、と後ろを見遣りました。
    「千寿郎!ここは人が多い!今は何も考えずに大門を抜けた先まで走れ!」
    俺は兄上に引っ張られながら後方に鬼が迫ってくる恐怖を抑え込んで必死で花街を駆けました。大通りから大門をくぐり抜けて緩やかに曲がった下り坂を駆け降り見返り柳を脇目も振らずに通り過ぎた先で兄上は脚を止めました。
    「ここまで来れば大丈夫だろう。」
    後方を振り返ると鬼がいました。鬼は遣り手だった女でした。
    縦長の瞳孔を持った女は俺達二人を鋭く光る目で睨み付けていました。突如女が吼えたと思うとその鬼の長い髪が少しづつ束に分けられて纏まっていき、その束が形を変えて青みがかった黒い蛇の姿になっていきました。
    「千寿郎、下がっていろ。」
    兄上は腰を落とし柄に手を掛けると鬼を見据えました。
    鬼は上目遣いで舌舐めずりすると兄上に向かって飛びかかってきました。
    兄上は鬼が自分の間合いに入った所で刀を抜き「不知火」と口にして横一文字に振り抜きました。赤い閃光によって数匹分の蛇の頭が宙に舞いました。鬼は身体を捻って兄上の刀を避け、兄上から離れた所に着地しました。
    「何故逃げた人間ばかり狙う。お前に食われた人達が如何に無念だったか。それを知った上で喰っていたのか。」
    「はは、当然だ、金を返さずに逃げた人間を食って何が悪い?大体貴様ら人間だって人を食い物にしているだろう。ここは本当に楽しい。女達の悲鳴が毎晩のように聞こえる。逃げた人間を無理矢理連れ戻し、また搾取する。死ぬまで働かす。そうして楽しんでいる。此処はお前達人間が作った生き地獄だ。絶対に逃がさないさ、逃したら面白くないだろう?逃げられる位なら喰ってやるさ。ふふっ、結局貴様ら人間だってやっていることは鬼と同じじゃないか。貴様ら人間こそ人の皮を被った非道な鬼だ!ははははっ!」
    鬼が高笑いをして再度兄上に襲いかかりました。兄上も鬼に向かって走り出し刀を振るいました。鬼は蛇を使って兄上を撹乱しながら更に爪での攻撃を仕掛けてきました。
    「鬼狩り、お前もそう思わないかい?人間こそ人の心を食い尽くす醜い鬼だと!」
    「全ての人間をお前と一緒にするな!」
    兄上は手首を捻って刀の軌道を変え、鬼の首に一撃を入れようとしましたが鬼は兄上の刀を歯で噛んで受け止め、それ以上振り抜けなかった兄上の右腕に無数の蛇を絡ませようとしてきました。
    「くっ…!」
    兄上は咄嗟に左手で鬼の着物の胸元を掴み、掛け声を上げながら鬼を背負い投げて地面に叩き付けました。その弾みで刀を離してしまった為、兄上から離れた草むらに刀が弧を描いて飛んでいってしまいました。
    「兄上の刀が…!」
    俺は兄上に刀を手渡そうと取りに走りました。身体を起こした鬼の視線が俺に向かい、鬼は兄上を無視して俺の方へ向かってきました。
    「千寿郎‼︎」
    兄上が地面を後方に蹴って飛び、鬼を止めようとしましたが間に合わず、蛇が俺の首や胴、両腕両足に巻きついてきました。鬼は俺の身体を持ち上げると仰向けにして宙高く掲げました。
    「動くとこいつから殺す!」
    鬼は俺を人質に取り、身動き出来なくなった兄上を満足そうに眺めて近づき、爪で兄上の腕を引っ掻きました。
    兄上は血の流れた腕を押さえながらギリ、と歯軋りをして鬼を睨みました。
    「この娘、あんたの良い人みたいだねぇ、どうだい?大事な人を人質に取られた気分は?」
    「あ、兄上…。」
    「くそ…、千寿郎を離せ!」
    「ふっ、離せと言われて誰が離すか、そうだ、もっと苦しめてやるよ。あんたの大事なこの娘、目の前で犯されたらあんたどんな顔するんだろうねぇ。」
    鬼が俺を見てにやりと笑いました。俺が恐怖から青褪めていると鬼の頭部から生えた蛇が何匹も俺を取り囲み、目の前に他の蛇よりも太さのある蛇が近づいて来て二股に裂けた舌をちろちろと動かしていました。
    「あ…。」
    俺の目前で蛇が青黒い魔羅に姿を変えました。俺の脳裏に神棚に飾ってあった魔羅が浮かび、うねうねと動く目前のそれに対して、その時に感じたものが湧き上がりました。
    「あ…、あ…、あ…。」
    他の蛇が俺の着物の裾を咥えて少し持ち上げ、足に巻き付いた蛇が互いに距離を取って俺の足を開かせました。
    「やめろ!」
    兄上が一歩前に出た途端、俺の首に巻き付いている蛇が締め付けてきました。
    「ぐ…ぇ…。」
    首を締められている中で兄上が叫んでいるのが聞こえました。
    俺は何も考えられませんでした。声すら上げられませんでした。自分を貫こうとするそれがどんな動きをするのか、怖くて目を離せませんでした。なので兄上がどんな顔をしていたのかは分かりません。只、為す術もない状態に辛い思いをしていたのは確かだと思います。
    「さあ、私に良い顔を見せておくれ!」
    鬼が叫び、魔羅の形の髪を鞭の様にしならせた後、俺の股に向かって突いてきました。
    「千寿郎‼︎」
    兄上が悲痛な声を上げ、俺はぎゅっと目を瞑りました。
    辺りに静けさが漂いました。
    俺は下半身に鋭い痛みが走ると思っていましたが何も起こりませんでした。
    そっと目を開けて見てみると青黒い魔羅は俺の陰茎の前で動きを止め、鬼が俺を見上げて目を見開いていました。
    「お、まえ…、男…。」
    鬼がそう口にした時でした。俺の身体に巻き付いていた蛇が全て切り落とされ、宙に放り出された俺を誰かが受け止めました。
    「すまねえ煉獄、遅れた。」
    そう言ったのは宇髄さんでした。
    鬼が俺を抱えて地面に着地した宇髄さんに気を取られ、兄上の方を振り向いた時には兄上の手には既に日輪刀が握られていました。
    兄上は目を閉じ、深く息を吸って吐くと今迄に見たこともない眼光で鬼を睨み据えました。兄上の怒りが頂点に達し、背後には焔が浮かんで肩にかかった髪がばさばさと揺れていました。
    「ひいい。」
    鬼が兄上の闘気に威圧されて悲鳴を上げました。
    「あーあ、あの鬼完全に煉獄を怒らせちまったな。」
    宇髄さんが俺を下ろして呟きました。
    「兄上…!うぁ…!っつ‼︎」
    兄上に近寄ろうとした俺は兄上の闘気で火傷をしそうになり、初めて見る兄上の本気の怒りに恐れを成しました。
    兄上は腰を低く落とし、両手で握った日輪刀を身体よりも後ろに引きました。低姿勢から上目遣いで睨むその姿は正に焔を纏った虎でした。
    「炎の呼吸、玖の型、奥義…!」
    今度は鬼の方が兄上から目を離せなくなったまま後退りしていました。
    「煉獄‼︎‼︎」
    兄上の声と共に最強の型が炸裂し、鬼の首が吹き飛ぶのと同時に切り離された身体が炎に巻かれて消滅していくのが見えました。
    上がった火柱がようやく収まってすすの煙が立ち込める中、刀を鞘に収める兄上の後ろ姿がありました。
    「兄上…!」
    よし、もう熱くない、今度こそ兄上に近寄ると兄上は俺を振り返り、きつく抱き締めてきました。兄上は何も言いませんでした。だけど俺の背中に回された手が震えていました。俺は兄上の背にそっと手を回すと夜明けを迎えてほんのりと赤みがかった空の下で目を閉じて兄上の温かな体温を感じていました。
    「おい。」
    宇髄さんが俺達に声を掛けてきました。
    「何だ宇髄。」
    兄上が俺の頭に鼻先を埋めながら返事をしました。
    「お前ら俺がいること派手に忘れてるだろ。」
    「いや、忘れてはいない!だが任務は終わった事だし、先に帰ってくれていいぞ。」
    「ったく、言われるまでもねぇよ。お前らこそいつまでもそうしてねぇでとっとと帰れ。俺は先帰るぜ。」
    宇髄さんは瞬時に姿を消したのでその場に俺と兄上が残りました。俺と兄上の影が少しずつ伸びて明るくなり始めたので家に帰る事にしました。俺が女の恰好だったので近所の人に見られないように兄上が俺を抱き抱えて高速移動で帰路につきました。
    家の門をくぐって一息ついた俺は兄上から降りようとしました。
    「兄上、もういいですから此処で下ろして下さい。」
    「…。」
    「兄上?」
    兄上は俺を抱き抱えたまま自分の部屋へ向かいました。俺は何も敷かれていない畳の上に下されると兄上を見上げました。
    「どうやらこのままでは…気持ちが昂ったまま収まりが付かないようだ…。」
    「兄…!」
    兄上が俺を押し倒して畳に両肩を押さえつけました。女物の着物の裾が乱れて俺の太腿があらわになりました。
    「いいか…?千寿郎…。」
    俺は気付きました。今、兄上は遊女だった俺を求めているのではないのです。「千」ではなく「千寿郎」を求めているのです。
    俺はごくりと唾を飲み込みました。そしてゆっくりと頷きました。
    俺の唇に兄上の唇が押しつけられました。何度か交差した後俺の唇の間を兄上の舌が割って入ってきました。
    兄上は俺の着物の肩の所を引っ張って脱がせ始めました。襟元が乱れて俺の胸が晒され、兄上はその先端に唇を寄せて吸い付くと舌の先で転がしてきました。
    「う…、んっ…!」
    俺の口から声が漏れたのを聞いて、兄上は口の前で指を立てました。
    「静かに…、父上が起きる。」
    俺は袂から四つ折りにした布を取り出して口に咥えました。
    兄上が隊服を脱いで鍛えぬかれた上半身をあらわにし、俺の着物の帯も解いて裸にすると首筋に沢山の口付けを降らせ俺の胸から脇腹にかけてゆっくりと手を這わせました。
    「…んん…んーっ…。」
    緊張から身体が敏感になって兄上の手が俺の身体を這うたびに肌が粟立つようでした。兄上は俺の両足を上げて開かせると膨らみの下にある淡い色の蕾に自分の唾液を付けた人差し指を当てがい、入り口を撫でた後に侵入を試みてきました。
    「きゃっ!」
    つい声を上げてしまい咥えていた布が畳へと落ちました。初めての刺激に驚いた俺の足が震えました。兄上の指が誰の侵入も許さなかったそこに少しずつ入り込んで押し開いていきました。俺は布をまた口に咥えて声を上げたいのを耐えていました。
    「まだ固いな…。」
    兄上が呟きました。息を荒くした兄上が袴を脱いで俺の前に全裸を晒しました。俺は兄上の立ち上がったものを初めて見てどきりとしました。それは俺が廓や鬼との闘いで見たどす黒くて威圧的なものでは無くもっと綺麗なものだったのです。兄上は自分の手を使って先端を俺の蕾に押し付けましたが俺の中にはまだすんなりとは入れそうもありませんでした。
    「兄上…、俺は大丈夫ですから入って下さい。少し位痛くても我慢出来ますので。」
    兄上に今迄我慢させた分気持ち良くなって貰いたいと俺は思いました。兄上はふっと笑うと俺の頭を撫で、頬に口付けをしました。そして俺の両膝をくっつけて上げ、太腿の間にそれを挟んで動き始めました。
    「は…、あっ…。」
    兄上の口から吐息が漏れ始めました。兄上が動くと俺の陰茎も同時に擦れて疼きました。俺は手を伸ばして兄上の厚い胸板の先にある突起に触れ、兄上にされたように転がしてみました。兄上が目を細めて蕩けた顔をしているのを見て俺は嬉しくなり、そのまま続けていると兄上の動きが早くなってきました。兄上と一緒に擦れている俺の陰茎もびくびくと波打ち始め、俺は布を噛んで声を押し殺しながら兄上が達するのと一緒に精液を放ちました。
    俺の腹の上で兄上の精液と俺の精液が混ざり合って一つになっていました。兄上が息を切らせながら俺を見下ろしていて、少し恥ずかしそうに笑っていました。
    「入っても良かったのですよ、兄上…。」
    俺がくたりとしながらそう言うと兄上は「お前は無理をする必要はない。」と言いました。
    兄上こそいつも辛い思いを抱えているのに、と俺は思いながら兄上の愛情に守られている事に安心感を抱いて、その日はそのまま兄上の部屋で寝落ちしてしまいました。


    後日、家で日課の掃き掃除をしていると宇髄さんの鴉の脚に封筒が括り付けられてきました。俺が何だろう、と思って開いてみると差し出し人は宇髄さんで手紙には「記念にどうぞ。」と書かれ、遊女姿の俺の写真が同封されていました。いつの間に写真を撮ったのかと俺が顔を真っ赤にして慌てていると遠くから蜜璃さんが全速力で走って来るのが見え、俺を弾き飛ばす勢いで抱き付いてぎゅうぎゅうと締め付けられました。
    「あーん、もう千寿郎くん可愛い!私も見たかったわぁ‼︎」
    「うぐっ、くっ苦しいっ…!」
    全身の骨が砕けるかと思いましたが何とか離して貰えたので最悪の事態は免れる事が出来ました。
    蜜璃さんから話を聞いてみると柱全員の所に俺の写真が括り付けられた状態で宇髄さんの鴉が来たらしく、皆から好評だったと言われました。あの男はなんてことをしてくれるのか、と俺は思いましたが兄上が俺の写真を見て喜んでいた上、不死川さんにおはぎの差し入れを頂いたり伊黒さんに飴細工を貰ったりしたので今回だけは、と俺は水に流す事に致しました。
    それはそうと最初から存在を忘れ去られていた冨岡さんは添水がコン、と風流に音を響かせている縁側に一人腰掛けて俺の写真をじっと眺め、ムフフ、と含み笑いをして宇髄さんの鴉を引かせていたらしく、またそれが鴉を通して柱の間で広まってしまったので、冨岡さんは『根暗』や『辛気臭い』『鼻につく』『ムカつく』という個々人の一方的な評価に更に『気持ちの悪い奴』が付け加えられて、不死川さんと伊黒さんに一層嫌われるという結果となってしまいました。兄上が『冨岡は気持ち悪いかも知れないが努力家でいい人だ!』と冨岡さんの良い所を補填しようとしましたが余り効果をなし得なかったそうです。南無。
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    DONE🔥🎴煉獄さんと炭治郎のファーストコンタクト
    捏造です。
    「お相手願おう」が書きたかったのです!満足笑
    そしてこの後成長した炭治郎にまた別の意味で「お相手願おう……」と鬼に見せる顔ではなく炭治郎しか見ることの出来ない顔で言うのです。むふふ。
    闇深い丑三つ時、聞こえるのは激しい自分の心臓の音、呼吸をするごとに喉がひりつき山を駆ける足は疲労困憊、縺れ転び起き上がり尚山を駆ける。
    後ろから迫り来る闇の生き物、下卑た叫び声は喰らってやるぞぉと身の毛もよだつ言葉。
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    恐怖と悔しさで涙が溢れて落ちる。
    こんな所で終わるのか、まだ家には母と幼い兄弟がいるというのに。
    俺が居なくなったらきっと泣くだろう、困るだろう、母一人ではきっと大変に違いない。
    父を早くに亡くし、貧しいながらもここまで育ててくれたのに。
    こん 1947