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    仁川にかわ

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    仁川にかわ

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    縞りすさん(@douxCoffee6 )のツイートにインスピられて衝動のままに書き上げたVドちゃん(中の人ドさん)とオタルドくんです!
    元ネタはこちら↓
    https://twitter.com/douxcoffee6/status/1502855183860047882?s=21
    https://twitter.com/douxcoffee6/status/15048297804866068

    #ドラロナ
    drarona

    ボーイ・ミーツ・XXX ヌーチューバー戦国時代とはよく言ったもので。
     昨今、気軽に動画をネット上にアップロードすることが可能になってからヌーチューバーの中でも「バーチャル配信者」は年々その規模を広げていた。可愛らしいイラスト、それを元にした3Dモデル等でゲーム配信をしたり、ファンとお喋りをしたり、時には歌を歌ったりと活動は多岐に渡る。
     広告収入に加えコメントに任意の金額を付与できる投げ銭システムにより、人気配信者はその辺のサラリーマンの年収を軽く超える収入を得ていた。
     しかしながら、急激に成長を遂げたが故に母数が多い。数多いる配信者の中で一握りの人気配信者になるのは至難の業だ。
     そんなバーチャル配信者の中に、とある女の子がいた。どらどらちゃんである。
     小柄な容姿に、大きな赤い瞳と人ならざる者の肌。艶やかな黒髪は特徴的な癖毛をしていて、十字キーを模した飾りのついた大きなリボンの可愛らしい衣装を身につけた自称お嬢様吸血鬼だ。
     抜群のゲームスキルに加えトークも人気のどらどらちゃんは間違いなく人気配信者と言っていいだろう。視聴者、及びファンは、その愛らしい器とキュートな中身にメロメロなのだ。
     ──と、どらどらちゃんの中の人ことドラルクは自評する。
    「はいっ、じゃあ今日はここまで! 次回は前にも予告してたファンイベ……お楽しみのお茶会をやるよ〜! 当選した子はおめでとう! 落選した子はまた応募してね? みんな、今日も見てくれてありがとう! まったね〜!」
     ボイスチェンジャーでハイトーンな女の子の声に変えているが、出しているのは二百歳強の立派な成人吸血鬼である。正直、喉が辛い。配信終了ボタンを押すと、ドラルクはペットボトルの水を一気に飲み干した。
     あー、とおじさん臭いしゃがれた声を漏らし、配信用のモーションキャプチャースーツを脱いでいく。これもまた、地味に辛いのだった。
     ドラルクがどらどらちゃんとして活動を始めたどうということのない理由で、面白そうだったから、というただそれだけだ。だが思っていたより性に合っているし、何だったら天職なのではとすら感じている。
     元々ゲームは趣味であった。いつか動画配信でもしようかと機材は揃えてあった。バーチャルヌーチューバーというのもいいかもしれない、と思いつけば、ゲーム仲間である友人がドラルクのぼんやりしたイメージをイラストにし、更にノリの良い他の仲間が3D化し、そうして土台が整ってしまえばやる他ない。
     ドラルクの起床時刻は夜だが、配信にしても収録にしても特に問題はない。むしろ、夜の方が都合が良いまである。ドラルクもといどらどらちゃんを褒めそやし讃えるファンの存在は畏怖欲を満たしてくれ、オールジャンルのゲームを嗜むからにはネタに事欠かない。
     お陰であっという間に人気ヌーチューバーの仲間入りだ。
     病弱の箱入りお嬢様高等吸血鬼という設定に忠実であるというのもどらどらちゃんの人気に一役買っているが、しかし性別以外は概ね事実なのだ。本当に高等吸血鬼なのでは、との声もあるらしい。高等吸血鬼の存在に馴染みのない大勢の一般市民はそんなことあるわけがないと一笑に付しているが。
     さてそんなどらどらちゃんだが、後日にファンイベントを控えていた。バーチャルお茶会、と称されたそれは画面上でファンと一対一で交流するという、謂わば握手会の電子版だ。今回で三回目となるファンイベントだが、評判は上々。ドラルクとしても、制限された五分間で必死にどらどらちゃんへの愛を語られては悪い気はしない。
    「お茶会の次は何を配信しようかな……ねえジョン、どう思う?」
    「ヌンヌヌッヌ」
    「ジョンまでそんなこと言うの!? 輪っかの奴はやりません!」
     世界一プリティーな丸ことアルマジロのジョンに意見を問えば、無慈悲な回答が返ってきた。もしや、ダイエットのためにしばらくおやつの量を減らしたのを根に持っているのだろうか。つぶらな瞳がドラルクを責めているように感じる。
    「……おからクッキーとか、お豆腐のチーズケーキとか、低カロリーなおやつを作ってあげるから機嫌を直しておくれ」
    「ヌッヌー!」
     ドラルクの言葉に、食いしん坊マジロは一発でご機嫌になった。お手軽なことである。ジョンはドラルクの料理、特にスイーツが大好きなのだ。砂糖やバターたっぷりのケーキも美味だが、低カロリーなスイーツも美味しいとジョンは知っているのだ。
    「輪っかの奴は論外として。あ、クソゲーRTAシリーズはどうかな。まだタイム縮められそうな気がするんだよね……」
    「ヌンヌン」
    「ジョンもそう思う?」
    「ヌン!」
    「よーし決まりだ。予告ヌイートしておくか」
     スマートフォンを操作して、どらどらちゃん公式アカウントから投稿する。すぐに拡散され、鍛えられた特殊なファンからの歓喜のコメントが寄せられた。「どらどらちゃんのせいでクソゲニストになりました」との悲鳴も中にはあるが、こちらとしては「ようこそ」といった感じである。いつしか呼ばれた名誉クソゲニストの称号を欲しいままにしているどらどらちゃんはクソゲー界隈でも一目置かれているのだ。
     更新する度に増えていくコメントを確認していると、未設定の灰色アイコンが目に留まった。「いつも楽しい動画をありがとうございます。楽しみにしています」と何とも無難な飾り気のない言葉は逆に珍しい。名前も適当に打ち込んだようなアカウントだが、この人物が毎度どらどらちゃんの投稿に反応しているのをドラルクは知っていた。
     フォローしているのはどらどらちゃんのアカウントのみで、投稿もどらどらちゃんねるの感想のみ。最初は捨てアカウントの冷やかしかと思ったがそうではないらしい。SNSに不慣れなのだろうか、未だに灰色のアイコンのまま素朴なコメントを残していくこのアカウントが、妙にドラルクの頭に残っていた。
     全てに返事をしているとキリがないので、ピックアップしたいくつかに返答しスマートフォンをスリープモードにする。もうすぐ夜明けだ。朝日を浴びると死んでしまう。
    「そろそろ寝ようか、ジョン」
     眠たそうなジョンに声をかけ、棺桶の中に横たわる。丸い甲羅を撫でながら、蓋を閉じて眠りに就いた。



    「やっほ〜! みんな大好きどらどらちゃんだぞ。さて、次のお茶会の相手は……ええと、『あ。』さん?」
     数日後、来たるべきファンイベントの日。きゃぴきゃぴとした話し方で疲れてきた喉を労わりつつ、画面に表示されたユーザー名を見てドラルクは首を傾げた。概ねハンドルネームが設定されているはずの欄には適当に打ち込んだとしか思えない文字が白く光っている。アイコンももちろん初期設定だ。今までのお茶会の相手はハンドルネームに加え「@どらどらちゃんラブ」と書かれていたり、アイコンも自作のファンアートだったりしていたので、まっさらなデフォルトアイコンは浮いている。そして、それはあの灰色アイコンを思い出させた。
     あの人と同一人物だろうか。確証はないが、灰色アイコンの者も熱心なファンであろうからにはファンイベントに応募している可能性は大きい。正体不明の人物の素顔がわかる、と思うと若干そわつきながらドラルクは返事を待った。
     ザザザ、とノイズが走った後、黒かった画面に人影が映る。ズレたカメラが調節され見えたのは──ひょこひょことあちこちに跳ねた銀色の髪に、太い縁の眼鏡と長い前髪で隠された、ガラス玉のような青い瞳だった。
    「あっ、あの、すみません。名前、変え方がわからなくて……ロナルド、って言います。その、よろしくお願いしま、す」
     不安そうに、ぼそぼそと小さく囁く声は、マイクに乗って、ドラルクのスピーカーに届いた。音量を三つ上げる。聞こえ辛かった、ということはない。しっかりと聞き取れる。だが、殆ど無意識にそうしていた。
     二分割された、片側の画面を食い入るように見つめる。野暮ったい様相とは正反対の煌びやかな色を持つ彼は、自信なさげに俯いていた。はらり、と落ちる髪が瞳を覆ってしまう。もっと見ていたいのに。ぱちりぱちりと瞬きをする度に睫毛が眼鏡のレンズに当たって邪魔そうだ。あの壁さえなければ、透き通った瞳を目にすることができただろうか。それが惜しくて、唇を曲げる。
    「…………」
    「あ、の……聞こえて、ますか」
     かなりの間黙り込んでいたようだ。へにょりと眉を下げた彼──ロナルドが泣きそうな顔をしている。慌てて両手を振り、ボイスチェンジャーで変えた声を張り上げた。
    「あ、大丈夫! 聞こえてるよ! ロナルドくん、でいいかな?」
    「は、はい。今回は、えっと、どらどらちゃんとお話しすることができて、とても嬉しい、です。あの、でも、俺……へ、変なことを言ってしまったら、ごめんなさい」
    「ぜーんぜん! 私のことを大好きな子は、私も大好きだよ。だから、緊張しないで?」
    「……っ! はい……ありがとうございます」
     辿々しく話すロナルドがひどく幼げで、元気づけるようにウインクをする。3Dのどらどらちゃんも同じようにウインクをして星のエフェクトを飛ばした。
     息を呑んだロナルドが、頬を染めてはにかむ。恥ずかしそうに目を逸らして、でももう一度見上げて、嬉しさを堪えきれない弾んだ声色で、口元に添えた両手を僅かに握りしめる。
     ──ドラルクの胸に、矢が刺さった。とてもファンシーな、ハートの付いた矢が。
     例えるならばずきゅん。もしくはどきゅん。いずれにせよきゅんきゅん。
    (何だこの子!? 可愛いな!?)
     あざとくも見える仕草は、計算などされていないことは明白だ。
    (隠れイケメン、か……恐ろしい……)
     その完成された容姿を持っているならば、自信満々な態度で傲慢になってもいいだろうに、勿体なくもその魅力を発揮しないでいる。いや、これはこれで胸にくるものがあるが、飾り立てればもっと輝くだろう。
     もじもじとしているロナルドをニコニコ見守りながら話し出すのを待ってあげていると、ロナルドが勇気を振り絞って、少しだけ大きな声を出した。
    「あのっ、俺、どらどらちゃんの動画、いつも見てて。そんで、すごく楽しくて、面白くて、だ、大好きです!」
    「……ありがとう! 私も君のことが大好きだよ。……ところで、大好きってもう一回言ってもらっていい?」
    「へ……? あ、えっと……だいすき、です……あはは、何か、恥ずかしいですね」
    「ありがとう……」
    「こ、こちらこそ?」
     ファンのためのお茶会だというのに私欲の見え始めたドラルクを、膝の上のジョンが生暖かい目で見上げる。顔の良い人間に照れ混じりで告白されて嬉しくない者がいるだろうか。否。音量を上げたため丁度耳元で囁くような声になったのもグッドポイントだった。我ながら良い仕事をしている。
    「……俺、あんまり人と話すの得意じゃなくて。でも、どらどらちゃんにいつも励まされて、癒されてるから、直接お礼を言えたらなって思って……どらどらちゃんのお陰で、一人の夜でも寂しくないって思えるようになったんです。だから、本当に、ありがとうございます」
    「そっかぁ……うん、嬉しいな。私は君を励ますことができているんだね」
    「はい! どらどらちゃんの、何でも楽しそうに挑戦するところとか、トークコーナーで、嫌なことがあって落ち込んでる人や悩みがある人に寄り添って優しい言葉をかけているところも、すごく素敵だなって。あと、時々口調が女の子っぽい感じから、ちょっと砕けたような……格好いい感じになるところも、好きです」
    「へ、えー……?」
    「あっ、あ、ごめんなさい、いっぱい喋っちゃって……き、気持ち悪かった、ですよね。すみません、本当に……」
    「いやいやいや! とんでもない、う、嬉しくて、照れたちゃったのだ、うん」
     ドラルクとしたことが、応答に詰まってキャラを保てていなかった。誤解をさせてしまった。ロナルドの方も自虐的が過ぎる気もするが、気の抜けた返事をするのも良くない。
     しかし、予想外の賞賛を貰って狼狽えたのは事実だった。
     ゲームが上手くて憧れる、可愛い、どらどらちゃん最高、などと褒められることはたくさんある。
     けれども、ロナルドの語ったものは全てドラルクの内面についてのことだ。「どらどらちゃん」としての一面だけではなく、その中にいるドラルクのこと。
     うっかり素の口調に戻ってしまった場面まであんなにも真っ直ぐに素敵だ、好きだ、と言われては赤面もする。汗も出てきた。
     夢見る乙女みたいな顔で、格好いい、だなんて。内心ガッツポーズを取るのも無理はないだろう。脈アリだ、とも思うだろう。脈も何もドラルクはどらどらちゃんそのものではないし、ロナルドはドラルク本人を知らないのだが。
     ──と、そこまで考えて、いや脈アリって何だ、と我に返った。
     そして。
     ピピピ、ピピピ。
     思考を遮る、けたたましく鳴るアラーム。軽快な電子音は、タイムリミットが来た合図だ。もうそんなに経ったのか、と愕然とする。もう、終わってしまうのか。
     ロナルドも、寂しそうにぽつりと呟く。
    「時間、来ちゃいましたね。……今日は、ありがとうございました。どらどらちゃんとお話しできて、嬉しかったです」
    「私も君と話せて良かったよ。まだ、終わりたくないなぁ……なんて」
    「え、あ……はは、もう、あんまり、揶揄わないでください」
     ロナルドは一瞬固まって、視線を下げて、やや拗ねたように笑った。
    (あ、これお世辞だと思われてるな)
     よくある営業文句ではある。本気にするタイプの人間だったならば、舞い上がって破顔するだろう。ファンの心を掴んで離さない常套手段だ。
     ドラルクの台詞は営業などではなく、本心であった。ここで遠慮されて、たった一回で満足されては堪らない。ドラルクは時間オーバーを無視してマイクに声を乗せた。
    「また、応募してね? 君ともっと話したいんだ。絶対、絶対だよ」
     真剣で、本気であるのが伝わっただろうか。はい、と控えめに頷くのを見て、拳を固める。卑怯も不正も上等だ。次回も名前があったなら無理矢理当選者にしてしまおう。バレたら炎上待ったなしだが、ロナルドは言いふらしたりなどしないだろうからあまり心配はしていない。ロナルドに怪しまれなければいい話だ。
     名残惜しくてなかなか終了ボタンを押せない。ロナルドも、自分から切っていいのか迷っているようでしばらく無言で見つめ合っていた。
    「……せーので切ろっか?」
     長電話をするカップルみたいなことを言ってしまった。このまま睨み合いをしていては終わりどころが見つからない。ロナルドに合図を送り、二人で声を合わせる。
     せーの、でマウスに指を乗せる。先にロナルドの画面が消え、通話終了の文字が映し出された。ドラルクの方は、結局押せていなかった。
     膝の上からジョンがよじ登って、代わりにクリックする。今日のお茶会は彼で最後だ。ぼんやりして動かないドラルクに、ジョンが水を差し出した。機械的に水を飲む。口を離して、またぼんやりとする。
    「ヌヌヌヌヌヌ……」
     ジョンが、名前を呼ぶ。あらあら、まあまあ、的な微笑ましいものを見るような目をしていた。
    「……何だいジョン、その顔は」
    「ヌンヌヌヌイ」
    「何でもないってことはないだろう」
     いくら問い詰めても、ジョンはヌシヌシと笑うばかりで答えてはくれなかった。脳内リソースを九割ほどロナルドに乗っ取られたドラルクは、ジョンをこねくりまわしながら想いを馳せる。
     本当に、また来てくれるだろうか。そうだといいが。今日のことを呟いたりしていないだろうか。気になって、個人用のアカウントから彼のものだと当たりをつけていた灰色アイコンを探す。
     ビンゴだ。
    「何々……やっぱりどらどらちゃんは優しくて素敵な人だった、お礼を言えてよかったな……んふふ。だって、ジョン。ねえ」
    「ヌヒヒ」
     ふわふわと心が跳ねる。ぽかぽかと胸が温かくなる。スクリーンショットを撮って、保存。壁紙にしようかと迷って、理性で押し留めた。
     浮き足立つ行動の理由を、ドラルクは知らない。考える余地もない。何故ならば、思考の九割をロナルドに占領されている。残りの一割は享楽への渇望だ。
     一方で冷静なマジロであるジョンだったが、ジョンは主人第一であるので、何処からともなく取り出したポンポンを両手にぱたぱたと可愛らしく振るばかりなのであった。





     失敗した。
     ロナルドは過去の自分を責め立てたが、変わらない現実に涙ぐんだ。
     大人気バーチャルヌーチューバー、どらどらちゃんのインタビューが乗る雑誌を、通販サイトで買ったつもりが変えていなかったのだ。確かカゴに入れた記憶まではあるが、決済ができていなかったらしい。配送通知が来ないことを疑問に思った時点で確認しておくべきだった。悔やむも時既に遅し。いつ届くかとそわそわしながら待ち続け、今日は無駄な時間を過ごしてしまった。
     改めて注文するという手もあるが、そうなると今日は読めないことになる。どうしても今日読みたかった。そうでなければ朝からポストを何度も覗いたりしない。
     仕方がない。直接買いに行く他ない。くたびれたスニーカーを履き、ため息をつく。客があまりいないといいが。もう少し人がいなさそうな時間帯まで待ってから出かけようか迷って、迷って、どらどらちゃんのためだ、とドアノブに手をかけた。
     帽子を目深に被り直す。眼鏡で目元を隠す。また誰かに見られている気がする、だなんて自意識過剰だとわかっているけれどどうしても他人の目が怖かった。
     なるべく足早に、近場のコンビニへと急ぐ。確か、そこのコンビニは件の雑誌を置いていたはずだ。
     駐車場で深呼吸し、逃げ込むように入店する。いらっしゃいませ、と挨拶をする店員の声にすら肩を跳ねさせる自分が情けなかった。
     目的を果たしてさっさと帰ろう。雑誌コーナーへと急ぎ、目当てのタイトルを探す。どらどらちゃん特別インタビュー、と書かれた表紙を見つけ、すぐさま手を伸ばした。
    「あっ」
     焦りすぎて、周りが見えていなかった。同じ雑誌を取ろうとした隣の人物と指がぶつかってしまう。迷惑をかけてしまった。申し訳なさと恥ずかしさで縮こまりながら、頭を下げた。
    「あ、の、すみません……」
    「いや、こちらこそ、ッ……! 君は……」
     顔を上げた先には、ひょろりと細長い、顔色の悪く尖った耳をした男性がいた。吸血鬼だ、と目を瞠って、慌てて首を振る。近所ではあまり見かけないが、吸血鬼自体は珍しいものではない。人間との共生と和平が進んだ今、吸血鬼も人間と共にこの国で暮らしている。偏見も少なくはなったが、長く生きる彼らにとっては偏見や排他、侮蔑は過去の産物ではない。驚くなど失礼に値する。
     オールバックに整えた髪型や牙、貴族らしい雰囲気は「らしさ」が強く、思わず驚いた。不愉快な思いをさせただろうか、と反省する。
     ちらり、とその吸血鬼を見遣るが、気を悪くした様子がない代わりにこちらを熱心に見つめていた。ひゅう、と喉が痞える。
     ──見られている。目を、顔を。
     動悸がする。呼吸が浅くなる。軽いパニック状態に陥り、雑誌も買わぬまま店を飛び出した。足が縺れて上手く走れない。どうしよう、どうしよう。ロナルドは唇を噛んだ。逃げるなんて、変な奴だと思われた。怒らせたかもしれない。悲しくさせたかもしれない。また、ロナルドのせいで。泣きたくなるが、自分に泣く資格などない。だって、「ロナルドのせい」なのだから。
     がむしゃらに駆けていると、不意に腕を掴まれた。振り向けば、先ほどの吸血鬼がロナルドの片腕を握っている。血の気が引いて、足がすくんだ。
    「ご、ごめんな、さい。ごめんなさい……っ」
    「……え? あ、いいや、君は、悪くない……はぁ、は……こっちこそ、急に掴んでごめ、うぇ、っへ、ごめん、ちょっと待って……」
     咄嗟に謝った。謝って許してもらえるかわからなかったが、謝る以外の償いを知らない。しかし、吸血鬼はぜえはあと息を切らして、反対に謝ってきた。
     ぽかん、と口を開ける。謝られることなど何もない。
     息を整えている間も腕は握られたままだったが、その力は弱く、すぐに振り解けそうだった。他人に触られることは、ロナルドにとってとても恐ろしいことだ。けれど、何故か、この手は怖くはなかった。この人は大丈夫だ、と根拠もなく感じていた。
     君は悪くない。
     そう、言ってくれたからだろうか。
     嘘でも、ロナルドのせいではないと、許してくれたからだろうか。それとも。
     髪を乱した吸血鬼が、姿勢を立て直す。改めて目の前にして、既視感を抱いた。特徴的な癖毛が、少しどらどらちゃんに似ている。もしかしたら、恐怖を抱かない訳はそれかもしれない。
    「あの、えっと、それで、な、何でしょうか。俺、何か……」
    「あー……違うんだ。君が何かしたということではなくて」
    「……?」
     吸血鬼は、何やら考え込みながら視線を彷徨かせた。言いにくいことなのか、なかなか話し出さない。だんだんと気まずくなる。未だ捕まえられた腕が、こそばゆくなってきた。
     やはり何かしてしまったのでは。不安になって、俯きながら上目に様子を窺う。ばちり。目が合った。赤い瞳がロナルドを射抜いている。心臓がばくん、と大きく跳ねた。
     何故か顔を赤くした吸血鬼が、ロナルドの肩を掴む。ひゃあ、と弱々しい悲鳴を漏らしてしまった。
    「じ、実は、私もどらどらちゃんのファンでして! ……つい、声をかけてしまったんです」
    「……あ、どらどら、ちゃん、の……?」
    「はい。そのお財布のキーホルダー、どらどらちゃんのグッズですよね。だから、衝動的に……?」
     吸血鬼が指を差した先の財布には、確かにどらどらちゃんのグッズであるキーホルダーが付いていた。どらどらちゃんのモチーフである十字キーとコウモリのチャームが付いたものである。これはデビュー数ヶ月後に作られた、数量限定品のグッズだ。再販はしておらず、ファンの中ではプレミアもののキーホルダーなのだった。
     強張っていた肩の力がどっと抜けて弛緩する。仲間だ、と思えば緊張も解れた。同志を見つけた喜びはロナルドも理解できるし、声をかけたくなる気持ちもわかる。ロナルドは実行に移せなかったが、好きな人のことを語りたい気持ちは満々とあるのだ。
    「吸血鬼さんも、どらどらちゃんのファンなんですね! へへ……何か、嬉しい、です」
    「ドラルク、でいいよ」
    「え、ぁ、ど、どらるく、さん」
    「うん」
    「……俺は、ロナルドっていいます」
    「ロナルドくん、ね。よかったら、連絡先交換しない? ほら、どらどらちゃんの話とか、したいし。あの、近くに仲間がいるなんて珍しいし? それに、えー……SNSじゃないファン同士の繋がりに憧れてた、っていうか……だから、つまり……どう?」
     口早に捲し立てる吸血鬼──ドラルクは、第一印象の紳士的な立ち振る舞いとは裏腹に懸命に言葉を重ねていた。初めて会った相手と連絡先を交換するなどしたことのない経験だが、断るのも嫌だった。
     ロナルドとて、喜ぶ気持ちは一緒だ。悪い人ではない、と直感が告げている。人を信じすぎるなと家族や友人からは口を酸っぱくして忠告されているが、どうしてもドラルクが悪人だとは思えなかった。
    「……ドラルクさんが、よろしければ、ぜひ」
    「本当!?」
     了承を聞くや否や、ドラルクは飛び上がりかねないほど声を弾ませた。そんな反応をされるとは思っていなかったので面食らう。
     早速、とメッセージアプリの画面を開いてQRコードを読み込んだ。兄と、妹と、友人二人。計四人だけだった「ともだち」に一つアイコンが追加される。アルマジロがドーナツを美味しそうに頬張っている写真だ。可愛い、と呟くと、ドラルクがスマートフォンを操作して写真を見せてきた。こちらはアルマジロが小さな黒いマントを着てポーズを取っている写真。可愛くて、食い入るように写真を眺める。
    「この子はね、ジョンっていうんだ。私の使い魔だよ」
    「かわいい……!」
    「ん゙っ、ふン……ッ」
    「だ、大丈夫ですか。噎せましたか」
    「……心配には及ばないよ。ありがとうね」
     夜で、そう気温も高くないのにドラルクはやたらと汗をかいて顔を赤くしている。風邪なのだろうか。それならば、話を長引かせるのも良くない。スマートフォンをしまって、ドラルクと向き合った。身長はロナルドの方がやや高いのだろうが、猫背気味で体を丸めているため目線が近い。じいっと見つめられると、頬が熱くなる。
    「今度、さ。ゆっくりご飯でも行こうよ。奢ってあげる」
    「そんな、申し訳ないです。あまり、気を遣っていただかなくても……」
    「私は君よりずっと歳上なんだ。格好つけさせてよ。それに、君もジョンに会いたくないかい? アルマジロも連れて行けるご飯屋さんを知ってるんだ」
    「あ、う……でも……」
    「うーん……じゃあ、初めは私が出すから、二回目は君がお店を選んで、割り勘にしよう。そうしたら、イーブンだろ?」
    「そう、かな……?」
    「うんうん。そうそう」
    「なら、それでお願いします。お……俺も、ドラルクさんとゆっくりお話ししたい、ので」
    「ぬん゙ッ」
    「どうしました!? やっぱり風邪ですか!?」
    「大丈夫……問題ない……」
    「本当に……?」
     ロナルドからは問題があるようにしか見えなかったが。胸を押さえて苦しそうにしている。これは、早く帰って安静にしておかなければならない症状ではなかろうか。
     病院には行った方がいいですよ、と一応助言をし、改めて別れの挨拶をした。ロナルドは雑誌を買いそびれているのでコンビニに逆戻りだ。ドラルクは、数メートル離れた先で振り返って手を振っていた。
     手を振ってまたね、と別れるなんて、友達みたいだ。交友関係の狭いロナルドは新鮮な感覚に面映くなりながらも、顔の横で小さく手を振った。新しくできた友人に、精一杯の微笑みを作りながら。
     ──ピシ、と硬直したドラルクが、膝から崩れ落ちた。胸を押さえて呻いている。
    「本当に大丈夫なんですか!?」
    「大丈夫……私は大丈夫……!」
     しきりに大丈夫と繰り返すドラルクは、よろめきながら去って行った。
     どらどらちゃんと似ていることだし、彼も体が弱いのかもしれない。覚束ない足取りにはらはらとしながら、ロナルドは謎にぼろぼろの背中を見送った。
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