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    syk_1529

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    syk_1529

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    利三に愚痴る先輩の話(🚬🐉🎍の続き)
    カフェテリアで延々と利三にくだまいてる半兵衛。
    それまでの流れはポイピクのログにて。

     カフェテリアは人もまばらで、談笑するカップルや友人グループ、一人で読書をする者など様々だ。半兵衛は自動販売機で買ってきたコーヒーを一口飲むと、レポート課題に手をつけている利三に話しかけた。
    「大体僕に当たり散らしたって何にもならないのに」
    「……」
    「道三様も道三様だよ。義龍様のこともっとちゃんと見てくれなきゃ」
    「……」
    「聞いてる?利三」
    「聞いてない」
    「聞いてよ!」
     バン、と机を思わず叩いてしまう。口の開いたコーヒー缶が倒れてしまわないように、半兵衛は慌てて手で缶を押さえた。
    「あまり大声を出すと傷が開くぞ」
    「もう開いてるからいいよ」
     裂けた唇の傷は喋るたびに口内に鉄の味を置いていく。ついイライラとして爪で引っ掻いてしまうので、塞がるものも塞がらない。昼ご飯の後マスクをつけ忘れたままゼミに行ったら、クラスメイト達にザワつかれた。顔の傷はどうしたのかと心配する者、不審な目を向け下世話な想像をする者、反応は様々で、曖昧な笑いで誤魔化した半兵衛はゼミの間一言も喋らず俯いていた。こうなるからひた隠しにしていたのに、と己を恨んでもどうしようもなく、ゼミの終わった教室からカフェテリアにいる利三を探すまでずっと掻いてしまっていた。食べる気にならずほとんど手をつけなかった昼ご飯の代わりにサンドイッチでも買って食べようかと売店を覗いたが、掻きむしり開いた傷が痛く、とりあえず何でもいいやと缶コーヒーを買って席についたのだった。
    「話を聞くだけでいいと言ったのは半兵衛だろう?」
    「そうだけど」
     本当に聞くだけなんてことある?と利三を睨んでみても無反応。お前がそう言ったのだろうが、という顔をして半兵衛を睨み返してくる。確かにごもっともな話で、半兵衛ははじめから利三に聞き役を求めていた。話したところで解決はしないし、アドバイスを求めても適切なアドバイスなど見つかろうはずがない。ただ、聞いて欲しかった。誰かに言わないと心が壊れてしまいそうで、聞いてくれるのなら誰でも良かった。そしてその役をしてくれるのは、半兵衛にとっては利三しかいなかった。だからこうしてカフェテリアに呼び出し愚痴をぶちまけているのである。
    「嫌なら離れろと何度も言っている」
    「だから…離れられないんだってば」
    「その気があるなら離れられるはずだ」
     いつもと同じループする話題に半兵衛は、何も知らない人がこの光景を見たらDV彼氏に悩まされている彼女が男友達に相談しているように見えるのだろうな、などと余計なことまで頭に浮かべてしまう。自分の見た目は中性的で、よく女子生徒に間違われる。顔に大きな絆創膏を貼り付けて「離れられない」「横暴ですぐ殴るから困る」などと高めの声で喚いている姿はどこからどう見てもDV相談だ。相談されている男友達の方は彼女とどういう関係なのだろうか…と見る者の想像力の餌食になるだろうな、と半兵衛はカフェテリアを目だけで見渡した。幸い室内には数えるほどの人しかおらず、二人の近くには誰もいない。
     利三は半兵衛に対して遠慮をしない。半兵衛にとって言われたくないことであろうとズケズケと話す。主人の光秀以外には案外ぞんざいな態度なのだ。特に半兵衛に対しては対等の気安さもあるのか、呼び捨てタメ口で話してくる。
     ふと利三のレポート課題に目をやると、難解そうな言葉がたくさん並んでいた。学部が違うのだから当然で、数行読んでみたものの半兵衛には何が書かれているのかさっぱりわからない。このレポートがいつ提出のものかわからないが締め切りが近いのなら申し訳ない…と思う反面、今こうしてクダを巻きたい気持ちも抑えきれなかった。
    「病院へは行ったのか?」
     利三の問いかけが何のことを指すのか一瞬理解出来なかった。すぐに、火傷のことだと気がついて半兵衛は頭を振った。
    「行ってない」
    「行ってこい」
    「いいよ別に」
     セックスの後ベッドの上でタバコを吸っていたのを注意したら、鎖骨の下に思い切り火を押し付けられた。解放されてすぐさま、裸なのも気にせずタオルと氷でかなり冷やしたものの、今も痛む。皮膚が焼け爛れているのだから当然で、軟膏を塗ってガーゼをあてがったくらいで治るわけもない。しかし病院に行けば理由を聞かれる。ましてこの腫れた顔だ、真っ先に暴力沙汰を疑われ、医師にまで余計な世話を焼かれるだろう。
     それを抜きにしても、病院へ行くのは気が進まない。
    「義龍様をかばうのか?」
     利三がシャーペンを置いて視線をこちらに寄越してくる。さっきまで顔も上げずに受け答えをしていたというのに、こういう確信を突く発言の時ほど真っ直ぐに見つめてくる。
    その視線が居心地悪くて、半兵衛はつと目を逸らしてしまった。
    「かばう、わけじゃ…ないけど」
    「歯切れが悪いぞ」
    「うう……」
     病院に行けばDVだと判断され、やった相手は加害者とみなされる。義龍は確かに加害者ではあるが、半兵衛は義龍を悪いとは考えきれなかった。義龍のした事は人として最低なことだけれど、彼にその行為をさせた根本的な理由を思うと憎みきれない。それどころか、彼を憐れな人だとすら感じてしまう。行き場のない感情、素直に表現することを許されてこなかった抑圧された感情を、義龍は日々暴発させる。幼い頃は今より優しくて素直だった。それでも周りと比べるとガサツで横暴ではあったが。
     己の思うままにいかない燻った感情を、義龍は半兵衛にぶつける。半兵衛になら何をしても構わないと、ある意味で半兵衛に甘えているのだ。半兵衛もそれを理解しているから、いくら打たれようとも耐える。自分が耐えねば別の誰かが犠牲になるわけで、自分が耐えて収まるのならそれでよかった。半兵衛にとっては、別の誰かが辛い思いをするのを見る方が耐えられない。己の身体に付けられた傷はいずれ消えるものだし、抉られた心は蓋をすればいい。そうやって、半兵衛は義龍を受け入れてきたし、これからも受け入れ続ける覚悟はとうに決めている。
     それでも、さすがに身体と心が保たないと感じることが増えた。これ以上耐える事が出来ないと、くじけてしまいそうになる。代わりに、利三への愚痴が増えた。
    「きちんと処置をしないと痕が残る。とはいえ、もう手遅れだろうが診てもらうだけ診てもらえ」
     利三が本気で心配しているのは感じる。表情に乏しく主人の光秀以外のことにてんで関心を持たない男だが、そんな利三でさえ半兵衛のことは心配に思っているのがわかる。それが申し訳なくて、でも嬉しくて、半兵衛は一旦思考を止めようとコーヒーを飲んだ。空腹の胃にコーヒーが馴染んでいく。不味い缶コーヒーだな、と、利三の家に遊びに行った時に出された本格的に豆からひかれたコーヒーの味を懐かしんだ。
    「痕が残ってもいいんだ」
     それくらいのことは昨夜の時点で受け入れている。この傷を消してしまってはいけないと、冷やしたタオルをあてがいながらぼんやり考えた。綺麗さっぱり消えてしまうことを自分は望んでいないのだと。義龍からすれば半兵衛に消えぬ焼印をわざと押したものの、半兵衛がその印を消そうとしても怒りはしないだろう。押し付けたのは、お前は俺のものだと再確認させるためであって、またそれは罰のようなものだ。今後彼はこの焼印にさほど関心は持たないだろう。関心を持っているのは、半兵衛ただ一人なのだ。
    「しかし目立つぞ。着る物に困るだろうが」
    「だから、いいんだってば。目立ったっていい」
     何故自分は彼から離れられないんだろう、と半兵衛は時々考える。決まってその答えは一つで、わかりきったことなのだが。
     必要とされたい、ただ、それだけのこと。
     どんな仕打ちをされようとも、義龍が半兵衛をそばに置いて必要としてくれるなら、それだけで理由としては充分だった。自分といることで彼の心が安定するのなら、それでよかった。幸いにも自分はこう見えて結構タフだし、メンタルも弱くない。他の人間では義龍の相手は務まらないだろうが、自分なら出来る。
     義龍は半兵衛に父親への愚痴、家への不満などをぶちまける。時には弱音も吐き、過去の父親との確執による寂しささえ見せてくる。彼が本音を曝け出せる相手は半兵衛しかいなかった。だから半兵衛は義龍のそばにいる。
     そんな彼に必要とされるが故の火傷の痕なのだ。
     利三が鞄から茶の入ったボトルを出し、蓋を開けて一口飲んだ。家で沸かして淹れてくるあたりが何とも彼らしい。利三がペットボトルのお茶を買っているところを、半兵衛は見たことがない。
    「一生義龍様と添い遂げるつもりか?」
     お前なら逃げてどこへでも行けよう、と利三の目が訴える。どこか遠くへ去ろうとお前ならどこででもやっていけるし、誰にでも必要とされるはずだ、とも。
    「…そういうわけじゃ、ないけれど」
     なら、どういうわけなのだろう。この先もずっと義龍のそばにいる己の姿は何故か思い描けない。半兵衛にとって、義龍と共にあることは確定事項とは思えないのだ。ならばどこへ、と見知らぬ土地へと思い馳せてみても、これまた想像が出来ないのだが。
     いずれ、終わるのだろうなと半兵衛は気付いている。こんな歪な関係はずっと続くわけがなく、いつか呆気なく終わりが来てしまうのだろう。それなのに、今ここで自分から離れることを選ぶことはどうしても出来ない。
    「その痕は一生お前についてまわるぞ。それでもいいのか?」
    「……うん。いいよ」
     その「いつか」が来ようとも、過ぎてしまった過去は消せない。この火傷と同じく、一度付けられたものは消えることがない。背負って生きていくしかなく、過去の己を否定せず受け入れて前を向くしかないのだ。
    「どうせ消えないし、消せないし」
     いっそ、一生忘れなくて済む。己が何をして生きてきたか、この焼印を見るたびに思い出せる。過去の過ちと、楽しさと、喜怒哀楽全ての感情と記憶を、見るたびに鮮明に思い出させてくれる。それならば、不要なものでもないだろう。もっとも、だからといってこの先もしょっちゅう付けられたらたまったものではないが。
    「お前も大概だな」
    「僕もそう思うよ」
     利三が呆れた顔でもう一口お茶を飲み、再びシャーペンを手に取る。「邪魔だ」と半兵衛の腕の下に敷かれていたプリントを引っ張り出す。「ああ、ごめん」と半兵衛は腕を上げ、利三の手元を眺めた。サラサラと何やら文字を並べてゆくのをしばらく見て、半兵衛は黙って席を立った。
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