帰蝶さまが半兵衛で遊んでる──どうして姫様に押し倒されているのだろう…。
半兵衛は帰蝶の艶やかな髪ごしに天井を見つめた。帰蝶が「どこを見ているの」と聞いてくる。
つい先程、帰蝶が半兵衛の部屋に来た。何の話かと思えば昨夜の主人義龍との交わりのことで、半兵衛の身を心配して様子を伺いに来たらしい。昨夜は軍議が長引いて疲れていて粗相をしてしまい、義龍を怒らせた。半兵衛の隠そうにも隠せない頬の腫れを見たのだろう、部屋に入ってくるなり濡れた手拭いをいきなり押し当てられた。
その後しばらく何ということのない話をしたまでは自然な流れだった気がするのだが。
「あの…姫様」
「何?」
「正気ですか?」
「私の気が狂っているように見えるの?」
「ああ、いえいえ!」
睨みつけられて咄嗟に半兵衛は取り繕う。兄が兄なら妹も妹で、斎藤家の兄妹には他人に逆らえさせない独特の雰囲気がある。父親道三の血なのだろうな…と半兵衛は帰蝶の顔に義龍と道三を重ねた。全く似ていないのだが。
「それともあなた…私とはやりたくないって言うの?」
帰蝶が悲しそうな声で問いかけてくる。こういう声で言われたらますます抗えない。「やりたくないわけではないですけど…」とぼやかすと、突然に着物の前をぐいと開かれた。
「姫様?!」
「ふぅん…貧相ね」
「うっ」
剥くなりそれは失礼にもほどがある。しかしそれを言える半兵衛ではない。義龍は言わずもがなであるが、スラリとした光秀や利三も体格はしっかりしている。それに比べて半兵衛の身体は子どもに間違えられるほどに小柄で細い。体質のせいもあるが、帰蝶に抜かされた時は己の身長を呪いさえした。
「あんまりじろじろ見ないでくださいよ」
半兵衛の体のあちこちには義龍によってつけられた痕がある。一晩も過ぎれば消えるもの、数日痛々しく残るもの、二度と消えないだろうものなどが、まるで義龍の所有物だと示すように付けられている。現に半兵衛は義龍の家臣であり夜毎交わる仲なのだから、傷痕を付けられることは仕方のないことだと半兵衛は受け入れている。
「悪趣味ね」
帰蝶が短く吐き捨てて、半兵衛の胸に赤く走る蚯蚓腫れを撫でる。つう、と滑る感触がこそばゆくて、半兵衛は思わず声を漏らしてしまった。
「気持ち良いの?」
「…胸は、弱いんです」
かっと顔が火照る。そんなことを帰蝶に告白してどうするんだ、と半兵衛は横に顔を背けた。半兵衛を押し倒し跨っている帰蝶が、豊満な胸を半兵衛の胸に押し当ててきた。
「姫様、何を?!」
「あなたの顔をよく見たくて」
帰蝶の着物はいつものではなく、薄手の長襦袢のみになっている。半兵衛を押し倒す前に「私もあなたの体に触れてみたい」と自ら羽織っている赤紫色に蝶が舞う柄の着物をはらりと脱いでいた。その仕草がまるで本物の蝶のようで、見とれてしまったのはつい先程のことである。
覆いかぶさるように半兵衛に押し当てられた胸が、形を崩して着物の合わせからはみ出ようとしている。帰蝶は気にしていない様子で半兵衛の首筋を舐めている。目のやり場に困るのでどこか別の方向を向こうにも、どうしても視界のどこかに帰蝶のこぼれんばかりの乳房が映っている。
「姫様…あの、そのですね…」
「黙って私に任せておきなさいな」
「うう…はい」
離れて欲しいと懇願したとて無駄そうである。ふわふわとしている帰蝶の胸の感触が絹ごしに伝わる。
──触ってみたいな。
大事な姫様の胸に触るなんて不敬だ、と頭に浮かんだ願望を即座に打ち消すと、半兵衛の考えていることに気付いたのか帰蝶が半兵衛の手を取り胸に押し当ててきた。
「姫様?!」
「触りたそうにしてたから」
「そんな顔してました?!」
にやけた笑顔でも作ってしまっていたのだろうか。まさか帰蝶の方から触らせてくるとは予想にもせず、半兵衛は帰蝶の胸に手を当てたまま動けない。そ、と少し指を食い込ませてみると、予想していたよりもすんなりと奥まで入り込んだ。こんな時でも「義龍様とは全然違うんだな」と分析してしまう己が悲しい。
もう少し、と強めに触ろうとしたその時、帰蝶の手がするりと半兵衛のなかば緩まった帯の下へと潜り込んだ。
すでに半兵衛の褌の下は蛇が鎌首をもたげるように上を向きかけている。その鎌首の根本に帰蝶の指が触れたのを感じたので、しごかれるのかと予想をしたが、指はそこで止まらず更に奥へと潜り込んでいった。
「ちょ…っ!」
「あなた、こっちの方が好きなんでしょう?」
「え…それは…」
帰蝶が半兵衛の褌の下から穴にずぷりと指を押し入れた。ひゃ、と思わず変な声が出てしまう。義龍によって幾度となく性交を重ねその度に巨根を押し込まれているので、半兵衛の門は帰蝶の指一本ごときすんなりと受け入れる。しかしむしろいつもと違う感触に、半兵衛はぞくりと身震いした。癖になってしまったらどうしようか。今回限りのことなのだから、と自分を必死に抑えようとしているのを帰蝶が気付いたのか、押し入れた指を出来るだけ奥まで差し込み何やら探し始めた。
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「帰蝶様…っ」
義龍にはない丁寧さと確実さに半兵衛は身を捩った。あまり触られると大きな声が出てしまう。通りかかる者は半兵衛が主人に抱かれているのだと思うだろうが、もし義龍がたまたま通りかかったとしたら。そして相手は誰なのかと障子を開けたとしたら。
びくびくと跳ねる体を必死で抑えようにも、体は言うことを聞いてはくれない。帰蝶がふふっと微笑みながら入るだけ奥へと指を入れ込んでくる。「一本だと物足りないのかしら?」と二本目を追加してきた。「充分です」という声は荒い息が邪魔をしてまともに出てはこなかった。
「…私にも殿方のそれがついていたら、気持ち良くなれるのかしら」
帰蝶が男なら義龍のように立派なものがついていたのだろうか、と半兵衛は飛びそうな意識の隅で考える。ついてなくて良かった、と心底ほっとしたが、下半身は安心できる状況ではない。後ろをぐちゃぐちゃと掻き回すだけでは飽き足らないのか、帰蝶の空いた手が今にも溢れ出そうなほどに固くなった前へと伸びる。「あれがこんなに大きくなるのね」と確かめるように触られた後ぎゅっと握られ、半兵衛は向かい合わせの帰蝶の目の前で身震いした。
「……も、申し訳…ありません…」
だらりと力の抜けた下半身とこぼれ流れるものが無様に晒されているが、半兵衛にそれを気にする余裕はない。とにかく失態を謝らなければと、途切れ途切れに声を振り絞った。帰蝶が物珍しそうに半兵衛の下半身を見下ろしている。早く片付けなければ、と焦るものの体に力が入らない。義龍ならここで半兵衛を放置してさっさと着替えて部屋を出て行く。姫様はどうするのだろう…と肩で大きく息をしながら帰蝶に目をやると、板張りの床に流れるものを指で掬い取って眺めていた。
「姫様…?」
「気持ち良いとこれが出るの?」
「へ?……ええ、まあ」
「私も出るのかしら」
「…姫様?」
帰蝶の受け答えに半兵衛は目を丸くした。まるでそれが何かを知らないように不思議そうな口ぶりで言う帰蝶が逆に不思議である。
──もしかして。
もしかしても何も、そうに決まっている。
半兵衛は失礼を承知で帰蝶に聞いた。
「不躾なことを聞きますが、姫様はまだ経験が…」
「ないわ」
「……ですよね〜」
まだ未婚の帰蝶が男と交わっているわけがない。つまり先程までの行為は経験のないまま知識だけでやっていたのだろう。ならばどこでその知識を?と想像したところで半兵衛は「あっ」と小さく声を上げた。
「……僕から聞いて、してみたくなった…とか?」
「ええ」
「そういうことかぁ…」
帰蝶は半兵衛と義龍のことを事細かに聞いてくる。半兵衛もぐだついた感情に任せて、まるで酔っているかのようにあけすけに話す。時には手振りも交えつつ、何故か興味津々でやり方まで教わろうとする帰蝶の前で、徳利や湯呑みを見立てて実演したことも一度や二度ではない。
「実際にやってみて、どうでしたか?」
「悪くないわね」
「そうですか…」
違う意味で力の抜けた体をよろりと起こし、手拭いで股の間と着物、床をぬぐう。胸元を大きくはだけさせたままの帰蝶が半兵衛のやることをじっと見つめている。目のやり場に困り、そそくさと自分の着衣の乱れを半兵衛は直した。
──姫様の伴侶となられる方が心配だなぁ…。
美濃の蝮として恐れられている道三が、溺愛している愛娘をそこらの馬の骨に渡すわけはない。しかし生半可な男では帰蝶の夜の相手は務まらないだろう。
半兵衛はまだ見ぬ帰蝶の嫁ぎ先を憂いながら、数日前帰蝶にせがまれて実演に使った細身の徳利に入れていた水を杯に注がずにそのまま喉に流し込んだ。