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    syk_1529

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    syk_1529

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    🍜🥷🎍、さっきの続きの朝の🥷の話。

     テストは午前中だから、という彼の背中を見送る。ここから彼の大学へは乗り換えも複数あって少々面倒くさい。
     自分のバイトにはまだ時間があるので、台所に向かい冷蔵庫の中身の確認をした。今日はスーパーに寄らなくても良さそうだ。
    「まさか、なぁ…」
     何となく、このままの関係がずっと続くのだと思っていた。付き合えるわけでもなく、彼の避難先として、都合よく相手になるだけの関係のままだと思っていた。それで構わなかったし、それ以上のものを求めても無駄だとわかっていた。
     それでも、心のどこかでは彼を自分のものにしたかった。彼が欲しい、彼に自分だけを見てもらいたい、知らない男の匂いをさせて来ないで欲しい、彼への要求は会うたびに増えど、それらを全て奥にしまっていた。叶えられる願いではないし、叶えようとしてはいけないと思っていた。
     それなのに。
    「一ヶ月、か…」
     一ヶ月何をして過ぎてゆくのだろう。変わり映えのしないバイト先への道、いつもの仕込みと馴染みの客、そしてたまに来る彼と。
     どうせ一ヶ月で自分のものになるのなら、こちらから乗り込んでみようかとも考えてしまった。彼から恋人のマンションを聞いて、宣戦布告をするのもいいかもしれねえな…と、くっくと嫌な笑いが漏れた。そんなカチコミみたいなことする年でもあるまいに、と思い直したが、そんなことをしていたのは遠い昔というわけでもない。
     勝てるか一氏、と見たこともない相手を想像して、すぐに掻き消した。暴力を暴力で解決させても意味がないし、そもそも彼が悲しむ。彼の一番嫌がることを彼の目の前で見せるのはよろしくない。
    「待つしかねえな」
     一ヶ月、彼を信じるしかない。彼が頑張るというのだから、自分は応援する他はない。
     彼の体を思い出す。きれいだと思った。お世辞でも慰めでもなく、彼の体に走る傷痕すら美しく見えた。その傷痕一つ一つに丁寧に口付けた。彼はくすぐったい、と笑っていた。消えることのない傷を背負って、彼は笑う。他人を常に気にかけ、己のことは二の次で。人のために笑って、泣いて、怒って、肝心の自身の感情は押し殺す彼の支えとなりたかった。
     多分、出会った時にすでに惚れていたのだと思う。カウンターに座った彼から異様なものは感じていた。訳アリな空気ばかりが気になったが、あの時マスクから見えた瞳にすでに自分は落ちていたのだろう。人懐こく愛嬌があって、そして何かに怯えたように、くるくると色を変えながらじっと相手を見つめるその瞳に、あの日からもう目が離せなかったのだから。
    「あの人が無事に別れられたなら…」
     彼の頑張りに、自分はどう応えたらいいのか。何と声をかけて彼を受け止めたらいいのか。恋愛ドラマによくありそうな陳腐なセリフしか浮かばない。気の利いたこと一つも思いつかない己のセンスの無さにため息が出る。
     もっと言葉を知っていたら。
     彼のようにとめどなくスルリと言葉を紡げたら。思っていることも半分でも言葉に出来たのなら。
     彼は言葉を欲しがる。安心するために、心を落ち着かせるために、言葉という約定を欲しがる。だからどうにか思っていることを口にしようとするけれど、うまく伝わっているのか自信はない。「一氏くんはそのままでいいんだよ」と言う彼には甘えていたくはない。
     気がつけばポットの湯は90℃まで沸いていた。インスタントのコーヒーに湯を注いで、ワンルームの真ん中に置いた机に向かう。机の上には彼が勉強していた名残りのレポート用紙が数枚散らばっている。難解な言葉ばかり書かれていて、読んでもよくわからない。
     自分は彼のことをほとんど知らない。それなりに時間を過ごしたのに、知らないことの方がとても多い。
     彼と共に生きられるなら、いつしか知っていることの方が多くなるのだろうか。
     今夜彼が帰ってきたら、大学で何を学んでいるのか聞いてみよう。何故それを学んでいるのかも聞きたい。彼に聞きたいことはいくらでも溢れてくる。
     スマホのアラームが鳴った。出掛けなければならない20分前だ。コーヒーを飲み干し服を着替え、ドアを開けたその外の景色は陽に照らされて眩しかった。
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