暖かな部屋に生木のモミの木。クリスマスソングを口ずさむ小さな我が子たち。微笑みながら見守る半身。その上ない至福の空間にバッキンガムは目を細めた。
ツリーの飾り付けを行うと告げたときの歓声はいまだ耳に残っている。録音しそびれたことを悔やむほどのはしゃぎようで、思わず半身と笑ってしまったほどだ。
木の下部を下の子が、真ん中を上の子が、二人が届かない上部をバッキンガムが、子らの指示を受けながらオーナメントを掛けていく。飾りをしまっていた箱を間に置いて、半身はソファーに座り、今年も少し離れた場所からツリーの出来を確かめている。
「次はこれがいい。これ、なんの人形?」
「聖人じゃないか?」
上の子に手渡されたのは古臭い衣装を着た男の人形だった。綿が詰まっているとは思えなほど平たい。昨年の飾りつけで目にした記憶はないが、何処からか出てきたのか。疑問に思いながらも紐を枝に吊るす。
「他には何を飾り付ける? 星か、林檎か……リチャード、どうした?」
「ないの」
「何がない?」
「やぎ」
「ヤギ?」
箱から飾りを取り出して床に並べている下の子に声をかけると、返ってきたのは謎の言葉だった。
人形と同様、ヤギのオーナメントも飾っていた覚えはなかった。新たに購入した物もないはずだが、何故ヤギなのか。半身と視線を交わすが心当たりはないようで、色の異なる双眸は直ぐに子へと移った。
「ヤギなんてないぜ? これはヒツジだもん」
上の子が箱を覗き込み白い羊のオーナメントを見せる。ふたつの動物を間違えていたわけではないらしく、下の子は差し出された飾りを手で押し返しながら首を横に振った。
「ちがうの! やぎとり!」
「ますます分からんな」
バッキンガムはカーペットに腰を下ろし、子らの手元を眺めた。
丸型、靴下型の他に、天使や雪だるま、雪の結晶の飾りがある。どれもこの時期にはよく目にするもので、特別珍しくはない。それでもまだ数回しかクリスマスを経験していない子にとっては馴染みがないものだろうかと、ひとつひとつ手に取って見せてみると、どれもこれも「ちがう」と返される。
「リチャード、もう少し詳しく教えてくれ。どんな形をしているものなんだ?」
半身が訊ねると小さな子は立ち上がり、身振り手振りで探し物を表した。
「あのね、はっぱのね、まるいの。ぶらーんってしてるの」
「葉で、丸いもの、か」
「すごく大きい葉っぱのかたちをしたパイ!」
「ちがう」
「葉っぱのケーキ?」
「ちがうの!」
「たべないの?」
「たべちゃうの?」
「ヘンリー、余計にややこしくするな」
幼い者同士の問答は微笑ましいが、正解に近づく気配はない。バッキンガムは苦笑して上の子をたしなめ、引き寄せて膝に乗せる。よく似た勝気な顔は不満げに唇を尖らせた。
「ぶらーん、だから、ぶら下がっているものだろう。ガーランドか? しかし丸くはないな……」
「おでかけして見たの、ないの? はっぱのまるいのがあったらね、ははうえとね、きすしてもいいの」
「あぁ、ヤドリギのリースのことか」
照れくさそうにもじもじと体を揺らし、バッキンガムの背中に隠れてしまった子を気にせず、半身は涼しい顔で答えを導き出した。
「そうなのか?」
「ん〜」
肩越しに振り返って問うと、照れ笑い混じりの声が返ってくる。
ヤドリギのリースは、昨年のクリスマスに食事会で訪れた義兄の家で飾られていた。抱いていた下の子にこれはなにと問われ、その風習を教えたのはバッキンガムだ。正しく理解するにはまだ早かったのかもしれないが、『飾られていればキスをしてもいいもの』と覚えるとは全くの予想外だった。母である半身に口付けを送ったことがよほど嬉しかったのだろう。今年もヤドリギの下で口付けを送りあいたいと考えて探していたようだが、家のリースはすでに玄関に飾り付けてしまったし、別の針葉樹で出来ている。
背中に額を擦りつけられる衝撃を感じながらどうしたものかと頭を悩ませていると、ひじ掛けに頬杖をついていた半身は無情な一言を放った。
「残念だが、うちには無いな」
「えっ」
「ヤドリギは、無い」
「ははうえにきすできないの……?」
「あの木の下を通るときはしなければいけない決まりなのであって、飾りがなければ駄目というわけではないだろう」
「クリスマスなのに?」
「うん? お前の理屈はよく分からんが、したいのならしなさい」
「するー!」
意気消沈しかけていた下の子は元気よく返事をするとバッキンガムの背中から離れ、半身の元へ駆け寄っていった。
膝の上に乗り上げて、突き出した愛らしいくちびるを半身の頬に押し付ける。
たっぷりと数秒間触れ合わせ、堪能した子は、顔を離すと「いひっ」と笑い声をあげた。
「もういっかい、してもいーい?」
「いくらでも、好きなだけしてくれ」
「じゃあね、たくさんする!」
幼いくちづけをくすぐったそうに受け入れる半身の姿が眩しい。
探し物が自分の家にはないと知ったら小さな子はショックを受け泣き出すのではないかと危惧したが、思い過ごしだったようだ。すっかりキスに夢中でクリスマスの準備を再開しそうな様子はないが、子が幸せそうならば急かすわけにはいかない。
いつまでも眺めていたい微笑ましい光景だ。だが、やや疎外感を感じる。あと単純に、半身とのキスが羨ましい。
おそらく同じ気持ちを抱いているであろう上の子に目を向けると、大きな金色の瞳がバッキンガムを見上げていた。
二人のリチャードに捨て置かれたヘンリー同士、しばし見つめあうが、上の子はスッと立ち上がると「おれも!」といってソファー上の戯れ合いに交じっていった。
裏切りだ……!
愕然とするバッキンガムをよそに、子らはきゃあきゃあと声をあげ、はしゃぎながら半身にくちづける。
子らのために用意したモミの木はまだ半分しか装飾されていない。昨年はあっという間に完成したが、今年は時間を要しそうだ。
寂しげなクリスマスツリーを振り返ったバッキンガムはそっと溜息をついて半身と子らに視線を戻し、加わる頃合を探った。