アイドルパロディ ガスウィル♀ プロローグ 俺の名前はガスト・アドラー。今じゃ世界中で俺の名前を知らないぐらいの有名なアイドルグループの一員だ。毎日CMや雑誌の撮影、テレビの歌番組に出演したり、ライブのリハをしたりと、超多忙な日々を過ごしている。ファンには見た目はワイルドなのに飾らないファンサをしてくれると評判も良いそんな俺だが、実は学生時代は地元では喧嘩で負け知らずの超が付くほどの不良だった。売られた喧嘩は数知れず。俺に喧嘩を吹っ掛けて来る奴等は誰だって来るもの拒まずで殴り合い、蹴り合い。正に毎日が喧嘩三昧の日々。いつの間にか作られていた俺をリーダーとした不良グループでは頼れる兄貴分として沢山の弟分に慕われ、いつの間にか不良グループの頂点にまで上り詰めていた。そんなある日、いつも通り他チームとやり合って完膚なきまでに叩き潰した俺は、チームの仲間達といつも行き付けのダーツバーへと行く途中で、普段は見掛けない珍しい光景を目にした。
「ライブやりまーす!! 良かったら来て下さい〜!!」
「……何だ?」
「ああ、最近この近くにライブハウス出来たらしいっすよ。多分アイツら地下アイドルっすね」
地下アイドル? 何だそりゃ。アイドルに地上とか地下とかあんのか? そんな疑問を抱きつつも、自分には一生縁が無い世界だと思いながらその地下アイドルとやらがチラシを配っている姿を横目に見ながら通り過ぎようとしたその時、一人の少女と不意に目が合ってしまった。その子は周りの奴らと比べると一回りデカいタッパをしていたが、短いヒラヒラのスカートからすらっと伸びたその足が綺麗で、何より蜂蜜を溶かして埋め込んだかの様に見えるそのハニーアイが酷く印象的だった。
「こんにちは!! あの、今からこの先のライブハウスで私たちのライブをするんです。良かったら来てくれませんか?」
俺と目が合ったその子は足早にこちらへと駆け寄ってくるとニコリと笑み、一枚のチラシを俺に手渡した。
「あ!? ガストさんがそんな場所に行くワケねーだろうが!!」
「わ!! 大変、顔怪我してるじゃないですか!! 大丈夫ですか?」
俺の弟分に凄まれても少しも臆する事なく、先ほどの喧嘩で恐らく相手の拳が掠って切れたのだろう、俺の頬に着いた切り傷を見て彼女はそのハニーアイを曇らせた。と、同時に肩からかけていた小さなバッグから取り出したハンカチで俺の頬を拭うその行動に俺はピシリ、と硬直する。実は……、何を隠そう。俺は子供の頃から女が総じて苦手だった。自分の母親と妹以外は全く上手く話せないのだ。
「……ッッ!?」
「あ、ごめんなさい……痛かったですか?」
「いや、そうじゃなくて……ち、近……」
「血? そうですよ、うっすらですけど血が滲んでます! せっかくこんなに綺麗な顔をしてるんだからもっと大切にしないと駄目ですよ?」
「ウィル〜!! もうすぐライブ始めるから準備してだって〜!!」
「あっ、うん分かった!! それじゃあ、気が向いたらで良いのでライブ、見にきて下さいね!!」
「あっ、おいコレ!!」
「それはあげます! 男の子だからって喧嘩ばかりしちゃいけませんよ〜?」
そう笑って彼女は自分の名前を呼んだ、同じアイドルグループの仲間であろう子の元へと戻って行く。手渡されたままのハンカチを慌てて掲げて声を掛ければ、ウインクと共にそう言われてしまって俺はポカンとその走り去ってしまった彼女の後ろ姿をただただ見送る事しか出来なかった。
「ガストさん、そんなチラシ捨てちまいましょう! ハンカチも。あの女、ガストさんに馴れ馴れしく話し掛けやがって。次に会ったら俺がガツンと言ってやります」
「……やめろ、女子供と年寄りには優しくしろっていつも言ってんだろ」
弟分の一人がそう息巻くのを諌めながらも、俺は自分の心臓が今までと全く違う高鳴りをしている事に戸惑っていた。どんなに強いヤツと喧嘩してもこんな風になる事なんて無かった。それどころか無駄に顔が良い事と、喧嘩が強いからって悪く見えてそこに惹かれて寄ってくる女には嫌悪感しか抱けなかったのに、さっきの女にはそういう負の感情が一切湧き上がる事が無かったのだ。
「ウィル……って言ったか」
そうボソリと呟いて俺は手渡されたチラシにそっと視線を落とす。
ーーこれが、喧嘩ばかりだった俺の不良人生を大きく変えた彼女、ウィル・スプラウトとの出会いのワンシーンだった。今思えばあの時ウィルと出会って居なければ、俺の人生は酷くつまらないままの人生だっただろう。運命なんて信じちゃあいなかったが、この時ばかりは彼女に出会わせてくれたこの奇跡に感謝したい。