ガスウィル♀アイドルパロディ 第1話「来てしまった……」
そう小さく呟き、俺は手に持った一枚のチラシをギュッと握りしめる。それにハッと気付き、慌てて俺の握力でくしゃくしゃになりかけたそれを必死に手で引き伸ばす様に整えた。そして、抱えた紙袋に視線を移し、自分は一体何をやっているんだと大きなため息を吐き出す。
先程偶然、路地裏で出会った一人の女に怪我をしているからと差し出されたハンカチ。薄らとは言え、まさか俺の血がついたそれを彼女に返す訳にもいかず、これからダーツバーに行く筈だった予定を蹴り弟分達には上手い事を言って抜け出した俺は、近くにあるショッピングモールで代わりのハンカチを購入する事にした。
「いらっしゃいませ、何をお探しでしょうか?」
そう声をかけて来た店員は振り返った俺を見て、驚いた様に目を丸めた。それも無理は無い。こんなにタッパもあっていかにも不良です! と言った風貌の俺みたいな奴が女性客しか居ない売り場に来たら誰だって顔が引き攣るだろう。しかし流石はプロ。その店員は直ぐに笑顔を張り付けて接客してくれた。
「プレゼント用ですか? 良ければお手伝いしましょうか?」
「い、いや……あのプレゼントつーかえっと……ハンカチを……」
「お探し物はハンカチですね、かしこまりました。こちらへどうぞ」
しどろもどろのカタコトでそう答えればその店員はニッコリと笑ってハンカチが並べてある売り場まで案内してくれた。
「失礼ですが渡すお相手様はどう言った方でしょうか?」
「へっ!? ど、どう言った……? いやさっき知り合ったばっかつーか」
その恐らく見当違いな回答にまたしても店員はキョトリと目を丸めるも小さくクスクスと笑って幾つか手に取り見せてくれた。
「失礼いたしました。ではこちらとこちらの物はいかがですか? 左のこの商品はフリルがあしらわれていてとても上品かつ可愛らしい物になりますね。右側の商品は吸水性に優れており、実用的な物としてとても人気があります」
とても丁寧に説明してくれるが正直生まれてこの方、母親や妹以外に異性に何かをプレゼントなんてした事が無い俺は何が良いのかなんてサッパリで目に見えて硬直した。こんな事なら妹に電話をして女はどう言った物が好きなのか聞いておけば良かった。
「お気に召しませんか? うーん……そうですね。何かお相手様をイメージ出来る物とかあれば良いのですが……」
明らかに困惑する俺を見て店員も一緒に首を傾げる。だがその言葉に思い出した相手の姿に俺はボソリと呟いた。
「黄色……」
「ハイ?」
「そういや、黄色の衣装だった。コサージュ? っつーのか。それも黄色だった気がする」
よくは知らないが男性アイドルに一時期ハマっていた妹が推しのイメージカラーが青だからと、やたらブルーカラーの小物やアクセサリーを集めていた時があった。テレビなんかでよく見るアイドルもそれぞれにカラーを持っているから地下アイドルってやつもイメージカラーなんてモンがあるのかもしれない。そして恐らく彼女……ウィルのイメージカラーは黄色なのだろう。確かに蜂蜜色の綺麗な瞳や、路地裏の日陰でも目立つあの金髪にとてもよく合うイメージカラーだと思ったら自然に笑みが零れた。
「ふふっ、かしこまりました。それではこちらはいかがですか? シンプルですが、ひまわりの刺繍がポイントになっていてとても可愛いハンカチですよ」
何故か微笑まれ、そうして紹介されたハンカチは確かにシンプルだったがウィルにとても似合うとそう思った。俺みたいな不良に臆する事も無く、愛想笑いじゃない笑顔で接してくれた彼女は正にひまわりみたいだとも。
「じゃあそれを……」
「ありがとうございます、こちらはプレゼント用に包装致しますか?」
「お、オネガイシマス……」
「イヤ、何をやってるんだ俺は!!」
そうして生まれて初めて家族以外の異性に渡す用の物を買った俺は、手渡されたチラシに書いてあったスタジオへとやって来て初めて我に返ったのだった。……こんなの俺らしくも無い。もしこんな情けない姿を弟分の誰かに見付かりでもしたら慕ってくれているアイツらをガッカリさせてしまうだろう。そう思い直し、今ならまだダーツバーに戻っても間に合うだろう、と踵を返すため足を来た方向へ向ければ聞き慣れた声が耳に入った。
「アレ? スタジオ前に怖そうな奴が居て他のお客さんが入れなくて困るから追い払って来いって言われて来て見たら……な〜んだ、ガストじゃねーか。こんな所で何やってんだよ?」
「アキラ!? おま……、何でココに!?」
まさかの弟分の一人であるアキラに見つかり、俺は背中に冷や汗が流れるのを感じる。最近チームに入って来たばかりの新参者だがこのアキラも俺をかなり慕ってくれている奴の一人だ。他の弟分達と違って変に俺を神聖化してはいないが、純粋に俺の腕っぷしの強さに憧れて慕ってくれているからこんな場所に居る所を見られてガッカリさせてしまわないか気が気じゃねえ。
「いや、俺の幼馴染みが今からのライブに出るからよ。雑用係? みたいなのやらされてんだよ。つかガストは何の用だよ。まさかライブを観に来たってワケじゃねーだろ?」
「い、いや……借りた物を返しに来たって言うか何つーか」
「そのプレゼントのリボンのカラー……。えっ、まさかのウィル推しかよ!!」
「こ、声がデケーよ!! 違うそうじゃなくってだな!!」
とんでもない馬鹿デカい声で叫ばれて俺は慌ててアキラの背中を押してスタジオへ続く階段を降りた。そこで、路地裏であった出来事とこのプレゼントに見える中身の説明をアキラに話せば、なるほどな〜と納得してくれて安堵の息を吐き出す。
「知らねー奴までそうやって世話焼くのはウィルらしいつーか何つーか……。それでわざわざこんな所まで律儀に返しに来るガストも不良チームのトップに居るとは思えねーよなぁ」
「うるせーよ。真の不良は借りた恩は良し悪し関係なく返すモンだろ」
「ハハッ。何だソレ。まぁでも何かガストらしいな!」
そう笑ったアキラは何と偶然にもウィルとは子供の頃からの幼馴染みの関係らしい。家が近所で子供の頃から世話焼き気質だったウィルにアキラもずっと世話を焼かれて育ったんだとか。アイツマジで口うるさくてよーと愚痴を零すアキラを見て羨ましいと思ってしまう自分が居る事にハッとする。
(って!! 何で羨ましいんだよ!! おかしいだろ、俺!!)
彼女に出会ってから何だか俺が俺じゃねえみたいだ。こんな一人の女に振り回されるなんて天下のガスト・アドラーが聞いて呆れるぜ。お前は一体何をやってるんだ。このハンカチはアキラに託して帰ろう、それが一番だ。そう思って口を開きかければ、その言葉はよりにもよってそのアキラ自身によって封じられた。
「これも何かの縁だろうしさ、ガストさえ良かったらライブ見て行ってくれねーか?」
「えっ!? いや、俺は……」
「アイツさぁ、子供の頃はすげー身体が弱くて。外で遊ぶと直ぐ風邪引いたり、熱出したりしてさ。それでも弱音一つ吐いた事なんて無くて、そんなウィルがずっとなりたいと思って憧れたアイドルにやっとなれたんだ。まぁ、地下だけどさ。それでも夢を叶える為にアイツながらに努力してたんだよな。で、今日がアイツが加入して初のライブってワケ。だからもし時間あるなら見て行ってやって欲しい」
そんな事言われたら断れねーだろうが!! そう心の中で叫びながら、俺はおう任せとけ! 可愛い弟分の頼みだもんな。断るワケねーだろと二つ返事で了承してしまう自分を心底殴りてえと思った。だが後悔したのも束の間、アキラに連れられなるべく目立ちたくねーから、とそこだけはしっかり伝えて客席の後ろの方に身を置いた俺は初めて来るその場所に居心地の悪さを感じていた。アキラは俺を客席に通したら早々にオレはまだ色々とやる事があるからとステージ裏へと消えて行ってしまい、マジか……と途方に暮れた俺は他のファンの男共と目が合ってはギョッとされる。そりゃあそうだろ、ココに居る俺以外の奴は明らかにアイドルオタクと言った風貌で、俺みたいにストリート系のファッションでどこから見ても不良スタイルな奴は遠巻きに見られ、距離を置かれてしまう。イヤ、そんなビクビクしなくとも何も吹っ掛けて来ない相手に喧嘩を売ったりなんてしねえよ。
(マジで俺だけ場違い過ぎて消えちまいてえ……)
可愛い弟分の願いなら叶えてやりたいのが兄貴分ってモノだが、めちゃくちゃ浮いてる自覚がある俺はとにかく早くライブが始まってくれる事を切に願った。やがて俺のその願いが通じたのか漸くステージの幕が上がり、小さい箱全体に鳴り響く音楽がスタートする。途端に先程まで後方に居た俺の様子を窺う様にチラチラと視線を寄越していた客は手に持っていた光る棒を振り翳し、歓声を上げた。その声に同調する様にステージには五人のアイドルが姿を現す。今日メンバー入りしたばかりだと言っていたウィルは勿論センターでは無かったが、あの高身長はステージ上でも映えていて、短いヒラヒラのスカートからスラリと伸びる美脚に目を奪われながらも、俺は一生懸命に歌って踊るそのウィルの姿に自分でも知らない内に釘付けになっていた。気付けばライブは終わりを迎え、最後のアンコールの曲に差し掛かっていて、その時に初めて俺はウィルとバッチリと目が合ったのだ。一瞬驚いた様に見えたその目は直ぐに満面の笑顔を浮かべ、曲が終わると同時に全員がポーズを決め、それぞれのメンバーの名前を呼ぶ客達の声に紛れ、俺はウィルにバチン! とウインクを送られ、その瞬間自分の心臓がとんでもなく跳ね上がるのを感じて俺は刹那、自分の胸元を抑えて蹲った。
(何だ、これ。何なんだよ……コレは!!)
自分でも理解出来ないその感情に、ただただ混乱する。やがてステージは終わり、壁伝いに蹲る俺の姿を見てビビりながら他の客が全て捌けた頃に、俺の前に誰かがやってきた。恐らくいつまで経っても出て行かない俺を見兼ねたスタッフが声を掛けに来たのだろう。迷惑になる前に出て行かねえと、とそう思い立ち上がって顔を上げれば、目の前に居たまさかの人物に俺はピシリ、と固まった。
「こんばんは! 来てくれたんですね!!」
眩しいばかりの笑顔で立ち上がった俺を見上げた彼女は先程までステージに立っていた、正に俺が目を奪われた相手で、突然の出来事に固まる俺の手を取り笑った。
「ふふっ、本当に来てくれるなんて思わなくて、すっごく嬉しかったんですよ♪私のファンサ、ちゃんと気付いてくれましたか?」
その言葉にコクコクと頷く事しか出来なくて。だが、握られた自分の手が汗ばんでいる事に気付き俺は慌ててその手をパッと離した。
「あっ、ごめんなさい!! 迷惑でしたよね。アキラ……、あっ私の幼馴染みなんですけど。その人にもお前は人に対して馴れ馴れしすぎるっていつも注意されるんです。すみません……」
「いや違う!! 迷惑じゃねえから!!」
申し訳無さそうに謝るウィルに俺は、直ぐ様否定するように声を上げた。俺達以外に誰も居なくなったその場所ではやたらと俺の声が響いてしまい、その声と勢いに驚いたらしい彼女はその綺麗なハニーアイをパチパチと瞬かせた。
「わ、悪い。その……俺の手、汗ばんじまってるから……汚ねーだろ」
「……そんな事無いですよ。でも、気遣ってくれてありがとうございます。優しいんですね」
俺の言葉に微笑して緩く否定する彼女から瞳が逸らせずに居た俺は、ハッと手に持った袋の存在を思い出しバッとウィルに差し出した。
「これは……?」
「さ、さっきハンカチ貰っただろ? 俺の血が付いちまったしそのまま返すのも何だと思って」
「それでわざわざ買って来てくれたんですか? あのハンカチはあげるって言ったのに……本当に優しいんですね♪えっと……お兄さんの名前そう言えば聞いても良いですか?」
「あ、ガスト……、ガスト・アドラーだ」
「……ガストさん。ふふっ、お兄さんにピッタリな素敵な名前ですね。コレ、開けても良いですか?」
名前を呼ばれて更に跳ね上がる心臓の音に気付かない振りをして俺は頷いた。
「わぁ……ひまわりだ♪可愛い。あっ、もしかして私の衣装の色を見てこれを選んでくれたとか?」
「あ、ああ。安直で悪い。気に入らなかったら使わなくても良いからさ」
「あなただけを見つめる」
「えっ……?」
「ひまわりの花言葉です。他にも“情熱”とか“憧れ”って意味もあるんですが、主に使われるのはそれなんですよ。実は私の家、花屋なんです」
「へ、へえ。そうなのか」
突然の花言葉講座に疑問を感じて瞳を瞬かせれば、次いで聞かされたその言葉にああ、と納得した。
(家が花屋って何かスゲー想像つくな……)
花に囲まれるウィルの想像をしたら、昔妹が好きだったどこかの国に出て来そうなプリンセスみたいで、その姿が似合う彼女に思わずニヤリと笑んでしまい、我ながら自分の気持ち悪さを自覚して口元を抑えた。だがしかし、その後に彼女の口から紡がれたその言葉に俺は文字通り言葉をすっかり失った。
「これからも私だけを見つめてて下さいね、……なんちゃって♪」
えへへ、と照れ笑いを浮かべて冗談ですよと呟くその言葉とその笑顔に俺はこの時ハッキリと自覚したのだった。人生で推しと言う存在が初めて出来た事に。そしてその気持ちがこれから変わって行く事をこの時の俺はまだ気付いていない。
2話へと続く?