未定「飯田くんおはようっ」
「あぁ……緑谷くん、おはよう」
最近、飯田くんがあまり元気ない。
いつも元気に朝の挨拶をしてくれるのに、目は逸らされるし、苦笑いだし……。僕が飯田くんに何かしてしまったのだろうか!?と思って本人に尋ねてみたが、「これは俺の問題なんだ」と言ってそそくさと僕から離れていってしまった。本人曰く決して僕を嫌っているわけじゃないらしいのだが、僕に対して何か思うところはあるようだ。
「はぁ……」
僕はといえば、今まで仲良くしていた親友に急に避けられてしまって結構落ち込んでいた。
誰に対しても分け隔てなく真面目に接する彼が、僕の──友達の前で見せる表情はとても優しく、親しみのあるそれなのだ。そして僕は飯田くんのその雰囲気が好きだった。また前みたいに仲良く話したいのに、それが出来ない歯がゆさと陰鬱とした気持ちが募っていく。
「体育祭の時みたいなことなのかな……」
雄英体育祭の騎馬戦で、僕は仲が良かった飯田くんとチームを組もうとした。けれど飯田くんは僕に挑みたいという気持ちから、その時は敵同士となった。例え仲の良い相手でも、実力を認めて挑もうとするその姿勢が真面目な飯田くんらしくてとても好感を持った。
まさかあの頃の轟くんみたいに、ライバルとは馴れ合う気はない……みたいな!?いやでも、轟くんや麗日さん、他の人たちには普通だしな……。
「僕だけ…………」
そこまで考えると、また重い溜息が漏れた。
「おっきぃ溜息やねぇ……」
「うっう麗日さん!?」
そこにはいつの間にか僕の机に両手で頬杖をつき、にんまりとした笑顔をこちらに向ける麗日さんの姿があった。
「幸せ逃げちゃうよ?」
「あはは……」
幸せはもう逃げてるかもしれない、麗日さん……。僕が苦笑いを返すと同時に、頭上から声が降ってきた。
「どういうことだ?」
「とっ、轟くん!!」
少し見上げると、轟くんが僕たち二人を覗き込んでいた。
「溜息をすると幸せが逃げるのか?」
「あれ、聞いたことない?何でかわからんけど、よくそうやって言うよね」
麗日さんは不思議そうに首を傾げる轟くんに答え、話をこちらに振ってくる。轟くん賢いのに、意外とこういうの知らないんだよなぁ……。
「う、うん。僕も理由まではわからないけど……」
「そうか。俺もよくわかんねぇけどわかった、気をつける」
轟くんが真顔で言うと、麗日さんは苦笑いした。
「いや、どっちかというとデクくんに気をつけてほしかったんやけど……」
「どうしたんだ緑谷?」
急に話を転換させる轟くんに、麗日さんは疲れたように溜息を吐いた。
「何やろう、めちゃくちゃ疲れる……」
「あはは……」
本日二度目の苦笑い。
轟くんは無自覚なのだろうけど、彼の天然な部分は時として人を疲れさせるようだ。
「で?デクくんなんであんなおっきな溜息ついとったん?」
「えっ、あーうん……。えっと───」
「飯田(くん)に避けられてる?(!?)」
「シーーッ!二人とも声が大きいよっ」
「あ、ごっごめん」
「悪ぃ」
「でも何でだ?あいつ、俺達には普通だよな」
「うん、私もそう思うけど……」
「理由は聞いたのか?」
「うん。けど飯田くん『俺の問題だから』って言って、それ以上は何も教えてくれないんだ」
「うーーんそっかぁ……、それは困ったなぁ」
「"俺の問題"ってことは、緑谷に対して何か思っていることはあるが、それは自分の中で解決すべきだと思っているってことだよな……?」
「……っ!そうか!すごいよ轟くん!僕は何でそこまで考えなかったんだ!?」
「でもそれなら、飯田くんの抱える問題って何なんだろう……」
「…………………」一同
「俺からも何か聞いてみようか?」
「え!でも……」
「緑谷本人には言いにくいってだけかもしんねぇだろ?」
「うん、ありえるね。それだったら私も何となく探り入れてみるし!」
「あ、あの……。でもそれって、轟くんや麗日さんだから話してくれたことを、僕にも伝えるってこと?」
「あ……」
「それはちょっと飯田くんに悪い気がしちゃうなぁ……」
「悪ぃ、そうだよな……」
「ごめん、私も全然配慮足りてなくて……」
「あぁいや!二人ともありがとう、僕のために真剣に考えてくれたんだよね。その気持ちだけ受け取っておくよ!」
「緑谷(デクくん)……」
「…………………」一同
「やっぱり……、飯田くん自身がその問題を解決するのを待つしか無いんとちゃうかな?」
「そうだな。少し様子を見て、まだしばらく続くようならさっき言ったみたいに探りを入れればいい」
「え、でも……」
「大丈夫だ、緑谷には何も言わねぇ。ただ、俺たちが間に入って何かできるかもしれないだろ?」
「うん、そうだよデクくん!私たちを信じて頼って!」
「……っ!ありがとう轟くん、麗日さん……っ!」
◇◇◇◇◇◇◇
「その後、飯田とはどうだ?」
「うーん……、あからさまってわけじゃないけど、何となくぎこちないかな……」
「私もそれとなくデクくんのこと聞いてみたんだけどダメだった……」
「あぁ、俺も理由を聞いてみたが話してくれなかったな」
「飯田くんが抱えてる問題は、私たちが思っている以上に相当根深いってことかな……」
「その可能性はあるな」
「轟くん、麗日さん。もう大丈夫だよ」
「デクくん?」
「……これは僕と飯田くんのことだし、後は僕が何とかしてみるよ」
「でも、緑谷……」
「うーーん……悔しいけど、もしかしたらそれがいいのかも」
「……………そう、だな」
「ごめんね、せっかく色々協力してくれたのに……」
「デクくんが謝ることじゃないよっ!結局なにもできんかったの私らやし!」
「そうだぞ緑谷。謝るのは俺らの方だ」
「ううん、そんなことない。二人が僕の悩みを真剣に考えて協力してくれて、すごく嬉しかったよ」
「……また何かあったら言ってくれ」
「うんうん!私たちいつでもデクくんの味方だからね!」
「うん、ありがとう!」
◇◇◇◇◇◇◇
……というやり取りがあったにも関わらず、デクセコムたちは強かに動き出していた。
「飯田くぅーーん……」
「ちょっといいか……?」
「とっ、轟くんに麗日くん!?」
「何でデクくんを避けてるの!」
「む……、だから、前にも言ったが──」
「緑谷、めちゃくちゃ思いつめてたぞ」
「え……?」
「そうだよ!デクくん自分が悪いんじゃないかとか自分が何とかしなきゃとか、飯田くんとまた仲良く話したいって色々考えて──!」
「飯田?」
「……無理なんだッ!!」
「え……、い、飯田くん……?」
「もう無理なんだ、できるわけないッ!緑谷くんと仲良く、なんて……、俺にはできない……っ!」
「それは……、つまりどういうことだ?」
「すまない……ッ」
「あっ、飯田くん……っ!!」
「飯田……っ!!」
「……………………」
顔見合せる
◇◇◇◇◇◇◇
プール扉開ける
デク見つける
「……っ!どうして……」
「あ……」
「どうして君がここに……」
「……飯田くん、最近よく来てるでしょ?」
「……っ!何故それを……」
「うん、前にたまたま見かけてから気になっちゃって。あぁ今日も行くんだなぁって入ってくとこだけ……」
「そう、だったのか……」
「飯田くんもこっち来て浸からない?気持ちいよ」
「いや、俺は……」
「ちょっとだけでいいから、ね?」
「………………ああ」
「飯田くんが今抱えてる問題って、僕に関することだよね……?」
「…………………」
「やっぱり、話せない……?」
「すまない……」
「飯田くんは、僕のことが嫌いなわけじゃ……ないんだよね?」
「それは違う!断じてそんなことはない!」
「うん、そっかっ、ありがとう。僕も飯田くんが好きだよ」
「み……っ!」
「"本当にどうしようもなくなったら言ってね、友だちだろ"」
「………っ!!」
「お互いに言ったじゃないか。もう忘れちゃった?」
「…………」
「もし飯田くんが本当にどうしようもないって思ったら、ちゃんと頼ってほしいんだ」
「僕がダメなら、轟くんや麗日さんとか……。ね?」
「…………………」
「それだけ……っ!じゃあ僕は先に───ッうわぁ!?」
「緑谷くんッ!?」
ザバーンッ!!
「ぶはっ!ゲホッゲホッはァっ!」
「だ、大丈夫か緑谷くん!?」
「う、うん、大丈夫ッ!」
「良かった……」
「ごめん!飯田くんも巻き込んじゃって!」
「いや、俺は────」
「あははっ、制服びっしょびしょだ……っ!ごめんこんな状況なのに、ふふ、ちょっと楽しいって思っちゃった」
「先生方に見つかったら叱られるな……」
「ホントだ!早く上がらない───と」
「…………………」
「飯田、くん……?」
キス
「ん……っ!」
「いっ、えっ!?」
「…………すまない」
「えっ、ちょっ、んっ!いっ、……だくっ!」
「はぁっ、はぁっ、……くしゅんっ!」
「……もう上がろう」
「え、あ、うんっ」
腕を引く
「ちょっ待って、どこに!」
更衣室に𝙸𝙽
「……んっ、待って飯田くん、ここ更衣室っ!」
「そうだな……」
「そーだなって……!はっ、ん……っ」
頭をロッカーに打ち付ける
「抵抗してくれ……ッ」
「え?」
「頼むから……。じゃないと本当にッ!」
「飯田くん……?」
「頼む、緑谷くん……ッ!俺はもう、自分で自分が抑えられないんだッ!!」
「それってどういう……」
「最初は……」
「……最初はただ、友だちとして好感を持っているだけだと思っていた。君と何気ない会話をして、食堂で昼食を共にして、訓練や授業で切磋琢磨して……」
「でもある時気づいてしまったんだ。君のちょっとした仕種や笑顔に胸がドキドキしたり、他の人と話しているところを見て嫉妬したり、君を、独占したいと、思ったり……っ。これらは、とても友だちに対して抱く感情ではないと……」
「自覚してしまった気持ちは、想いは、墓まで持って行くと決めた。だというのに、この君に対する俺の気持ちは日を増すごとにどんどん大きくなっていって、抑えきれなくなって……っ」
「ここ最近は、あんな夢ばかり……っ!」
「あんな夢……?」
「緑谷くんのことを、そういう目で見てる自分が心底悍ましかった……!」
「っ!」
「緑谷くんは俺のことを友だちだと!親友だと思って接してくれているのに、俺は……!そんな純粋な君を、俺の欲で汚したくてたまらなくなるんだ!俺のこの感情は……っ!とても汚くて、醜くて、見るに耐えないものだ……ッ!」
「俺は緑谷くんと顔を合わせる度、どうしようもない罪悪感が湧き上がってきてッ!それでッ……!」
「だから、僕のこと避けてたの……?」
「すまない……ッ!すまない緑谷くんッ!俺はもう、君と友だちには戻れない!」
「好きなんだ……っ、君が!好きなんだ……ッ!」
「い、だ……くん」
「同情はしないでくれ……っ。罵って、殴って、軽蔑してくれ!この俺を……!!」
「そんなこと……ッ!!」
「もう君の傍にいたいなんて願ったりしない!友だちみたいに仲良くなんてしなくていい!だからどうか……、卒業するまでは、少し離れた距離で見守ることを許してくれないか───」
「飯田くんッ!!」
「……っ!」
「もうわかったよ、わかったから……泣かないで」
「は、離してくれ……っ!」
「飯田くん、僕ね、嫌じゃなかったよ」
「…………?」
「さっき、された……やつ」
「正直、僕自身飯田くんのことをどう思ってるのかわからない。わからないけど、今はこれが僕の答え」
「それじゃ、ダメかな……?」
「緑谷、くん……」
「あの、同情とかじゃないよ?本当に、嫌じゃない、から……その……」
「……?」
「僕からしてみても……いいかな」
「え……っ?」
「あっ、僕からとか嫌だよね!ごめん!」
「緑谷くん、今までの俺の話を聞いていなかったのか?」
「いや、そう、なんだけど……、なんだか信じられなくて……」
「すまない、不快な思いをさせて……」
「飯田くんこそ僕の話ちゃんと聞いてなかったんじゃない?」
「う……、しかし……」
「お互いがお互いの思いをまだ信じられてないみたい」
「………………」
「だから今からするのが、僕たちが先に進むための第一歩にしよう。ね?」
「緑谷くんが嫌じゃなければ……」
「うん……」
おまけ
「あーーーー!!!」
「どうしたんだ急に!?」
「飯田くんのメガネ、プールに沈んだままなんじゃ……!」
「本当だ!存在をすっかり忘れていた!」
「探さなきゃ!」
「そうだな!このままではプールの清掃時に迷惑がかかってしまう!」
「何してんだあいつら……」
「仲直りしたんかな……?」