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    kakeneeのお題より。
    使用お題:一晩中/指でなぞる
    某ゲームの二次創作だけどキャラの名前は出てこない。察しても黙っててね。よろしくね。

    努力は最高の状態でこそ発揮されるものなのです どれだけ若くとも、やはり徹夜というものは身体に響く。それが一晩中勉強漬けだったのならば、頭にだって甚大なダメージが入る。新しい朝を迎えたというのに、心身ともにボロボロだ。
     結果、今の自分の顔は酷いものだ。洗面所の鏡を見た瞬間、うわぁ、とげんなりした声が漏れ出た程度には凄惨な様相をしていた。
     まず顔色が悪い。常は赤々と血色の良い肌色はくすんでいた。血の色など見えず、最早白と言ってもいい。髪の鮮やかな朱との対比によって、より酷い色に見えた。
     目の下にはうっすらと隈が浮かんでいる。沈んだ色が痛々しい印象を与えた。
     瞼は今にも閉じてしまいそうなほど重い。重力に必死に抗うも、開けられるのは精々普段の八割程度だ。目つきが良いとはとても言えない形になっていた。
     不健康で彩られた顔は、まず弟には見せられないものだ。けれども、彼との邂逅は回避できないものである。何せ同居人で今日の食事当番である彼は、リビングで己のことを待っているのだから。
     目の下を指でなぞってみる。もちろん、沈殿した青黒い色素が消えることはない。うへぇ、と重い声が洗面台に落ちた。
     女性ならば化粧で誤魔化せるのだろう。しかし、己は男だ。化粧品など一つも持っていない。そも男二人暮らしなのだから、家に化粧品などない。もうどうしようもなかった。
     はぁ、と溜め息一つ。もうこの情けない顔を晒すしか道は残っていなかった。仕方ない、と諦め、少年は蛇口を回す。勢い良く流れ出る冷水をすくい取り、乱暴に顔を洗う。少しばかり眠気が飛んだように思えた。
     そろそろと廊下を進み、リビングに続く扉の前に出る。ノブに手を伸ばし、そろりと開ける。おはよ、といつもする朝の挨拶は細く弱々しく、気まずげなものだった。
    「おはようございます――うわっ。どうしたんですか、その顔」
     食卓に料理を並べていた弟が振り返る。目があった瞬間、端正な顔が驚きに染め上げられた。健康が取り柄のようなものである自分が、眠たげなだけならまだしも、これだけ顔色が悪ければ驚愕するだろう。彼の反応は当然である。
    「あー……ちょっと、な」
     返す言葉は淀み濁ったものだ。無意識に視線が泳ぎ、丸くなった翡翠から逸らされていく。徹夜してました、とはなんだか言い難かった。分かっている、くだらない見栄だ。己は兄だ。弟の前では、ちょっとぐらい格好つけたい心がある。
    「まさか徹夜でゲームしていたんじゃないでしょうね」
    「ちげぇよ」
     心無い言葉に、朱は思わず顔をしかめる。こちらを見つめる碧の目はいつの間にか眇められ、表情も訝しげなものに変わっていた。信用がないのは日頃の行いが行いだけに仕方がないことだが、今日という日にそんな疑いをかけられるのは流石に不服だ。
    「……べんきょーしてたんだよ。そしたら、いつの間にか朝になってた」
    「貴方が徹夜で勉強を……?」
     唇を尖らせ、渋々真実を口にする。結局隠し通せなかった悔しさが滲んだ声音をしていた。
     返された声は以前訝しげなものだ。音に再び驚愕の色が交じる。彼が疑うのも無理はない。己は勉強嫌いで有名なのだから。
     勉強嫌いで、授業中はすぐに眠りこけ、テストでは全教科赤点も珍しくない、追試の常習犯。それが朱い少年の評価だった。教師間ではもちろん、学年内でもその認識は浸透していた。
     そんな少年だが、最近は弟や友人に勉強を教わる機会が増えていた。小テストの点数が一桁から二桁に上がるほどには、日々の努力の成果は表れていた。
     そして今日は、彼が勉強を教わるようになってから初めて行われる定期テストだ。もちろん、努力はした。心優しい弟と友人の甲斐甲斐しい教えを元に問題を紐解き、基礎問題は難なくこなせる程度の実力がついていた。
     それだけに不安が残るのだ。あれだけ教えてもらったのに、点数が変わらなかったらどうしよう。呆れられるのではないか。悲しませるのではないか。見捨てられるのではないか。優しい彼らがそんなことをするはずがないと分かっている。けれども、一度芽吹いた不安は胸の中で大きく育ってしまったのだ。
     結果、らしくもなく徹夜で勉強をしてしまった。テスト当日に徹夜だなんて、パフォーマンスが落ちるだけだ。一夜漬けの効果が薄いことは、今までの人生で学習している。それでも縋ってしまうほど、少年の心には暗い靄がかかっていた。
     ふぅ、と形の良い唇から溜め息が落ちるのが見えた。兄はびくりと肩を震わせる。呆れられたのか、それとも嘘だと思われたのか。視線がどんどんと地面に吸い込まれていく。紅玉に影が差す。
     パタパタとスリッパがフローリングを打つ音。しばしして、ぐい、と力強く手を掴まれ引かれた。うわ、と思わず声を漏らす。こちらのことなど気にする様子などなく、目の前の少年は黙って己の腕を引いて歩いていくだけだ。
     たたらを踏みながらも、彼の後ろをついていく。辿り着いたのは、リビングに置かれたソファだった。またぐっと手を引かれ、ソファに座らされる。ギシ、と古くなってきたスプリングが悲鳴をあげた。
    「寝てください」
    「……へ?」
    「朝ごはんは学校で食べられるようにおにぎりを作っておきます。だから、寝てください」
     ほら、と肩を掴まれ、無理矢理横にされる。スプリングと一緒に、ぅえっ、と抗議の声をあげる。見下ろす目は有無を言わせぬものだ。
     弟はフローリングに膝をつく。己と同じ高さに合わされた天河石の瞳には、慈しみと少しの心配が浮かんでいた。美しい色をしたそれがふうわりと細められる。
    「……貴方の努力は知っています。その結果は、最高のパフォーマンスで発揮されるべきです。寝不足なんて状態ではいけません」
     だから、少しでも寝てください。
     祈るように言葉を紡ぎ、少年は朱い頭に触れた。癖のある髪を白い指が撫で梳かす。子供を寝かしつける手付きだった。
    「十五分したら叩き起こしますから、安心して寝てください。絶対に叩き起こしますから」
    「優しく起こしてくれよぉ」
     柔らかな空気の中、軽口を叩きあう。柘榴石と燐灰石がかちあう。どちらも同じタイミングで緩やかなカーブを描いた。
     おやすみなさい。
     おやすみ。
     朝だというのに、深夜の挨拶を交わし合う。どちらも柔らかな響きをしていた。
     降り注ぐ温かな声と手付きに、瞼が幕を下ろし始める。視界がどんどんと細まり、暗くなっていく。ふっと糸が切れるような感覚。瞬間、意識が温かな何かに沈んでいった。
     おやすみなさい。穏やかで甘やかな声が、最後に聞こえた気がした。
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