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    今年はちゃんと書き納めできたよ! 頑張ったよ! 頑張った!
    来年も頑張るぞ!

    こたつと年越し 重い音とどこか間の抜けた声が笑い声に包まれたスタジオに響く。しばらくして、空気を切る音と打撃音、聞き苦しい悲鳴の何とも言い難い三重奏がスピーカーから流れた。
     めまぐるしく人が入れ替わる画面をぼんやりと眺め、烈風刀はコーヒーに口をつける。舌の上をぬるい苦みが染め、少し鈍くなった特有の香ばしさが鼻を抜けていく。手軽なドリップコーヒーとしては十分な味だ。冷えつつある黒を飲み干し、マグを元の位置に置く。深茶の天板の上に、同じ形をした赤と青が並んだ。
     朝早くから始めた大掃除は夕方にようやく終わり、夕食の年越し蕎麦も普段より少し早い夕食で食べた。夜が降り更けた今は、例年通り二人で年末恒例のバラエティ番組を眺めていた。弟にとっては特段心惹かれる内容ではないが、兄が毎年見たいとリモコンを取るのでそれに付き合っている状態だ。興味がさほどないのならば自室に引き上げてしまってもいいのだが、掃除も冬休みの宿題も済ませてしまったのだからやることがない。それに、一年の終わり、大晦日ぐらい家族と過ごしたいものだ。
     斜向かい、隣り合った一辺に座る兄を見る。彼の目の前には、半分ほど食べられたみかんとその皮が山積みになった紙のゴミ箱があった。瑞々しい小さな房を一つつまんだ指は、健康的な赤で彩られた口元に辿り着くことなく机の上で止まっている。黙々とみかんを咀嚼していた口は閉じられ、液晶画面に熱心に注がれていた視線は磨かれた天板に吸い込まれていた。朱い頭はこくりこくりと前後に揺れている。
    「こたつで寝ないでくださいよ」
    「んー……」
    「年越しまで起きていたいのでしょう」
    「んー……」
     揺れる頭に言葉を投げかけるが、返ってくるのは唸りに似た音ばかりだ。それも、半分眠っている響きをしていた。先ほどまで液晶画面に映し出される芸人たちを見て声をあげて笑っていたとは思えない様相だ。こたつがもらたす暖かさに負けそうになっているのだろう。この兄はいつもそうだ。
     テーブルの上に並んだマグを見やる。深い赤と薄い青で彩られたそれの中には、底に少しだけ焦げ茶をした水滴が残っている。どちらも空になっていた。カフェインたっぷりのコーヒーを飲んで尚船を漕ぐほど眠くなるのだから、こたつというものは恐ろしい――同じ条件の自分の元には睡魔が訪れていないのだから、気質の問題もあるのだろうけれど。
     自分の分のついでだ、目覚ましに淹れてきてやろう。考え、少年はカーペットに手をつける。身体の半分を包み込む心地良い温度にどうにか抗いつつ、分厚いこたつ布団と毛布の中から抜け出す。机上に並んだマグを手に、碧は立ち上がった。
     冷えたフローリングを足早に進み、キッチンへと向かう。目盛りに合わせて電気ケトルに水を入れ、スイッチを押す。棚からパック詰めされたドリップコーヒーを二人分取りだし、空っぽになったカップにセットした。
     冬の空気が背を撫ぜる。身体を無理矢理冷ますようなそれに、思わず大きく身震いをする。つい先ほどまでこたつの暖かさに包まれていた身体には、キッチンの冷え切った空気は凶器にも近い。どうせ何杯も飲むと分かっていたのだから、一式をリビングに持って行った方が良かっただろうか。いや、さすがにそれは堕落しすぎではないか。寒さで冴えつつある頭で益体もないことを考えている間に、カチン、とスイッチが上がる音がテレビの喧騒が遠くに聞こえる空間に響いた。水が沸く低くくぐもった音が止み、静寂が少年と薄く黒の残る陶器を包む。
     紙製のドリッパーに均等に湯を注ぎ入れる。湯で満たされたそれが水位を減らし、完全に雫が落ちきったところで取り、ゴミ箱に捨てた。寒さをよく表す白い湯気を上げるマグを手に、少年はリビングへと戻る。厚い靴下で保護された足は、普段よりもいくらか動きが速かった。
     リビングの中央、こたつの前。みかんが積まれた籠とゴミ箱、リモコンが載ったそれの傍らで烈風刀は足を止める。目の前に広がる光景に、整った眉が薄く寄せられた。
     溢れそうなほどみかんの皮が詰まった紙のゴミ箱の正面には、朱い塊があった。そこから繋がる肩と丸まった背は、ゆっくりと上下している。授業中よく見る姿だ。つまり、机に突っ伏して眠っている。
     兄のマグを突っ伏した頭の前に置き、穏やかに上下運動を繰り返す肩に手を伸ばす。掴み揺さぶろうとする直前で、少年は手を止めた。セーターに包まれた鍛えられた腕が引き、不満げに一文字を描いていた口元がわずかに解ける。細い溜め息が緩んだ口からこぼれ落ちた。
     日中、それも朝早くから彼はよく働いてくれた。風呂掃除に洗濯物干し、リビングの掃除にエアコンのフィルター掃除、家中の電灯の掃除。加えてくしゃくしゃになったプリントや通販の段ボール箱が溜まりに溜まった自室の掃除。分担したとはいえ、ものぐさで掃除が苦手な彼が朝から頑張って整理整頓をこなしたのだ、疲れているに決まっていた。疲弊した身体に温かな料理で胃が満たされ、とどめにこたつの温もりが身体を包んだのなら、眠ってしまうのも仕方が無いことだろう。動き疲れて眠ってしまうなんて子どもっぽいのだけれど。
     テレビの横に置かれた卓上時計に目をやる。音も無くなめらかに動く針は、日付が変わるまであと一時間と少しだと伝えてきた。やっぱ年越しは起きて過ごしたいじゃん、と彼は毎年浮き足立った様子で主張している。このまま寝過ごしては後がうるさいだろう。日付が変わる二十分ほど前に起こしてやろう。そう考え、烈風刀は定位置に座った。冷えたキッチンとフローリングを歩き冷えた足を、程よい温もりが包み込んだ。
     みかん籠の隣に置かれたリモコンに手を伸ばし、チャンネルを変える。ザッピングしてみるが、やはり大晦日と言うこともあってどのチャンネルも特番ばかりだ。無駄に電気を食うのだから、興味を引くものが無ければ消してしまった方がいいとは分かっている。しかし、音も何もない部屋で一人過ごすというのも何だか寂しいものだ。唯一の話し相手が眠ってしまっているのならば尚更である。テレビの賑やかしい音は、生まれてしまった空白を埋めるのには都合が良かった。
     結局、たまに見るニュース番組にチャンネルを合わせる。番組の雰囲気はがらりと変わっており、例に漏れず年越しをテーマに編成されていた。埃一つ無い画面に、今年のニュースがランキング形式で並べ立てられる。感心や驚きを含んだ出演者やギャラリーの声がスピーカーから流れた。わざとらしいそれが耳を通過していく。
     今年も色々なことがあったな、と鮮やかに映像を映し出す液晶画面をぼんやりと眺めながら考える。自分たちにとって一番のニュースは、バージョンアップによる世界の刷新と、ヴァルキリーモデルという新たな筐体の稼働だろう。年が変わる前から性能向上や新機能の実装、それらの調整に向けて皆で奔走した日々が思い起こされる。一年しか経っていないというのに、もう随分と懐かしく思えた。
     皆で尽力した甲斐あって、評判は上々だ。努力が報われた喜びと安心はあれど、まだ気を緩めるわけにはいかない。ユーザーたちは更なる世界を、機能を求めているのだ。ゲーム運営に関わる者として、それに応える義務がある。ここで満足して立ち止まらず、もっともっと精進せねばならないのだ。口には出さないが、きっと皆同じ思いだろう。来年も頑張らねばな、と小さく頷き、新たに満たされたマグを口に運んだ。程よい温度が喉を潤し、胃から身体を温めた。
     みかんを食べ、テレビを眺め、携帯端末をいじくり、コーヒーを飲み。一人きりの時間はスピーカーから流れる騒がしい音とともに静かに過ぎていく。
     ゴーン、と鈍い音がスピーカー越しの喧騒に紛れて耳に飛び込んでくる。鐘の音だ。もう除夜の鐘が鳴る頃か、と時計へと目をやる。気付けば、新年まであと十五分という時刻になっていた。
     かすかな寝息を立てる兄の背を軽く叩く。雷刀、と眠りの海に身を浸した片割れの名を呼ぶ。深く沈みいっているのか、返事は無い。雷刀、ともう一度強く名をなぞり、今度は肩を揺さぶる。癖のある朱い髪がふわふわと揺れた。しばしして、掴んだ肩がふるりと震える。断続的なそれの後、んー、と濁った音が天板と髪の隙間から漏れ出た。
     朱い頭がゆっくりと上がり、突っ伏し隠れていた顔があらわになる。額にうっすらと赤い跡が残ったかんばせは、まだ眠気で化粧されていた。やっとといった様子で半分だけ上がった瞼から覗く紅玉はけぶり、普段の輝きを失っている。鈍い朱がゆっくりと瞬き、くぁ、と大きく口が開く。大きなあくびと気の抜ける音が真っ赤な口から漏れ出た。
    「もうすぐ日付変わりますよ」
    「まじ……?」
     拳を軽く握り猫のように目元を擦りながら、雷刀はテレビ画面の右上、現在時刻を示す数字列に目をやる。うわマジだ、と少しだけ輪郭を取り戻した声があがった。どうやら驚愕で少し目は覚めたようだ。
     こたつ布団に潜り込んでいた腕が這い出、机上のマグへと伸びる。赤い陶器が赤々とした唇と触れ合う。傾けて少し、つめて、と少年は顔をしかめた。湯飲みのように握られたぐっと傾き、中身が一気に煽られる。冷たさと苦みでようやく意識が覚醒に至ったのか、瞼はすっかりと開き、覗く瞳は元の透明度を取り戻していた。
     朱い頭が天板に再び乗せられる。今度は正面から突っ伏すのではなく、横向きだ。プラスチック製の板面に押しつけられた頬がむにゅりと柔らかに形を変える。輝きが灯った瞳は隣に座る蒼玉を見上げていた。
    「なー、烈風刀」
    「何ですか」
     未だほんのりと眠気がにじむ声が己の名をなぞる。みかんの皮をゴミ箱に入れながら短く返すと、ぱちりと開いた朱がそっと細まったのが見えた。笑みにも似たそれは、愛しさを宿した曲線をしていた。
    「今年もありがとな」
     歌うような軽やかな調子で兄は言う。言葉を紡ぎ出す口元は緩み、わずかに口角を上げている。確かな笑みを形作っていた。
    「何ですか、いきなり」
    「いやー、こういう時ぐらいしかこういうこと言えねーし?」
     訝しげな声に、どこか拗ねたような、少し照れくさそうな声が返される。だって世話になったのは事実じゃん、とほんのりと尖った唇が音を紡ぎ出した。天板に潰されていない方の頬がぷくりと膨らんだのが見えた。
     素直な彼らしいとも、自由奔放な彼らしくないともいえる言葉だ。まっすぐな音色は、確かに弟の胸に染みこんだ。ふ、と訝り固くなった口元が緩む。
    「こちらこそ。来年もよろしくお願いしますね」
     世話になったのはこちらもである。まだまだ力不足だと考えているようだが、長い年月をかけ研鑽を積んだ彼は十二分にレイシスたちのサポートを務められている。新たなバージョンと筐体の稼働も、彼の力があってこそできたのだ。一人でも欠けていれば、今過ごす日々はきっとなかっただろう。どんなに謙遜しようと、それは変わらぬ事実だ。
     柔らかな声に、おう、と短い声が応える。寝起きとは思えないほど元気の良い、わずかに照れを孕んだ音だ。へへ、とはにかむ音が朱の緩んだ口元からこぼれ落ちる。続いて、碧の音にならない笑みが漏れ出た。
     ワァ、とスピーカーから一際大きな音が響く。不意の大音に、朱と碧が鮮やかな色を放つ液晶画面へと向けられた。右上に小さく表示されていたデジタル時計は消え、広いスタジオの後方に設置された大液晶へと姿を移していた。デジタルの角張った数字は、年が変わるまであと五分を切ったことを全身で示していた。おっ、と弾んだ声があがる。炎瑪瑙が輝き、リモコンを掴む。ボタンが幾度か押され、スピーカーから流れる音が大きくなった。
     液晶画面に釘付けになった朱を横目に、碧は籠へと手を伸ばす。手のひらからこぼれ落ちそうなほど大ぶりなそれを一つ掴み、皮を剥く。現れた実を分け、一房手に取った。
     昨年もこのように彼とともに過ごしたことを思い出す。テレビから流れるカウントダウンの声に己の声を高らかに重ねるその姿を見ながら年を越したのだ。昨年も今年もそうなのだから、きっと来年もそうなのだろう。そんなことを考え、少年は小さくなった実を口にする。噛んだ瞬間口内に溢れ出た果汁は、甘酸っぱかった。
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