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    ぎんまる

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    ぎんまる

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    HadesWeeklyのお題に合わせて書いたザグタナザグ小話です。

    #HADES
    #Thanzag
    #Zagthan
    #HadesWeekly

    初穂「タナトス!来てくれ!」
     小さな獣の鳴き声と共に届く若々しい男の呼び声。
     ちょうど方々で集めた死者の魂達をカロンへ引き渡したところだった。はっと顔を上げた死神へ、冥府の渡守は低く唸る。そこに揶揄いの色を感じてタナトスは兄神を睨め付けた。
    「今日の分はこれで最後だ」
     さらば、と言い終わりもしないうちに輝く翼を広げ、死神は呼び声の元へ馳せる。
     高らかな弔鐘と共に再び顕現した死の神は、巨きく壮麗な門扉の前に浮かんでいた。人気のない静かな木立の中に立つ、地下の神々へ奉じられたステュクス神殿。ならば今から相対するのはかの冥王ハデスであろう。
     唇を引き結び、大鎌を構えて振り向く。しかしその先にいたのは冥王ではなかった。
    「タナトス!来てくれたな」
     冥王と同じ髪の色、片方だけ同じ瞳の色をした男が満面の笑みで駆け寄ってくる。
    「ザグレウス。父君はどうされた?」
     いささか拍子抜けしつつタナトスは武器を下ろした。ザグレウスはニヤリとして自慢げに鼻を鳴らした。
    「父上には先に地下へ帰って頂いたよ。もちろんステュクス経由で」
     あちこちに傷を負い、乾き切らぬ血を滴らせながら冥府の王子は朗らかに笑う。血痕や割れたタイルが飛び散る激しい戦いの跡地と、キトンの胸元に覗く小さなネズミのぬいぐるみがなんともアンバランスで、タナトスは知らず口元を弛めていた。
    「ふむ。では用向きを聞かせてもらおうか」
     本来はほんの束の間でも戦いの助けになろうと渡したはずの冥友だったが、こうして戦いに関係なく呼び出されることにも慣れつつあった。時折ザグレウスは気まぐれにタナトスを呼び出しては他愛のない会話を、軽い抱擁を、啄むような、あるいは情熱的なキスをせがんで会いたかったと囁くのだ。
     忙しい身の上とはいえ、タナトスだって同じように想いを募らせている。愛しい伴侶の呼ぶ声が届くとき、どうして逢瀬の誘惑を拒めようか。
     それに、デメテルの嘆きがもたらした永き冬に終わりが訪れ、物資の奪い合いから起こる戦も数を減らし、プシュコーポンポス(魂の導き手)たる死の神にも少し時間の余裕というものができていた。子供のように目を輝かせた王子に手を取られ門扉の脇へ引っ張られても、タナトスはもう以前のように眉を顰めることもなかった。
    「見せたいものがあるんだ!ほら、こっち」
     駆け出さんばかりの王子に速度を合わせ空中を滑っていった先に、一本の林檎の木が植わっていた。まだ若木なのだろう細い幹。だが瑞々しく繁った葉の間に小ぶりの実がたわわに実って爽やかな甘い香りを放っている。
    「これは…ザグ、お前が育てたのか?」
     ザグレウスは嬉しそうに頷いた。門前の広場から少し外れた壁の脇。ここなら父子の戦いに巻き込まれることもないだろう。
    「母上に貰った種を植えて、父上に勝つ度に手入れしてた。しばらくかかったけど初めて実をつけたんだ!これはもう食べられるよな?」
     日当たりの良い枝にひときわ赤く色づいた実をザグレウスは指先でつついた。
    「ああ、もう充分に熟しているようだ」
     タナトスが頷くと、ザグレウスは他の実を傷つけないよう慎重にもぎ取った。
    「初収穫だ」
     赤い実を両手で優しく包み込み、愛おしげに目を細めるその顔が、冥府の女王たる彼の母親によく似ているとタナトスは思った。
     常夏の隠れ家からこの広場までは、ペルセフォネの加護は届かぬだろう。人々が丹精を込めてさえ毎年の実りが約束されたものではないことも、死の神はよく知っている。地上で過ごせる限られた時間の中でザグレウスが手入れし実らせたこの林檎のなんと貴いことか。
     タナトスがすっかり感心して見入っているうちに、ザグレウスは血のついていないヒマティオンの端で林檎を拭って埃を落とし、タナトスに差し出した。
    「俺に?なぜ?」
     面食らって尋ねると、ザグレウスは不思議そうに首を傾げた。
    「これがいちばん赤くて綺麗な実だから、きっといちばん美味いと思って」
    「いちばん良いものならお前が食べるべきではないのか。大切に育てた、お前の初めての収穫だろう」
     ザグレウスの瞳の色が、愛を湛えて深くなる。タナトスはぎくりとして、悪戯っぽく微笑む唇から目を離せなくなる。
    「だからお前に食べてほしいんだよ。我が愛しき神へ、いちばん良いものを捧げたいと思うのは当たり前じゃないか?」
     タナトスは口を開いたが、なにも言葉が出てこなかった。神血(イーコール)がじんわりと頬を染めていく。
     してやったりとにまにま見つめてくる顔が小憎らしい。それも愛らしく思えるのだからどうしようもない。
     ならばその戯れに付き合ってやろう。タナトスは顎をついと上げた。
    「何を捧げようと死を慰留などできはしないぞ。だが…」
     林檎を受け取り、その香りをいっぱいに吸い込んでから、タナトスは腰の剣を抜いた。刃の上で赤い実を滑らせるとあっさりと二つに割れる。
    「我が愛しき神から賜ったこの実りを共に味わうことはできるだろう」
    「はは、これは身に余る光栄だ」
     半分になった実を渡されたザグレウスは、タナトスと目を見合わせ、同時に齧り付いた。
     爽やかな香りと甘酸っぱい果汁が口内に広がる。間違いなくこの木が実らせた中で最高の味だろう。タナトスはやわらかに息を吐き、ザグレウスは満足げに唸った。
     地下の住民達にもこの恵みを届けてやろうと、二柱の神はせっせと熟した果実を収穫した。気難しい冥王は、息子との死闘を繰り広げていたすぐ脇でこんなものが育てられていたと知ったらどんな顔をするだろう。
     タナトスの肩から下がるヒマティオンの端を袋のようにして果実を入れれば、宵闇色の布が明るい色彩でいっぱいになった。
     太陽を受けて宝石のように輝く赤と黄と緑。
    「お前のような色だな。生命の色だ」
     死神が微笑むと、林檎味のキスが恭しく捧げられた。
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    triste_273

    REHABILIお題「タナザグ前提で、ザグへの惚気にしか聞こえない独り言を誰かに聞かれてしまうタナトス」
    表情や言葉ではあまり変化はないけれど、内側ではめちゃくちゃ影響受けていて思わず言葉で出てしまったタナトス…という像で書かせて頂きました。ありがとう御座いました!
    肖像画は笑わずとも かつて、死の神にとって休息とは無縁の物であった。
     世界が世界である限り時間は止まらない。常にどこかで新たな命が花開く様に、常にどこかで命の灯火が消え死者が案内を待っている。そう、死の神は常に多忙なのだ。己の疲弊を顧みず職務に没頭しなければならぬ程に。だが神であれ肉体を伴う以上「限界」は存在する。タナトス自身はその疲労を顔色に出す事はほぼ無いものの、母たる夜母神にその事を指摘されて以来、意図的に「休憩」を挟むようになった。地上の喧騒、死者たちの呪詛、そんな雑音と言葉の洪水の中に身を置く反動だろう……休息で必然的に静寂を求めるようになったのは。ハデスの館も従者や裁定待ちの死者がいる以上完全な静寂が漂っているわけではないが、地上のそれに比べれば大分マシだ。厳かな館の片隅で、ステュクスの川面に視線を落とし、そのせせらぎに耳を傾ける。かの神にとって、それだけでも十分に心休まる平穏な時であった。
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    Yako_san8

    DONE★hadesweekly一回目お題・My first…/初めての…
    冥界王子淡い初(失)恋か~ら~の~、死神が何かを察する小話です。王子と死神はなんだかんだ付き合いの長い親友同士という感じ。お題なので3000字以内のライトな感じを目指したのですが、ちょっとオーバーしました。切れのいい短編が書けるようになりたいです。そしてお題に沿えているのか不安になってきました。ファイトォ!
    魂の片割れ 深い緑に囲まれた地を疾走する影があった。深紅の衣をひらめかせ軽快に駆け抜ける。弾む息と踏みしめた地に刻まれた燃え盛る足裏の熱の残照とが、久遠の楽土を彩る何よりも生命の輝きに満ちていた。

     年経た石造りの橋を渡り新たな区画に足を踏み入れたその影は、かすかに風に乗って届いた控え目な声に顔を上げると歩みを止める。そして再び、今度はゆったりとした足取りで進み出した。最近とみに絆を深めた友人達の元へと。
     柔らかな草地を過ぎてひび割れた石の階段に足をかけ、数段上がったところでようやく談笑している二人の姿が目に映る。―刹那、影は息を呑んで立ち止まった。

    「ザグレウス?」
     立ち竦む影に気付いた金の髪の男が少し驚いた風に目を丸くしたのち、穏やかな声をかける。その視線を辿るようにして振り向いた黒髪に褐色の肌の男も一瞬遅れて微笑んだ。
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