半生の反省自己暗示だけは得意だった。
昔からそうだ。
優しいあの子の醜悪な素顔も、明るいあの子のどろどろした内情も、全部全部見てしまっては見ないふりをした。
そんなものは彼らを構成するほんの一部に過ぎないと思って。
浴びせられる罵詈雑言に、心を的確に抉る躊躇無き嫌味に、僕はいつだって目を瞑ってきた。
そうだね。僕が全部悪いよ。
君はただ疲れているだけなんだ。
頑張りすぎちゃって休むに休めないんでしょう。
そんなだから心の余裕を失くしてしまっているだけだよね。
それなのに僕は、無神経にも君を傷付けてしまった。
配慮が足りなかった。
積極性に欠けていた。
ああそうだ、僕が全部悪い。
君のそれは口を衝いて出た単なる溜息に過ぎないでしょう。
心の奥底に大事に大事に抑え込んだ本音なんかではないでしょう?
大丈夫、大丈夫、僕は分かっているからね。
何を言われたって今さら離れるわけないじゃないか。
僕だって君にたくさん助けられてきたんだから今度は僕が君を支えないと。
君の弱さも不器用さも全部、僕は分かっているんだから。
……などというように。
心を切り売って君に寄り添った。
そうしたら君がまたいつか、昔みたいに笑ってくれる気がしたんだ。
人は皆病んでいく。
時の流れと共に。
平穏なんて仮初め、一度ひびが入れば崩壊はすぐだ。
それを僕は、心のどこかで分かっていながら、必死に知らないふりをした。
優しく包み込んでやれば、後は時間が癒やしてくれるだなんて。
そんなわけないでしょう。
ガーゼの奥に匿った傷は、ぐずぐずに膿んで拡大する。
時間はそれを甲斐甲斐しく手助けするんだ。
それが正解だったんだよ。
近くにいたら感染する。
僕まで参ってしまう。
ゾンビウイルスみたいに。
いつか治るなんて希望、とっくに捨て去ってしまえば。
こんな思いせずに済んだのに。
ああ、もう、全部お前のせいだよ。
お前の心が痛むのは、お前が自己管理もろくに出来ずに、周りから頼られる忙しい自分に酔っ払って酔い潰れた結果なんだよ。
もう何度同じことを繰り返してる。
要らない絆を徒に結んで、本当に大切なものを見失ってやしないか。
お前が欲しかったのは何だったんだ。
愛情も信頼も、底抜けの瓶に注いだみたいに、残らず落ちてくだけだったのに。
お前は結局、幸せなんて最初から求めてなくてただ理不尽な世界に耐え忍ぶ自分が、好きで好きでたまらなかっただけなんじゃないのか。
そうやって愛想尽かされて、誰も彼もに去っていかれて、その不幸に酔っての繰り返し。
今そばにいる人のことなんか一瞬だって考えないだろ。
釣った魚に餌はやらずに、逃げられてからその大きさに気付くんだから。
お前は馬鹿だよ、本当に馬鹿だ。
それを受け入れられなかった僕も同じくらい馬鹿だよ。
人生の一部だったんだ、お前は。
だから認めたくなかったんだ。
自分の人生を構成する一部が、とうに爛れて腐り落ちそうな状態だってこと、認めたくなかったんだ。
でもようやく気付いたよ。
そんな腫瘍、早めに切り離した方が絶対に良いって。
だからもうさよならなんだ。
僕にとっては唯一だった君。
君にとって僕は、これまでに去っていった数多の先達と大差ないんだろうけど。
どうぞどうぞ、勝手にしておくれ。
君を主人公にした悲劇にでも、敵役として登場させるといいよ。
僕も君の度し難さをたまに思い出して嗤うから。
お互い様だよ。
それじゃあね。