休息会社帰りの地下鉄、偶然空いた席に、周りはサラリーマンばかりだから気にせず腰を下ろした。終着駅まで行くから、座れるのはありがたい。
二駅揺られ、客が降りていく何気ないいつもの景色。誰が降りようと乗ろうと気にしないはずなのに、その駅で俺は何となく顔を上げた。
隣に座っていた奴が「やべっ」と呟き、急ぎドアに向かう。一番最初に乗り込もうとしていた女性にぶつかり、謝りもしないまま去って行った。
その女性は口の動きから「った」と言ったが、気にせず電車に乗り込む。
その方向を見ていた俺は、息を止めていた。
ミカサだ。
髪の長さは肩に付かないくらい、薄紅色の口紅を塗っている。顔つき、格好からして社会人。
ミカサはそのまま空いている俺の隣の席に腰を下ろし、スマホを見だした。
俺を知っているのか、あの時代の記憶があるのか。
声をかけたいが、記憶持ちじゃなかったら変質者、ナンパ野郎だ。どうしたものかと思ったが、何駅過ぎてもミカサは俺に気付かない。
これは記憶持ちではない、な。
まあ記憶があったとして、俺とは会いたくないだろうから、ちょうどいいか。
この世界で、あの時代の者が隣にいる。偶然とはいえ、この奇跡に目を閉じて隣の存在に歓喜する。
終着駅まであと30分、今まで会うことのなかったミカサは、きっとその前に降りるだろう。
それから10分ほど過ぎたとき、肩に軽い重みを感じた。
「ん?」と目を開け、立っている人の隙間から前の窓を見る。窓に映る俺と、眠り俺の肩に頭を寄せたミカサ。
ありえない出来事に「ふっ」と心の中で笑った。
他の奴なら肩を揺らし、無言の拒絶をするところだが、相手がミカサならば、そのまま眠らせてやる。
スマホを持ったまま太腿に置いたミカサの左手には、指輪が輝いていた。
見た目からずいぶんと若くして決断したと思うが、今幸せなら良いことだ。相手はエレンなのか、と思ったが、それを知ることもないだろう。
次の駅の停車のために少し強く踏まれたブレーキ、揺れる人々。その反動で俺に更に強くのしかかるミカサ。ミカサはしっかり寝ちまったのか、元の位置に体を戻さず、そのまま俺に寄り掛かった。
『・・・お降りの際は・・・』
さて、終点まで来ちまった。そしてミカサはまだ眠りこけている。客が次々と降りるなか、惜しいなと思いながらも、お別れだ。
「おい、起きろ」
声をかけ、肩を揺らすが無反応。この時代、女性に触るのも何かと厄介だが、仕方ない。
席を立つと同時に、ミカサがそのまま倒れないよう手で支える。さすがに目を開けたミカサが、寝ぼけ目に「?」といった状況だ。
「終点だぞ」
「・・・・・、えっ!?」
「大丈夫か?戻るなら向かい側のホーム、もうすぐ出るぞ」
都心に向けて発車する電車、始発駅だし、今の時間から都心に向かう人はそう多くはないが、立ちなのは確定だな。その方が寝なくて、こいつには良いが。
慌てて席を立ち電車を降りるミカサに、やはり記憶なしかと、口角を上げ息を吐いた。
さて、この奇跡に一人乾杯でもしようか。
どの店に行こうか考えながら階段を下りている時、ヒールの音と共に声をかけられた。
「あ、あのっ!」
「ん?」
足を止め、後ろを振り向けば、向かいのホームに向かったはずのミカサが顔を赤くして近づいてきていた。
「リヴァイ、兵長・・・ですか?」
Fin
*.*.*.*
疲れた、とても。
毎日毎日自分に都合のいいようにしか解釈しないクレーム客の相手、しかも電話。まったくもって仕事が捗らない。上司に言えば「電話も立派な仕事だ」と言われると分かっているから言わないけど。そこに病欠4名、一日中電話を取っていて酸欠になるかと思った。
いつもの地下鉄、いつもより遅い時間。
帰ったらとにかく寝よう。あぁ、お風呂も入らないでもうこのまま倒れてしまいたい。
そんなことを思っていたら、降りる人とぶつかってしまった。痛くはないけど、反射的に「った」と口が開く。ぼうっとしすぎていたのかもしれない、悪かったなと思い、その人が来た方向を向けば一人分、席が空いていた。
ほっと一息つき、駅に着くまで気持ちを静めようとSNSを開く。
でもどんなに好きなものでも、この疲労には勝てなかったらしい。いい具合に揺れる電車、左側に体が寄っていくのは分かっていたが、止められなかった。
普通なら肩を揺らし拒絶の反応を示されるのに、今日の隣の人はそれをしなかった。
だからいいとは言わない。けど、何度体を元に戻そうとしても、その人に寄っていってしまっていた。
「終点だぞ」
隣の支えがなくなり、でも腕を手で支えてくれたその人をぼうっと見上げる。
この人が、親切にしてくれた、人。
「・・・・・、えっ!?」
終点って言った?終点!?ならば何駅も戻らなくてはならない。初めて来た、この電車の終着駅、じゃなくて!!
「大丈夫か?戻るなら向かい側のホーム、もうすぐ出るぞ」
点検の駅員さんが来ちゃうんじゃないかと、急ぎ電車を降りた。ただ、驚いたのはそれだけじゃなくて。
どうしよう、どうしようと慌てる心。
声をかけてみようかと後ろを振り向けば、もうその人はいなかった。
あの人はこの電車には乗らない。ということは、この駅を利用する人か、乗り換えの人。どちらにしろ、階段を下りる。
この機会を逃したら、もう次はないかもしれない。
この路線のこの時間は10分おき、車両は10両、多くの人が利用する中から一人なんて、探してもきっと見つけられない。
決心し、階段を目指す。
コツコツと急いで階段を下りれば、その人はすぐに見つかった。
スラッとした後ろ姿に、懐かしい髪型。あぁ、この時代ではこんな風になるんだ。
「あ、あのっ!」
私の声に、自分かと分かって足を止めてくれた。振り向く顔に、「やはり」と思う。
「ん?」
記憶がなかったらどうしよう。でも、聞いてみたい。
「リヴァイ、兵長・・・ですか?」
Fin