「おい、起きろ、酔っ払い」
「う~~~~、うん」
「『うん』じゃねえ、起きろ」
香りと共にとりいれて
週末の金曜日、事件は起こった。なぜか事件は週末に起こる。
「金曜か、どこも忙しいだろうから電話も来客も少ないし、静かだな」なんて思っているのは単なる前兆。
今日はミカサの部下がやらかした。
今日が期限の調査結果が出来ていなかった。まあ期限といっても内部期限だが、調査部は今日俺に上がり、俺は休日出勤で内容をチェックし、来週研究部に回す。そして二週間で研究結果を出して企画・戦略部に上がる計画。一番厳しいのは研究部だ。研究には時間を要するが、今回は二週間、その貴重な時間を調査部が削るわけにはいかない。
常に睡眠不足のハンジにモブリット、その部下たち。その姿を見ているからこそ、「出来ていない」と言われたミカサは冷静さを欠いた。
珍しいミカサの姿に、外から戻った俺は何事かと席に戻る前に事情を聞きに向かう。
怒るミカサに、部下の進捗状況を把握してなかったと自分を責めるミカサ、そしてそれをあと半日で仕上げなくてはならない状況。
部下たちは忘れていたのではなく、力量が足りていなかっただけ。よって基本となる材料はすべて集まっていた。
俺、ミカサ、アルミン、ヒストリア、そしてエルド、グンタらが自分の仕事を他に割り振り、完成させた。俺としては自分が携わった分、明日の出勤が無くなって万々歳だ。
調査部は全員帰宅したようだし、さて帰るかと思ったところ、廊下で真っ暗になった外を見ながらズンと落ち込んでいるミカサをみつけた。
閉館の時間までそうしている、というミカサを引きずり、「飯行くぞ」と居酒屋に向かった。
「まずは食え」
どうせ話せと言ってもミカサは話さねぇし、昼も簡単なものしか口にしてねぇはずだ。腹減りゃ誰もがイライラする。
炭水化物より肉、それも豚かラムがいい。あと野菜だな。まずはそれを食わせるか。
「この店、女子に人気があると言っていた。店内を愉しめ」
居酒屋とは思えないおしゃれな店内、薄暗い雰囲気で、ちょっとした高級レストランのような内装、だが、「居酒屋」。そのため周りもわいわいとやっている。今日みたいなときは、静かに話を聞くより、こういう場所の方がいい。
何より、こいつと居酒屋雰囲気以外に行くのは……気が引ける。
「・・・お肉、美味しい」
「あぁ、ここのラムうめえな。好きなだけ食え」
「やさしい」
「ただでさえ陰気くせえのに、今のお前は見てらんねえからな。土日もじめじめして過ごす予定だったんだろ」
「・・・・・」
図星だな。悔しいのか歯をむき出してこっちを睨んでくる。その立派な歯で肉を思う存分食いちぎって胃に入れろ。
「お待たせしました」
腹が満たされるころ、ようやく酒を頼んだ。
ミカサも、俺が酒を頼まないから静かに飯を食っていた。最近は酒が飲めねぇ奴も多いし、この店もソフトドリンクが豊富。だから店側も文句は言わねぇだろうし、俺としても、これで解散でいいとも思う。
が、もう少しこいつを暴いた方が、来週のためになる。今週のコレを引きずらないように。
ガラス製の徳利がテーブルに置かれ、ぐい呑みではなく、小さいグラスが置かれた。あらかじめ、店にそうするよう頼んでいたものだ。
「ぶ、部長、それ」
「知ってるか?」
「父が、飲んでいた。私、日本酒は苦手」
「ほう。飲んだことが?」
「母方の習慣で、小さい頃に」
「大人になってからは?」
「ない、です」
なら大丈夫だろとグラスに少量を注ぎ、ミカサの前に出す。
「深呼吸して、そして香りだけでも愉しめ」
日本酒の中でも、吟醸香という香りを放つ酒。今のミカサは神経が過敏になっている。まずは香りででも落ち着いた方がいい。
他の酒ではなくこれを選んだのは、ここのところ「ストレス解消」を求めるミカサに触発されて、調べた中にこいつが出てきたから。
酒の中でも甘い部類だからな、食後酒としてもいい。
「あんまり香りが分からねぇなら、少しグラス回してみろ」
ぐい呑みでは回せないから、そのためにグラスを頼んだ。本来回して飲むもんじゃねぇんだろうが。
「・・・いい匂い」
「だろ」
「果物、マスカットの香りみたい」
「あぁ。だが無理して飲むなよ。舐める程度でいい」
もうこの時点で仕事のことは忘れている。
フルーティな香りを立たせる、透明な液体に視線をそそぎ、おそるおそる口付ける。唇に付いたソレをペロリと舐めると、大丈夫だったのか、俺の方を向いてこくこくと首を縦に振った。
「苦手だったのに、美味しい」
「ストレス抑制にリラックス効果もあるらしいぞ、日本酒は」
「そうなんですか。母の国のものだけど、知らなかった」
「ただし、自分に合った適量な」
ハンジなんぞと日本酒を飲んだならば、その日は終わりだ。
エルヴィンは会計を済ませてそのまま逃げるし、ナナバは酔ったフリをするし、ミケもナナバを抱えるフリをして先に逃げる。
何度も痛い目に遭ったため、ハンジが日本酒を頼んだら、即モブリットかニファに連絡を入れるようにした。
「はい。これは舌にのせるだけで十分」
他に飲みたいなら好きなのを頼めと言ったが、ミカサは吟醸酒が気に入ったのか、違う香りを試したいと、俺に聞きながらいくつか頼んだ。
「おい、起きろ、酔っ払い」
「う~~~~、うん」
「『うん』じゃねぇ、起きろ」
失敗した。
普段絶対見せない、緩んだ顔で美味しそうにちびちびと飲むものだから、こっちも調子にのった。
香りは冷酒の方が好きだが、飲みやすいからと試しに熱燗も注文し。軽くミカサの適量は超えていた。
ミカサは若く、まだ酒が弱い方だが、顔には出ない。ほとんど赤くはならない顔で、飲んで話して食っていたものだから、来店してから2時間も過ぎているとは思わなかった。その間に俺たちは一体どのくらい飲んだのか。
帰るかと席を立ったが、ミカサはまだ居座り続けようとしていた。
『ほら、帰るぞ、ミカサ』
『う~ん』
『ミカサ?』
『んん?』
気付いたときには完全に酔っていた。
会計を済ませ、脚に力の入らないミカサに腕を回す。
「んー、むり」
「『むり』じゃねぇ。帰るぞ」
「んー、なら送ってください」
この状態で「Yes」以外の回答が出来るならしてやりてえ。ったく、なんって金曜日だ。
店を出て、「よいしょ」と再び俺に肩を抱えられたところで、あろうことか、ミカサは寝に入ろうとした。
「起きろ」
反応をなくしたこいつに、家どこだ?と思う。
エレンかアルミンに電話するかと、スマホを出そうと片手で探ると、より一層体重をかけてきやがった。
そして言い放った一言に青褪める。
「リヴァイさん...、いい匂い」