生も死も、どうでもいいものだった。
どうせ人は惰性で生きて、いつか勝手に死ぬものだ。
それをいちいち喜んだり、嘆いたりしたところで、果たして何の意味があるというのか。
何年の失踪から生きて帰ってきたとかいう感動的な話だとか、事故で死んでしまったとかいう悲劇的なニュースだとか。
僕にとってそんなものは、いつだってドットの向こう側だった。
特に人に継がせるようなものも何も持っていない僕は、『それ』に、適当に親の名前を書き、適当に「服」などと書いて。
継がせたいものが特に無かったんだなと、仮に僕が先に死んだ時、親を悲しませてしまうのは少し忍びなかったけれど。
「何だお前。『服』?」
ひょっこりと横から見知らぬ女性が覗き込んできた。
場所は学生食堂。このような重要な書類をこんな場所で書くものではないのだが、まさか覗き込んでくる人間がいるとは思わず、「うわっ」と声を出して驚いてしまった。
「な……なに、誰……」
慌ててその書類を手で隠す。改めて横から覗き込んできた人に視線を向けると、その女性はミディアムボブで薄い桃の髪をしていた。
あ、この人、知ってる。名前は覚えてないけど、一年生の間では有名人だ。誰に対しても物怖じしない姿勢で、積極的に発言をする。グループワークの時などは、彼女が所属していればまず高評価間違いなしなどという噂もある。教授の間違いを指摘しすぎて、教授を泣かせた(勿論誇張表現だが)ことまであるという。
率直に言って、「怖い人」という印象だった。
僕はあまり人と関わるのが好きじゃないし、一人でいる事が好きだし、ちょっと責められたら傷付くし。気の強い人なんていうのは完全に恐怖の対象だ。彼らというものは、人が大事に守っているものを悪気無しに踏み荒らしていく。だからこの手の人とは関わりたくない。
「……すみません、さよなら」
ガタ、と椅子から音を立てて立ち上がる。そのままその場から立ち去ろうとすると、その人は慌てたように声を上げた。
「あぁ、突然すまない! なぁ、服に何か思い入れでもあるのか?」
ほら、初対面だというのにこれだ。「継承」物の話は親しくてもしにくいものだというのに。
別に、服そのものはどうでもいいし、それを伝えるのも構わないけれど。そこから人生観の話になるのは避けたい。向こうだって同じだろう。
僕は振り返らず、そのままその場を去った。その後、その人がどうしたのかは知らない。
これが最初だった。
つまるところ、第一印象は最悪だったのだ。