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    dressedhoney

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    Dロジェ。『遠き狭間の物語』第一話の設定をお借りしています。好き勝手書いたので何でもええよな方のみどうぞ。
    おんぶ係いるならだっこ係にお姫様抱っこ係もいるよねという話。

    #Dロジェ
    dRoger

    騎士様が姫君を抱く理由 足音が近づいてくる。こつんこつんと遠慮がちに床を踏みしめる歩き方をするのは、円卓に一人しかいなかった。
    「あのう、ロジェール様」
     落ち着いた女性の声と共に、ふわりとした金の髪が露台に顔を出す。ロジェールは予想通りの客人に優しく微笑んだ。
    「ローデリカさん、訪ねてきてくださって嬉しいです。何でもお相手になりましょう」
     読みかけの本をテーブルに置き、よいしょ、と近くにある椅子を腕を伸ばして引っ張ってやる。ぽんぽんと木組みの椅子を叩けば、彼女はこくりと頷いた。ローブの端をつまんでおずおずと男の隣に腰かけ、再びぺこりと会釈をし、あたりを見回しながら言う。
    「相談事があるのですが……今日はフィア様もディアロス様もいらっしゃらないのですね」
    「はい、生憎と。彼らも必要なご用件が? 貴方に頼られるとあれば皆さん喜びますよ~」
    「ええっと……」
     ローデリカは言い淀むが、ロジェールは急かさない。顔をほころばせたままのんびりと待っていれば、彼女は小さく口を開いた。
    「実は、魔術錠の施された宝箱を階下で見つけたのですが」
     導きを探すローデリカが調霊師の道を歩み始めてから幾日。彼女はヒューグから教えを請う他に、円卓に眠る書物を少しずつ読み進めていた。ロジェールは彼女の師になれなかったことを多少悔しがりつつも、前を向く姿を好ましく思っている。
     そんな熱心な見習い調霊師は本を求める中で未知の宝箱を発見し、魔術師たるロジェールを頼りに来たらしい。男は彼女が口をつぐんだ理由を察する。
    「なるほど。今すぐにでも確認に伺いたいところですが、だっこ係もおんぶ係も円卓を離れておりますから……」
     女性一人では持ち運べないのだろう。不自由な足では、杖を突こうとひとりで階段を下りるのが少々厳しい。ギデオンやエンシャは手を貸さないだろうし、ヒューグは動けず、エンヤはローデリカよりも更に嫋やかだ。唯一の望みであるネフェリも外出していたはずだし、例の褪せ人は神出鬼没。コリンは傍にいるが、祈祷書より重たいものを持ったことのなさそうな彼に果たして期待してよいものか。
    「うう……」
     ローデリカの沈んだ声に、非力な男は頭を下げる。不甲斐なさを謝罪してから顔を上げれば、隣に座っていたはずのローデリカが正面に移動していた。
     ロジェールが疑問に口を開くより先、なぜか彼女は両脇に手を差し込んでくる。
    「では、ロジェール様。失礼しますね……」
     ――浮遊感、は残念ながら無い。
    「あっ!? ローデリカさん! 無理です! 女性の力で私を持ち上げるのは! フィアさんは抱っこに見せかけて、謎の力で私の体をちょっと浮かせて運んでいるだけなので!!」
    「はぁはぁっ……頑張れると思ったのですが……!」
     魔術師とはいえ、剣を振るい前線に立っていた男である。そう簡単に担げるものではない。ロジェールはやんわりと細腕を外しながら大祝福の方を見やるが、コリンを動員しても難しい。
    「ネフェリ様ならどうでしょう。いらっしゃらないか探してきます!」
     ローデリカがぱたぱたと駆けていく。ネフェリも今日見ていないことを伝える前に彼女は行ってしまった。仕方が無いので本の続きに目を通し時間を潰すこととする。あと一人力持ちの候補はいたが、とてもじゃないが自分からは提案できなかった。
     ロジェールが小さな溜息を吐いたところで、こつんこつん、ガシャンガシャンと二人分の足音が近づいてくる。ああ、これは、もしかして。数ページ読み進めた歴史書を再びテーブルへ戻せば、見習い調霊師がぎこちない動きで露台に帰ってきた。
     ……金と銀の鎧を引き連れて。
    「でぃっ、D様をお呼びしました。丁度お戻りになられたそうで」
    「……人に説教をしておきながら、新人に迷惑を掛けている愚か者が居るらしいな」
    「D様! そ、そうではなく……!」
     ロジェールは思わず感嘆に息を漏らす。意外ではありつつも、少し納得のいく組み合わせだった。
     というのも、ローデリカとDの初対面は最悪だったが、あれから両者の歩み寄りがあったからだ。黙々と調霊に励むローデリカへDが墓すずらんを差し出したと聞いた時は耳を疑ったが、導きを見つけた彼女への彼なりの気持ちだったのだろう。それにこの男は、無愛想な割に兄然として世話焼きでもあるのだ。
    「ふふ」
     ロジェールは微笑ましさに笑ったが、Dからすれば罵られて喜んだようにしか見えない。
    「呪いでついに気を違えたか」
    「なんでそうなるのさ。ローデリカさん、ナイス人選です」
     女が金の髪を揺らし、頭を下げる。相変わらず律義で可愛らしいし、目的のためならば苦手意識の癒えていない男相手にも助力を請う積極性がたまらなく先輩欲をくすぐる。ロジェールは喜色満面で椅子に座ったまま、威圧的に見下ろしてくるDへ両腕を広げた。
    「お前がここまで来たってことは話を聞いてるんだろ? それじゃあ、悪いけど僕のこと抱いて。優しくね」
    「……はぁー…」
     嫌味たっぷりの長い溜息。かつての相棒からすれば慣れたものだが、円卓新参者を怯えさせるには十分な凄みを乗せながら、金と銀の鎧は男の横に跪いた。
     てっきり正面から背負われるか肩に担がれるかと思っていたロジェールは、腕を掲げたままDの顔を見下ろす。どういう抱き方をするんだ、と訝れば、彼は小さく息を零した。この雰囲気は覚えがある。全てを覆ってしまう兜で見えはしないが、彼は意地悪く笑ったに違いなかった。
     不穏な予感にロジェールが身構えると同時に、膝に掛けていた毛布が取っ払われる。そして彼の膝裏と横腹に、金属の腕が差し込まれた。
    「わっ!?」
     リフトに乗った時のように上昇する視界に、つい声を漏らす。慌てて全身に力を入れて暴れるが、地につけていたはずの役立たずな足が空を切るばかりだった。
    「あ……あ……」
     蚊の鳴くような女の悲鳴。動揺しきった声色に、ロジェールは自分の状況を確信する。
     Dに抱かれている――それも、女性のように抱き上げられていることを。羞恥を感じ顔を背けようにも、自慢の尖り帽が兜に引っかかり大して動かせない。
     なぜ騎士が姫に施すような抱き方をするのか。ロジェールは予想外の事態に思考を乱されたが、無機質な金属の奥に感じる悪意から答えを導き出す。
     ……これ嫌がらせだ。この間のお説教への当てつけ。ローデリカのために手は貸すが、お前には恥をかいてもらおうという騎士の風上にも置けぬ姦佞な魂胆。
    「ふーん……?」
    「似合いの格好じゃないか」
     意図が分かってしまえば羞恥よりも怒りが強く湧いてくる。暗い眼窩を抉るよう視線を絡ませれば、無遠慮に火花が散った。今にも爆発しそうな雰囲気にローデリカがコリンへ助けを求めに行こうとすれば、息つく暇もなく事態は進展する。
    「なっ……」
     Dの驚嘆にローデリカの視線が再び彼らに注がれる。
    「あっ……!?」
     彼女は思わず自身の顔をブラウンのグローブに覆われた指で隠した。褪せた緑の瞳には、先ほどと同じように二人の男が映っている。しかし、抱かれた男の腕の位置が違っていた。上げたまま行き場を失っていたロジェールの両腕が、Dの首にぎゅっと絡みついている。
    「ローデリカさん、私の騎士様を案内していただけますか」
    「相変わらず食えん奴め」
     吐き捨てるDをあざ笑う、敵を作らないことで名を馳せる男。彼の狙いが女性扱いでもって男の尊厳を陵辱することなら、堂々と受け入れればいいだけのこと。魔術師の方が一枚上手なのは、今も昔も変わらなかった。
    「はわ……あっ、はい、ご案内しますね……」
     ロジェールの言葉に頷いたローデリカはそろそろと手を下ろし、サッと顔を逸らした。目を背けられた二人は彼女の行動を不可解に思ったが、口には出さずゆっくりと後ろを追う。
    「おやまあ」
     コリンの驚いたような声。彼はそれ以上何も言わず、笑顔でこちらを送るばかりだった。狩人と魔術師は顔を合わせるが、二人共コリンの意図を掴めていない。
    「…………」
     隣の部屋へ歩を進めれば、こちらに気付いたヒューグは何も言わなかったが、少しだけ鎚を振るう音を乱した。騎士と姫は再び見つめ合うが、やはり違和感の正体が掴めない。
     二人が謎を解くのは、先行するローデリカが階段に足を掛けたタイミングだった。
    「……私の可愛い可愛い妹に、なんというものを見せているのですか?」
    「フィア様、お戻りになられたのですね。わぶっ」
     階下から早足で上がってきたフィアが黒いフードを外し、ローデリカの頭に掛ける。そして優しく胸に彼女の頭をかき抱き、転ばない様に死衾の部屋へ退避させた。またしてもよく分からない行動をする人物の登場に、Dは流石に進行を止める。
    「フィアさん、どういうことです?」
     男の腕に抱かれたままのロジェールの質問に答えたのは、フィアの抱擁をなんとか逃れたローデリカだった。
    「あの……ロジェール様とD様は、その……伴侶の関係、なのでしょうか……」
     伴侶の関係と呼ばれた二人が、みたび顔を合わせる。
     今、彼女は何と?
    「ヨリを戻すのは結構ですが、当て付けるならディアロス様あたりにしておきなさい」
    「おい、帰って早々嫌な意味合いで名を呼ばれた気がするのだが……うわ……」
     今度はディアロスがげんなりとした顔を自分たちに向ける。
    「D、後でおんぶ係の引き継ぎ資料渡すから」
     彼はそれだけ告げて大祝福の部屋へ歩いていった。
     何故だろう、Dと揃って針のむしろになっている気がする。もじもじと赤らめた顔をこちらに向けるローデリカ、冷え切った視線を突き刺してくるフィア。困惑に金の兜を見上げるが、やはり彼も状況を飲み込めていない。
    「ああ、もしかして運び方がまずいんです? これ、互いに悪意の塊ですからね?」
    「……本気で仰っているのなら、それこそ本気というものでしょう」
    「意味の分からぬ物言いをする……」
    「一言で申すなら、破廉恥です」
     二人は予想だにしない返答に体を揺らし、身をこわばらせた。
     彼女は一体何を言っている?
    「よいですか。ロジェール様、あなたの腕の絡め方は他人のそれではございません。しなだれかかるような身の預け方に至っては、もはや友人の域すら出ています」
    「え?」
    「次にD様。まず、抱き方です。私はプロなので分かります。その指のかけ方はガチでしょう。それに、素顔の出ない兜をお召しですが、ボロボロと溢れています。憎しみ以外のものが」
    「は……?」
     抱き合う二人は互いの顔を見ようとしたが、すんでの所で止めにした。なぜだか今は良くない気がする。おかしい、鎮まったはずの羞恥が首をもたげ始めていた。
     不思議な感覚に好奇心はある。とはいえ優先すべきは愛すべき後輩の頼みなのだから、さっさとこの場を離れるのが第一だった。一呼吸置いたロジェールは、ローデリカにキリリと声を掛ける。
    「えーっと……とりあえず! ローデリカさんの件を片付けます! 私たちだけで向かいますので、箱のある詳細な場所を教えていただけますか?」
     ローデリカがびくりと震えた。あっ、この反応せめて日を改めた方が良かったやつではとロジェールは思ったが、後の祭り。
    「その……施錠された宝箱は、一階の寝室にあって……」
    「寝室ぅ!?」
    「おお、愛しの我が妹よ……これ以上あれなるを見てはいけません。さ、向こうでハンドクリームを塗って差し上げましょうね」
     こちらに視線すら寄越さなくなったフィアがローデリカを連れて引っ込んでしまう。部屋にはDの大きなため息と、ヒューグの鎚の音が変わらず響くのだった。

     ◇ ◇ ◇ ◇

    「D、色々あったけどここまで運んでくれてありがとう。ベッドに下ろしてもらって大丈夫。言っておくけど変な意味じゃないからね」
    「足から放り投げてやろうか? さっさと箱とやらを調べろ。長くは待たん」
     二人はローデリカの指定した部屋――寝室へ来ていた。ベッドの並ぶ小さな空間に他の利用者はいない。姫君を送り届けた騎士は腕を組み、暖炉の火を見ながら静かに立っている。
     大きな尖り帽を揺らす姫だった者は、彼が即座に帰らなかったことに安堵しながら、へりに腰かけ件の宝箱を探し始めた。
    「ああ、きっとこれかな。特殊な封印が施されている」
     探し物はすぐに発見された。ロジェールの足元にある中ぶりな箱。座ったまま持ち上げようとしたが叶わず、確かに露台へ運ぶのは困難だ。引きずった形跡があるので、元々ベッドの下にあったのだろう。顔を近づけて凝視すれば、文字列を表す魔術刻印が読み取れる。
    「んー、レアルカリア式の暗号文だ。円卓に学院関係者がいたのかもね」
    「分かるのか?」
    「うん、見たことあるタイプだから大丈夫。えーっと、『とうぶに きせきを えいちを ささげよ』?」
    「東部? 奇跡? 結びの教会か何かか」
     離れた場所に立っていたDが近寄り、隣に腰かけた。ロジェールは思わず男の横面へ視線を移すが、金の兜はジッと箱を見つめている。
     そういえば旅の途中、洞窟内で施錠された宝箱を見つけた時も、彼は興味を示していたっけ。不意にむずがゆさが胸を掠めたが、嫌な気はしなかった。
    「僕の予想は『頭部に 輝石を 叡智を 捧げよ』かな。レアルカリアにはそういう風習があるんだ。Dと辺境塔って行ったことあったっけ」
     首が横に振られる。敢えて昔話を話題にしたが邪険にされず、それだけでロジェールの口元は綻びそうだった。先ほどまでの居心地の悪さが嘘のようで、ついつい気が緩んでしまう。
    「じゃあ見せてあげる。僕の帽子にも大きい輝石が付いているからいけると思うんだよね」
     ロジェールは言い終わるや否や、箱に向けて両腕を振り上げた。指先を手刀のようにピンと伸ばし、万歳のポーズを披露する。
    「……ふっ、なんだそれは。何も起こらないが」
     Dの笑いが混じった呆れ声。ロジェールは腕を下ろし、首を捻る。
    「読み間違えたかな……いや、やっぱり文字列は合ってる。ということは意味を取り違えているのか。とうぶ、きせき、えいち……」
     そこまで口にしたところで、あっ、と彼は零した。何か分かったのかとDがせっつくが、ロジェールは言い淀む。
    「暗号形式の年代的にも……あー、合致する……」
    「おい、気になるだろう。言え」
    「だって、これ、うーん……すごくしょうもないよ?」
     苛立ちを隠さない声にも彼は返答を濁した。しかし手甲に覆われたままの手を痛む脚に遠慮なく乗せ、じわじわと力を込めてきたので、しぶしぶ唇を動かす。
    「……聞きたいって言ったのお前だからな? 童貞には刺激が強い話になるから覚悟するように」
    「なっ、」
    「昔、輝石頭をつけたままえっちなことするっていう遊びが学院で流行ったんだって。誰が誰を抱いているのか分かりにくくなって興奮を煽る他に、浮気の口実の一つだったとか」
     敬虔な騎士にはやはり劇毒の如き話題だったらしい。ロジェールは身じろぎ一つしなくなったDへ僅かばかりの同情をした。そして改めて施錠された箱を見る。
    「今までこのベッドが叡智とやらに使われることもあったろうに封印が解けていないのは、頭部に輝石を身につけるという条件を満たしていなかったからだろうね」
     異端帽のつばから垂れる輝石をつついて揺らす。今、良い感じの頭装備と人員が揃ってるんだよなあ。
    「ねぇD」
    「断る」
     まだ何も言ってないのに、とロジェールが唇を尖らせる。Dは箱から完全に目を逸らし、明後日の方向を凝視していた。使い物にならない脚に掛けられていた手も気付けば離れている。
    「どうせ魔術師の探求心とやらが疼いているのだろう。下賤な封を破ったところでくだらぬ物が出てくるだけだ」
    「乗りかかった舟じゃないか。ちゅーくらいで『えいち』カウントかもしれないし、駄目?」
    「くらいで、とは何だ!」
     先ほどまでの穏やかさが嘘のようだ。甘やかな昔日の雰囲気を壊すのは多少惜しかったが、彼の言う通り魔術師とは知るを求めてしまう生き物。それに内容が何であれ、Dが自分に熱を上げてくれるのが久しぶりだったので、ロジェールは密やかな興奮を抑えきれないでいた。
    「さっきまで僕のことお姫様みたいに抱いてたんだから今更でしょ。僕のこと抱けるのにキスはできないんだ?」
    「屁理屈をこねるな。聡明な男だったはずだが、一人で歩けもせん男と狩人の力量差も忘れるとは」
    「軽く触れるだけでいいからさ。童貞には難しい?」
     ロジェールがちょん、と金属の唇に人差し指で触れる。Dは顔をこちらに向けたが、黙りこくったまま。あまりの無反応にさすがに煽り過ぎたかと考えたが、それにしては違和感がある。もっと怒りや憎しみを感じてもいいはずなのに、てんで静かだ。
     まるで何かを隠しているような訝しい空気に、彼はひとつの可能性を見出す。
    「……もしかして、キスも初めてか。そりゃ好きな人としたいよね」
     力量差を語った狩人は身じろぎ一つしない。真黒の眼窩は深く、何の感情も読み取れなかった。ただ、ジッとこちらを見ている。普段の彼は物静かだが、兜越しでも分かるくらいには感情豊かだ。だというのに、今は。
     ロジェールは見えない視線から逃れるようにDへ向けていた顔を正面に戻し、バツが悪そうに続ける。
    「ごめん、他の人探すからさっきのは忘れて」
     言い終わるや否や、ガシャンと大きな金属音が響いた。Dが勢いよく立ち上がった音であり、肩の震えから今度は相当な怒りが見て取れる。
    「つまり、誰でもいいと。売女が如き発言は慎め。癇に障る!」
     ロジェールは驚き、逸らした顔を再びDへ向けた。怒るところそこなんだ、と。
     てっきり初心をからかったのが逆鱗に触れた可能性を考えていた彼は、予想外の反応に思わず口を滑らせる。
    「……僕、騎士様の初めてはお姫様の特権だと思ってるんだけど」
     カチャ、という乾いた音。Dが唐突にフェイスプレートを上げた。
     ――フィアが言っていたのは、この。
    「………」
     目の前に現れた恐ろしい面貌に息を飲んだ。彼の素顔を見るのが久しぶりとはいえ、色事を知らぬ硬派な騎士の顔は、こんなにも熱く耳の先まで熱情に燃えていただろうか。
    「あっ……D、ちょっと……」
     おもむろに両肩へ力を掛けられ、背中からシーツの海に落下する。ロジェールは咄嗟に腕を伸ばし、近くの物へ縋りつく――騎士の首である。
     なるほど、これは確かに、破廉恥とたしなめられても仕方がない。喉仏が浮き筋張った彼の急所に腕を絡めれば、やはり距離としては既視感がある。息遣いが聞こえるほどの近さに、ロジェールは否が応でも自分の置かれた状況を理解した。
     興奮しきった騎士に、ベッドへ押し倒されている。色素の薄い髪を乱し、眉間に深々と皺を寄せ、歯が見えるほどに唇を歪ませる、ピンと伸ばした糸のように張り詰めた顔。どこかで見たような気がするが――そうだ、理性を失うほど飢えている時のグラング。
     こうなった時の司祭はちょっと殴ってやるか飢えを満たしてやるかしないと止まらない。そうなると、力量差を突きつけられた魔術師にできるのは一つ、彼の渇望をこの身でもって満たしてやることだけだった。
    「来てよ、僕の騎士様」
     献身的に目を閉じ、腕に力を入れる。ぬるく湿った吐息に、頬をさらりと撫でたのは垂れた髪の毛だろうか。姫君の許可が下りるまで耐え忍んでいたのはさすが騎士というより、待てのできる獣。箱を開けるだけの儀式にしてはいささか熱が入りすぎているが、飼い主が良しと言うならそれで良い。ふぅふぅと激しい劣情が耳を犯すのさえ、彼は良しとした。グローブ越しでも触れる体温が気持ち良いし、鼻腔をくすぐる彼のにおいだって心地良い。なにもかも、全てが全て、ひたすらに、良かった。
     そうして、震える唇が、触れる――瞬間。ガチャンと、世界の崩落する音がした。
    「おい、D。引継ぎ資料を……うわ……」
     D――後任おんぶ係が勢いよく振り返れば、扉の前に哀れな男が見える。彼はひどくげんなりとした顔つきで資料を近くの机に置いてさっさと出ていこうとするが、悲痛な叫びに引き留められた。
    「待ーーーーって待って待ってディアロスさん!! 違う!! 違うんです!!!」
    「いや違わないだろ……ロジェールはまた腕絡めてるし、Dはすごい顔してるし……うん……人払いしておくから……」
    「まだ何も!! 何もしてませんから私たち!!」
    「……たまにロジェールってぽんこつになるよな」
     ディアロスは力なく笑い、静かに出ていった。
    「僕のことぽんこつって言った? あの意気地なし次男坊!」
     ロジェールは呆気にとられた後、不当な評価を受けたことに憤る。それを聞いたDは、重たい溜息を吐いた。
     お前までなにさ、とつっかかれば、遠慮がちに口が開かれる。
    「まだ、と言ったか」
    「…………」
     認識した途端、ロジェールの――姫君の整った顔が燃え上がった。獣は既におらず、正面に控えるのは従僕のみ。騎士は大人しく指示を待っている。足元には変わらず封のされた宝箱。部屋は、寝室は、人払いされている。
     魔術師であることを選ぶか、お姫様であることを選ぶか。彼は数度の瞬きを経て、決心した。
     ゆっくりと巨大な異端帽を外し、ベッドサイドへ放る。コイフを脱ぎ濃髪を晒せば、彼の頭部には一つの輝石もない。
    「……これでも僕のこと抱ける? 優しく……ね」
     ギシ、と古いベッドが悲鳴を上げる。ローデリカには何と説明しよう――ロジェールは悩んだが、腹を空かせた獣を目前に魔術師の象徴たる叡智など、捧げるに足りないのだった。
     
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    dressedhoney

    DOODLEツンケンデヴィンがロジェールに絆されるまでの話。
    Pixivに投稿済みのものと同一です。
    前半がデヴィロジェで後半がダリロジェ。
    多分Dロジェの道が違えずゆくゆくはロジェールが双子を同時に覚醒させる方法を解き明かす世界です。
    加えてDとロジェールが正反対に描写されているのならロジェールは仲の良くない兄がいたのかもな~という設定の下書かれています。
    つまり好き勝手書いています。大丈夫な方のみどうぞ。
    瞼裏の憧憬 Dが物言わぬ姿となり、二日が経った。色素の薄い柔らかな髪が、閉じたままの白い目元に掛かっている。傍に腰を下ろすロジェールは、グローブを外した手の甲でそっと血の気の引いた頬を撫でた。
     ――死んだわけではない。円卓のベッドに横たわる体は小さく上下していたし、触れれば僅かに温かかった。眠っている。彼は丸二日、昏々と、深い眠りに沈んでいる。細く長い溜息と共に、尖り帽に垂れる輝石が揺れた。
     切っ掛けは二日前の地下墓での出来事だった。狭い通路でインプとやりあっていたあの日。罠を挟んで牽制しあっていたが、悪鬼の投げたガラス片が近くの石像を倒し、カチリと嫌な音を鳴らした。予想外に発射された数多の槍は敵を殲滅し、残った数本がロジェールに迫る。それをDが咄嗟にかばったのだ。矢程度なら鎧で防げたが、生憎と地下墓の守りは甘くない。
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