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    Sai

    @Edo_0724
    @Sai_0724

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    文字、イラスト、たまにグッズ作るオタク
    作ったけどボツになったやつや意見が欲しいものなど好き勝手に投下してこうかと思ってます。
    更新亀です

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    Sai

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    お待たせしました前回の続き!
    プロセカ腐🎈🌟類司パロです!

    アクスタが先にできたとち狂った小説ですが今回はレン君がでます。
    もはや砕けそうなので良かったら応援してってください😭
    1話ずつ更新していきますがキリのいいところまで書いてるので出来たにしておきますね

    #類司
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    眠れる竜と満月になり損ねた魔女2【眠れる竜と満月になり損ねた魔女】





    とあるところに出来損ないの人魚がおりました。



    深い深い海の底。
    護られた国と、その中央にある海底都市『セントラル・エデン』が僕の住まう場所であった。

    海の神の娘ネイレスの子孫とされる女王が統べるこの国は様々な海底国家と協定を結ぶ事でどの国にも干渉されない中立国家。
    安全地帯として人魚の楽園と呼ばれており、その昔都は大変賑わっていた。
    現在はそれこそ規模は小規模なものになったが、それでも人魚の国というものはそもそもあるだけで珍しい。
    時代が移り変われば変わるほど人魚にとっての海は徐々に人に侵されていく。
    小規模な国にもみたないような集落は次々に滅び、人魚は追いやられていくのが現状だった。
    それでもこの国が滅びなかったのはこの国の女王たちの受け継いできた力のおかげで外敵に襲われることがないからだ。
    それこそ魔法や神の御業といえよう。
    したがって、この国ではさして魔法自体は珍しいものでは無い。
    中でも王族となれば先に述べたような特別な力が備わっていて、現在まで小規模ながらも途絶えることなく国を護り続けている。


    それだけこの国にとって魔法は力であり、身近になくてはならないもので、なにより身分を色濃く表すものとして民に伝えられてきた。


    けれど少年はこれっぽっちも魔法が使えなかった。

    魔力が少ない訳では無いが上手く扱えない。
    全く使えない訳でも無い。
    たが、それはとても異質なものだった。
    魔法が使えない人魚自体は別に珍しくはない。
    けれどそれをこの国の王に君臨する男は少年画像であることを同情し誰よりも嘆いている。

    出来損ないの人魚はこの国の王子様だったからだ。

    「あぁ、お前が女の子だったなら……せめて、この国を護る力さえお前に継承されていれば。」

    この国ではお前を王にしてやれないと、王様はまだ幼い人魚にそう言い放ちました。

    王子はただ静かに嘆く王に駆け寄る。

    この国はもともとネイレスの子孫であることとは勿論、もうひとつ力を持つ王女が王位を継承するのが一般的でした。
    幼いながら王子もそのことは理解しており、端から期待などしてなかった。

    けれど王子はそんなことよりも大好きな家族から笑顔がない理由の一つとして、自分が出来損ないであることの方が心が痛んだ。

    せめて人並に魔法の腕があれば良かったのに。

    そう思わずにはないられない環境下であったのが、あるいはのちの王子を奮い立たせたのかもしれない。

    この国にとって僕はただ王子であるという事実以外は何の役にも立てず、やがては別の国へ婿としてはいることが決まっていた。

    それはどうしようもない事だった。

    王子を抱きしめる王は泣いている。

    あぁなんて忌々しい夢だろう。
    抱き抱えられた腕はとても大きく、背中に手を回しでも自分の手は届かなかった。

    抱きしめられた腕の力が強くなり、僕は目を閉じた。
    今でもはっきり覚えている。
    謝る王に僕はこう告げたのだ。


    「今日はとても素晴らしい日です。」


    民衆が讃え、外は賑わいでいる。
    数日前から民たちは騒がしかった。
    城の中はとにかく虚無で、自分たちの周りをすり抜けるように泳ぐ魚たちですら、僕を哀れんで見えた。

    女王の手には可愛らしい赤ん坊がすやすやと眠っていた。
    10歳離れた妹は大変可愛らしい。
    ふくらとした頬は真珠のように白く、赤子でありながら自分たちと同じ尾ひれが揺らめいている。
    ライトグリーンの浅瀬の海の様な、この海底都市の明かりのような美しい髪が少しだけ頭部に生えている。
    ちっとも僕には似ていなかったが、僕はそれでもとても嬉しかった。
    僕も生まれた時はこんなふうだったのだろうか。
    愛すべき護る対象として、妹はこれ以上ない存在だった。
    まだ目もあかないお姫様と少しでも長く共にいたいとさえ思う程で、齢10歳にして王子は息巻いた。
    それを見て、女王はどこか申し訳なさそうに妹を抱かせてくれる。
    腕に重みがかかるが、水の浮力がまさる。
    こんなに弱々しく、柔らかく愛おしい存在は初めてだった。

    「ねぇ母上!このこのお名前はもう決まったのですか?」

    紛れもなく、今日は記念すべきいい日だった。

    「ええ、寧々というのよ。貴方の大切な妹よ。宝のように大事にしなくては行けないわ。きっともっとここも賑やかになるわ、そうでしょう?私の可愛い子供たち。」
    母上は純粋に喜ぶ僕を見てにこやかにそう言って笑った。

    「大丈夫、司ならいいお兄ちゃんになるわ。」

    僕が寧々____やがて女王となる妹に危害を加えるような者ではないと初めから両親はわかってくれているのだろう。
    そっと抱かせてくれた腕の中でピチりとはねる存在はまさに僕の宝物になった。
    そしてそれはこの国全体へとやがて広まるだろう。
    素敵なレディになって、妹はやがてこの国を統べる存在へとなる。
    まさにこの母のように。

    だから今日という日は素晴らしい日であるべきだ。

    この国にとって跡継ぎが生まれた日なのだから。

    それなのに王はちっとも笑ってはくれない。
    1番喜ぶべき父は僕に謝ってばかりだった。

    父は優しすぎる王だった。

    「この子が王様になるの?」

    全く魔法を扱えない。
    王族だけが受け継ぐ特別な力もない。
    この国を護る力が無い時点で、王子にお役目が回ってくるはずがないのは明白だった。

    「それがこの国の決まりだからね。」

    そんなことは国の誰よりも理解していた。

    むしろ十年の間、僕に一人の時間を与えてくれたことこそがありえないのだ。
    十年もあれば本当なら妹の二、三人いてもおかしくはない。
    それも僕と同じように教育を施されていてもあり余る程なのだ。
    そもそも僕に教育など施す義理もない。
    一王子とはいえ、僕は本当にお飾りでしかなった。

    それこそが正しく父上と母上の配慮であった。

    子供でもわかってしまうほどの配慮と、愛されている自覚がそこには確かにあった。
    だからこそごめんねと謝る父が痛々しく、それでも妹は愛らしくてどうしようもなかった。

    覚えばこの時、僕は悟った。

    産まれた時からどうにもならないことが存在して、その原因が僕自身だった。

    胸が軋む感覚を初めて感じた。


    「僕、構わないよ」

    「だって僕」






    『だってオレは……』

    はっとしたように司は目が覚めた。

    ここは海底都市の中心に位置する宮殿。
    生まれ育った宮殿の自分の部屋で司は飛び起きた。

    昔からよく見る夢だ。
    あの時なんと言ったのかさえ、実はもう覚えていない。
    200年も前の話だ。
    数千年の間生き続ける人魚にとって、齢10歳などほんの一欠片の時間である。
    記憶など曖昧なものだ。
    司が覚えていたのも上の人魚姫が生まれたばかりの時の話で印象的だったからと言うだけで、当時の司は生まれてまもない稚魚だった。
    曖昧な記憶というものは脳内で勝手に変換されることがある。
    それは悪い方に限ったことではなく、都合の良い解釈でいい方に変換されることも少なくはない。
    だからこそ、そういった幼少期の記憶というものは自分の中で燻される。


    物心がついた頃から、司は出来損ないだった。


    3人の可愛らしい妹たちに囲まれ、司にとって、王位なんてものは飾りでしか無かった。
    司は妹たちが大好きだし、王位に興味などなかった。
    司がこの国を継ぐことはまず有り得ない。
    だからといって王子であることには変わりはないのもまた事実であった。
    王族である以上避けられないのは同族の目だ。
    それでも司は寧々とえむ、咲希の兄である。
    姫たちの兄として民に示しがつかないなんて有り体は許されない。
    だからこそ誰よりも努力を続けていた。
    ほかの人魚よりも遥かに時間がかかったが魔法はある程度使えるようになった。

    50歳頃から王族として継承すべきだった能力に近いものが発現したが、珊瑚礁や海を活性化させる寧々の能力に比べれば微々たるものだった。
    陸の言葉を理解し、書籍を読めるほどになるまで勉学に励み、民達のために作られたスクールに顔を出し講師になったり、城下町に顔を出し民との距離を縮めてきた。

    あまり外に顔向けできない妹たちのために王族としてできることは土台を作ることだと思っているからだ。

    国は民なくして成り立たないのだから。

    そんなことを考えているうちに石や宝石、珊瑚の装飾で出来た扉がけたたましくノックされる。
    陸の城と同じような造りになっている宮殿の部屋の奥にひっそりとあるのが司の寝室だった。
    執務室とは違い、岩場に近いそこは城下も見えない薄暗く落ち着いた雰囲気である。
    この部屋へ来るものは基本的に使用人のみだが、今日は違う。
    ダンダンダンと十数回のノックに起きてる!起きてるからやめんか!と声を掛けるも、扉の向こうには届いていない様だった。
    もちろん、こんなことをするのは1人だけである。
    それを見越して鍵など掛かっていないのだが、勢いよく開けられた扉の向こうから珊瑚色が勢いよく飛び込んできた。
    『お兄様〜!お目覚めになって!』
    ベットからの距離はそれなりにあると言うのに、ビュンと音がしそうなほど早く司に抱きついてきたのは愛らしい妹の1人、えむだった。
    あまりの速さに驚く暇もなく水圧が押し寄せ、瞬きをしているといつの間にかえむは司の膝に座っていた。

    『とっっくに起きてる!そして飛びつくな!朝から騒がしいぞ!おはよう我が妹よ』
    甘えん坊の下の人魚姫は今日もお転婆のようだ。
    『えへへごめんなさーい!おはようお兄様!』
    えむは起こしに来たよ!と嬉しそうに鰭をぱたつかせる。
    『それで、えむ。お前こんな朝から一体何事だ?』
    まさか朝早く起こしに来た理由が何も無いなんてことはあるまい。
    しかもこの姫は恐ろしくお転婆で世間知らずだ。
    我が妹ながら手を焼く存在でもあり、これまた可愛い妹の一人であることに変わりはなかった。
    しかし、大体の厄介事を持ってくるのもこのえむだ。
    恐る恐る尋ねると、えむは1冊のボロボロになった本を差し出した。

    『これをお兄様に読んで欲しいの!あたしにはまだ陸の言葉は難しくて……!』

    それは陸で流行りだした子供用の絵を主とした本だ。
    確か絵本と言っただろうか。
    子供にもわかりやすいように作られたそれは冒頭にはほとんど文字などない。

    『絵本……?えむ……これは陸の子供が読む本だぞ?お前はこの国の姫なのだから、きちんと勉強しないとダメだろうに……』
    しかしこれはそれよりも古そうに思えた。
    確かにめくっていくと多少難しい言葉もあり、絵が動く仕掛けになっている部分もある。
    非常に凝った作りだ。
    だがどう言った経緯でこの海底に来たかまでは分からない。
    しかけ本なら司も星図などがついた天文学のものを読んだことがあるがそれも防水魔法をかけるのが遅かったのか、海水で半分ほど読めなかった。
    司やほかの人魚が勉強してきた語学の本達も大抵は少しばかり水にやられていたり、沈みゆく船の中で奇跡的に無事だったものに防水を施したりしたものが主だった為、状態のいいものは非常にめずらしいのだ。
    しかしこれはまるで陸からわざと持ち込まれたかのようにどのページも水に濡れていない。
    それが少し引っかかっていると、えむは面白くなさそうに頬をふくらませた。
    余程指摘されたのが嫌だったのだろう。
    これでも読む努力はしたもん!と息巻いている。

    『だって分からないんだもん!でも、半分以上は読めたの!だからね、お兄様!あたしお兄様と一緒に陸に行きたいの!』
    えむは真剣な表情で俺からその本を奪い、抱き抱えて宣言した。

    陸に行きたい

    それ自体は分からないでもない。

    実際人魚の国から陸に行くことは出来るだろう。
    魔法でもなんでもありえないことは無い。
    そもそも俺たちの着てる服や装飾、この城に至るまで、陸の知識が海に落ちてきた物だけから得たものとは考えにくい。
    必然的に陸に人魚が上がること自体は既にそれも内密に行われているだろう。
    でなければこの海底がこんなに発展しているはずがない。
    司はほかの国々にも挨拶に回ったことがあるがそのどの国々でも陸の文化は必ずあった。
    そもそも人間に追いやられ住む場所を変えたきた人魚と、陸とが全くの無縁であるなどありえないのだ。

    陸には海にない知識が沢山ある。
    この国の陸の知識を学び尽くしたと言っても過言ではないほど、司が受けた陸の恩恵は凄まじい物であった。
    それこそこの本のように陸から得たいものは山程ある。

    しかし大元にあるのは、単純に陸を歩いてみたいだけかもしれない。

    だがそれは危険な行為であり、常に手本であるべき王族という立場がそれを許さない。
    ましてやえむはこの国の女王の候補のひとりだ。
    えむの身に何かあれば事だ。
    陸に上がることは避けたい。
    兄として司は止めなくては行けない。

    そして何より、この本の内容がまた酷い。

    『おいおいおいなぜこの本を読んでそうなるんだ!』

    この本は陸に憧れた人魚が海で溺れ死そうになった青年を助け、恋に落ちる物語だ。
    それだけならありがちな人魚の話だが、こういう話には大抵目も当てられないオチが待っている。
    これもまた例外ではなかった。

    人魚は海を捨てる決心をし、海峡の魔女の元を訪れる。
    魔女は美しい人魚に脚をもたらし、陸の知識を与え、呼吸を出来る薬を与えた。
    しかしそれはたった三日分だ。
    三日分だけ陸へ行くことができるようになった人魚は助けた青年の元へ逢いに行く。

    青年は人魚と結ばれ、甘い蜜月を交わすが3日の期日が来ても人魚は海には戻らなかった。


    この物語にこれ以上の続きはない。
    長い歴史の中でラストを明確に書かない物語が流行ったのかもしれないがこれは明確な悪意を感じた。
    ラストのページには人魚鱗や赤い液体の入った小瓶などが描かれていたからだ。

    書かれていないということは分からないということだ。
    もしかしたらこれは陸の言葉で書かれてはいるが、人魚の書いたホラーなのかもしれない。
    そう思うほどにはおぞましい終わり方だ。

    読み手によって酷さが変わるのだから。

    つまり青年はただ単に人魚と暮らしたという解釈かもしれないし、人魚を売り飛ばしたかもしれない。もしかしたら食べたなんてことも有り得る。
    少し前の陸では人魚狩りと称して船を出していた過去もあったくらいだ。

    人魚が人魚に、陸は怖いところだから行くなと言っているような物語だと言うのに、説明してやってもえむは怯まなかった。

    あたしはそれでも羨ましいの!

    そう笑ったえむは司の知る限り突き止めなければ止まらない目をしていた。

    『それに!陸って楽しそうだもん!お兄様は憧れたことないの?』

    どこまでも折れることを知らないえむでも、やはり陸は少し怖いのか、目を伏せた。
    自分が大それたことを言っている自覚はあるらしい。

    ぎゅっと音がしそうなほど、ボロボロの本を抱きしめている。
    やがてぽそり、ぽそりと言葉を紡ぎだした。

    『……お兄様……お姉様とも行きたいの、本当は咲希ちゃんとも、でも、咲希ちゃんを連れてくには、その場所を熟知してないとダメでしょう?』

    断られる。

    そう分かっているからこそ、えむは自信なさげに言ったのだ。

    寧々だけでなく、咲希を巻き込むことは論外だ。

    病弱な咲希に何かあればそのまま死につながる恐れがある。
    健康体の司達であっても、人魚であるとバレてしまえば翌日には闇市や見世物小屋、最悪その場で殺されるだろう。
    あるいは死ぬことすら許されず永遠に材料として切り刻まれて生きるかもしれない。
    そんな可能性がある場所に行かせる訳には行かない。

    だが兄としてえむの気持ちも分かる。

    咲希ともっと出掛けたい。
    特別な思い出が欲しい。
    ましてや陸などもってのほかだ。
    寧々が女王になってしまえば、寧々と陸になど出掛ける機会はまずなくなるだろう。

    だから今なのだと。

    『あたしね、みんなでいっぱい、いーっぱい!一緒に楽しい思い出が欲しい……だからね、その、』

    先日寧々は婚約が決まった。
    他国の第二王子だ。
    司が迎え入れられる国であり、司の婚約者の姫の兄である。
    幼い頃から決まってはいたが、本格的に顔合わせをしたらしい。
    あと100年もすれば寧々はきっと女王としてこの国の長になる。

    そうなってしまっては4人で出掛けることは出来ない。
    司だって他国に婿入りする身だ、最愛の妹たちと離れてこの国とも離れてしまう。

    えむの気持ちは痛いほどわかる。

    それが陸ともなれば生涯忘れられない出来事になることは間違いない。
    陸はそれだけ近くて、遠くて、憧れで恐怖の対象で。

    自分たちには縁のない場所だからだ。

    『ええぃ、わかった!わかった!』

    気付くと司はそう言ってしまっていた。

    『本当?!やったぁ〜!お兄様大好き!』

    マズいと思った時にはもう遅い。
    えむはそれはもう喜んで司に抱きついている。

    控えめに言って非常に緊急事態だ。

    止めるべき行為を止めるべき立場の人間が助長するなどありえない。
    だが今更白紙にしたところで、もうこの妹は止まらないだろう。
    それは司が誰よりも知っている事だった。

    『でも、上の人魚姫に断られたらこの話は無しだぞ。』
    こうなっては仕方がない。
    もはや頼みの綱は寧々だ。
    だが司がそうであったように、寧々もまたえむには弱い。
    なんだかんだこれは陸に行くことが決定してしまいそうな予感が既にしている。

    『そ、そんなぁ〜!』
    残念がっているえむでさえもしかしたら確信犯なのかもしれない。
    早朝に押し掛けて失言をとる。
    そんな知恵をつけていたことを喜べばいいのか、悪知恵だと悲しむべきなのか、何も考えていないのかそれは司にもわからない。
    そう思ってしまうくらいには世間知らずのえむは、天真爛漫を通り越してもはや能天気で破天荒なのだ。
    今回のことも先程述べたような理由もあるだろうが、司なら何とかしてくれるという甘えと、半ば衝動的なものからだろう。
    城下や他国ならまだしも陸ともなれば話は全く別だ。

    『それになんの下調べもなくオレたちが陸に行くことは出来ない。特にこの体ではもちろん陸になど上がれん』
    それは分かっているな?と諭そうとするも、えむはどこ吹く風と言ったような面持ちであたしに考えがあるよ!と1枚の紙を見せた。
    紙と言っても魔法でできているそれはえむが指を動かせば墨も何も無いのにじわりじわりとひとつの絵が浮かび上がっていく。
    司はため息混じりにその絵が出来上がっていく様を眺める。

    『あたし、海峡の魔女の話を聞いたことがあるの!』
    数分もしないうちに出来上がったそれにはタコのような脚を持つ人魚が描かれている。
    話から察するにこれが海峡の魔女なのだろう。
    えむはいまいちピンと来ていない司を置いて話し始めた。

    『海峡の魔女……あれはかなり古い昔話じゃ……それに最近は耳にせんぞ。』

    海峡の魔女といえば知らない人はいない。

    海峡に住まう魔女様の話だ。

    代わりに1つを代償を支払えば対価として願いを叶えてくれると言う、在り来りな誘い文句で有名だった。

    だが魔女にあったことがある人魚はいないと専らの噂で、実は無念を残した亡霊なのではないか、というような扱いの昔話の一種だ。
    蛸の人魚があまりにも少ない我が国で差別の事実などないと主張するために生まれたような噂だとさえ言われている。
    その噂話を司は信じてはいなかったし、くだらないとさえ思っている。
    この国に差別など存在しては行けないのだから、わざわざそんな噂など必要が無いからだ
    民たちも概ねそんなものだろうといつしか気にされることはなくなり、廃れたと思っていた噂だった。

    だからこそずっと不思議だった。

    『それがね!流布してる人を見たの!魔法で作られた紙をぶわーーーっと配ってたよ!ショーみたいで楽しかった!その紙自体はすぐ溶けちゃったけど、タコさんだったからよく覚えてたの!タコさんの人魚って珍しいし、まるで隣の国の伝説の魔女みたいだよね!』

    なぜ現在までそのような噂が残り続けていけたのだろうか、と。

    もしえむの言うように本人やその関係者が今もひっそりと海底で噂を流し、お客を手招いているとしたら……?
    魔女が本物で、何かを目的としたのならばなにを目的に動きだしたのだろうか。
    そしてもしこれが民にしれ渡れば変に誤解を招きかねない。

    それはこの国を傾国させかねない事実だ。

    『もしそれが本当にその魔女だった場合、それは……不吉だ。要は国家を翻し王として君臨しようと悪巧みしたあの魔女様の事、だろう……?』

    人魚は他に娯楽がない分、噂などの流行り廃りに敏感なのだ。
    もし魔女が居るということが分かっただけで、その魔女に実害がなくてもことを荒立てることになるかもしれない。
    えむを陸に連れていくどころの話ではなくなってしまうでは無いか、と司は内心青ざめた。

    『そうそう!でもそのタコさんはね、男の人だったの!』

    もう司の中では傾国の魔女=海峡の魔女と方程式が結びついてしまっている。
    とんだ悪夢だ。

    『男の魔女……まぁ、確かに海峡の魔女って噂には性別はなかったが……男だったのか……』

    男と聞いてもさして驚きはしなかった。
    それくらい魔女は未知だったからだ。
    そもそも、大昔の傾国の魔女は女だと言われてはいるが魔法が使えるのだから姿などは当てにならない。

    『でね!そのタコさん、誰の願いでも叶えるけど、陸に行きたい人の願いしか叶えないんだって!』

    『……ふむ。』

    『きっと陸に行く手助けをしてくれると思うの!タコさんを探そう!』


    『ならば尚更上の人魚姫に伝えるのはその魔女とやらを特定してからだ。』

    『ええ?!』

    『もしそれが嘘や罠ならば、行くと決めた3人とも痛い目を見るだろうし、陸に行く希望が絶たれ悲しい思いをするだろう。』

    『特に上の人魚姫はこの国の未来の女王だ。何かあっては事だ。』

    『だから確実に大丈夫と分からなければオレは兄としてこれを認めるわけに行かん。そもそも陸に上がることすら本当は止めなくては行かんのだ!そのくらいの準備くらいさせろ!父上には絶対にバレんように慎重にだぞ。』

    『ふふ!はーい!お兄様やっぱりだ〜いすき!』

    『はぁ……お前ももう少し落ち着があれば……兄は安心なのだが……』

    やれやれと項垂れている司を他所に、膝の上ではえむが嬉しそうに尾鰭をパタパタとしている。
    もういい加減着替えたいのだが、と声を掛けようとすると、品の良い控えめなノックが扉からした。
    開いておりますと声を掛けると、そっと扉が開かれる。
    ひょこっと顔を出したのはやたらと機嫌の良さそうな母上、女王ルカだった。
    えむと同じ珊瑚のような綺麗な桃色の髪を結わず、揺蕩わせている。
    身につけているドレスは普段民たちの前に出る為の女王に相応しい豪奢なものではなく、シンプルなドレスのようなものだった。
    それに合わせた羽衣さえ女王のおおらかさを物語るようだ。
    桃色と紫のグラデーションのような尾鰭が今日も艶やかでひときわ美しい。

    『私の可愛い子供たち。ふふ、ここに二人ともいたのね?食事はもう済ませたかしら?』
    どうやら食事の誘いだったようだ。

    『お母様!』
    『母上!おはようございます。』

    『あらあら、あなたたち本当に仲がいいわねぇ〜おはよう司、えむ』
    未だ司の膝の上のえむをみて微笑ましいものを見たと言わんばかりの女王に少し気恥ずかしくなる。
    『お母様おはよう〜!あたしもお兄様も、ご飯まだだよ!』
    降りろと催促をするもえむは全く降りる気がないらしい。
    えむは平然と女王に答えた。

    『なら一緒に食べましょう。今日は咲希も一緒に食べれそうなの。2人がいれば喜ぶわ』
    女王も気にしていないのか、えむのことだからと甘くなっているのか話を続ける。
    『咲希!今日は起き上がれるのですか?!』
    咲希と食事など数ヶ月ぶりのことだ。
    最後に会えたのも公務が忙しかったこともあり、3日前のこと。

    『ええ、今日は熱もなくて元気みたいよ』
    病弱な末の妹は生まれた時から今日までそのからだを原因不明の病魔に蝕まれていた。
    と言っても、この深海にその知識がないだけできっと名前はある病気なのかもしれない。
    咲希とて好きで病弱な訳では無い、だが体調が悪い日は面会すら叶わないことすらある。
    だから会える日は兄妹にとって最優先事項は咲希になっていた。
    身体こそ病弱だがえむの様に元気で明るい性格の妹だ。
    外の話をすれば目を輝かせる友人すら居ない最愛の妹が食卓で我らを待っているのだ、断る理由もない。
    司は勿論、姫たちも同じように末の妹を溺愛しているのだ。

    『咲希ちゃんとごはん!!久しぶりだなぁ!お姉様も呼ばなくちゃ!いってきまーすっ!』
    えむもその事が嬉しいのか寧々に声をかけてくる!と慌ただしく部屋を後にした。

    『あぁ、えむ、寧々はもう……』
    女王が引き止めるのも聞こえていないようだった。

    『母上、寧々もきっと咲希とともに食卓を囲いたいと思うはずです。たとえ既に食べていても少しくらいは口にするでしょう。』
    例え寧々が同じ立場でもえむと同じように呼びに行っただろう。

    『ふふ、あらあら!本当にあなたたちは仲がいいわね』
    そういえば女王は殊更上機嫌に司の頭を撫で、自分の羽衣を肩に掛ける。

    『勿論、咲希は大切な末の妹ですから』

    『では全員分用意して頂くから3人でいらしてね。』
    羽衣はその時にでも、とまるで幼子にするかのように額に口付けをした。

    『ええ。オレも早く着替えます』
    昔から愛情表現が過多なのだ。

    『まだ早いのに寝起きにごめんなさいね。』

    『えむにすでに起こされていたので、大丈夫ですよ。』
    と返せば、やっぱり仲がいいわね。
    と女王は嬉しそうに微笑んでこの部屋をあとにした。
    司は着替え始めると、部屋の奥からある男が装飾品を持って出てきた。

    レンだ。

    彼は司の側近の人魚だが、年頃も近く司も信頼をおける程の優秀な男だ。
    大抵の無茶ぶりに答えてきた彼はえむの話も聞いていたことだろう。

    『あのー司様、まさかとは思うのですが……』

    青ざめた顔のまま、慣れた手つきで装飾品のタイをつける。
    自分でなんでもやりたがる司は侍女の一人もつけないため、レンがかってでて以降これはレンの仕事となっていた。

    『おはようレン、そのまさかだ。』
    挨拶もしないうちにレンが全ての装飾を着け終える。
    にっこりとこちらも返せば忘れていたかのように挨拶が帰ってきた。
    『あー……おはようございます……その、本気ですか?』
    どうやら信じたくなかったらしい。
    『悪いな、オレが探しに行くと一緒に、最悪一人で行くと言い出しかねない。オレはえむを見張らんと行けないからな。』
    司ですら悪夢であれと思っているくらいなのだ。
    レンのその信じたくないという気持ちはよくわかる。
    今日まで仕えてきた王子につまりは、共犯者になれと言われているのだから無理もない事だった。

    『王にも黙って……陸に、なんて、冗談……ですよね』

    恐る恐る、祈るような問いだった。
    司も同じ立場であったら同じように聞いただろう。

    『えむももういい歳だし、冗談だと思いたいが、突っ走られては困る。とり急ぎ海峡の魔女の消息ぐらいは掴んでおきたい。』

    『そ、そんな、司様っ!このレンに人探しをさせるおつもりですか?!』

    『……これが終われば父上の側近の件、推奨してやってもいいと思っている。』
    元々レンの努力は司自身がよく知っているし、いつまでも王位のない王子の元にいては勿体ない。
    と言っても推奨の件については司が50になる頃からずっとし続けているのだが、レンはそれを知らないのだろう。

    『司様!ほ、本当ですか?!』

    今にも飛び跳ねそうなほど大袈裟によろこぶレンを傍目に申し訳ない気持ちに見舞われる。
    同時にそれほどまでに愛される王が羨ましくも思った。
    これだけ熱心なのだ、側近にくらいしてやれば良いものをと思わずにはいられない。

    『お前は本当に父上が好きなのだなぁ……』
    この国で権力があるのは王では無い。
    それでもこの男は王の元が良いというのだ。
    自分にそれを叶えてやれるだけの力があればと思わずにはいられない。

    『私は我が王に仕えたくて他国からここに移り住んできたのです!』

    それは幼い頃から何度も聞いていた話だ。
    当然知っていると笑えば、レンは気恥ずかしそうに司様にはよくお話しておりましたからね。と、レンも微笑んだ。
    レンは王をこんなにも敬愛しているが、当然その息子である司のことも蔑ろになどした事の無いとても裏表のない人魚だ。
    そこを司も評価している。
    本来なら王位のない司の世話など侍女に任せておればいい。
    いくら司が国の顔だと言われていても、実権を握る予定の無い司の元に来る仕事などたかが知れている。
    それでもレンは1日も欠かさず司の為にと仕事の手伝いをし、世話をやく。
    例えレンが司の世話を王から仰せつかっていたとしても、このようなことに加担すればバレた時に処罰が下ってもおかしくはない。
    レンにこの話に乗るメリットは正直ないだろう。

    『そのくらいオレにも懐いて欲しいものだな。我が父もそこまで好かれていては断れまい。そして男に二言はない!あくまで判断を下すのは王だが、な?……この司の願い、聞き届けてくれるか?』

    司は大袈裟な台詞と共にレンの手を取り、まるで他国の姫へ挨拶するかのように会釈をした。
    『うっ……!は、はい。』
    王子に跪かれることなど経験のないレンはたじろいでいた。
    自分がこれからする明らかな悪を有耶無耶にすような甘い罠がレンの頭で理性とせめぎ合っているのだろうか。
    顔を真っ赤にして目を回しているレンの背をばんと叩いた。

    『調査は頼んだぞ。』

    『つ、司様、ひいては我が王のため!このレンの活躍しかとお待ちください!!』

    『頼りにしている!』

    良くも悪くも顔が知れている司には、隠密行動はどうしても向かない。
    情報を得るためには魔女を誘き寄せるしかないだろう。
    だが、えむの顔を見ても逃げることなく宣伝をして言ったとうそれが魔女ならば、恐らくこの国に詳しくない。
    つまりは誘き寄せることは出来ない。
    ならば逆に堂々と調査をするというのも手だ。
    それには顔の知られていない協力者がどうしても必要だった。
    だからこそレンに協力をあおいだのだ。
    普段から変身魔法で姿を変えているレンを知るわけが無いだろう。
    そして何より、レンは司を見捨てることが出来ない。
    立場や性格上、司を裏切れないだろう。
    本当は止めて欲しい気持ちもあったが、えむを説得することはもはや不可能だろう。
    そもそもえむが1人だけでお願いに来たというだけでそれを見越して、利用するしか手立てがない状況なのだ。
    ゆえに、司はわざとらしく大袈裟に振る舞うことでレンにえむとの会話をきかせ、レンもまた司の考えを汲み取った。

    ここまで全て我が妹の計画通りなのかと思えば思うほど、それを無意識にやってのけ状況を動かしてしまうだけの行動力を持ち、天真爛漫で全てをかきみだす未来の女王候補の1人が司は末恐ろしく感じた。

    どこまでも無謀で自分に似てしまっている妹姫を思うと、レンに続き司もまたため息をついた。


    しばらくして控えめなノックがまた扉を叩く。
    返事をすればひょこっと顔をだしたのは上の人魚姫、寧々だ。
    後ろからどーんと寧々と扉を押して部屋に突っ込んでくるえむもすっかりお姉ちゃんの顔になっている。
    2人とも早く咲希に会いたくて仕方がないのだろう。

    『お話は終わりました?お兄様』
    『お兄様!早くしないと咲希ちゃん待たせちゃうよ!』
    浮き足立つという表現がぴったりな2人に司は思わず吹き出した。
    そんな司を見兼ねてか、レンがやうやうしく挨拶をした。
    『これはこれは寧々姫様!えむ姫様!おはようございます。』

    『あ〜レンくんおはよう!』
    『おはよう、レン。その姿は珍しいね。』
    久々に目にした人魚の姿のレンに姫達も会釈をし、司に早く出るように視線で促す。

    『この兄を呼びに来てくれたのか、待たせて済まない。着替えも終わったことだ、共にゆこう。』


    『司様、』
    立ち去ろうとした時、レンが先程女王の置いていった羽衣を司に手持たせ、一瞬だけ引き止める。
    『くれぐれも内密に頼む。』
    えむや寧々に聞こえないようにレンに耳元で囁く。

    『かしこまりました。姫様方のエスコートは如何なさいますか?』
    今度は姫に聞こえるようににこやかに笑うレンは流石に役者だ、と思った。
    先程まで青ざめたり目を回していた男には到底思えない。
    完璧なその男に司はもはや感心すら覚えた。

    『オレがいるから構わん!』

    扉の外まで出た司は声を張り上げそう宣言し、両手で寧々たちの手を取った。
    寧々は気恥ずかしそうに、えむは腕に抱きつくように司に答える。


    『では皆様、行ってらっしゃいませ。』

    自室の扉が完全に閉まる瞬間までレンのお辞儀は続いた。


    『ねーお兄様、レンくん来ないの?』

    『レンにも仕事があるのだ、引き止めては行けぬだろう。』

    『……レンの仕事ってお兄様のお付き……なんでもない、それより咲希が待ってるわ。』
    ほんの少し怪しむような寧々の視線を交し、二人をエスコートする。

    いつだって寧々はこのえむに振り回されてきた一人なのだから、鋭くて当然だが今回ばかりは計画倒れして欲しいと心中で司もレンも思っている。
    だが国や寧々に知られる前に魔女の魂胆を掴み、無害であり、国にとっても本人にとってもできるだけ安全であることを確保した状態でならむしろ司も陸に興味はあるのだ。
    兄妹である寧々も興味はあるだろう。
    なにせ海の底は国にとってとても良い事ではあるが平和で代わり映えがないのだ。
    珊瑚礁に引きこもり歌を歌い、貝殻でゲームをするくらいしか寧々にも楽しみがない。
    もし計画倒れした後にえむが寧々と共に2人だけで陸に上がると言い出した場合が司は恐ろしかった。
    なかなかどうして、寧々も司もえむには甘いのだ。
    今もえむ一人で行かれるよりもよっぽど恐ろしい最悪の事態を防ぐべく、この話に乗ったのであって、断じてえむに甘いだけでは無いと心の中で言い訳をしている。

    『あぁ!早くせねば我らの可愛い末の妹が拗ねてしまうやもしれん!』

    3人の可愛い妹達を持つ兄はいつだって心配で仕方なく、複雑な気分なのだ。
    勿論顔には出さないが。

    『もーお兄様ったら!』
    『ふふ、そうね。』

    末の妹との食事を楽しみにする三人が長い廊下進んでゆく間にも司の苦悩は晴れなかった。




    𓂃◌𓈒𓐍‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍‪ 𓈒𓏸‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬




    書類を片付け、外をぼんやりと見ると小魚が鼻をかすめる。

    ふかふかと浮かぶクラゲたちが司の周りを漂っている。
    意思疎通のできないクラゲ達が司を刺さないように、けれどギリギリまで近づいて漂っている様はまるで女王の羽衣のようで神秘的だと咲希もえむはご機嫌だった。
    近頃体調の良い咲希も、今は熱心に勉強をしているという。
    あらかた仕事を片付けてしまった司は暇でクラゲの背をつつく。
    レンがいない間のボディガードとでも言おうか。

    レンは優秀な人魚で、変身魔法が得意だった。
    司と近い年頃の男だが、普段は司の腰に付いた金属の装飾品としてタツノオトシゴになりすましている。
    何故タツノオトシゴなのかというと、簡単な話だ。
    彼が敬愛してやまない国王である我が父上はかつて海の王に君臨した神の家臣として活躍した海馬、つまりはタツノオトシゴの家系より生まれた人魚『カイト』だからだ。
    この国に政略結婚でやってきた王は紛れもなく珍しい存在であったのは確かだったが、彼の場合は違う。
    敬愛してやまないカイトの傍に居たい一心でわざわざ国王と一緒にこの国にやってきた彼は、数百年を経てもなお、彼と共にいれるすべを手に入れるべく模索し続けていた。
    まさに努力の人魚であった。

    司がレンに出会ったはまさに寧々が生まれた頃だ。
    司のお付きとして彼はゼロから這い上がってきた。
    最初はただの一、騎士から始めたらしい。
    それがどうして今こうなったのか、それは司にも分からない。
    けれど目線の先にはフラフラになって城に戻ってくるレンが見えた。


    『あーもう、失敗した……司様め……』

    レンは何せもう3日も探し歩いている。
    気付けば司と続き部屋になっている自室にいるが、暇さえあれば外に探し回っていたようで、司ですら最低限しか顔を合わせる事がなかった。
    ボヤきたくなる気持ちもわかるし、声は聞かなかったことにしてやろう。
    それくらいにはレンに対する信頼もあるし、申し訳ないなと思っている。

    こっそりと覗き見ているとレンを追いかけて人魚がやってきた。

    『そこの君、おや、そこの君』

    何度も声を掛けていたのか、ようやくレンに気づいてもらえて心底安心したという面持ちの人魚はえむの話で聞いていたような蛸の人魚だ。

    蛸の人魚は珍しい。
    この国ではほとんど見掛けない。
    それは一重に住む場所にほかならない。
    何せここは蛸の魔女の被害を一身に受けた国のとなりの国で、その昔警戒されていたからだ。
    勿論法的に迫害をしていたなどというじぎつはないし、そもそもここは安全地帯。
    後ろめたい事さえなければどんな人魚でも住むことが出来る国だ。
    それでも当日は元々住んでいた蛸の人魚ですら、居心地の悪さからか自ら出ていってしまったと聞いた。
    司が生まれるずっとずっと昔のことだ。
    その因果か、この土地で蛸の人魚はなかなかお目にかかれない。

    だからこそえむも覚えていたのだ。

    まず間違いなく海峡の魔女、もしくはそれに繋がる何かをこの人魚知っているだろう。

    今から窓から降りれば、あるいは間に合うだろうか。
    鰭が少しばかり小さい司はほかの人魚に比べ泳ぎがあまり得意ではない。
    降りるだけであれば簡単だが、城の中をとなればそれなりに時間がかかる。
    ましてやほかのものに捕まる可能性もある。
    司は存外侍女たちや騎士たちにも気心が知れているのか話しかけられることも多いのだ。

    逃げられてしまうよりは、と思い窓枠に腰掛けるようにして様子を伺う。

    『え……?』

    レンだけで事足りればそれでいい。
    だが危害を加える可能性も無くはない。
    司にとって魔女はそれだけ未知数だった。

    『お兄さん、お城の人?かな?』
    こちらからは蛸の人魚は背を向けてしまっている。
    振り返ったレンは表情ひとつ崩さなかった。

    『ええ、それが何か……?』

    『ふふ、これを落とさなかったかい?この紋様は王族やその所有物に付けられるものだと聞いたことがあったから追い掛けたのだけど……君はなにか悩みに悩んでいる様子だったから声を掛けても気づいて貰えなかったようで、こんなところまで来てしまったよ。お役目で困ってるのかな?悩むのは頂けないけれど、これはもっと大事なものだろうと思って。』
    海流のせいで聞こえづらいが蛸の人魚はそう言って金時計をレンに手渡した。
    それはこの宮殿に仕える上流階級のものたちに支給している金時計だ。

    『……この時計!まさか落としてたなんて……拾ってくださってありがとうございます。』
    慌てて受け取ると、男は非常に明るい声でああ!と声を張り上げた。

    『やはり君のか!落し物にならずに済んで良かったね。』
    えむが言っていたように、まるで宮殿にパフォーマンスに来たことのあるショーのキャストたちのような声だ。
    特徴があって、耳に入りやすく、表現が大袈裟である。
    自分もそれに憧れ、真似た部分があるためそう言った違いに司は敏感だった。
    間違えなくえむの言っていた男はこの男だろう。

    『親切にどうも!私はレン。貴方は……見たことがないようにお見受け致します。宮殿にご用があるようでしたら門まで送りますが……』
    レンもそう確信しているのか探りを入れているようだ。

    『ふふ、僕は城下で宣伝がてらパフォーマンスを披露していたのさ、あまりお客様はいなかったけれど君は立ち止まってくれただろう?』

    『あぁ!あの時の!申し訳ない、あの時は光や泡に気を取られていましたので……!』

    『ふふ、いやね?君がこの時計を落としたのもその時なんだ。僕のショーは楽しかったかい?』
    なるほど、と司は呟いた。

    レンはわざとこの男の気を引くために金時計を落としたのだ。
    そして、ある意味でこの男を試したのだろう。
    金や貴金属が目的ならばこの時計を返すはずがない。
    この男の狙いは別にあるということになる。

    『ええ。とても素敵なものでした。ですが、私が至らぬばかりにここまで着いてこさせてしまった、ということですね……申し訳ない……これから仕事で宮殿に戻るところですので、貴方がよろしければ後日お礼をさせていただけませんか?』
    もちろんこの後に仕事などない。
    そしてわざと着いてこさせた。
    今度は根城を突き止める手立てを、ということか。

    『僕は落し物を拾っただけだから、何もしなくて構わないよ?』

    『そういうわけには……この時計がなければ、私はこの城に入ることすら許されないのです。貴方が来てくださってとても助かりました。せめて何か……』
    とんだはったりだな、心中で呟く。
    良くもまぁスラスラとこんなにも嘘がつけるものだはと司は思った。
    演技が得意というレベルではない。
    そんなものがなくても宮殿に入れるし、あったとしてもレンなら普通にはいれる。
    だからこそ出世したのだろうし、その能力を買って利用した司には言えたことではないがレンもレンで末恐ろしい男だと再確認した。

    『……うーん、そこまで言うなら海峡の魔女について君はどれぐらい知っているか教えてもらえないかな?』
    しかし、男はレンのうまい話には乗らなかった。

    代わりに要求したのは海峡の魔女についての情報だった。
    何故この男がそんな情報を求めているのだろうか?
    自ら海峡の魔女の噂を流布し、ビラを配るような男が仮に魔女でなかったとしても、どれほど知っているかを聞くのはおかしいだろう。
    魔女ならば尚更可笑しいのだ。

    だってこの男は自分だ情報をばらまいていたのだ、知られて困るはずはない。
    むしろ知って欲しいからそんなことをしているはず。

    ならばこの男はレンの魂胆にも気付いているのかもしれない。

    『海峡の、魔女様…ですか?私はそういった噂話には疎いので参考にならないかもしれませんが、名前はしっている程度です。』

    『ふむ……そうかい。ありがとう。』
    とわかりやすく肩を落とす男に内心焦った。

    『貴方は知っておいでなのですか?』
    レンも自分の魂胆がバレていることを察したのか、ほんの少しだけ表情を歪めた。

    この男はどこまで把握して、こんなところまで着いてきたのだろうか。
    はかりかねていると、男は思いの外正直に語り始めた。

    『うーん、その問いにははいとしか言いようがないね。でもどうして君が気にするのかな?城下でも誰か探し回っていたよね?君、お城の人なんだもの、びっくりしたよ。』
    つまりは最初から自分を探していると当たりをつけられていたらしい。

    それは男が魔女だと言っているようなものだった。

    『……実は、私も探していたのです。海峡の魔女様を。陸に行ってみたいと言う人を知っていて、情報が欲しくて。目撃情報はあっても、例の海峡は誰も知らなかったのですけれど。あぁ!内密にお願いしますよ?こんなことがバレたら私、クビになってしまいます!』

    『なんだ、君ではないの。』

    『ええ。でももう大丈夫です。魔女様なんて、所詮噂でしょう。彼にも諦めてもらいます。』

    『それはそれは、まぁ、魔女なんて望まぬものにとってはいないも同じだからね』

    『……そうですね。』

    『じゃあ、僕はこれからビラを配らなきゃ行けないからもう失礼させていただくよ。』

    『お手数をお掛け致しました。ああ、お礼と言ってはなんですがこちらをどうぞ。』

    『クラゲの耳飾り?』

    『趣味で作ったものなのでいかがですか?』

    『ふふ、じゃあ頂こうかな。素敵なデザインだ。それじゃあねお兄さん。』

    『ええ、本当にありがとうございました。』

    始終にこやかだったはずの会話に異様なほどの寒気を感じた司は男が去った後、そっと窓から降りた。
    レンと魔女との会話はまるでそこだけ冷戦が行われていたかのようだった。

    最後に渡していた耳飾りも疑問を残すばかりだ。
    作ることが趣味だなんて聞いたことがない。
    趣味の何から何に至るまでこの男は王に忠誠を捧げていると言っても過言ではない。
    司の部屋と続いている彼の部屋はちょっと引くぐらいタツノオトシゴの家具ばかり飾られているちょっとしたマニアックな部屋であるし。
    耳飾りを作る趣味だなんて聞いたことがない。
    司が問うほどのことでは無いし、ひょっとしたら本当にレンの密かな趣味かもしれないが。

    『……司様、覗き見など趣味が悪いと思うのですが?』

    『お前に隠し事は出来ないな。』
    バレていたかといえば、レンは気づかない方がどうかしていますと答え、大袈裟に肩を竦めた。

    『あれは本物です。』
    真剣な表情で男が去った方向を見つめ、レンはそう言い放った。

    『僅かですが嗅ぎなれない薬品の匂いがしました。』

    『なら何故……!』

    『大丈夫。このレンに考えがございます!』
    大船に乗ったつもりでどっしりと構えて待っていてくださいとレンは司の手を取った。
    大昔は船を沈める側の人魚が何を言うか、と思わなくもなかったが自分も人魚なのでもう何も言うまいと口をつむる。
    この間の仕返しとでも言うように、レンに大袈裟に跪かれた。

    『どうか司様、大人しく数日お待ちください。』
    自信に満ち溢れたレンの描いた弧が不吉な程に綺麗で司は肩の力を抜いた。
    最近溜息をつきすぎです、と背を叩かれる。

    『……よかろう。任せた。』
    と返せば司もレンも何事も無かったかのように宮殿の中へと入った。


    それから数日もしないうちにレンは何食わぬ顔で魔女の居場所を掴んだと言い、司にあるものを手渡した。

    黄金でできたようなそれは、まるで普段のレンの変身した姿と同じようなタツノオトシゴを模している。
    ここまで来ると単に好きなデザインなのではないかと、疑ってしまうほどだ。
    凝ったデザインのそれは男である司が着けても違和感のない耳飾りだった。

    『よく戻ったな、レン。……これは?』

    よくあるような耳飾りに見えなくもなかったが、少しだけ違和感を覚える。
    どう見てもそれは加工とは別に魔力が込められているように見えた。

    『おや、お気づきですか?これは一対の魔法がかけられている耳飾りです。』

    『一対の魔法?聞いたことがないぞ。』
    聞き覚えのない魔法に興味を引かれる。

    『司様は聞いたことがなくても無理はありません。これは俺のようなものでないと意味が無いのです。そもそもふたつなければ成立しません。』

    『しかし、これはひとつではないか。』
    渡された耳飾りは一つだけ。
    一対というのならばもう片方が存在して然るべきだ。
    だがそれはとても見覚えがあった。

    『この魔法は元々別々の場所で暮らす双子やパートナーをお互いの元へ導くための魔法なのです。』

    もしやあのクラゲの耳飾りこそが片割れなのだとしたら、と。
    予感はどうやら当たっているようだが、それにしてもそんな魔法が込められていて、何故魔女は怪しまなかったことが引っかかる。

    『これは元々このレンが双子の姉であるリンと逢う為だけに産まれた時に作られたものです。これを使用して魔女の居場所をつきとめました。』

    『リンは母上のお付ではなかったか?』

    『ええ。ですからこうして逢えたのでこの耳飾りは不要となっていたのです。』

    『そしてこれはリンのものです、もうひとつは今魔女が持っております。』

    『なぜそんなことを……』

    顔が割れてしまえば私は追えなくなる。
    ならば、と思いこの方法を使おうと決めていた、とレンは呟いた。
    わざわざ姉のリンに頼み込んで耳飾りを借りてきたのだという。
    普段つけていなかったこともあり、快く貸してくれたようだが。

    『司様。レンは初めから怪しいと思っておりました。』

    『なぜこの数百年もの間、海峡の魔女が誰の人目にも触れず噂ばかりが膨らんでいたのだろうか、と。』

    『それは、オレも気になっていたんだ。』

    『だから、私は魔女が人の目に触れられなかったのではなくて、住処が見つからなかったのだと思ったのです。』

    『予想通り、奴は何重もの保護魔法に守られた岩場に潜んでおりました。このレンですらこの耳飾りがなければ追跡できないほどの保護魔法です。』

    『あんな歳若い男にそんな高度な保護魔法が可能なのか?』

    『おそらく何百年も前に掛けられたものでしょう。あの魔女自身も気づいていない可能性すらあります。ですが、我々は見た目では判断が付きにくいのもまた事実。歳若いと言っても貴方も人間より遥かに長寿な存在であることをお忘れなきよう。』

    『だが、あれはどう見ても俺や、少なくても寧々程度だろう?お前の敬愛してやまない偉大なる王ですらそのような魔法、使えんかもしれんぞ。』

    『……少なくともあれが魔女じゃなかったとして、保護魔法を掛けたのはおそらく魔女でしょう。海峡の海流の激しい場所の岩場で身も隠しやすいでしょうし、お尋ね者でもなければあんな魔法必要ですらないのです。』

    ここは、セントラル・エデン……全ての人魚の安全地帯、ですから。
    レンは切羽詰ったような苦しそうな表情で告げた。

    その時司は初めてあの不可解な男の行動に理由をつけられた気がした。

    あの魔女がレンを通して噂を確認したのは、恐らく客が全くと言っていいほど来なかったからだ。
    あの魔女はレンが魔女を訪ねて探し回っていると知った上で自ら招き入れようとしたのだろう。
    しかし、それはレンでなかったと知り、魔女はあえて耳飾りを受け取り、怪し無素振りなど見せず住処へ大人しく帰ったのだ。

    陸に上がる事しか手伝わない風変わりな魔女の噂を流布しても誰も保護魔法のせいで訪問できなかったことなど、知りもしない魔女は噂がどの程度ひろまっているか知りたかっただけかもしれない。

    でもわかりやすく誘導に乗り、こちらの出方を伺っているのは明白だった。

    『レン。先程つきとめたと言ってたろう。案内を頼んでもよいか?』

    『なりません。』
    レンは司の申し出をキッパリと断った。

    『だが、』

    『なりません。オレには役目がありますから。』

    司の目の前にはオレが立っていた。

    紛れもなく司に変身したレンがそこに立っている。

    『外向的な王子だけでなく、あまり外に出ない姫様方が一度に外に出るなど疑われてしまいます。』

    当然そうかもしれない。
    だが、司が居れば当然仕事が回ってくる。
    司は王位こそ無いが間違えなくこの国の重要人物のひとりだ。
    仕事のない日などない。
    席を外している日でさえもどっぷりと仕事がある。
    それを苦に思ったことはないが、宮殿にいるのに仕事をしていないとあれば怪しまれる気がする。
    大抵は代理でも問題は無いが、レンにも任せられない仕事があるだろう。
    もしそういった内容の急ぎの件だった場合対処に困るのはレンだ。
    それでもレンは折れなかった。

    『この姿で宮殿にいるだけで効果はあるはずです。司様。ずっと傍で見守ってきたこのレンを信じてはいただけませんか?』

    『……分かった。留守は任せる。』
    まずは下見だ。と司は黒いマントを羽織った。

    『お任せ下さい。演技は得意です!たまには休暇になさってもバチは当たりませんよ。』


    『お前には負けるがな。』
    私の仕事は司様の味方をすることですから。
    と胸に手を当て、誇らしげに笑って見せた。
    どう考えたも仕事の両分を超えているが、その不敵な笑顔に司は安心感を覚えた。

    『司様もたまには年上を頼ることを覚えてくださいね。ただし王に無断でこのようなことに加担するのは今回きりですから、それも……司様?』

    『は……年……上?』
    聞きなれない単語が頭の上を滑るかのようだった。
    歳上とは、まさか、レンのことだろうか。

    『まさかとは思いますが、あの、いくつだとお思いで……?』

    『同い年、くらいかと……』
    見た目が少年の域を出ないレンに、敢えて同い歳くらいと形容した。
    どう見てもレンは司よりも歳下に見える。
    どう考えても。
    変身魔法を使えるとはいえ、四六時中変身魔法している訳では無い。
    魔力がそこ沼なわけがないし、これは間違えなくレンの本来の姿だ。
    だからずっと歳下だと思い込んでいた。

    だが、よくよく考えればこの男とは幼い頃からずむとともにいるが成長したところを見たことは無い。

    出会った時から司の方がむしろレンの成長を追い越してしまったような気がする。

    だって彼はずっと少年の様な姿のままだったのだ。

    つまり、辻褄があってしまう。


    『……レンは貴方の倍は生きております。』


    人魚に年齢はあってないようなもの。
    それを見を持って司は知った。


    レンが呪文を唱えると耳飾りは淡く光り出し、タツノオトシゴはまるで生きているかのように動きだした。
    それの指し示す方向に行けば住処へ行ける、とレンは呆けたままの司を送り出した。


    『……なるほど……見た目で判断しては……いけないようだな。』
    と誰に聞こえるわけでもなく呟く。


    軽く兄のような気持ちで居た司は可愛い弟を失ったかのような消失感に打ちひしがれながら、自ら認識阻害の魔法を掛けて耳飾りの誘導のまま城を後にした。






    𓂃◌𓈒𓐍‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍‪ 𓈒𓏸‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬

    更新遅くてごめんなさい〜!続きも頑張って描きます
    Sai
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