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    Sai

    @Edo_0724
    @Sai_0724

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    作ったけどボツになったやつや意見が欲しいものなど好き勝手に投下してこうかと思ってます。
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    Sai

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    何故かアクスタが先にできた小説!
    やっと3話です!最近支部にも出しました!
    良かったらそちらも見に来てください!
    また、こちら設定がフォロワー限定で見れます!続きが気になるけど更新遅いって方は良かったらそちらにざっくり書いてあるのでご覧下さい!

    僕やるきが無くなるとかけなくなってしまうので応援してくれたら嬉しいです!

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    眠れる竜と満月になり損ねた魔女③【眠れる竜と満月になり損ねた魔女】

    Ⅲ.

    その日は満月の明るい夜だった。
    夜帳はもうすこしすれば陽の光に変わるだろう。

    都合の良いことに砂浜は誰もいなかった。
    ただ静かに波が凪いでいる。
    パシャリと水が跳ねる音がして振り返る。
    えむが岩場に座り尾鰭で水面を叩いていた音だとわかると、ほっと胸をなでおろす。
    寧々も司も人間にこの状態で見つかってしまうのではないか、と気が気ではなかった。
    『えむ、静かに……まだ人に見つかったらまずいの。』
    寧々が窘めると、えむは元気にはーいと手を挙げる。
    もはや静かにするという概念はえむには存在しないようだった。
    分かりきっていたことではあるがあまりに緊張感が欠如している。
    寧々から本日何度目かの溜息が溢れる。
    それすらも波音にかき消されてしまった。
    『お兄様!タコさんから貰った薬もう飲んでもいい?!』
    えむは返事も聞かずに小瓶に手をかける。
    それに気づき必死にえむの手を押さえつけた。
    寧々も残りの小瓶が、入った袋をえむから遠ざける。
    まったく、油断も隙もない。

    『ウォァァァ!待て待て待て!まずはオレで実験だ。もし異変があればお前達は飲まずにそれを処分して部屋へ帰れ。』

    『お兄様?!』

    異変があれば帰れと言うと二人は酷く恐ろしいものを見る目で司をみた。
    最悪の場合これを飲んだあとに死んでしまうことも有り得ると考えている。

    男の薬は確かに凄かった。

    今も二つに分かれた尾鰭がきちんと足として機能している。
    鱗も綺麗になくなり、どこからどう見ても今の自分は海に服のまま入っている人間にしか見えなかった。
    だが呼吸は変わらぬままだ。
    この瓶の中身を飲むまで安全かどうかは分からない。
    それを実証せずに妹達に飲ませる訳にはいかない。

    当然寧々も理解はしていた。
    二人はこの国を担う未来の女王候補。
    普段の食事ですら毒味がある。
    自称魔女の怪しげな薬をなんの治験もなく飲むなどあってはならない。
    それは司も本来有り得ない事なのだ。
    だからといって既に身体を張り実験台になった兄を再び実験台にするということも抵抗があるのだろう。

    だが司とて、もうなりふり構ってられない。

    何せ男の住処から一時間弱冷たい海に晒された体は既に限界を迎えていた。
    海に入っていることが死の危険を感じさせるなど人魚にとってはありえない。
    今司自体の体温は通常よりも遥かに高いのだ。
    それがどんどん下がっているように思える。
    今は鰓呼吸を捨てて暖をとりたいと思うほどに水を冷たいと感じていた。
    それを伝えれば二人は余計に困惑するだろうとあえて黙っていたのだが、そうも言ってられそうにない。

    『その時にはこの出来事を忘れると約束してくれるか?』
    何も見ていなければ当然二人は咎められることは無いだろう。
    司が勝手に企て、勝手に行った。
    これは最悪の場合の責任を終わせないための保険だ。

    『そ、そんなこと……』
    させられない、と寧々が司の手を止める。
    縋るように腕にしがみつくえむの体温ですら酷く冷たく感じた。
    このままでは火傷をおわせてしまうだろう。
    人魚の肌はデリケートだ。
    一刻も早く自分から二人を離す必要がある。
    だが二人も必死にしがみついているのか、その力は増すばかりだ。
    今からでも間に合う、帰ろうと言いたげな瞳が司を写す。

    『お前達には代わりはいないが、オレは違う。お前達が生まれた時からオレはお前達を守るために存在しているのだ。それにオレはもう正直擬態薬を飲んでからほぼ人間に近い。』
    帰りたくても、司は正直今はもう自力で城に帰ることができない。
    少なくとも擬態薬がきれるまでは浜辺にいた方が身の安全は確かだ。

    『この身体に海は辛い。だから、オレは飲むしかない。』

    二人が飲まない選択肢をしても、どちらにしろしばらくここにいなくてはならない。
    呼吸も続かないのだから、この小瓶を飲まない理由はないのだ。

    『だが、まだ飲んでいないお前達は違う。約束出来なければ二度と陸には来させないし、これも飲ませる訳にはいかない、分かってくれ。』

    それだけこの擬態薬が素晴らしく人間に寄せられて作られている証拠でもある。

    だがそれを姫たちが飲むかどうかは全くの別問題なのだ。
    司が飲んだ上で自分で決めろと言えば二人は頷いた。

    『……』

    二人は固唾を飲む。

    それを合図に司は小瓶の中身を飲んだ。
    口の中で広がっていくそれは思いのほか苦い。
    先程の甘さが掻き消されるような苦味は舌に絡みついて噎せかえりそうだった。
    司は顔を顰める。
    その苦味は薬らしいと言えばらしかった。
    苦味はやがて痺れるような舌の感覚がした。
    やがてそれは酸素の足りないような苦しさに変わる。
    あまりの苦しさから解放されると同時に手の力が緩む。
    思わず手から滑り落ちて、小瓶は海の中へと消えていった。
    一瞬の混濁した意識に肺が苦しくなる。
    身体から水が抜ける、それは感じたことも無い感覚だった。
    仮にも人魚の王子だと言うのに、足のつくような浅瀬でもがき苦しむ様はなんとも無様だろう。
    咳き込む間、どこか人事のようにそう思った。
    これが陸で呼吸をするということなのだろうか。
    ゲホゲホと咳き込む司を心配そうに見つめる最二人は言いつけを守り薬を飲んではいなかった。
    やがて一通りの水を吐き終えると、司はもう完全に人間と変わらない陸で長時間にわたり呼吸のできる状態になった。

    体が先程よりも熱を帯びているのがよく分かった。
    人魚と人では体温も違うのだから当たり前だと言われればそれまでなのだが、未だに濡れた肌は寒気は一向に収まらない。

    空気を吸い込む度、胸が膨らむ感覚。
    それに合わせるように骨が動く。
    鰓の役割をになっているのだろうか、人間の体は何もかも違うらしい。

    面白くて仕方がなかった。

    まだスタート地点にも立っていない。
    だが司は大冒険に出た時のような高揚を覚えた。
    これが海の外で、水のない場所生きる為の身体なのだ。
    海から這い上がってきた人魚は今の自分と同じように思うのだろうか。

    司は砂浜に上がり込んだ。

    水の中であんなに軽く感じた体は重く、水分を含んだ服がまとわりついて動きづらい。
    極めつけに、ちっとも立てそうにない。
    それなのに司はワクワクして仕方がなかった。

    歩いてみたい。
    もっと見たことの無いいろんな景色を見てみたい。
    海では見れないものを、目で見て体感したい。
    そう思うのは司だけではなかった。
    だった一冊の本を頼りにここまで来てしまった愚かな王子と姫はもう後戻りなど出来ないところまで来ていた。
    ただこの感じたことの無い自由を誰もが追い求めている。
    そんな単純な願いが波打ち際にただ這い蹲る自分を奮い立たせる。

    こんな感情を司は抱いたことがない。

    司における希望は全て己がなんの貢献もできないことが大前提であり、その骨組みになることは叶わない夢だった。

    『お、お兄様……』

    また少し咳き込むと、寧々は心配そうに砂浜に近づいた。
    まだ本来の姿のままの二人は砂浜に上がることは出来ない。
    何より二人は婚約を控えた年頃の娘だ。
    鱗に傷がついては事だった。
    もし上がれたとしても、予想外にあの男に長くしてもらったドレスがまとわりついてとても邪魔になるだろう。

    『ゲホッ……すごいなこれは……大丈夫だ。寧々、えむ。薬を飲む前に覚悟した方が良い。どうやら歩くという行為は結構骨が要りそうだぞ。』

    薬を飲めばしばらくは元の姿に戻れないと同義である。
    しかし薬を飲んだからと言って人間になれる訳では無い。
    そう簡単に歩く事は出来ない。
    少なくとも夜が明けるまでの時間は歩くことの練習に費やされる可能性がある。
    それは無防備な姿を晒すことでもあった。
    陸は未知で何があるか分からない。
    てっきりすぐ歩けるものだとばかり思っていた。
    司はちっとも思い通りに動かない足に面を食らった。
    バランスを保つのが酷く難しい。
    急に増えた足を交互に動かす、というのは少しばかり難解に思えた。
    海の中ではそれとなくできていた事が、陸となると勝手が違うらしい。
    そもそも泳ぐと、歩くは全く別物なのだから。
    覚悟して飲めといえば寧々は少し動揺した。
    そこまでの覚悟があるかと言われたらないのだろう。
    二週間も前に覚悟を決めきった司とは違うのだから、当たり前かもしれない。

    二週間、司はなんの前触れもなく押し掛けてきたえむの情報をもとに魔女を探し出した。

    性格にはレンの功績であり、その協力なくしてあの男に会うことは叶わなかったと今でも思う。
    そうしてようやく掴んだ確かな情報を手掛かりに司は男の元を尋ねた。

    二度目の来訪はただただ慌ただしかった。

    寧々を説き伏せ、突っ走るえむを止め、あくまで目立たないようにするだけで必死だった。
    認識阻害の魔法をかけることなく、ただの人魚として最愛の妹達を連れて。


    ひとりぼっちの魔女と目が合った時、心が確かに震えた。


    闇の中で光る金が、酷く美しく鋭利な刃物のようで恐怖に近い何が押し寄せる。

    闇の中から現れた男の狂気に満ちた表情を見て思わず司は目を疑った。
    それはあの日、住処をつきとめた司を浅瀬まで送り届けてくれた害の無さそうな男のものではなかった。

    でもそれも仕方の無いことかもしれない。

    少なくとも最初に訪れた時は認識阻害の魔法が功を奏していたのだ。
    認識阻害と言っても、司のそれは相手の認識を誤魔化すことくらいしか出来ない。
    よく見知っている知り合いなどには簡単にバレてしまう。
    大前提として、初対面相手の偵察であった為に及第点だったというレベルでしか使うことが出来ない魔法だった。
    だから内心、気が気ではなかったのだ。
    魔法が効いていなかった時の為に素顔を見られないような目立たない格好をして城をとび出た。
    だがそんな司の考えは杞憂に終わり、男の目に司は完全に別の生物に見えていた。
    それがタツノオトシゴだとは司自身も予期していなかった。
    バレなかったのだから今はどうでもいい。
    予想外の出来事ではあったが、あんな場所にいるはずのない生物に対し男は警戒すらしなかった。
    幾重にもかけられている保護魔法にも、引っかからず意図も簡単にすり抜け、司は男に見つかった。
    保護魔法に追い出されなかったのは、この耳飾りのおかげかもしれない。
    普通なら怪訝な顔をされても仕方がない状況下で、男は毛ほどもそんな視線を送ることは無かった。
    それどころか優しく話しかけてきた。

    『君はお転婆だね、付いてきてしまったのかい?』
    言葉を交わすことの出来ない相手に、男は微笑みながら話す。
    返事を出来ないことが心苦しい。
    偵察の意味がなくなってしまうからと黙った。
    気まずいという感情が司の心を蝕む。

    それはそれは楽しそうに、けれどとても寂しそうに男は笑いながら司の手を引く。
    相手にはタツノオトシゴに見えているはずなので、手を引くという表現は適切では無いかもしれない。

    それでもあんな目先も見えないような闇の中で息を押し殺すように保護魔法によって匿われてるのがおよそ似合わない程に、男はおしゃべりが好きなようだった。

    返事のない会話に違和感を持っていないのか、男はただ見かけたものに関する知識を披露している。
    この海藻はとても珍しいだとか、もうすぐサンゴが産卵するから見るといい。
    あれはまるで陸で言う雪みたいで綺麗だとか。
    陸でみる雪は冷たくてもっと面白いんだ、とか。
    指を指し、説明する様を司はただ見つめた。
    男は物知りなようで司も知らない海の話をいくつもしてくれた。
    司は相槌のひとつもすることが出来ないのがもどかしかった。
    もっとこの男の話を聞きたい。
    そう思うくらいには博識という表現が良く似合う。


    だが同時にあぁ、なんと孤独なことだろうと思わずにはいられなかった。


    それがこの男にとって普通なことなのだと。
    それが意味する孤独に気づいた時にはもう、二人はほかのタツノオトシゴたちがいるような海藻の辺りについていた。

    じゃあ、もう来てはダメだよ?と去って行く背中は間違えなく城の前で確認した男と同じものだというのに目が離せなかった。
    男は色とりどりの魚たちにも引けを取らない美しい紫の髪が特徴的で、黒々とした脚がどうしても目立つ。
    その右耳では海月の耳飾りが光っていた。
    水の中で揺らめく金の装飾が美しい。
    片耳なのが勿体ないと思うくらいには男に似合っていたし、もう片方の耳は寂しそうだ。、
    自分が今握ってるこれをつけたら、この男は一体どんな顔をするのだろう。
    ただの興味本位だ。
    司と違い、今の男は服も着ていない。
    城の前でレンと話していた時にみにつけていた派手な服はやはりショーをするための衣装なのだろう。
    上背のあるスラリとした男はきっと何を着せても似合うだろうなどと、関係の無いことまで考える始末だった。
    そもそも服などこの海の底で必要では無いのだ。
    役目を終えたリンの耳飾りは光を失い、手の中で収まるそれはもうただの金の装飾品にしか見えなくなった。

    この耳飾りの魔法だけがあの男と自分を繋いだ証だった。

    ひとりぼっちのあの男の声が耳に残っている。

    頭の中で軽やかに滑り落ちていくような、耳障りの良い落ち着いた高い声。
    ひょっしたら司の方が声が低いかもしれない。
    また聞きたいと、そう思わせるような声だ。
    その時、きっと司は絆されてしまったのだ。
    ちょっとくらい信用してもいいかもしれないと、そう思わされてしまうほどに魔女は思っていたよりも大分孤独で、優しそうな人物だったから。


    だがあれはなんだったのだろうか。



    再び耳飾りを使って司は男と再開した。
    とは言っても、男にとって司は初めてみる存在だったに違いない。

    息すら忘れてしまいそうなそんな感覚だった。

    目が合っただけで司の胸は焼けるように熱くなった。
    暗闇のなか、表情のない金は狂気に満ちるような飢えを感じた。
    それもつかの間、満たされるように嬉しそうな表情に変わり、輝きが増した。
    その金色の瞳に司もまた目も奪われてしまったのだ。
    あとから付けられた灯りですら妖艶に魔女を照らす。
    その姿は明らかに魔女ですと名乗り出ているようなものだった。

    魔女に
    人間に擬態する薬に


    未知の体験にワクワクしないといえば嘘になる。
    連れてきていた妹達も半信半疑ながら、希望に目を輝かせている。
    だがその反面司の脳はどこか冷えていた。
    冷静に、客観的にその物事を捉えることが司はあまり得意ではない。
    それでも冷静になってしまうほど周りの方が熱されている。
    得てしてこういうものは周りが自分より熱されていると覚めるものだ。
    それはまるで美酒のようだった。
    魔女がもたらす美酒に寧々もえむも自分でさえも酔っている。
    魔女はただグラスにそれを注ぐだけ。
    何が目的かすら客人は見極めることは出来ない。
    それでも酔いが覚めてからきっと気付いてしまう。

    優しく、甘い言葉で、毒を盛る。

    陸がどんなところか、少なからず魔女は知っているだろう。
    でもこの男は教えない。
    自分たちの目で見極めてこいと言うだろう。
    そこに待つ恐怖も、素晴らしさも何もかもこの男は楽しむだろう。
    ただの娯楽として愚かな王子と姫たちに薬で脚をあたえて、ただ傍観するのだ。
    どう転がろうと知る由もない。
    それこそこの男にとっては関係の無いことだ。

    魔女はいつだって他者の望みを叶えるふりをして、優位に自分の望みを叶えるためにその力を奮うのだ。
    この薬をなんのために作ったかなど、想像に難く無い。
    だから、要件も言わず尋ねてきた司に対し男はこう言い放ったに違いない。

    『聞けば人間の足が欲しいんだってね!』

    嬉しそうに薬を手渡す姿は物語に出てくるような魔女によく似ていた。

    あぁ、やはり魔女なのかもしれないと思う反面、男を信じたい気持ちがどこかにあった。

    目の前に広がる情報とそんな葛藤とが混ざりあう。
    男の薬は喉を焼くほどの刺激物のように感じた。
    口にした事の無い甘さに顔を顰める。
    それでもそれが予想していた苦いものとは程遠く、海では決して味わえない物珍しい味だった。
    その事に悪くないと言えば男は面を食らっていた。
    半信半疑だった司の尾鰭はみるみるうちに光だし、泡に包まれる。

    司の目から見ても男の薬は素晴らしかった。

    最初は鱗が残ってしまったりと一悶着ありはしたが、司の足は人間と遜色ないものに変わった。

    それを見たえむや寧々の驚きようといったらなかった。
    えむは嬉しさのあまり男も一緒に陸に行こうと誘い出す始末。
    寧々でさえも期待に胸を躍らせているようだった。
    袋にパンパンに詰められた薬の山を受け取る。水の浮力を持ってしてもそれは随分と重たかった。
    薬を受け取る際に男は魔法で3人に服を用意してくれた。
    姫達は元々着ていたドレスの丈を長くし、マントと靴を与えた。
    男はなんでもないように『ああ、そうだ……』とついでに乾燥魔法を教えてくれた。
    陸では当然、服を濡らしたまま着ることなどない。
    海での常識は陸での非常識だ。
    それくらいは陸についてほぼ本でしか学んだことの無い自分たちでも理解しているつもりだった。
    既に足が出来上がっている司にはスラックスというものを与えてくれた。
    どうやって穿くのだろうと考えあぐねていると、見兼ねた男はふふと笑って見せた。
    水の中でパチンと音がした。
    なんの音かと思えば光が散った。
    男にとっては些細なことだとしても、あまりの一瞬の出来事に司は瞬きもすることが出来なかった。
    水の泡が一瞬ランプの灯りに揺らめいて自分を包む。
    それが無くなると驚くことに手に持っていたはずの紺色のスラックスが穿かされており、なにやら装飾もされている。
    マントは邪魔になるからと手に持ったままだった。
    靴が履かされた足が少し重く感じる。
    これには三人ともわっ!と小さな声を上げた。驚かないわけが無い。

    これはまるで城に来ている人魚や魚たちの遊戯を見ている気分だった。
    綺麗で楽しげでずっと目が離せない。
    そこで見ている者全てがみなそれを楽しげに見ている。
    司は遊戯が好きだった。
    これをショーというと知った時は一座が次に来るのはいつだとしつこいくらいに聞いた。
    普段は中々合わせてもらえない病弱な妹もその時ばかりは家族と肩を並べてショーに見入る。
    司はその光景が好きだった。
    キラキラと目を光らせた妹達の顔が司は何より好きなのだ。
    それは同時に憧れでもあった。
    王子でなかったら自分も街や外であの人魚達のようにショーをしてみたい。
    自分もあの舞台に立って踊ってみたい。

    そう思ったことは一度や二度ではなかった。

    咲希にせがまれる様に真似事をしては羨ましいと心から思っていた程だ。
    自分にはもうこの国で残された時間は子供の頃から決まっていて、そんな夢など追うことは不可能だと分かっているのに。

    さあさ!と背中を押されて住処から押し出される寸前。
    このまま陸へ行けばもうこの男との繋がりがなくなってしまうと、そう思ってしまった。
    そんな繋がりなど無いほうがいいに決まっている。
    寧々ですら司の表情を見てどことなく不審そうな顔をしている。

    だがもう止まらなかった。

    咄嗟に振り返り、司は男の手を掴んでしまった。

    自分と何ら変わらないその腕が、男をとても弱々しく見せた。

    城へ招待など出来るはずがない。

    自分の台詞が頭の上を滑っていく。

    魔女を連れてくるなどまるで御伽噺をなぞるようなものだ。
    自分は国のためにこの国から出ていく身だ。
    国の品位を損なうような要因にはなってはいけない。
    魔女かもしれない男を城に招き入れもてなすなどあってはならないのだ。
    もしもの事が起これば司だけでなく姫や王、女王すら危険に晒すことになる。
    何も無かったとしても、魔女と疑われればこの男すら危険に晒す事になる。

    わかっているに言葉は止まらなかった。

    それくらいなんの情報もなく、未知であるが故にわざわざ探させ、偵察までした。

    『全ては妹の願いを叶えるため』などと言っておきながら、興味引かれた陸という淡い夢物語と、この男を知りたいという醜い欲からだ。

    ただ一度。
    そう決めて、陸を見て諦めたかったはずだった。
    やはり海は素晴らしいと、えむに言い聞かせ二度と行くことのないようにしたかっただけだった。
    淡い夢などすぐ覚めると、自分に言い聞かせたかっただけだった。

    この男の声をまた聞きたい。
    そう思ってしまったことすらも陸に置いていきたいと司はそう思っていたのに。

    思考とは裏腹に司は必死に引き止めてしまっている。

    少し困ったような、そわそわした表情の男を射抜かんばかりにじっと見つめた。

    おずおずと男はあるものを司に要求した。

    礼などいらないの一点張りだった男から出た、ある意味本音のようなものかもしれない。

    それを聞いた時、司は確かに舞い上がった。


    『任せてくれ!』


    勢いよく妹達を連れて男の住処を後にする。
    人間の足となった尾鰭は皮肉なことに普段の司のそれよりも泳ぎやすい気がした。

    もう男から目を背けることは出来ない。
    司は本能的にそう思った。

    高揚した頬に仄めかされた。
    炎が揺らめくような熱を帯びた瞳が息すらわすれさせようとしている。

    わかりやすいほどに、この男に強烈なまでに求められている。
    そして同時に、求めている自分がいる。

    人より多少鈍いと言われる司ですら分かるその熱烈な視線がどうにも頭から離れない。
    純粋な好意への気恥しい気持ちと、それほどまでの男の孤独の色が酷く気になった。

    『何、簡単さ。』

    それともただ、岩場の洞窟のような空間に広がる闇があの男の美しさを余計に引き立たせ、司の意識を惹き付けたのだろうか。




    『戻ったら僕にお土産話をしておくれ。 陸は君達にどう写ったか、僕はそれが知りたい!』




    そんなことを言われたせいだろうか。

    男の冷たい腕を握っていた手を司は見つめて思い出す。
    孤独な男の、またここに来て欲しいと言う願いに司は微笑む。

    ああ、やはりあの男は魔女かもしれない。

    いつだって魔女というものは魅力的なのだ。
    傾国の魔女は何も海の底だけではない。
    長い歴史の中で陸でも国を傾ける絶世の美女をそう表現する事は少なくない。
    微笑む男のあのこがれるような視線。
    それを向けられただけで司はまるで愚かな王になった気分だった。
    そう思わせるほどにあの男が忘れられなかったのだ。
    もしかしたらあの男も司と同じ考えかもしれないなどと、意味の無い妄想に心を震わせた。




    陸に上がってからも、司の脳内はあの魔女に囚われている。



    司の後を追うように薬を飲んだ妹達の尾鰭が光り輝き、人間の脚になったことにも気づかないくらいには魔女に酔いきっていた。

    それから3人して歩けるようになるまで数刻かかることをこの時は誰も知る由もなかった。






    𓂃◌𓈒𓐍‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍‪ 𓈒𓏸‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬



    陸にあがって早数時間。
    夜はすっかり明け、辺りがだいぶ明るくなった頃。
    運動神経の差か、体の軽さの差か。
    先に歩けるようになったのはやはりえむだった。
    今や信じられないことにあれよあれよと走り回っている。
    もはやあらゆる意味で大丈夫かと聞きたくなるがえむは通常運転、と言ったところだ。
    さすがは天真爛漫という言葉を通り越して破天荒という言葉の似合う姫だと、我が妹ながら思う。
    新しいことに躊躇なく挑戦し成功させるその天才肌は魔法だけではないようだ。

    その一方で寧々は酷く辛そうな顔をしながらようやく歩き始めた。
    先に歩けるようになり始めた司が手を引く。
    エスコートに応える様はさながら海の王女そのものだと言うのに、笑顔はない。
    むしろ青ざめている。
    もう濡れてないはずのドレスが酷く重いらしい。
    濡れていた時は海から這い上がらことすら出来なかったという。
    確かにドレスは長くなっているし、靴は司でも重い。
    マントや薬を入れたカバンを掛けていることを加味してもだいぶ身体は重いだろう。

    『寧々、少し休むか?オレが荷物も持つぞ?』
    荷物を受け取ると、それはそれでバランスが崩れるらしい。
    ふらりと倒れかける寧々を支える。
    もはや半分意地を張っているようにもみえた。
    『お、お兄様……大丈夫、お兄様にも、えむにできて私に出来ないなんてことは……ない、と思う、から……はァ、』
    息も絶え絶え、という感じでゼーハーと呼吸が乱れている。
    多少歩けているものの、乱れた呼吸のせいでだいぶ危うく見える。
    明らかに体力値がえむのそれとは違うのだから当たり前かもしれない。

    元々寧々は生粋の箱入り娘である。

    人前では完璧に振る舞う寧々はまさに努力の姫だ。
    だがその実人見知りで大人しい性格なのだ。
    海の中でも暇つぶしにするといえば貝殻を使った遊びや歌うことの方が多かった。
    舞も少しの間なら完璧に踊ってみせるが、直ぐにばててしまう。
    体力がない分他は完璧にしようと努力した結果が寧々の今の全てだ。
    活発に泳ぐ様を見た事があるかと言われれば、答えは明白である。
    どちらかと言えば淑やかに座っていることの方が似合う姫だった。
    片や正真正銘の姫でありながら城下だろうとどこだろうと出掛けてしまう困った姫がえむだった。
    知識、教養は少しばかり欠けているがそれを補ってしまうほどの魔法のセンスがあった。
    寧々も魔法や能力があるが、えむのそれはまさに天賦の才という部類に入るだろう。
    じっとしていられないので落ち着きがないが、それでもえむは持ち前の明るさで民にも愛される存在だ。
    そんな二人を一括りに当て嵌めるのはいかに酷か、兄である司はよく分かる。
    それがたとえ体力という点であっても、根本的に二人は全く違う才を持った人魚なのだから。

    秀才と天才とでは『才能』という点においても天と地ほどの違いがある。

    みんな違っていて当たり前だということは才能に感化されたもの達は気付かないし理解は得られない。
    少しでも型から外れればそれは批判へと変わるのだ。

    司はそれをずっと味わってきた。

    兄でありながら出来損ないである司は丁度良い比較対象だったのだろう。
    才能の欠片も存在せず、王位継承権もないも同然だ。
    英才教育を施されても、講師の方がやる気が明らかになかった。
    今の司からは考えられない程、幼い司はただの出来損ないでしか無かった。
    どれをとっても二人に勝てる要素など初めからないし、勝ちたいなどと思ったことも無い。
    そもそも同じ舞台にすら上がるこは絶対にないのだ。

    それでもただ愛おしい妹たちの恥にならない為に、そう思って今日までにいたる。

    比べるのも本来烏滸がましい事だ。
    だが民たちから見た今の司はそうでは無い。
    王族でありながら労働に勤めている司はとても近い存在だった。
    民に近いところで働き、時には城下の視察で様子を見回り、姫達のためにと環境作りに務めてきた姿は民にとってとても好ましいものだったのだろう。
    幼い頃の批判は打って代わた。
    二人を差し置いて後継者になるに違いないと言われることもあった。
    民たちにとって司はそれだけ王の器だと思われていた。
    王族と言うだけで一括りにされているのだから、そこに司の立場の低さなど民には関係の無い。

    それが誰より面白くないのはきっと寧々だ。

    優しくて、ちょっと恥ずかしがり屋の寧々は人前に出ることが苦手だった。
    今思えば年頃だった事もあり、塞ぎ込んでいたのだ。
    それだけ周りに比べられてもみくちゃになっていたのだろう。
    幼い時から上からも下からも比べられてきたのだから無理もなかった。
    ただ単純に城という箱から出られなかっただけの寧々よりもほかの二人が目立っていただけだと言うことはもう流石に寧々もわかっている。

    寧々はほかが完璧ゆえに一目置かれる存在であったが、人見知りが激しいため民たちとの交流は少ない。
    お転婆で何かと目立つえむや、そのえむの世話や環境づくりのために民たちとの交流に勤しんできた司の方が話題に上がりやすいのは自然の摂理と言うやつだ。

    そのため寧々のコンプレックスは今でもなお、自分の内気な性格とえむや何かと話題に上がる司と比べられることだと言うことを司は知っている。

    意外と負けず嫌いのきらいがあるのだ。

    だがそれ以上に寧々は妹想いのいい姉である。

    姉として妹を助けてあげられる立場にありたいという気持ちが今の寧々に意地を張らせている。
    だが意地を張ったところで歩けるようにはならない。
    ようやく歩けると言っても司のそれよりもおぼつかない足取りにどうしたものかと考えあぐねて空を見上げた。

    青い空がどこまでも吹き抜けている。

    『お姉様〜!お兄様〜!』

    そんな事をしている間に当たりをぐるぐる走り回っているえむが手を振りながらこちらに向かってくるのが砂浜の端から見えた。

    どんどん勢いよく司の方へと加速してゆく。

    気付けばもう目と鼻の先、というところでそれがまだ加速されていることに気づく。

    『うわぁぁぁ!待て待て待て!だから突っ込んで来るなッ!!』

    咄嗟に寧々を避ける。
    『わっ!』
    腹部に思いっきり突進してきたえむを抱き留めた。
    後ろに倒れはしたが、誰にも怪我がないようだ。
    えむに関してはよくもまぁそんな速さで走れるものだと逆に感心した。

    『わわー!!お兄様ごめんなさい!』
    依然押し倒されたままではあるが、自分でも止まれなくなったのだと素直に謝っているえむを落ち着かせる。
    いいから退いてくれ、と言えばえむはすぐにどいた。
    海の中では全くどかない癖に。
    少し寂しくも思いつつ、陸では海よりもダイレクトに重みを感じるので正直有難かった。

    『二人とも、怪我はない……?』
    後ろに避けていた寧々が手を差し伸べてくれたが、今にも倒れ込みそうな寧々の手を掴むことはさすがに出来ない。
    優しい妹で兄としては嬉しい限りだ。
    だが、寧々はそれよりも歩くことをどうにかしなくてはいけない。

    『とりあえず、歩行はどうにかなりそうか?』
    寧々はもはや諦めた顔で魔法で流木を杖に仕立て上げる。

    『足が悪いということにして杖をつくというのは……だめ……かな……』

    寧々の目はもはや遠くを見ている。

    なんとも言えない抜け落ちたような表情にその諦めが滲み出ている。
    薬の本数を考えるに、三人が陸に入れるのは持ってあと4時間。
    それまでに少しでも陸を楽しむためにはもう浜辺を歩くという段階を終えたいというのが司の考えだった。
    何せ最初で最後の、大冒険なのだ。
    咲希を連れていきたいえむには悪いが今後陸へ来ることは無いだろう。

    それは寧々もわかっている。

    仕立てられた杖はタツノオトシゴやサンゴを模した金属に真珠の飾りがほどこされており、本体は綺麗な臙脂色をしている。
    年頃の娘が使うには本格的というか、随分しっかりした杖だ。
    これでは父上がつかわれている槍のようだ。
    そう思いつつも、寧々は気に入っているようなので何も言うまいと司は口を噤んだ。

    とりあえず慣れるまでは杖をつく事にしておけば素材は流木なのでいつでもバラせると豪語している。
    お願いだから街中では魔法を使うんじゃないぞ、と念押しする。
    我々に当たり前でも陸ではそうとは限らないのだ。

    『ええ?!お姉様!尾鰭痛めちゃったの?!肩つかまる?』

    『怪我はしてない、から大丈夫。』
    早々に1人走りまわれるようになってしまったえむは、未だに支えなしには歩けないという現象がいまいちピンと来てないようだ。
    寧々が尾鰭を痛めたのかと本気で心配している。

    『もうそれで行くしかあるまい。』

    寧々には杖をつく姿は些か似合わないが、もうなりふり構っていられない。
    ご令嬢が優雅に街を散策している姿に見えなくもない、と脳をすり替える事にした。

    『お兄様もいる?』

    少しだけ歩き方を模索して、これなら行けそうと少しだけ余裕が出てきたようだ。
    司のことも気にかけてくれているらしい。
    『いや、それには及ばん。』
    それらしい流木ならまだあちこちにあるが、それらはもう目に入らなかった。

    もはやあんなに気になっていた男のことなど頭の隅にすらもない。

    『お兄様〜!!!お姉様〜!!早く行こう!』

    浜辺に飽きたのか、奥へと続く道の入り口まで走っていったえむはちぎれそうな程にぶんぶんと手を振っている。

    『杖などついてたらあれを見失うだろう……』

    我らが可愛い妹を横目に海を眺める。
    広がる海を陸から見るのは初めてだ。
    青いそれよりも今の自分の顔は青ざめているだろう。

    早く、帰りたい。

    『……えむは任せます……』

    なるべく別行動を取らないようにしなくては。

    そうは思いつつも、寧々を待つ気は無いと見えるほどの興奮したえむはもう誰の手にも負えなかった。

    むしろ今まで負えたことなど1度もなかったことを司は思い出した。
    海の底でも陸でも結局こうなる運命にあるのかもしれない。

    『もしもの時の薬はお前が持っていろ。オレはえむの分の薬も持っておかなくてはならん。』
    一刻に一本ずつ飲む薬とは別に渡されていた小瓶を確認し、寧々にきちんと持つように言った。

    あれに薬を飲ませる役は絶対に自分だ。

    そしてそれをできなかった時はえむだけでなく、司も一貫の終わりに違いなかった。
    常に行動を共にしているものが一人だけ人魚とは考えにくいからだ。
    杖をつき、ついてくることが困難な寧々は別行動となる確率が高い。
    緊急用の薬を持たせておけば寧々だけでも海に返すことが出来る確率が上がるかもしれない。
    保険はあるに越したことはないのだ。

    寧々は未来の女王なのだから。

    『えむ、頼むから兄の元を離れるなよ?!』

    『はーい!』

    重たい薬の瓶が無くなるまであと4時間。

    浜辺から続く道無き道はやがて木の階段のような段差が施された道に変わる。
    生い茂る木々ですら、俺たちには全てが見慣れないものだった。
    澄んだ空気が、風が肌を撫でるように吹き抜け、マントのフードがパサリと落ちる。
    浮くことも出来なければ、体は酷く重たく感じる。
    水の中とはやはり何もかもが違うのだと思い知らされる。

    振り返ればもう海すら見えなくなっていた。

    こんな光景は初めてだ。

    『お兄様、道なりに来ちゃったけど、大丈夫、かな、』
    寧々は少し不安そうに杖をつく。
    確かにだいぶ歩いたが、周りは木々しかないように思える。
    そもそも海の横は街という発想がいけなかったのかもしれない。
    街に出なければ人にも会わないのでは無いかと言うほどここは静かだ。
    微かにする甘い匂いを頼りに歩いていく。

    『とりあえず街を目指す事にするが、街って、どこなんだろうなぁ……』

    ふと、考えてみれば確かに無謀な作戦だったかもしれない。
    なにせ三人は陸について何も知らないも同然だったからだ。
    あの男を探し出した時は入念な策を協力してくれたレンと講じたのに。
    そのレンでさえ、陸についてはあまり知らないと語っていた。

    だと言うのに何も司もまた、何も知りもせずなんの策もなく目の前の未知に飛び込んでしまったのだ。

    せめてあの男に街はどこにあるか等、最低限のことくらいは聞いておけばよかった。
    あの男が知らないわけが無い。

    『あたしわかるよ!あっち!すごくいい匂いがするもん!』

    そんな司を励ますように大丈夫!と言ってのける妹が今はなんだか逆に頼もしく思える。
    もはやそれは勘でもなんでもない。
    ずんずん進んでいくえむを追いかけるように司と寧々も足場のあまり良くない道を進んだ。

    『待ちなさいえむ!ちょっとだけ待って!不安しかない!』

    不安といえば確かに不安だったが他に道はない。
    着いていく他選択肢がそもそも存在しないのもまた事実だった。
    冒険といえば聞こえがいいかもしれないがこれでは遭難ではないか。
    街につかなければここまで来た意味が無い。

    だが三人の不安はそれだけではなかった。

    『陸の硬貨は持ってきたが、使えるのだろうか……』

    『ていうか私たちの言葉って通じるてるの……?』

    陸は何もかもか未知だ。

    それはなにも景色だけに限ったことではない。

    情報も何もかも基本的に遅れて海の底にやってくる。

    今手にしているこの硬貨がいつの時代のものなのか、はたまた現在も使われているのかそもそもこの国のものなのかどうかすらも司をはじめ誰も分からない。

    そして何より三人が違和感を持っていたのは紛れもなく自分達から発している言葉自体だ。

    今話しているこの言葉が、人間と同じわけが無い。
    海の中で聴こえるようになっている言葉が、水を伝わない陸で通じるわけが無いのだ。
    そもそも人間の擬態薬を飲んでから三人の言葉の音が違う。
    通じなくはないが明らかに声帯の差と水のない場所での音の広がり、そして、聴覚の差が関わっているに違いなかった。

    人魚と人間はそれだけ別の生き物なのだ。

    つまり、今話している言葉は声帯の変化により無理やり出している人魚の言葉であり、陸の言語ではない。

    恐らく人間と会話をすることは出来ないということである。
    司は陸の字を習得している為、紙のひとつでも持っていれば意思疎通程度は出来たのだろうが所持品には生憎そういったものは無い。
    そして陸では紙というものがどれだけの価値を見出されているのかが分からない為、安易に入手出来るかどうかさえも司には分からなかった。
    かくなる上は地面に書くか、どうにか身振り手振りで意思疎通を計るしかない。

    『陸の言葉を読む機会はあっても言う機会はないからな……基本的には遠くから見て回るのがメインになりそうだな』

    『うーん、あたしも陸の言葉はよくわかんないけど、でも通じると思う!だって本とかではよく人間と人魚がお話してるよね?』

    どこまでも前向きな返答がこんなにも不安を煽ることはない。

    『それはおとぎ話だ……妹よ』

    えむは楽観的に捉えたが、言葉が通じないということは非常に困るのだ。
    その危機感がわかる寧々は固唾を飲んだ。

    話せないと何をするのも不便であることは間違い。
    陸の人間たちにとっては王子でも姫でもないのだから助けてもらうことも期待はできない。

    『それにしてもこの匂いすっごく美味しそうっ!お腹も空いたし、あたしお買い物したい!その硬貨が使えるかも知りたいな!』

    えむは無邪気に笑った。
    だが、その買い物とやらができるかは正直なところ司にも分からない。
    きらりと光る硬貨がどのくらいの価値を持っているかなどその時代や国で大きく変わるものだと記憶している。

    『だがしかし、この硬貨はそもそもこの国のものか?』

    『わからない……海は硬貨なんて使わないし。』

    『基本的に装飾品だもんね。陸から落ちてくる金属、キラキラしてあたしも好きだよ!』

    海に落ちてくる硬貨は確かに太陽の光を反射して綺麗に見える。
    同時にすぐに色が変わってしまうものも少なくない。
    綺麗な色を保った硬貨は海では装飾品のような扱いで実は至る所に飾られていたりするのだ。
    加工の難しい宝石よりも手軽に好まれているものだった。

    『ふふ、えむは……どこでも生きてけそうだね。』
    そんな能天気な妹に救われているのは司だけではいようだ。
    ここに来て初めて寧々が微笑んだ。
    未だに時折足を引きずるような様子が見られるが、浜辺で練習をしている時よりもだいぶ歩けるようになっていた。

    かくいう司も歩くこと自体には慣れてきた。
    少しであればえむを追いかけることも出来そうだ。
    とはいえ、急斜面や足元の危ういこのような場所ではなるべく走りたくないというのが正直なところだった。

    『あたしもちょっと陸は怖いよ!でもそれ以上に面白いことも沢山あるって思うの!それにね、お姉様とお兄様が一緒だから陸も怖くないよ!』


    『えむ……!』

    『絶対、絶対帰ろう、3人で。』

    『あー!!!!』
    突如叫び出したえむは下の方を指さした。

    道なりに進んできた三人の目に、初めて開けた場所が見えた。
    溢れんばかりの光が木々をかきわけるように降り注ぐ。

    そこには見たことも無い光景が広がっていた。

    『今度はなんだ……?あっ……』

    それはどう見ても、三人が求め歩いた街だった。

    『うそ、本当にあったんだ……人がいっぱいいる…』

    沢山の人間が買い物をしている様が上からよく見える。
    幾重にも広がったカラフルな屋根が。
    補整された煉瓦の美しい模様を描いた道がとても美しかった。
    人々の服も、寧々やえむの服によく似た重厚感のあるもので二人が浮くようなことは無さそうに思う。
    比較的二人のドレスは色鮮やかなところが気にかかるが司も身につけている茶色のマントがそれを違和感なく隠していた。
    華美な装飾もしていない二人はどこからどう見てもいい所のご令嬢がお忍びで街に来た風に見える。
    ただ一つ問題があるとしすればそれはどう見ても髪の色だ。
    二人の美しい髪色に似た人間など誰一人いない。
    かくいう司も似た髪の色はいなかった。
    同じような金髪はいても、毛先にかけて色の変わる髪など人間界には居ないらしい。
    気にしたことは無かったが王族でも司と咲希にしかそのような髪色は見かけられない。
    どこまでも愛らしい咲希と違い、あまり面白みがないと思っていたが割と特殊なのだろうか。
    えむに至っては瞳の色すらいないかもしれない。
    二人の綺麗な海や珊瑚の色はまさに海の愛し子だとさえ思った。
    二人によく似合っているし、そんな二人を司は目に入れても痛くない程可愛がっている。
    本来は隠すなんて勿体無いとすら考えているが、こういった非日常下で目立っていい事があるかと言われれば答えは明白だった。

    だが自分はともかく、二人ににフードを四六時中被せるなどできるのだろうか。
    そう考えているうちにこのフードのついたマントが自分たちへの気遣いだと言うことに気がつく。

    『これが、人間の街……』

    男の髪の色も色鮮やかなものだった。

    きっと男自身フードをして街を歩いているのかもしれない。
    そう思うと、小さい気遣いが身に染みるように思えた。
    それならそうと、歩くという行為には訓練がいると言うことも教えて欲しいところではあったが。
    冒険には困難や試練が付き物であるというのは御伽噺でなくとも付き物なのかもしれない。

    『すごーぃ!ねぇねぇお兄様、お姉様早く行こう!』

    早速走り出したえむのフードがパサリと落ちた。
    なるほど、不可能とはつまりこういうことを指しているのかもしれない。
    司は思う他無かった。

    『待て待て待て!いきなり突っ込むやつがあるか!』
    急いでえむを追いかける。
    掴めそうで掴めない腕にマントが靡いた。
    司は咄嗟にマントを掴み、引き寄せるとえむは正気に戻ったのか大人しく捕まったので再びフードを深々と被せた。

    『そうだよ、えむ。まずなるべく人とは話さないこと。』

    『まずは旅人を装って遠巻きに見て、この硬貨が使えるのかも観察するとしよう。』

    『とりあえず沢山持ってきたからひと袋ずつお前たちにも渡す。ある分は使っても構わんがなるべくトラブルには巻き込まれないようにしてくれ。』

    『はーい!』

    『えむ。くれぐれもオレたちから離れないでくれ。出来れば寧々も。』

    『私はまだちゃんと歩けないから着いてけなかったら大人しく座って待つ。だからお兄様、絶対えむと一緒にいてください。』

    『言ったそばからなんで消えるんだ!えむーーー!!!!』

    一目散に走り去る妹を追いかける事しか出来なかった。

    『あっ、お兄様、まっ……はぁ、早い……』
    視界から寧々が消えても、立ち止まっている暇などなかった。

    『待て待て待て!寧々がまだ来ていない!待たんか!うあっ!』

    えむは呼び掛けに応じるよりも前に急に止まった。
    思わずぶつかりそうになりながら、何とか立ち止まる。
    えむは振り返ると木々の間を指さした。

    『ねぇねぇお兄様!あのお城なんだろう?』

    城だと、えむが指さす方角に目をやる。
    寧々の控えめな掛け声が遠くから聞こえた気がした。


    『話を……って……』


    目の前に現れたのは今にも朽ち果ててしまいそうなほどボロボロとした白い建築物だった。

    その佇まいは海の底にある自分たちの城に確かによく似ていた。

    鈍く光るステンドグラス。
    貴金属で装飾されている扉は司の部屋のものによく似ている。
    掲げられた十字架がその建築物の中央に掲げられており、黒い木でできた門はもう原型を留めていない。
    柵は地に落ち、崩れていた。
    時代に忘れ去られたかのような、そんな佇まいだ。
    こんなにもボロボロなのに司にはそれらが酷く神秘的だった。


    『……城……?』

    後からやっと追いついた寧々も、えむと同じように城とそれを表現した。

    『お、お兄様……?!』

    海から人間の街よりも先に現れたその城の扉に司は思わず触れた。

    もう海は遠く離れたはずなのに扉を開けた瞬間。

    ふと、海の香りがした。


    『……いらっしゃい。』



    中に居たのは白髪の少女だった。





    𓂃◌𓈒𓐍‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬𓈒 𓂂𓏸𓂃◌𓈒𓐍‪ 𓈒𓏸‪‪𓂃 𓈒𓏸◌‬


    ちゃんと続きます!!
    pixivにも一話目だしてるのでよかったら見に来てください!
    加筆修正等してます!
    修正終わったら二話目も追加予定です!
    次回4話頑張って出せるようにしますので良かったら応援してください!
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