泥濘の酩酊命乞いをする男がいた。彼は薄い緑色の額を乾いた地面に擦り付け、大きな手をがたがたと震わせている。実につまらなさそうに、斧を手にした青年がその様子を見ている。
「お願いです!お願いです、息子が待ってるんです、どうか助けてくださ……」
「ッ?聞こえねえよ馬ァ鹿」
無慈悲に言い放つと、青年は凶器を振り下ろした。果肉が潰れるような音と同時に、どす黒い血飛沫が上がる。
そして静寂が訪れた。
「…………」
青年は青い輪郭に縁取られた茶の瞳を空に向けた。今日も忌々しい程に晴れている。早くも死臭を嗅ぎつけたか、砂埃に紛れて禿鷹がゆっくりと旋回している。足元に転がる肉も、いつも通り奴らが処理してくれるだろう。
青年は踵を返し、街に向けて歩き出した。
即物的な快楽を求めて、彼らは酒場に集う。酔漢達の下品な笑い声と、なみなみと注がれた狂水、僅かな吐瀉物の臭い。
火酒と同じ色の長い髪が、青年の視界の端できらめく。女はいつの間にか、青年の横に座っていた。頬を赤く染め、上擦った声で何か話しているが、青年は他人の語る言葉に興味はない。殊に女において、したいのはその身体を割り開くことだけだ。ふと青年の脳裏に、頭をかち割って殺した先刻の男の骸が浮かぶ。殺しと性交はよく似ていた。
女の細い腕を掴んでみると、既に熱く火照っている。
少々面食らった様子で腰を浮かせる女に、ルカは言った。
「なあ、一人にするなよ」
青年は持っていた腕を放り捨てた。その目の前には、片腕のない男。切断面を掌で抑えているが、指の隙間からは止めどなく鮮血が溢れていく。
「ぐぎっ……があっ……!」
「面倒だな。出し渋りやがって」
ふん、と鼻を鳴らすと、青年は斧をゆるく振った。纏わりついていた血がそこら中に飛び散る。
「お望み通り殺してきてやったんだ。もう一本も取られたくなきゃさっさと全額出せ。あんまり遅いと首落とすぞ」
「ひっ……く、くそ……!」
痛みか怯えか、男は手を痙攣させながら懐から金貨の入った袋を取り出す。青年はそれを引ったくると、昨晩抱いた女に対してと同じく、もう興味を失った様子でその場を後にした。
酒を飲んで、女を抱いて、人を殺して、金を奪って、また酒を飲む。その繰り返し。
「何もかも下らねえ」
そう言って笑えるのは、酔っている時だけなのだ。父が殺された日の夜、初めて飲んだ時と同じように、青年は強い酒を呷った。