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    onionion8

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    お風呂でいちゃつく師弟の話

     朝から雨が降っていた。そのせいで外の空気は肌寒い。哨戒とは名ばかりの散策に出ていたアキレウスが拠点に戻るとすっかり身体が冷えていた。
     ぱちりと折り畳んだ傘。銀色をした小さな鍵。扉を開ければ廊下の先に部屋があり、そこでは陰鬱な雨空と違い蛍光灯が白い光を落としていた。アキレウスはブーツを脱いでなかへ入る。
     現代、すなわちマスターの生きる時代が特異点として観測されて、それを調査しにやってきた。そしてその日のうちにさくさくと黒幕を見つけ出し、それを打倒したのが三日前。これはカルデア史上最速の解決ではと気分よく仕事を終わらせたはずだった。
     何しろ今回はギリシャの誇る英雄アキレウスだけでなく、同じくギリシャ最高の賢者であるケイローンが同行者として選ばれた。そのためアキレウスがはりきった、ということも少しはあるが、そうでなくともすぐに片がついていただろう。それほどに、二騎の英霊の力は圧倒的なものだった。
     だが。家に帰るまでが遠足なのと同じように、カルデアへと無事帰還するまでが任務である。ゆえに最後まで気を抜くべきではなかったのだが、トラブルというのは予期できないからこそトラブルと呼ぶものだ。これについてはアキレウスもケイローンもマスターも、カルデア側のダ・ヴィンチや他のスタッフたちも悪くはない。
     そして現状。レイシフトの失敗により特異点へ取り残されたサーヴァントふたりは途方に暮れるのも数分で終わらせて、特異点崩壊までの時をここで過ごすことに決めた。マスターが無事ならあちらでまた召喚されるだろうとの楽観と、現代社会での生活に対する興味が天秤を深く傾けてしまっていた。反対の皿に乗る危機意識や焦燥は、死者である英霊たちにはあまり影を落とさない。
    「ただいま、先生」
     リビングに足を踏み入れながら声をかける。この建物はおそらく特異点のバグ。あるいはただの背景で、住民らしき者はいない。それでもなかまで空っぽなハリボテということもなく、家具もあれば電気水道ガスといったライフラインも生きている。スイッチを入れればエアコンが風を送り出し、ケトルがしゅんしゅんと湯気を吹き上げた。
    「おかえりなさい、アキレウス。外の様子はどうでしたか?」
     だからその一室を拠点に使うことにして、ケイローンとアキレウスは三日前からここに住んでいる。ペリオン山の洞窟よりも整った、けれどカルデアの無機質な部屋よりは猥雑な、ふたりだけで暮らす場所。どことなく足元がふわふわとする感覚に、アキレウスは小さく苦笑した。
    「アキレウス?」
    「いや何でも。外も雨が降ってる以外は昨日と何も変わりない。ただの平穏な街ってだけでしたよ」
     どかりとソファに腰を掛ける。もともとがふたり暮らしの部屋なのか、ゆったりとしたソファは体格のいい男ふたりでも十分寛げるものだった。やわらかな座面に尻が沈む。
    「そうですか。想定通りと言えば想定通りですが、ともあれお疲れさまでした」
     食器も棚を開けばふたり分が揃っていて、有り難く使わせてもらうことにした。アキレウスは差し出されたオレンジ色のマグカップに手を伸ばす。こちらはアキレウス用だとふたりで決めた方であり、受け取ると苦く香ばしい香りが漂った。
     ふわりと湯気が立つあたり、この珈琲は淹れたばかりなのだろう。そろそろアキレウスが帰る頃だと分かって準備をしてくれたのか、それとも自分のおわかりのついでなのか。目の前のローテーブルに置かれた緑色のマグカップは空っぽで、ケイローンは空になった手でそれを持ち上げるとしばしキッチンへ消えていった。
     そしてほどなくして戻ったケイローンはアキレウスの隣に腰を下ろし、マグカップに口をつける。アキレウスもそれに倣ってひと口飲むと、たっぷりの砂糖とミルクを溶かした甘さが口のなかに広がった。それに冷えた身体にじわりとあたたかさが沁みていく。
    「あー、やっぱ先生の淹れる珈琲は美味いな、うん。俺好みの味がする」
    「ほとんどカフェオレみたいなものですけどね、あなたのは」
    「じゃあ先生のカフェオレ美味い」
    「はは、気に入ってくれたなら何よりです」
     まったりとしたひと時。窓の外では雨音が続いている。これではきっと、夜が更けても止むことはないだろう。アキレウスは閉ざされたカーテンをちらりと見た。
     風も出てきたのか窓枠がかたかたと揺れている。言葉がなくなるとしんと静かになる部屋で、英雄の聴覚は外の音をよく拾った。ざわざわと大きく枝葉を揺らす木々。雨樋の端から絶えず地へと落ちる水。耳を澄ましても獣の咆哮らしき声はなく、人間の濡れた足音も近くにはない。平穏な、雨の夜だけがそこにある。
    「なぁ先生……っと」
     ふいとアキレウスが振り返ると思いの外すぐそばにケイローンの顔があった。生え揃う睫毛さえもよく見える。
    「ん……はぁ、ん」
     その距離の近さに思わずどきりとした隙に、ケイローンはさらに距離を詰めて唇を重ねてきた。珈琲の苦味が強く香る。アキレウスと違い砂糖もミルクも控えめな、これはケイローンの好む味だ。それを触れ合う舌にしっかり味わわされながら、アキレウスは手にしたままのマグカップをそっとテーブルの上に置いた。鮮やかなオレンジと緑が使い手と同じく仲良く並んでいる。
    「も、なんだよ、いきなり」
     角度を変えながら何度も舌を絡め合い、離れる頃にはすっかり息が乱れていた。アキレウスはこすられるたびにぞくぞくとする上顎に残るくすぐったさに身をよじる。こうした強引なキスも別にはじめてではないのだが、なかなか慣れるものでもない。それはケイローンといろいろあってそういう関係に落ち着いて、身体を重ねるようになっても変わらない。
    「嫌でしたか?」
    「そういうわけじゃないですけど……」
     もうお互いに裸も欲情しきった姿も見せ合って、今さらたかがキスではある。けれどアキレウスはいまだ心のどこかでケイローンと性欲を上手く結びつけられない。それが自分に向けられるものならなおさらに、現実感がふわふわと宙に浮いてしまう。
    「なに、先生そういう気分?」
     伺うように翡翠色の目を覗き込むと、ケイローンはにこりと微笑んだ。それは熱を孕んでぎらつく雄のものでもない。いつもと同じ、余裕ある大人の笑みだった。ただ濡れた唇だけが艶めかしい。
     アキレウスはやわらかなソファの上で少しだけ居心地の悪さを感じながら、太ももに触れるケイローンの手に目を向ける。拠点のなかでは武装こそはしていないが、下半身の装備は普段とそれほど変わりない。左右の脚に二本ずつ巻いたベルトをぱちりぱちりと外されて、アキレウスの方がそういう気分を煽られる。内ももを軽く撫でてから開かせる、ケイローンの手つきを悶々と思い出してしまう。
    「こんな、とこで……」
     ごそごそと脱がされていくのに抗うつもりはないのだが、それでもベッド以外でこうされるのははじめてのことだった。動けば落ちてしまいそうな、狭くて不安定な場所。のし掛かる男がいつもより大きく見えて、膝を折り畳まれるのに裸の胸がどきどきと跳ね回る。
    「……やはり、ずいぶん冷えているようですから早く風呂に入りなさい」
    「うぉわっ!?」
     頭のなかはすっかりふわふわしていたが、身体までが浮遊感を味わって、アキレウスは思わず間抜けな叫びを上げていた。
    「ちょ、先生なにして……っ」
     見下ろせば先ほどまで座っていたソファの全体が目に入り、見上げればすぐそばにケイローンの気遣わしげな顔がある。背中と膝裏に感じる熱にこれは横抱きにされた状態なのだと理解して、ついでにお姫様抱っこという単語が脳内にポップアップした。ぼわりと頬が熱を持つ。
     英霊が持つ現代の知識にはかなりの個人差があるために、ケイローンがそれを知るかは分からない。けれどアキレウスが知っていてケイローンが知らないはずがないだろう、とアキレウスは思っている。たとえサーヴァントという兵器としてはまったく無駄な知識でも、それこそ現代では男同士がどうやって愛し合うかをあれこれ知っていたように、ケイローンという男が無知なはずがない。
    「おろし……うぁっ」
     だからすべて分かってこの運び方なのだろう。姫扱い、というよりちょっとやってみたかった、というだけに違いないが、何にせよアキレウスの抗議が聞き入れられることはない。97kgを抱えてびくともしないケイローンは、そのまますたすたと歩き出した。アキレウスは安定を求めて思わずしがみついてしまう。
    「そろそろお湯が入った頃でしょうし、今日はいいモノもありますよ」
    「……いいモノ?」
     それなりに広い部屋ではあるが、リビングから風呂までの距離などたかが知れている。諦めたアキレウスがされるがままになっていると、すぐに風呂場に辿りついた。扉を開けるともわもわと湯気に包まれる。
     そして本来この空間でするはずのない甘いにおいを怪しむ顔をしていると、ちょいちょいと湯船を示された。そこにたまったお湯を見ると、ファンシーなピンク色に染まっている。
    「なんだこれ、入浴剤?」
    「ラブベリーポーションと書いてありました」
    「ヤベェ名前してんなー……」
     ようやく床へ下ろされたので、お湯の温度を確かめる。顔を近づけると甘いにおいが強くなった。
     これに入らなきゃならないのか。できれば遠慮したいと思わないでもなかったが、すでに全裸な時点でアキレウスに選択の余地はない。外を徘徊して身体が冷えているのは事実なのだ。
    「ではゆっくりあたたまって……ん?」
    「先生も一緒に入ろうぜ?」
     アキレウスを残し浴室を去ろうとするケイローンの尻尾をきゅっと捕まえる。
    「せっかくだからここも俺が洗いますよ」
     言いながら毛束に軽く口づければ、ぱしりと毛先で頬を叩かれた。それほど痛みのないそれは、拒否ではなく了承の合図であるとアキレウスは理解する。一度脱衣所へ戻り服を脱いでいるケイローンを待つ間、うきうきとシャワーを手に取った。
    「懐かしいよな。昔も先生の尻尾を洗うのは俺だった」
    「そうですね。私としては水に浸ければそれでいい、くらいに思っていたのにあなたはいつもやりたがって」
    「んー、だって先生ケンタウロスの身体じゃこっちまで手が届かなかっただろ? だからこう、先生が自分じゃできないことを俺に任せてくれるってのが子供心にゃ嬉しかったんだよ」
     泡立てたシャンプーを手にまとい、アキレウスはケイローンの尻尾をやさしく梳いていく。髪より少しごわごわとして、その違いを指先で感じるのが楽しい。わしゃわしゃと泡まみれにしてしまうと、髪と合わせてケイローンの身体は半分ほどが泡になる。
    「ふふ、そんなことだろうなと思っていましたよ。ではせっかくですから私も白状しましょうか。あの頃、私の尻尾をよだれでべしょべしょにするばかりの子供であったあなたが自ら洗いたいと言ってくれた時。それはもう嬉しかった」
     機嫌よく笑ったケイローンが尻尾を振ると、ふわふわと泡が飛んだ。アキレウスはシャワーを構えて思いきり栓をひねる。
    「そっ、んな昔のことはいいだろもう!」
    「わ、ぷ、昔話をはじめたのはあなたの方ではないですか」
     頭からお湯を流しかけて泡を落とす。別に忘れたことはないのだが、相手はアキレウスを赤ん坊の頃から知っている、どころか育て上げた賢者だった。昔話は時に地雷原での会話になる。
    「いいから先生は先に風呂に入っててくださいよ」
    「おや、今度は私が洗ってあげる番ではないのですか? 髪と言わず背中と言わず、指の股までしっかり洗ってあげますよ?」
    「だーかーらー、子供扱いやめろって!」
     男ふたりがじゃれ合うにはこの浴室は狭すぎた。渋々といった様子で湯船に浸かるケイローンを尻目にアキレウスはさっさと自分の髪と身体を洗っていく。手にしたスポンジにボディーソープを泡立てて、絡みつく視線に気づかないふりをして、指の股まで洗った身体をケイローンの前に晒す。
    「ほら」
    「ええ、きれいな身体ですね」
     ついと指先で泡をまとった太ももに触れられて、アキレウスは先ほどのソファでのことを思い出した。そういう気分かという問いかけに、ケイローンはアキレウスの身体の冷えを指摘した。けれどその時否定の言葉は添えなかった。その意味を、アキレウスはぐるぐると考える。
    「さぁ、こちらへ。アキレウス」
    「……ん」
     ざぁ、とシャワーで泡を落とし、呼ばれるがままケイローンの待つピンク色の湯に足をつけた。透明度が低いため、向かい合う姿勢で探り探りゆっくり身体を沈めていく。
    「あ」
    「あー」
     アキレウスが身体を沈めていくほどに、湯船の縁から景気よくお湯があふれ出した。それをふたりの男はなすすべもなくただ見送る。そしてすっかり減った湯に浸かりながら、顔を見合わせ笑いあった。
    「まぁ、お湯は足せばいいでしょう」
    「せっかくのラブベリーポーションだったのにな」
    「ああそうでした。それではそちらも足しましょうか」
    「えっまだあるのかよその怪しいの」
     どぼどぼと音を立ててお湯が足されていくのを眺めながら、アキレウスは余計なことを言ってしまったことを悔いる。しかしそんなアキレウスの心情を察してくれることもなく、ケイローンはどこからか取り出したピンクの玉を湯船にぽんと投げ込んだ。あれがラブベリーポーションとかいうものらしい。
     湯のなかですぐに溶けていくそれは、甘いにおいを濃く放つ。もう慣れたつもりでいたものの、アキレウスはその甘さに包まれなんだか目眩がした。じわりと体温も上がっている。
    「先生、これ……」
     ぼうっとする心地で呼びかければ、ケイローンの手はやさしくアキレウスの頬に触れた。そこからも甘いにおいと熱が伝ってくる。ちゃぷ、と揺れる水音がどこか遠い。
    「よくあたたまっているようですね」
    「う、ん……」
     お互いの声が浴室の壁に反響する。いつの間にか継ぎ足されるお湯は止まっていた。胸元まで湯に浸かる身体は落ち着かないほどの火照りを帯びている。
     アキレウスは頬を撫でるケイローンの手を引き離し、その親指に軽く歯を立てた。その赤い痕の向こうにケイローンがにこりと笑う顔が見える。それは見間違う余地もなく、欲を孕んだ男の笑みだった。
    「アキレウス、もしかしてそういう気分になっているのではないですか?」
    「ふあっ……、ん」
     ピンク色の湯のなかで、ケイローンのもう片方の手がアキレウスの胸を襲う。
    「せっかくあたたまったのに、ここはかたいままですね」
     くにくにと乳首をこねられて、身体はいっそう熱を持った。あ、あ、と言葉にならない声がもれ、身をよじってもすぐに湯船に阻まれる。ここが気持ちよくなれるところだと、アキレウスに教えた男の指先からは快楽ばかりが与えられて逃げられない。
    「見っ、てたのかよ、先生のえっち……」
     寒さを感じれば乳首は勝手にかたくなる。それは性感帯として開発されていようがいまいが関係ない。だから気にせずいたものを、今さら指摘してくるのはずるい。弄られる前からつんと尖っていたのを意識して、アキレウスは羞恥と快楽の狭間で身体をくねらせる。
     もしケイローンの申し出にのって身体を洗ってもらっていたならば、ボディーソープでぬるついた指でここを撫で回されていたに違いない。スポンジよりも素手の方が肌にいいとかなんとか言って、ケイローンならきっとアキレウスにそれを信じさせる。
    そして全身を洗われているのか撫でられているのかアキレウスが分からなくなった頃、ケイローンは同じようにアキレウスに問いを囁いていたはずだ。
     発情を、身体に分からせられてしまう。
    「アキレウス?」
     覗き込んでくる翡翠の瞳にはピンクの水面が映って揺れていた。きっとこれのせいでもあるのだろう。甘いにおいはすっかり肌に染みついて、まともな思考を狂わせる。淫らな妄想が茹だる頭を支配する。アキレウスはこくりと唾を飲むと、底の見えないピンクの湯のなかで、お湯よりもなお熱く滾るものを探り当てた。
    「先生だって、そういう気分なの、隠す気ないじゃないですか」
     そろりと握ったものはすでに雄々しく兆している。片手ではとても包み込めない大きさで、どくどくと力強く脈を打っている。
    「それはもう。ですが一応弁明しておきますと、もともとはあなたが風呂から上がるのを大人しく待つつもりだったのです。しかしそんな私もこうして一緒にと誘われて、裸で触れ合っていればこれ以上は我慢ができません」
    「じゃあその……ここで?」
    「あなたがそうしてもいい気分なら」
     ついと顎をとらえられ、唇を啄まれた。漂うにおいがひどく甘いせいなのか、口のなかへ入り込んでくる舌までどこか甘いような気がする。
     離し難くてつい握ったままの陰茎が、アキレウスの答えといえば答えだった。
     こすこすと可愛がるほど質量を増していく愛らしいそれを、ベッドまで放っておけると思えない。水面の上ではただキスをしているだけの恋人が、水面の下ではこんなにも欲にまみれてアキレウスを求めている。それを手のなかで感じると、たまらなく愛おしくなってくる。
    「ああッ、んっ、はぁ……ッ、あ……っ」
     結局湯船のなかでは狭すぎるからと諦めて、けれど浴室を出ていく余裕もないままに、アキレウスは湯船の縁に縋った身体にケイローンを受け入れた。ぱちゅんぱちゅんとローション代わりのボディーソープが卑猥な音と泡を撒き散らす。
     熱い。気持ちいい。ぬるぬるする。思考は単純なものになり、額から落ちる汗にアキレウスは首を振った。自分のなかがケイローンのものを甘く食んでいる。大きく開かされた尻肉に、濡れた陰毛が当たるのがくすぐったい。
    「アキレウス、痛みは、んッ、ありませんか……?」
    「んぁ、へーきっ、けどぉ……おく、は、あァ、んッ」
     ぬちゅう、と限界まで入り込んで奥を犯す肉棒に、アキレウスはたまらず声を跳ねさせた。湿気のこもった浴室のなか、その嬌声はうわんと響いて耳に届く。
    「ひッ、ぅ、んんぅ…………ぁあッ」
     あまり聞きたくないと口を塞ごうとしてみるが、ずるりと抜かれる快感と、再び奥を突かれる衝撃に、ささやかな努力は水の泡となった。背後でケイローンが密やかに笑う気配がする。アキレウスは悔しいような恥ずかしいような、とにかく何か文句を言ってやりたい心地にさせられたが、ぬるつく指で肌を撫でられるとだめだった。開いた口は喘ぐ声しかこぼさない。
    「も、せんせ……、はや、く」
    「ええ、なかで出して、いいですね?」
     熱っぽく許しを乞う声は甘く、アキレウスはその声にすら感じ入る。こんな風に求められ、それがどんな願いだろうと嫌と言えるはずもない。
    「い、ぃ……、なかに、ほし、ッあ、あ〜〜」
     ましてアキレウスもそれを望んでいた。なかをびしゃびしゃに濡らされる、こわいくらいの感覚が、充足感と多幸感ですべて塗り潰されていく。
    「うぁ……、あ」
     恍惚に震える身体から、種を吐き終えたケイローンのものが引き抜かれた。それと同時に栓をなくした穴からどぷりと精液が流れ落ちる。それを勿体ないと思いながら、アキレウスは重くなる瞼に抗った。
     お湯と泡。それに精液とアキレウス。浴室の床には片付けるべき問題がいくつも転がったままでいる。それをケイローンだけに押しつけるわけにはいかなかった。何しろここでしようと最終的に決めたのは、他でもないアキレウスなのである。その責任は取らなければと強く思う。
    「足元、気をつけてくださいね」
    「ん」
    「もう一度、今度はちゃんとふたりで洗いっこしましょうか」
    「うん……んん?」
     手を借りて身体を起こしながら、アキレウスは言われた言葉を少し遅れて理解した。
    「先生もしかしてまだヤリ足りない?」
    「…………いえ」
    「声小さいし全然こっち見ない先生新鮮だな」
     はぁ、とため息を吐いてから、アキレウスはケイローンの身体に抱きついた。思えばこうするのが一番あたたまるとずっと昔から知っていたはずなのに、今日は帰ってから一度もこうしていなかった。
    裸のままで触れ合うと、熱と情欲が伝播する。
    「明日の朝食は先生が作ってくれるなら」
     ちゅ、と唇を重ねれば、もちろんという返事とともに口づけは深いものになった。
     崩壊間近の特異点。明日があるかも分からないと本当は分かっているからこそ、今はただお互いのことだけを求め合える。アキレウスにはもう外の雨音は聞こえない。ケイローンもそうだろうかと甘いにおいに包まれながら考えた。
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    onionion8

    DOODLE今さらまた一人先生の誕生日ネタにたぬきを添えた胡乱な話。富Kのつもりで書いてはいるけどCP要素はあんまりない。
     実家に戻った富永は、忙しいなかでの眠りのうちによく夢を見るようになった。それは今さら国試に落ちる夢ではなく、どこか異世界を旅するような夢でもない。何度も繰り返し見る夢は、懐かしい、T村で過ごした日々だった。吹雪と血。違法な医療行為と警察沙汰。はじまりは凄惨なものであったのに、気がつけば穏やかな暮らしがそこにあった。
     同居を許された診療所。同居人となったその主。起きている時にも時おり思い出しはするが、夢ではいっそう鮮やかに、あの頃のKが目の前に現れる。それは白衣姿であることも、マント姿のこともあるが、そのどちらでもなく、くつろいだ部屋着であることも多い。
     富永がKとともに過ごした八年間を振り返ると、やはり医者としての姿が浮かぶので、不思議といえば不思議だった。どうしてこうも、何でもない日の何者でもない彼を夢に見るのだろう。まだ預かった子も昔の執事も看護師だっていない頃、ふたりきりだった診療所。寝起きのKがぺたぺたと、スリッパを鳴らして歩く姿。あるいは風呂から上がって出てきたKが、濡れた髪をタオルで巻いている姿。
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