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    onionion8

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    腹ぺこレウスくんが先生に魔力もらいに行く話

     誰もカルデアのなかからは出られない。もちろん特異点や異聞帯という例外はあるのだが、そうでない世界は漂白されている。誰かの故郷も家も夢の跡さえも、この世界には残されていなかった。ただカルデアという組織だけが命を繋ぎ夢に手を伸ばし失ったすべての奪還を目指していた。
     だから誰もカルデアのなかからは出られない。生存という大前提が保障されない空白地帯へ出ていく意味は自死以外には存在せず、裏を返せば自死の自由などこの状況では誰ひとり与えられてはいなかった。それはすでに死した身であるサーヴァントも変わらない。
     マスターの剣。それはカルデアの剣であり、ひいては人類史の剣である。召喚された英霊すべてが戦闘に特化した存在ではないものの、その霊基は欠片に至るまで戦いに使われるためにある。人類史を取り戻す。その約束が果たされる時が来るまでは、神霊であれ反英雄であれ何であれ、誰ひとりとして身勝手に消滅することは許されない。
     アキレウスは外へ続く道のないカルデアの廊下を歩きながら、くぅと鳴る腹をそっとさする。
     サーヴァントとは魔力を糧に動くモノである。魔力が尽きれば塵に還る。それは霊核が砕けることとは違い現界が解けるだけではあるが、そうなれば戦いはおろか自力での回復さえもろくにできなくなってしまう。それはカルデアの生活で一番困ることだった。ゆえにアキレウスは魔力を求めてとある部屋へと向かっていた。
     一応の礼儀としてのノックを二回。返事を待ってするりと扉をすり抜ける。
    「せんせー、魔力ー」
     もうきちんと挨拶をするのも億劫で、へろへろとした足取りでベッドへと倒れ込んだ。英雄の意地で廊下まではしゃんとしていたが、ここではそんな見栄を張ることはない。猫のように丸くなろうがぐしゃぐしゃとシーツを乱そうが、ケイローンの呆れた声がやさしく耳を撫でるだけである。アキレウスは片手で切なく鳴る腹を抑え、もう片方の手でベッドに近づくケイローンの手を取った。
    「もう無理……せんせ……」
     ぎし、とベッドが軋んだ音を響かせる。アキレウスの身体に影が落ちる。鎧をまとっていない胸を大きく喘がせて、アキレウスは覆いかぶさる男のにおいをいっぱいに吸い込んだ。
    「ん……ぁ……っ」
     ぞくぞくと感じるものはある。けれどこれでは腹は満たされない。顎を掴まれされるがままに口を開け、アキレウスは喉を震わせる。空気に晒され寂しさしかない口内は、はやくこの空白を埋められる時を求めていた。腹がまたひとつきゅうと鳴る。
    「まったく……何度目ですかね、これで」
     独り言のように呟いて、ケイローンはすぐに唇を重ねてきた。どろりと甘い味が広がる。
    「んぇ、っぁえ……?」
     絡みつく舌をたっぷりと味わわされて、アキレウスは知らない味に戸惑った。ケイローンの味はもう何度も味わい知っている。けれどこんな甘さを感じたことはなく、そのうえ甘さに混じって苦味があるのもはじめてのことだった。
     こく、こく、とあふれる唾液を飲み込んで、アキレウスはほぅと息を吐く。離れる舌を名残惜しいとは思うものの、口のなかはいまだ甘ったるいままだった。腹の底に熱が落ちるのを感じながら、ゆっくりと身を起こす。わずかにふらついたところをケイローンの手に支えられ、ベッドの上であたらめて向き合った。
    「先生、これ何の味ですか」
    「チョコレートですよ。薬草と洋酒入りの」
    「はぁ……今日あれ、なんだったか……そうだ、あの毎年寒い時期の、バレンタインとかいう日でしたっけ?」
     魔力不足は英霊の知識にまで影響することはないが、アキレウスはもともとこのあたりの行事については認識が曖昧なままだった。チョコといえばで思い浮かぶだけで正確な日付は出てこない。だからケイローンに違いますよと首を振られたら、なんだ違うのかと素直に納得するしかない。口のなかに残るかすかな苦味は酒よりも薬草のせいだろうなと思いながら、アキレウスはケイローンがまたひとつチョコレートを寄こしてくるのを受け取った。もちろん手から手へ、ではなく口から口へのことである。
    「ぁむ……、んっ、んぅ……」
    「は……、少し、甘すぎるかもしれませんね」
     溶けていくチョコがすっかり消えても甘さはすぐにはなくならない。どちらからともなく繰り返し口づけを求めて舌を伸ばす。ぬろりと熱く甘い舌。とろけていく時と身体。口内をくすぐられるたび快楽を拾っていると、どこが弱いか知られている、と観念せずにはいられない。
     そうしてじわじわと火照る身体を持て余す頃、ケイローンは唇を離して微笑んだ。濡れた口元が艶めかしい。アキレウスは乱れた呼吸を整えようとしながらも、もっと乱されたいと心のうちでは思っている。それを見透かしているのかいないのか、ケイローンの手がアキレウスの腹を軽く撫でた。
    「あなたがいつも腹を空かせているので、少しでも魔力の足しになればと試作したものです。いかがですか?」
    「あ……たしかに、結構回復してるなこれ」
    「それはよかった」
     もちろんケイローンの体液からもらった魔力の分もあるのだが、それでも本来口づけだけではあまり効率がいいとは言えないものだった。それが今は口づけだけとは思えないほどの魔力を体内に感じている。アキレウスはさすが先生、と称賛を口にしようとして、気づいたら別の言葉をこぼしていた。明瞭ながらも小さな声が、ぽつりとシーツに落ちていく。
    「あの、先生……俺に魔力与えるの、嫌でした?」
     ぎゅ、と握る手は、そうしなければ震えてしまいそうだった。そんなはずはないと思う心とは裏腹に、不安は指先から熱を奪う。迷惑がられたことはないが、甘えすぎている自覚くらいは持っていた。持っていてなお求める気持ちを止めることができなかった。
     しかしそんなアキレウスの手にはケイローンの熱を帯びた手が重ねられる。触れ合い溶け合う温度からは拒絶は感じられなかった。アキレウスは目の前の翡翠色をじっと見る。
    「いいえ。そうではなく、いつも私が与えてやれるとは限らないのがずっと気がかりでしたので。もし消えそうになったあなたが私以外を頼ったら。そう考えるだけで私は私を抑えられる気がしなかった」
    「それでチョコ?」
    「ええ。あなたは飲み薬よりもこちらの方が気に入るだろうと思いまして。甘いもの、好きでしょう? ……ですが」
     そこで一旦言葉を区切り、ケイローンは意味深な笑みでアキレウスを見つめ返してきた。傾ける首を追いかけ長い髪がゆったりと波を打つ。
    「ちょっとした副作用があったようですね」
    「副作用?」
     そのまま問い返すアキレウスに、ケイローンはぐっと身体を近づけた。ふわりと甘いにおいがする。耳元で感じる吐息がくすぐったくて身動ぐアキレウスを逃さずに、笑みを含む声がそっと空気を震わせる。握られた手が熱い。
    「……勃ってますよ」
     秘密を告げるような囁きに、アキレウスはぞろりと背を撫でられた感覚を味わった。それが快感だと理解る身体を慌てて見下ろし確かめる。口づけだけでと恥じる気持ちで下腹部の様子を見てみれば、しかしそこには見て分かるほどの変化は現れていなかった。上目遣いにケイローンに疑問を投げかける。
    「そちらではなく、こちらです」
    「あっ……、んっ……」
     言いながらケイローンはすっと指を立ててアキレウスの視線を胸へと導いた。そしてぷっちりと布地を押し上げる尖りを指し示すと、見せつけるようにくりくりと撫でてくる。アキレウスは目が離せないまま無意識に胸を反らして差し出した。もっととねだったように見えたかもしれない。実際その仕草はそのようにケイローンに受け取られた。
    「はぁ……ッん、せんせっ、あっ♡ あ♡」
     もちっとした胸の肉を揉まれながら、乳首を手のひらで転がされる。服の上からなのがもどかしくて身をよじると、すぐに服は大きくめくられた。裸の胸に、赤く色づく飾りが晒される。それをなぶる瞳でじっと見つめたケイローンは、そのままアキレウスをベッドに押し倒した。そして互いに兆したものを布越しにぐりりと触れさせる。
    「ふ、あぁっ、あ♡」
    「どうやら催淫……いえ、精力剤に似た効果も出てしまうようですね」
     冷静なようでいてひどく熱っぽい声だった。アキレウスはそれだけでびくりと身体を震わせる。舌に残った甘さはほとんど消えてしまったが、それは腹の奥でじりじりと熱を生んでいた。
     伸ばした両手をケイローンの手に回す。髪留めをそっと外すと長い髪がさらりと落ちてきた。アキレウスはその髪から香るケイローン自身のにおいを嗅ぎながら、飢えた身体を自覚する。甘いもの。チョコレート。悪くはないが、やはりケイローンの魔力の味がアキレウスは一番好きだった。
    「じゃあ先生と一緒じゃないと食べられないな」
    「そうですね。せっかく作ってみたのに失敗です」
     しょんぼり、には見えないが慰めを求めるようにケイローンは唇を寄せてくる。ちゅ、ちゅ、と軽い音を立てて肌に赤い痕が散らされた。くすぐったさと気持ちよさ、その天秤が少しずつ気持ちよさへ沈んでいく。
    「いいや先生、それはそれ。先生と食べるんだったらこんなに楽しそうなやつ、失敗なんかじゃないだろうぜ」
     アキレウスがそう言ってケイローンの腰を脚で引き寄せると、はっきりとした快楽がびりりと全身を痺れさせた。この布の向こうに秘されたものの形も熱さも大きさも、アキレウスの身体は覚えている。注ぎ込まれる魔力の濃さも、それを分からなくさせるほどの快楽も、ずっぷり覚えさせられた。それがアキレウスを淫らな欲に駆り立てる。チョコレートの効果が加速する。
    「いっぱい搾り取っていいんだよな?♡」
    「……好きなだけもっていきなさい」
     諦めたのか、あるいは開き直ったのかもしれない。今度はケイローンから腰を揺らし、ふたりで甘い痺れに酔いしれた。閉ざされた場所。閉ざされた部屋。さらにベッドの上で髪の檻に囚われて、それでもアキレウスは野を駆ける心地で夢を見る。満たされた腹はまたすぐに空になるだろうが、その時はまた甘いチョコレートと甘い時間が待っている。そんな楽しみがあると思えばここでの暮らしも悪くはないものだった。たとえどこにも行けないのだとしても、ケイローンのそばにいられる喜びを、アキレウスは噛みしめる。
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