わがままシェフおすすめ「ボスー、上出来だろ、ん。見てくれ」
「おー、ちがいねえ。こんなぷりっぷりのでっかい肉をよ、器用なことにとろっとろに煮て、俺様の上等なワイン丸々一本ぶち込んだ気前の良さには、北の精霊だってイチコロさ。で、誰だ、こんなべろべろんなるまで飲ませたの」
「見つけたらもう酔ってて…」
「…そうか。ワインは?」
「…っす、それも、既に握られていて…」
「はは」
「…お怒りですか?」
「怒ってねえよ、おら。いったいった」
「ど、どこに」
「マスでも掻いとけ、俺様が許すまで入るな」
事件現場であるブラッドリー・ベインの部屋を後に、子分たちは一心不乱に散っていった。そこまであほなやつらじゃないからこれくらいでいいだろう。問題は、ヘラヘラ笑いながら、まだ何も知らない真っさらな顔をしているこいつだ。赤ん坊のようにきゃっきゃっして、危なっかしい身動きで料理の入った鍋だけをガッツリ掴んでいる。
「ネロよぉ、えらい上機嫌だな」
「ん、っ…ふ、わりぃ、ちょと飲んでた」
「吐くなよ」
「…ッん、うん、えとな、ボスにあげたくてさ、」
「元々俺様のもんだかな」
「部屋に置いてあったの使っちゃった、すんません」
「……まあ、お子ちゃまの手の届くところに置いといた俺も反省だ。今夜の晩酌用だったぜ」
ブラッドリーは、本当に怒ってはいなかった。盗めるものは全部盗めって教えたんだ、油断してたのは自分の方なので、やりきったこの泥棒猫は逃してやるしかない。ただ健気なことに、それは本人が浴びるためではなくブラッドリーに捧げるためだったらしく、確かに美味しそうな匂いがさっきから充満していた。アルコールの匂いはほぼ飛んだが、上質な渋みと酸味が、脂っ気の多い肉汁の刺激に混ざった、文句なしに美味しそうな何かを見つめる。おれのものだ、食わなくてどうする。
「寄越せ、全部俺のもんだからな?」
ネロは嬉しそうに目を細めて微笑んだ。フラフラなステップで食器やカトラリーをずらりと出して、一瞬にしてディナーの晩餐会を開く。招待されたのはどうやらブラッドリーの方らしい。
メスの宇宙鶏は、死ぬまで卵を得られるので、その肉を食べられる機会は北じゃ滅多にない。しかし後の卵を舐めるより、今すぐ肉に齧り付きたいから盗賊になったんだ! うんと堪能しなくちゃ宝の持ち腐れだ。これは…、シチューにしては汁っけが少なく、焼き物にしては多い。その戸惑いに目敏く気付いたのか、ネロは焦り気味で声を上げた。
「あ、パンを浸して、まず汁を味わって」
「肉からいきたいんだよ」
「だめです、手ぇ汚れるし、もったいない」
今更そんなんいいだろ、と答えたかったが、ネロの流るるような身動きに流石のブラッドリーもポカンとする。
ネロは、子供を宥めるような手つきでパンを千切り、そのまま汁まで直行した。葡萄酒色に染まったパンが、ブラッドリーに差し出される。
「はい、あーん」
「大丈夫か?」
「なにが? おいしいに決まってるだろ」
「図々しい……」
口元にグイグイ当てられるパンをずっと拒むのも滑稽だったので、ブラッドリーはパン一切れを存分に味わう羽目になった。
「むぐ、ん…、うん? うまっ」
「だろ、へへ」
へにゃりと笑いながら、ネロはもう次のパンを浸そうとしていた。給仕のようにちょこんと立ったまま、上半身だけ低くして、器用にもひとの口にパンをねじ込んでやがる。態度がでかいのか控えめなのかわからなくて、変で面白えやつだと改めて思った。
「肉食べて」
「食べるな食べろうるせえよ」
「食べてよ!」
こんな幼稚な口喧嘩なんて、いつが最後だったか思い出すことも出来ない。渋々と肉を齧ってみるも、またそれが格別に美味くて、もう笑っちまった。負けだ負け、酔っ払った我儘坊主に勝ったところで何が得られる。
「ボスの、一口デカくてすき」
「は? おい、食べづらくなるだろうが」
「はじめて作ったのも食べてくれるからすきだ」
「無駄にしてどうすんだ」
「…無駄にしないから、つい作っちゃうんだよ」
とんでもない論理だ。気が気じゃないブラッドリーを、ネロは心から嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。掠れるような無邪気な笑い声は、心臓の内側を擽るから、堪らない。皿に滲む汁がうまい。酒と肉汁を吸ってふやけたパンがうまい。繊維が溶けてなくなるほろほろの肉がうまい。頬の内側が痺れて、落ちそうで、眩暈がする。
「ん。また作る」