魔法少女のマスコットキャラみたいな特別な存在ってなんかいいよねBe&Sr メモ
220205
「──呪いだよ」
少女のあどけない問いへ、彼は淡々と答えた。
「呪い、ですか?」
「あぁ」
ぽかんと口を開けて、少女は言った。彼は顔を上げて少女のほうを見た。彼の黄緑色の目が、少女の瞳とぱちりとあう。
「悪魔との契約は、自分が持っている『何か』を失わなきゃいけない。その『何か』は、人それぞれだけどな。……ドラゴンとの契約とは意味合いがまったく違うんだぜ」
「それは、……もちろん知ってますよ。わたしだって、魔術師の端くれなんですから!」
無邪気に胸をはる少女へ、彼は呆れた声で嗜めた。
「だったら、なおさら問題だっての。どうしても使い魔がほしいなら、悪いことは言わない。ドラゴンにしとけ」
「えぇー!」
「えぇー、じゃない。ドラゴンも良いだろ? 可愛いさとカッコ良さのいいとこどりだぞ。なぁ〜、アグニ」
アグニと呼ばれた小さな赤い竜は、彼の背中フードから顔を出し、肩へとよじ登った。丸みを帯びた角で頬ずりをすると、子どものような高い声で「そうだぞー! おれはつよくて、かわいいんだぞー!」と言って笑った。じゃれつく使い魔へ、彼は嬉しそうに目を細めて微笑んだ。
アグニへ手を差し出すと、掌へちょこんと乗ってきた。彼はテーブルへアグニを下ろすと、両手の指先で優しくくすぐった。きゅうきゅうと、小さな手足と翼をぱたつかせている。
「はいはい、かわいいなぁ〜」
少しだけ手を離すと、アグニは彼の指先へしがみついた。
「だろー? だから、おやつちょうだい!」
「それはダメ。さっき食べただろ」
「ベルのけちー!」
「ビーフジャーキーおかわりするなら、明日のおやつは無しだぜ?」
「それはいやー!」
「だろ? じゃあ明日な」
少女はその様子を羨ましそうな顔で眺めていた。
「……いいなぁ。わたしそういうやり取りをしながら、生活できればいいのに」
「……ふぅん。なるほどな」
「──な、なんですか?」
「ようはあれか。ちょっと特別な仲間をもつのに憧れてるって感じか」
「……う。……ま、まあ、……そんなところです」
図星を突かれて気まずそうに目を伏せる。すこし身勝手な願いだということは分かっていても、心情を偽ることはできなかった。
少女の答えを聞いて、彼はなにかを思い出したようだった。背もたれへ体を預けて、後頭部を両手で支えた。
「確かに、ああいうのってちょっと憧れるよなぁ。そういえば、俺も学生時代にアリスと前の使い魔のやりとり見て、楽しそうだなって思ったことあったよ」
「アリスさんの前の使い魔? ベルゼブブさんじゃなくて、ですか?」
そう問われた彼は、驚いたように目を少しだけ見開いた。表情はすぐに移り変わり、気まずげに目を逸らした。
「……あー、まあな」
「……?」
「……アリスは元々、双子のドラゴンと契約してたんだよ。色々あって、今はあの悪魔と契約してるけどな」
「え、そうだったんですか」
「あぁ。……まあ、その辺の話は俺からはしづらいっていうか、本人にも聞かないほうがいいかもしれない」
「……分かりました」
少女の脳裏に、過去にアリスと戦った時の光景が過ぎった。あの時の彼女の様子は、今の彼女とはかけ離れていた。激しく、苛烈な、狂気的なまでに荒々しい攻撃。その目は、あの悪魔と同じ赤色へと染まっていたのだった。
彼女は使い魔を助けるために無茶をして、敵と味方の区別がつきづらくなっていたのだという。今となっては、その時のわだかまりもすっかり無くなっているが、あの気迫は思い出すだけで背筋が凍ってしまう。
前の使い魔は失ってしまったのかもしれない。そう考えると、あの苛烈な様子にも説明がつく。
「話が逸れちゃったな。……ともかく、使い魔が欲しいなら悪魔とか天使とか、あの辺は絶対やめとけ。エグリゴリとか論外だからな!」
「でっでも! 彼らと契約できれば、魔術以外の知識も得られるかもしれないんですよ? それに──」
少女の言葉を遮って、彼は話を続けた。
「言っておくが、アリスやリディアの例はほんっとうにレアケースなんだからな? あんな高位の悪魔と契約なんてしても、目的を果たす前に食われるだけだぜ。そもそも、普通は呼び出しに応じる訳がない」
「氷山の一角だったとしても、確率が0じゃない限りは望みはあるってことですよね!?」
彼はそれを聞いて呆れかえった。
「ポジティブ通り越して無謀だぜ、それ。じゃあアスモデウスを目の前にしても同じこと言えるのか?」
「そ、それは……。彼は契約者が居るじゃないですか」
「これで怖気付くなら悪魔との契約はリスキーすぎる。やめとけって」
「うぅ」
二人のやりとりに隙間ができる。すると、部屋の外からバイクのエンジン音が聞こえてきた。彼は顔を玄関口へ向ける。磨りガラスに映る影からして、この事務所の主であるアリスが帰ってきたようだ。ガチャリとドアノブが下り、扉が開かれる。
「おかえりー」
「……ただいまぁ」
「あっ、アリスさん! おかえりなさい!」
うんざりした表情で、大きなため息を吐きながら入ってきた。彼女はそのまま事務机のほうへ歩いてゆき、どかりと事務椅子へ座って背もたれへ体を預けた。
「なんかあったのか?」
長い沈黙をおいて、アリスはむっとした声で「別業者に仕事を取られた」と呟いた。
「……またか。前と同じやつ?」
「いえ。どうも、あたし以外にスクールにも依頼を出してたみたいでね。……はぁ」
「あー、そういう……。災難だったな」
それから、サラが疲れた様子のアリスを気遣って、人数分のお茶を煎れたり、仕事の愚痴を言いあったりしていた。話題は移り変わっていき、何気ないきっかけから、ふたたび元の話題へ戻ったのだった。
「……ふーん。じゃあアスモデウスとかは? メイガスとは近いんでしょ?」
聞き覚えのある提案をされたサラは、苦虫を噛み潰したように口を曲げた。
確かにメイガスはアスモデウスとの繋がりがある。けれど、あの悪魔の性格と色の多い振る舞いは、できるだけ相手にはしたくないと思っていた。
「……どうしてお兄さまと同じことを言うんですかぁ」
「じゃあ、誰ならいいの?」
「そ、それは……。これといって特に決まった方は居ないですが……」
「もしかして、ベルゼブブとか?」
「──ごふっ」
「えぇっ!? さすがに違いますよ!」
飲んでいた紅茶を吹きこぼしそうになったベルは、咳き込みながらキッチンへ向かった。アリスは一瞬だけそちらへ視線を向けて、戻した。彼女は話を続ける。
「ふーん。まあ、試しに話してみたら?」
「え」
「──はぁ!? 何言ってんだおまえ!?」
キッチンから声が聞こえる。彼はタオルで口元を拭きながら、急ぎ足でリビングへ戻ってきた。ソファへ座るなり、「本気で言ってる?」と怪訝な表情でアリスへ問いかけた。
「問答無用で喰われるってことはないでしょう。……保証はしないけど」
「そこは保証するって言うところだろ」
「……え、えぇ……。すでにアリスさんと契約してるのに、そんなこと言えないですよ」
「普通の契約なら、何重に契約してる悪魔も多いみたいよ。ほら、アスモデウスとか最たる例だし」
「いやいや! でもアリスさんとの契約は違うじゃないですか」
「血の契約なんて、積極的に結ぶことを協会側が禁止してるだけよ。あたしもあいつも、事故で結んじゃっただけだし」
「おまえが良くても、あっちが機嫌を損ねたらどうすんだよ」
「ないない。機嫌を損ねる言い方なんて、決まってるし。主を鞍替えして自分と契約しろ、みたいに言わなければ大丈夫」
すったもんだあって結局、呼んだ。……いや、呼ばれた。悩むより行動した方がはやい、とアリスが二人の意見も聞かずに、軽い気持ちで使い魔を喚んだのだった。彼女にとってはその程度の気持ちで喚べても、実際に話すのは彼女ではない。
黒い霧のような魔力を纏って現れた悪魔は、アリスを見下ろした。
「わざわざ呼び出すとは、なんの用だ?」
「サラがあんたに聞きたいことがあるってー」
「……ほう?」
それまでいたって普通の表情だったベルゼブブは、薄い笑みを貼り付けて、少女の方へ目を向ける。
視線が向けられた途端に、心臓の奥がつかまれたような圧迫感に襲われた。びくりと肩を震わせた少女が口籠もっていると、悪魔は顎に手をあてて見定めるような口ぶりで話し始めた。
「──メイガスの嫡子か。内容にもよるが、“縁の薄い”私へ聞くよりもアスモデウスへ聞いた方が良いのではないか?」
「そ、それは。……そう、ですよね!」
言うに困ってアリスへ視線を送って助けを求めた。彼女は気の抜けた声で、絶妙に助け舟にならない言葉を返した。
「アスモデウスじゃ聞きづらいんだってよー」
「……フッ。それはそれは。……舐められたものだな」
(えっ!? そういう意味じゃあぁ!?)
(鬼か、あいつ)
嘲りを含んだ笑みが深くなる。ベルゼブブは腕を組み、事務机へ少しだけ寄りかかった。
「さて、そろそろ本題へ入ってもらおうか。何が聞きたい? 主の手前だ、話くらいは聞いてやろう」
「それは、……ええっと。……あ、あぁあアリスさんとは、どういうご関係で!?」
そんなことは、わざわざ聞かなくても知っていた。しかし、圧と張り詰めた緊張感に耐えきれず、自分でも訳の分からないことを聞いてしまったのだった。
「彼女は私の契約者だ。それが何か?」
(普通に答えた……)
(なんの嫌味もなく普通に答えたわね……)
「そ、そうなんですね! えと、うぅっ」
次の質問なんて思いつかない。かといって、その視線は痛いというか、圧がすごい。
うめくことしか出来ないサラの様子に、悪魔は嗤う。
「──クク、メイガスの嫡子。貴様では我々悪魔との契約は到底不可能だ。失うものが出来てから出直すといい」
顎から手を離し、その手でサラを指差した。嘲笑は変わらずに向けられている。
思考が読まれていたのか、それとも案外近くに潜んで話を聞いていたのか。どちらなのかは分からないが、主題は知っていたようだ。
「──!」
ベルゼブブは「だが、」と前置きした上で、わざとらしい仕草で手を叩いた。
「言葉に詰まりながらも、する気の無かった質問を投げかけたことは褒めてやろう。この私と目が合った上で会話が出来るとは。メイガスの血を引いているだけはある」
「……う、うぅー。(ぜんぶ読まれてる上に、褒められてる気がまったくしない……!)」
「それから。……貴様も貴様だ。詰まらん用事で喚び出すな莫迦者め」
アリスの方へ振り向いた彼の目は、嘲笑が消え、口元だけが笑みを浮かべていた。アリスは特に顔色変えることなく、頬杖をついたまま横目でベルゼブブの方を見た。
「いいじゃない。あたしが喚べるのあんただけだし、どうせ暇──ったあ!?」
狙撃でもされたのかと勘違いするほどの、およそデコピンとは思えない音を発して、アリスの額がベルゼブブの人差し指によって弾かれた。
額を両手で押さえて数分うめき悶えたのちに、顔を伏せたまま震える手でベルゼブブを指差した。
「──け、契約者虐待……!」
「ハ、口だけは相変わらず達者なようだな」
その様子を見てサラは思わず自分の額を手でおおった。本当に痛そうだ。
「……ったく。ほら、見たでしょう!? 悪いこと言わないから、こんな奴らを使い魔にしたいとか思わない方がいいわよ!」
「自ら体を張って危険を教えるとは、我が主ながら健気なものだな」
「ハァ!? 急に意味わかんない威力のデコピンしてきたのはそっちでしょう!? 頭蓋骨割れるわバカ!!」
「加減はしてやっただろう?」
「──ッ、アァ! イラつく!! ほんっと口が減らないわね!」
そのまま言い合いを続ける彼らをよそに、今まですわった目で眺めながら閉口していたベルは、未だに額を抑えているサラへ言葉をかけた。
「……あれ見ても、悪魔を使い魔にしたいって思うか?」
「……いえ。わたしじゃ、あんなやり取りできませんし。……身の丈にあった使い魔を選ぶことが大事ですね」
「そうそう。憧れも過ぎれば身を滅ぼすからなー」
「そうだぞー、あくまはこわいんだぞー!」
「……そうですね。わたしもエレメントドラゴンを使い魔にしてみようかな。今はブリーダーも居るみたいですし」
言い合いは結局、アリスが一方的に疲弊して、決着がついた。