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    あ や 🍜

    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    晴臣くんと智生くんが学生の頃からの縁だったらな~っていう妄想。

    ##ちせとはる

    みずみずしい不完全 ――音楽をやろう。俺とお前の、ふたりで
     真夏の太陽を背中に預け、宝石のようにきらきらと日の光を弾く彼が恐れるものなどこの世に何ひとつ存在しない。差し出された彼の手を取れば夢の先が見られると思った。退屈で、窮屈で、色が失われてしまった世界に、彼ならきっと『生きる意味』を――『俺』が音楽を続ける理由を与えてくれる。そういう理屈を伴わない確信が、たしかにそこに存在したのだ。


    みずみずしい不完全


     その日は憎いくらいの快晴だった。
     青い空と眩しく輝く太陽。時折、思い出したように浮かぶ白い雲たち。屋上のフェンスに肘を預け、晴臣は退屈を誤魔化すようにちいさく息を吐いた。耳に挿し込んだ有線のイヤホンからはお気に入りのナンバーが途切れることなく流れ続けている。擦り切れるくらい何度もリピートしたせいで、呼吸のタイミングも含め楽曲たちは晴臣の脳裏に色濃く焼き付いていた。
     制服のポケットを探り潰れた煙草の箱を取り出すと、最後の一本を口に咥えてライターで火をつける。最近覚えたばかりのこの『遊び』も退屈な日常にちょっとした彩りを添えてくれることを期待した単なる暇潰しのひとつに過ぎなかった。――今のところ、大した効果もみられないけれど。
     吐き出した煙がゆらゆらと夏の空気に漂う様子をぼんやりと眺めながら晴臣は何度目かのため息を零す。日常の何処を切り取ってみても、酷く退屈で、くだらなくて、ちいさくて、つまらない。色彩の存在しない世界を生きているような感覚はあの悪夢のような日――父親が自ら命を絶った日から、地獄へ下ろされた蜘蛛の糸のように切れることなく続いている。
     煙草を左手の人差し指と中指の間に挟んだまま、晴臣はポケットの中からポータブルのミュージックプレイヤーを取り出した。画面を操作し、いつも聴いているプレイリストの再生を止めるとそのまま指を動かして『no title』と書かれたトラックにカーソルを合わせる。
    「……」
     一呼吸置いてから再生ボタンを押した。
     退屈な日常の中で、作曲に没頭している時間だけが唯一生きていることを実感出来る瞬間だった。それは『幸福』だとか『充足感』だとか美しい言葉で説明するにはあまりにも暗い感情を伴っているもので、だからこそあえて言葉にするのなら『感情の吐露』が最も正しい表現なんだと思う。胸の中に渦巻く様々なものを音に乗せ、抱えきれない感情を吐き出すための行為に他ならないのだ。
     昨晩完成したばかりのトラックを流しながら短くなった煙草を屋上の床に落とすと、靴の底でぐりぐりと擦り付ける。――煙草、次は何にするかな。味にも香りにもこだわりのない晴臣は煙草が切れる度にその銘柄を変えていた。音楽以外、愛着や執着を抱く対象が存在しないこともきっとこの退屈を生み出す要因になっている。
    「――っ、」
     それは突然の出来事だった。
     不意に後ろから伸びてきた白い手が晴臣の右耳からすらりとイヤホンを引き抜いた。驚いて振り返った視線の先に晴臣と同じ制服を身に纏った見知らぬ男子生徒が立っていた。晴臣から奪ったイヤホンを何の躊躇いもなく自身の右耳に挿して「知らない曲だ」と彼は嬉しそうに笑っている。
    「インスト? の、わりには荒っぽいけど」
    「……」
    「いいなあ、これ。なんてアーティスト?」
     フェンスに背を預け、彼のふたつのアメシストが掬い上げるように晴臣の瞳を覗き込む。そのまっすぐで躊躇いのない視線に思わず息をのんだ。
    「……? もしもーし、聞こえてる?」
     返事をしない晴臣を訝しむように彼は視界の中でひらひらと両手を動かしてみせた。惚けていた意識を掻き集め、晴臣はちっとちいさく舌打ちを零してから「……聞こえてる」と不機嫌を滲ませて言葉を落とす。
    「なら良かった」
     そう言って彼はへらりと人好きのするような甘い笑顔を浮かべた。見覚えのない生徒だったけれど、たとえ同じ学年であったとしても今まで縁が無かったことに納得出来てしまうほどには彼の纏う空気は晴臣のそれとは異質なもののように思えた。同じクラスにいても、時折挨拶をするかしないか、その程度の関係のような。
    「で、このアーティストが誰なのかは教えてくれねえの?」
    「……」
     とんとんと自分の右耳を指さした彼に、はあと大袈裟なため息をひとつ零した晴臣は不機嫌を隠そうともせず手に持っていたミュージックプレイヤーを突き出した。見たいなら好きに見ろ、そういう意味を込めて。「サンキュ!」と笑顔でプレイヤーを受け取り慣れた手付きで操作する。それからすぐにぴたりと動きを止めて弾かれたように彼は顔を上げた。
    「――もしかして、あんたが曲作ったの?」
    「……」
     晴臣は何も返さなかった。この場合の無言は果たして肯定と取られてしまうのだろうか。そうだとしても、誰かに聴かせることを目的としていない音楽の作曲を自ら主張することに意味があるとは思えなかった。
     晴臣の瞳をまっすぐ見つめながら彼は晴臣の返事を静かに待ち続けている。
     静寂を強調するように夏の風がふわりとふたりの間をかけていく。晴臣から視線を外した彼は風の行方を追ってつつと顔を動かした。気まぐれな奴だ、と思う。まるで一箇所に留まることを好まない野良猫みたいな――
    「……九頭竜智生」
    「は……?」
    「俺の名前。お前は?」
     いつの間にかふたたびこちらへ向き直っていた彼は口笛を吹くような軽い調子で自分の名前を口にした。それどころか、先ほどからほとんど口を開いていない晴臣にも同じように名乗るよう急かしてくるのだ。女が喜びそうな甘い顔をしているくせに彼は案外強情なタチらしい。もしくは、そのくらいの我儘なら苦労せず押し切れる自信があるのか。どちらにせよ面倒だなと晴臣はちいさく息を吐いた。――けれど、これ以上無視を続けても事態は好転しないだろうことに晴臣はちゃんと気が付いている。
    「――辰宮晴臣」と。ぼそりと吐き捨てるように自身の名前をくちびるの先でつぶやいた。
    「はるおみ……。うん、良い名前だ」
    「……そりゃどうも」
     晴臣の視界の端で嬉しそうに満面の笑みを浮かべる彼は真夏の花のようだった。



     九頭竜智生との奇妙な縁はあの日から途切れることなく続いている。
     彼について晴臣が知っていることは『九頭竜智生』という彼の名前と音楽が好きらしいということ、その二つだけである。なんとなく同学年なのだろうと思っているけれど、確固たる証拠があるわけでもない。――別に、大して興味も無かった。
    「あ、晴臣」
     後ろから声がして、いつものようにフェンスに肘を乗せぼんやりと空を眺めていた晴臣はゆったりとした動作で振り返った。視界の中にはこれまたいつものように智生の姿がある。すっかり屋上で会うのが日常めいたものになってしまっていて、その事実に晴臣はなんとなく居心地の良さのようなものを覚えていた。あまり宜しくない傾向だと思う。
    「またサボり? 出席日数大丈夫なのか?」
    「お前が言うな」
    「俺は何でもそつ無くこなすタイプなの」
    「……」
     自分で言うなよ、と。喉まで出かかった言葉を晴臣は静かにのみこんだ。実際彼の言う通りなんだろうと思う。授業数を数えて単位を落とさないラインをきちんと見極め、テストは苦労無く突破してしまうような要領の良さが彼からは垣間見える。
    「はい」
    「……」
    「あれ、いらない?」
     隣まで移動してきた彼はおもむろに紙パックの野菜ジュースを差し出してきたが、一瞥し、晴臣は静かに首を横に振った。「おいしいのに」と彼はすこしだけ不満そうな表情を浮かべたけれど、ストローを外して飲み口に差し込み、そのまま自分で飲むことに決めたようだ。乳白色の筒を橙色の液体がのぼっていく様子を横目に眺めながら、九頭竜智生と野菜ジュースというアンバランスさに晴臣はくつりと喉を鳴らした。似合わねえな、野菜ジュース。
    「今、絶対失礼なこと考えただろ」
    「……さあな」
     不機嫌そうに頬を膨らませてみせた智生に、晴臣は大袈裟に肩を竦め、やれやれとかぶりを振った。
     ――最近、こういう意味の無いやり取りが増えてきている。まるで気の置けない友人のようなそれをどう享受すべきなのか晴臣は考えあぐねていた。ほとんど名前しか知らない、『赤の他人』と称しても違和感のないような関係であるはずなのにどうしてか。……彼の纏う空気がそうさせるのか、はたまた。
    「……」
    「晴臣?」
     口をつぐんだまま、頬杖をついて視線だけ智生に送っていた晴臣を訝しむように彼は首を傾けて名前を呼ぶ。ぐだぐだと思考を続けていた晴臣ははっとしたように彼から目線を逸らすと「何でもねえよ」と言葉を落とした。――きっと、考えていたって答えは出ないのだ。そういう晴臣の胸中にとっくに気が付いているらしい智生は、先程の表情から一変して薄く整ったくちびるを持ち上げ「なら良いけど」と淡く微笑んでみせた。
    「……」
    「あ、そうだ」
     唐突に両手をぽん、と叩く仕草をすると、智生は自身の制服のポケットに右手を突っ込みガサゴソと何かを探し始める。目的の『何か』はすぐに見つかったようで、そのまま晴臣の方へ「これ」と右手ごと差し出した。
    「……なに」
    「お土産」
    「は……?」
    「聴けばわかるよ」
     彼がポケットから取り出したものはUSBメモリだった。半ば押し付けられるようにそれを受け取り、晴臣は困惑を滲ませながらたった今渡されたばかりの記憶媒体と智生の顔へと交互に視線を動かす。『聴けばわかる』ということは何かしらの音源が入っているということだろうか。それにしてはあまりに突拍子もなく、いまいち彼の行動の意図が掴めない。
     念を押すように彼はもう一度「聴けばわかる」と言った。視線を上げ、彼のアメシストをまっすぐに受け止める。そんな晴臣に対してふわりと花が綻ぶような笑みを浮かべながら彼はくちびるを動かした。
    「『赤の他人』だなんて二度と思えなくなるよ」
    「……読心術か?」
    「はは、本当に思ってたの?」
     それは傷付くなあ、と。口にした言葉とは裏腹に彼の声はこの状況を楽しむような明るい色を含んでいた。まるでサンタクロースからクリスマスプレゼントを受け取った幼い子どものよう。――この状況下において、何かを受け取っているのは彼ではなく晴臣の方だったけれど。
     ふたたび手元に視線を落とし彼に手渡されたUSBに目を向ける。彼の意図はひとつもわからなかったが、不思議と気持ちが高揚する感覚があった。USBを握り締めるようにギュッと右手の指を丸める。
    「期待して良いぜ、『相棒』」
     隣で、智生は上機嫌にそう言った。



     扉を開ける。何年も整備されていないせいですっかり建て付けが悪くなったそれは動かすたびギシギシと不快な音を立てた。
     夏の太陽がジリジリと屋上を焦がしている。
     いつもはそこにないはずの背中が、まるで晴臣が来ることを予見していたかのように存在した。フェンスに肘を付いていつもの晴臣のように彼は静かに夏の空を眺めている。――智生、と。その背中に向かって晴臣ははっきりと声をかける。ぴくりと身体が揺れ、彼はゆったりとした動作でこちら側へ振り返った。……整った顔に機嫌の良さそうな笑みを乗せて。
     晴臣は、持っていたミュージックプレイヤーを智生に向かって投げ渡した。難なく彼が受け取るのをみとめ、曲を再生するよう顎で示す。巻かれていたイヤホンを外し、素直にそれを両耳に差し込んだ彼は言われるがまま再生ボタンを押した。
    「……」
     智生から受け取ったUSBには音声データがひとつだけ入っていたのだ。『HARUOMI』と名前の付けられたファイルを開き、パソコンのデスクトップから流れるそれに晴臣は思わず息を呑む。
     ――晴臣の紡いだインストルメンタルのメロディに、智生がアカペラでリリックを乗せている。
     あの日――初めて九頭竜智生と出会った日、その前日に晴臣が作り終えたトラックを彼は嬉しそうに聴いていた。たった一度聴いただけのメロディを正確に覚え、彼はそこに自身の言葉を託したのだ。
     ボイスレコーダーで録音された智生の歌声を抽出し、そのあとは夢中で作業した。ふたりの音を重ねてひとつの音楽にする。
     今、智生に聴かせているのは数時間前に出来たばかりの音源だ。おかげで昨晩からまともに寝ていないし、荷物を教室に投げ置くとそのまま屋上へ直行した。らしくもなく、軽く息だって切れている。
     すべては、彼にこの曲を聴かせるために。
     左耳からイヤホンを外し、智生はまっすぐに晴臣を見る。それからうっとりと花が開くような笑みを浮かべ、「晴臣」と嬉しそうに名前を紡いだ。
     このあとに続く言葉を、『俺』は正しく受け止めることが出来る。
    「音楽をやろう。俺とお前の、ふたりで」
     差し出された彼の手を、晴臣はしっかりと握り返した。
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