鶴の恩返しみたい。
内容については考慮せず、状況を喩えただけの話だ。閉ざされた扉を眺めながら智生は思う。
晴臣の『籠城』が始まって三日が経った。制作期間に入ると、機材の揃った自室に籠って彼はほとんど外に出てこなくなる。合鍵を勝手に拝借し、ワガモノ顔で彼のフラットに入り浸っている相棒の存在にもお構い無しだ。――最悪、智生がいることにさえ気付いていないかもしれない。
それなりのエネルギーを使っているだろうに腹も空かないらしく、食事もほとんど摂ろうとしない。世間は『九頭竜智生』を天才だなんだと持て囃すが(そしてそのこと自体を否定するつもりもないが)、真の天才とは彼のような存在を言うのだと思う。音楽に魅せられ、取り憑かれ、――紡ぐ音はどれも至高で唯一無二。あの仏頂面からは想像も付かぬほど、色鮮やかで表情豊かな楽曲たち。
2018