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    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    ちせはるちせ/風邪を引いた晴臣くん。

    ##ちせとはる

    「臨時休業の張り紙しておくね」
    「……ああ。ありがとう」
     礼を告げた晴臣のくちびるから、間髪入れずに乾いた咳が零れ落ちる。喉の奥から気管支をたどり、肺の方へ向かってヒリヒリとした違和感が張り付いていた。……これは本格的にまずそうだと他人事のように思う。
     昔から、ちょっとしたキッカケで風邪を引くと良くない拗らせ方をするのだ。高熱を出して二、三日寝込むことさえある。
     今も微熱を伴う倦怠感が全身に纏わりつき、身体を起こしていることも正直億劫になってきている。仕込みを出来ないこの状況では、しばらくは雷麺亭を開けることも難しいだろう。
     ほとんど落下するようにソファに腰掛けた晴臣は、ぐらつく視界に重たい瞼で蓋をする。たったそれだけのことだが、具合の悪さは幾分もマシになったような気がした。それほど、視覚から得られる情報をうまく処理することが出来なくなっているらしかった。リビングを煌々と照らすLEDの光がこんなにも憎い。
     もう、このまま、ソファの上で眠ってしまおうか。
     着替えをしたり、寝室まで移動したり、そういう手順を踏む気力がどうしても湧かない。そうして毛布もかけずにソファで一日を過ごしてしまうものだから、風邪の治りはよりいっそう悪くなる。それがいつものパターンだ。
     晴臣が風邪を拗らせるたび「またこの季節が来たか」と相棒は笑って言うのだった。「暦より正確なんじゃないかって思うよ。気温に左右されているわけでもなさそうだし。……単にさ、癖になってるんじゃねえの?」心配と呆れを半分ずつ混ぜ合わせたような表情を浮かべたかつての智生がこちらの顔を覗き込むさまを、晴臣は瞼の内側で思い出す。
     ――……そうかもな
     ――気のない返事だなあ
     からからと音を立てる彼の心地好い笑い声と共に。

     ああ、そういえば先程から声が聞こえないけれど、彼は何処へ行ってしまったのだろう。

    「……ちせい、」
     ほとんど無意識に縋るような声が漏れる。そのことに誰よりも驚いたのは晴臣自身だった。……幼い子どもでもあるまいし。それから、隙間なくぴったりとくっついていた瞼をどうにかの思いで持ち上げ、
    「っ、」
     すぐ目の前に置かれる見慣れた男の顔に晴臣はヒュッと息をのんだ。長い睫毛の下、まばゆく光る二粒のアメジストに晴臣の姿がはっきりと映し出されている。身を乗り出すようにしてこちらを覗き込む彼は、右手を晴臣の左腿の上に乗せていた。
     瞬間、つきりと心臓が痛む。……視認するまでそのことに――智生が身体に触れていることに、微塵も気付かなかったのだ。
     複雑な胸中を誤魔化すように晴臣はそっと目を伏せる。熱のせいで感覚自体がうまく機能しなくなっているのかもしれないとまわらない頭で思う。
     そのさまをすぐ近くで見つめながら、智生は薄くととのったくちびるをふわりと動かした。
    「……睫毛、濡れてる」
     唐突に紡がれた言葉に誘われるみたいに、ふたたび視線を持ち上げて彼の瞳を見る。彼の言うように、意図せず滲む水分が視界に映る様々な輪郭をじんわりとぼやかしていた。それでも中心に居座る智生の表情ははっきりと映し出されている。そのことに、らしくもなく晴臣は安堵したのだった。
     智生の顔が近付く。左腿に乗せられた手にも、ぐっと力が籠る。
     鼻先が触れ合うようなところまで距離が詰められ、怯んだ晴臣は「……ちかい」と文句を零した。同時に、ちいさく息を呑む。
    「……目、」
    「……め……?」
    「充血してる」
    「……」
     彼の真意が読めず、晴臣は困ったように表情を曇らせる。体調が思うようでないせいで、何かを思考する気力も湧かないからだ。そういう晴臣の胸中に気付いているのか否か、唐突に身体を離した智生は「早く寝た方が良いよ」とそれらしい言葉を紡ぐ。なんだかんだ言いながら、季節の境目で風邪を拗らせる相棒を智生は放っておくことはしなかった。十年前も、今も、変わらず。
    「……ああ、そうだな」
     晴臣は静かに瞼を閉じる。――いやいや、ここじゃなくてベッドで寝なよ。呆れたような彼の声が正しく鼓膜を震わせる感覚がある。そのことに、晴臣はふたたび安堵したのだった。
    「(……らしくもない)」
     自嘲を零し、晴臣は重たい身体を持ち上げた。
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