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    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    晴臣くんを自分色に染め上げたい智生くんの話。

    ##ちせとはる

    純真はひずめばひずむほど甘い「ほら」
     向かいの席に座っていた智生は手に持っていた何かを親指と人差し指で挟んで、晴臣の目の前にかざしてみせた。「昨日見つけたんだ、似合いそうだろ?」
     智生の声に、晴臣は眺めていたライブの進行表から視線を外し顔を上げる。あと一時間もしないうちにライブが始まるというのに呑気なやつだ。そんな意味を込めて晴臣はちいさくため息を零した。
     彼の手にあるのは、シンプルなデザインの小瓶に入ったマニキュアのようだった。その手のブランドに明るくない晴臣には見覚えのない文字列が刻まれていたけれど、彼が選んだものなのだからきっとそれなりの品物なんだろうと思う。マットなブラックカラー、光の当たり具合でほんのりとダークブルーが見え隠れするような。小瓶の中身を一瞥し、晴臣はふたたび手元の資料へと視線を戻した。
    「あれ、気に入らなかった?」
     くつりと喉の奥に笑みを零し、言葉とは裏腹に彼は機嫌良くそんなことを言う。ちらと視線だけ智生の方へ持ち上げて、晴臣は彼のふたつのアメシストを覗き見た。それから、二度目のため息をぽつりと落とす。――気に入るもなにも、端から俺の意見を聞く気なんてないくせに。
     そういう晴臣の胸中を察したように智生は薄く微笑むと、「手出して、晴臣」と甘えた声でうっとりと言葉を紡いだ。

    純真はひずめばひずむほど甘い

     ある時は晴臣の衣装を。ある時は晴臣のメイクを。
     九頭竜智生の中に明確に存在するらしい『理想の辰宮晴臣』を、智生が躊躇うことなくまっすぐ表現するようになったのはいつの頃からだっただろうか。その明確な時期を、当事者である晴臣自身も思い出すことが出来なくなっていた。『気が付いたら』だとか、『いつの間にか』だとか、そういう境界のはっきりとしないふわふわした表現がきっといちばん正しいのだろうと思う、この場合。
     呆れを含むため息を滲ませはしたけれど、結局智生の言葉の通りに晴臣は自身の右手を彼の方へ差し出した。満足そうな笑みを零した智生がマニキュアの入った小瓶の蓋を開けると、途端にそれ特有のシンナーの匂いがそこまで広くない楽屋の中にむわりと充満する。鼻腔を突き刺すような独特の刺激臭に晴臣は思わず眉を顰めた。
     蓋に付属している筆にどろりとした液体を絡ませる。それを晴臣の短く切り揃えられた爪の上に乗せ、彼は器用に根元から爪の先へとまっすぐに馴染ませていった。薄く整ったくちびるはゆるく弧を描き、彼の機嫌がいつも以上に上を向いていることは、きっと揺るぎない事実としてそこに存在しているのだろう――なんて。そういう回りくどい思考を、暇を持て余した晴臣はぼんやりと脳裏に思い描いていた。
     手に持っていた進行表を机の上に置いて空いた方の手で頬杖をつき、右手の親指の爪から順番に色が塗られていく様を晴臣は静かに眺めている。
     あっという間に五本の爪が冬の夜空を模したような黒に染め上げられた。顔を上げた智生は得意げな様子で晴臣の瞳をまっすぐに見つめ、「どう?」とちいさく首を傾ける。
    「……うん、良いな」
     こくりと頷いて晴臣は静かに言葉を落とした。めかしこんだ右手は想像していたよりももっとずっとしっくりくる。楽屋の蛍光灯の白い光にかざすように右手を持ち上げてしばらくそれを眺めてから、ふと思い至って、晴臣はふたたび智生の方へ視線を戻した。「お前は?」と浮かんだ疑問を素直にくちびるの先にのせる。お前は、塗らなくて良いのか? 晴臣の言葉に一瞬キョトンとした智生はすぐに口元に淡い笑みを浮かべて嬉しそうに表情を綻ばせると、うっとりとくちびるを動かした。
    「これはお前のために買ってきたんだよ」
     だから、俺は塗らないの。
    「……」
     静かに智生の言葉を聞いていた晴臣は呆れを滲ませたようにちいさく息を吐いた。何を馬鹿なことを言っているんだ、と。そういう晴臣の胸中にきちんと気が付いているくせに、智生はなおも楽しそうにくちびるをゆるめながら、視線を落として飽きる様子もなく「反対の手」と口にする。
    「……ん」
     マニキュアが乾ききっていない右手は机の上に残したまま、それと並べるようにまっさらな左手を添えた。すると、すぐに彼の手が晴臣の左手を持ち上げて先程と同じように丁寧に色を塗り始める。両方の手の自由を奪われた晴臣は、いよいよ智生の様子を眺めるくらいしか出来ることがなくなってしまった。
     伏せられた彼の長い睫毛が部屋を照らす白い光をきらきらと真珠のように弾いている。
    「……智生」
    「んー?」
    「……楽しいか」
     晴臣の言葉に智生は静かに顔を上げた。
    「うん、とっても」
     ――当たり前のことを訊くなよ、と。彼の表情はわかりやすくそう言っているようだった。それ以上何かを問うことは諦めて晴臣はふたたび自身の手元へと視線を戻す。視界の中で、左手の爪も右手のそれと同じように綺麗な黒で染め上げられていく。そうして、最後のひとつを塗り終えた智生は「出来た」と嬉しそうな声を上げた。達成感に満たされた表情で自身の『作品』をうっとりと眺め、ふっと視線を持ち上げた彼は晴臣の瞳をまっすぐに覗き込む。
    「似合ってるよ、晴臣」
    「……ああ」
     素直に彼の言葉を肯定する。
     不意に、向かいに座る智生がゆるく腰を持ち上げるのが見えた。そのまま机に腕を付いた彼はそっと顔を寄せると、晴臣のくちびるに自身のものをぴたりとくっつける。――むに、とやわい感触が薄い皮膚を通してまっすぐに伝わってくる。思わずといったように晴臣はちいさく息を呑んだ。そんな晴臣の反応を楽しそうに見とめながらすぐに顔を離して、彼はふたたび向かいの椅子に腰を下ろす。
    「……なに」
    「ふふ、ご褒美」
     悪戯っ子のような笑みを浮かべると彼は上機嫌にそう言った。はいはい、仰せのままに。いつもと変わらない日常を享受して、晴臣は本日何度目かわからないため息を零した。
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