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    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    高校三年生ちせはるの春夏秋冬(過去捏造)

    ##ちせとはる

    ひとりじゃ星座も結べやしない そうあることがさも当然であるように、巡り行く季節を彼と共に過ごしていた。『思い出』なんて綺麗な言葉をあてはめられるほど美しい何かが存在するわけではないけれど、それでも『俺』にとっては時折取り出して眺めてしまうような『宝物』に類するものであることははっきりと断言出来るのだ。


    ひとりじゃ星座も結べやしない


     桜はすっかり散ってしまった。春。
     薄く開いた窓の隙間から春の日差しを含んだ暖かい風がそよそよと教室の中へ入り込む。窓際の最後列、所謂特等席に腰掛けている辰宮晴臣は退屈そうに頬杖をつきながらぼんやりと外の景色を眺めている。視線の先には、気だるげに欠伸を零す同級生の姿があった。お世辞にもお洒落とは言い難い学校指定のジャージを身に纏い、彼――九頭竜智生は珍しく体育の授業に参加しているようだ。明日は槍が降るんじゃなかろうか。そんなくだらない感想を抱きながら、晴臣は智生の姿を目で追い続けている。
     彼と初めて言葉を交わした日から、丸二年が経とうとしていた。出会った当初は彼との縁がここまで続くとは夢にも思っていなかったけれど、最高学年になった今こうして振り返ってみると、結論から言えば、高校生活のほとんどを彼の隣で過ごすことになってしまっている。昼食はもちろん、休み時間に彼がわざわざ晴臣のクラスを訪れることは珍しくなかったし、週に数度は授業をサボりがてら気分転換に赴く屋上で顔を合わせていた。
     ――部活も引退しちゃったし、いよいよ学校に来る理由がお前だけになりそうだよ
     彼の所属していた男子バスケットボール部の引退式が仰々しく催された日、帰路を辿る道すがら智生が嘆息混じりにそんなことを口にしていた記憶がある。授業や学校行事には消極的な彼も、部活動には真面目に取り組んでいたことを晴臣はもちろん知っていた。そんな彼は柄にもなく『引退』の感傷に浸っているらしい。普段は飄々として妙に大人びているくせに、人間らしいところもあるもんだと、くつりと喉の奥で笑いを噛み殺した晴臣へ視線を向け、彼は「……なに笑ってんの」と寂しさと不機嫌を半分ずつ混ぜたみたいな複雑な表情で文句を零していたのだ。
    「……」
     不意に、視線の先の智生が顔を上げてこちらを見た。この距離では彼の表情まで窺うことは出来ないけれど、さっきまで丸めていた背中をぴんと伸ばし、ポケットに突っ込んでいた右手を取り出して、彼は晴臣に向かってその手をひらひらと振ってみせた。――なんだそれ。幼い子どもでもあるまいし。
     ふ、と相貌を崩し、晴臣はそのまま前を向く。

    「なんで無視するの」
    「……は……?」
    「四限。目合ったじゃん」
    「……ああ」
     いつものように購買部で購入した菓子パンをふたつ携えて晴臣のクラスに現れた智生は、わかりやすく不機嫌を顔にぺたりと貼り付けていた。開口いちばんに放たれた文句を受け流しつつ「お前が体育の授業に出るなんて珍しいな」とあの時思った通りの言葉を口にすると、「別に。気が向いただけ」と素っ気ない返事が降ってきた。怒っているくせに、きちんと昼食は一緒に食べようとするのだから不思議なものだ。晴臣の前の座席の椅子に腰掛けると、彼は横を向いたまま菓子パンの包装をビリビリと乱暴に外し始めた。――あくまで、この時間は機嫌が悪いことを全面に押し出してくるつもりらしい。だったら自分の教室に戻れば良いのに、何故か頑なに一緒に昼食を取ろうとするのだ。晴臣は彼に気付かれないようにちいさく息を吐いた。
     それ以降、ふたりの間に会話はない。けれど(たとえ片割れがご機嫌斜めであったとしても)沈黙がひとつも気まずくならないのは、すくなくとも晴臣にとっては、相手が智生であるからだとはっきり断言が出来た。積極的に交流関係を絶っているわけではないけれど、お世辞にも友人が多いとは思えない。クラスの中に話す同級生もいるが、彼のようにここまで長い時間を共有したいかと問われれば、答えはもちろん否、だ。
    「(……コイツの場合、すこし勝手が違いそうだけど)」
     智生には、高校生活を『誰から見ても』順風満帆に過ごすだけの交流関係がきちんと存在していた。人当たりの良い彼は男子からも女子からも正しく好かれるのだ。彼が望もうが望むまいが彼の周りにはいつも人が溢れていたし、それを智生も邪険にすることなく受け入れている。――それなのに。
    「(――それなのに、わざわざここへ来るんだ、コイツは)」
     口の中に目一杯パンを詰め込んでもぐもぐと咀嚼する彼の横顔を晴臣は静かに眺めていた。晴臣の視線に気付いたらしい智生はじとりと横目に晴臣を睨み、ふたたび正面へ視線を戻してしまう。
    「足りるのか、それで」
    「足りない。弁当分けて、晴臣」
    「……」



     蝉の鳴き声が喧しく鼓膜を揺らしていた。夏。
     ワイシャツを摘んでぱたぱたと風を送ってみるが効果があるとは到底思えない。茹だるような暑さとはよく表現したものだな、とまわらない頭でそういうくだらないことを考えていた時、制服のパンツのポケットに入れておいた携帯電話が着信をしらせるようにぶぶと震え始めた。
    「……」
     わざわざ開かなくても、誰からの連絡であるかはなんとなく予想がついてしまう。はあとちいさく息を吐いた晴臣はポケットに右手を入れると尚も震え続けている携帯をのろのろと取り出した。通話ボタンを押してそのまま右の耳元へ。
    「……はい」
    「今どこ?」
    「……学校近くの公園、の前」
    「あ、良かった。追いつけそう。そこで待ってて」
     晴臣が返事をする前にプツリと電話が切れ、すぐに無機質な電子音が聞こえてくる。予想通り、電話の向こうの人物は九竜頭智生だった。「担任に呼び出しくらったから先帰ってて良いよ」と、至極不本意そうに言葉を落としていたのが数十分前の出来事で、しかし彼の予想に反して担任の『用事』はそこまでの時間を要さないものだったらしい。
     ……待つのか、このクソ暑い中……。
     ふたたび口をついて出た嘆息をそのままに、けれど彼の我儘は今に始まったことではないので今更どうこうする方が難しいのだ。それに、とても不本意ではあるけれど、彼に振り回されることに慣れつつある自分がいるのも事実だったりするわけで。やれやれと頭を振り、せめて焼き殺してきそうな勢いで照りつける太陽の視線から避難すべく晴臣は公園内の日陰になっているベンチへと移動した。
     智生が担任に呼び出された理由について、晴臣にはなんとなく思い当たる節があった。数日前に自分も似たような状況で自身の担任に声をかけられのだ。最高学年の夏休み前、生徒と教師がふたりきりで話す内容など限られてくる。
     ――これからどうすんの、お前
     クールビズの真っ只中、ネクタイを外し、ワイシャツの第一ボタンも開け放った状態の担任が気だるそうにそう言った。……そんなの、俺が知りたいくらいだ。
    「……っ、」
     物思いに耽っていた晴臣の頬に何か冷たいものがぴたりとあてられる。カケラも想定していなかった突然の刺激に晴臣はギョッとしたように振り返った。
    「お待たせ」
     ……わかっていた。晴臣に対してこんなことをするのは彼以外にいないことくらい。汗をかいたスポーツドリンクのペットボトルを片手に、文字通り悪戯に成功した子どものような笑みを浮かべた智生がいつの間にかすぐ近くに立っている。
    「帰ろう、晴臣」
     彼は機嫌良くそう言った。

     案の定、担任に呼び出された理由はいまだにはっきりしない智生の希望進路の件だったらしい。夏の日差しが足元に作る濃い影を眺めながら、智生はちいさく息を吐いた。
    「お前は? ちゃんと考えてる?」
    「……どうかな」
     肩を竦めてそんな曖昧な返事をすると、「なんだそれ」と彼はくつりと笑みを零した。――きっと、晴臣がひそかに思い描く『理想的な将来像』を智生は正しく受け取っているのだ。それを晴臣があえて口にしない理由もすべて理解した上で。すこしだけ下の方へ落ちていた晴臣の視線を掬い上げるように智生が横から晴臣の顔を覗き込んだ。それから、「……先のことはわからねえけど」と前置きを据えるように彼がゆっくりと口を開ける。
    「音楽だけは続けてると思うぜ。俺も、お前も」
    「……ああ」
     それはきっと間違いない。ふたりを繋いだヒップホップは相変わらず関係の中心に存在するだろうし、それからきっと、智生との縁も――あえて口にする必要はないくらい確信を帯びたものであるが、たとえ高校を卒業して離れ離れになったとしても、彼との縁が途切れることは絶対にないだろうと晴臣は胸の内で静かに断言した。



     色付いた葉がひらひらと舞い落ちていく。秋。
     数週間前まで半袖で過ごしていたことがにわかには信じられないくらい、街はすっかり秋一色に染め上げられてしまった。教室の窓から見える景色も夏のそれからは大分様変わりしている。冬服を身に纏った生徒たち、日が傾く時間は日に日に早まり、薄青い空をうろこ雲が覆う。
     高校三年生のこの時期になっても日直日誌が存在する事実に晴臣は辟易している。放課後、誰も残っていない教室を陣取って晴臣は黙々と筆記具を持つ手を動かしていた。
    「まだー?」
     半分ほど開いていた教室の扉からひょこりと顔だけ出し、智生は退屈そうに言葉を投げた。そのまま教室の中へ入ってくると、晴臣の座席のひとつ前の椅子に背もたれを抱え込むようにして腰を下ろす。――暇なら先に帰れば良いのに。晴臣の頭をそんな考えが過ったけれど、それを口にすると目前の彼が不機嫌になることは火を見るよりも明らかなので、結局何も言わずに書き続けることが得策なのだ、この場合。案の定、晴臣が何も言わないことに対して彼は文句はないらしく背もたれに頬杖をつきながら晴臣の手元を静かに眺めている。
     ふたりしか存在しない教室には晴臣が文字を書く音だけが静かに響いていた。
    「晴臣は、付き合うならどんな子が良い?」
    「っ、……はあ……?」
     唐突に落とされたあまりにも脈絡のない質問に、さすがに驚いた晴臣は日誌から顔を上げて智生の方へ視線を向けた。彼のふたつのアメシストはゆるく細められ、晴臣の反応を楽しげに見つめている。――すこし大人しかったかと思えば次の瞬間にはこれだからタチが悪い。もちろん、そんなものは今に始まったことではないのだけれど。
     大袈裟にため息を零してから、晴臣はふたたび視線を手元の日誌へと戻した。
    「……なんだよ、突然」
    「んー? 久々にラブソングを聴いたから、なんとなく、気になってさ」
     良いじゃん、たまには。高校生らしくて。
     あくまでも話題の中心に存在するのはいつものように『音楽』であるらしい。やれやれと呆れを滲ませながら頭を振ったけれど、彼は晴臣の反応を気にする素振りも見せず「やっぱり可愛い子? お前のクラスにもいたよな」と、尚もその話題を続けようとする。
    「別に。一緒にいて苦じゃなければ、それで」
    「えー……。夢がないなあ」
    「……」
    「俺? 俺は、可愛いよりは美人が好きかも」
    「訊いてねぇよ」
     ぴしゃりと吐き捨てる。そんな晴臣の返答に当の本人はおかしそうにけらけら笑っていて、しかし唐突に何かに気付いたようにぴたりと動きを止めると、日誌を書き続けている晴臣の顔を覗き込んだ。そのまま上機嫌に言葉を紡ぐ。
    「……うん、付き合うなら晴臣みたいな美人が良いな」
     ギョッとして思わず顔を上げた。にこにこと人好きのする笑顔を浮かべたまま、彼は晴臣の反応を心底楽しんでいるようだ。――頬杖をついて、小首を傾げて。「お前は?」と、まるで何かを試すような口振りでうっとりと言葉を落とす。
    「……馬鹿言え」
     無理矢理智生から視線を外すと、晴臣は大きく息を吐いた。



     吐いた息は白い靄となって辺りの空気へ溶けていく。冬。
     くしゅん、と可愛らしい音を立てて隣の男はちいさなくしゃみを零した。それから、寒そうにずるずると鼻を啜る音が聞こえる。ぐるんぐるんに巻き付けたマフラーに顔を埋め、智生は不機嫌を隠さず眉間にシワを寄せていた。案外短気な男なのだ。今だって、冬の理不尽な寒さに対して苛立っているのだから。
    「……寒すぎる」
    「仕方ねぇだろ、冬なんだから」
    「それは……そうだけど」
     むすっとした口調はまるで幼くて聞き分けのない子どもそのもののようで、通い慣れた通学路をふたり並んで歩きながら思わずくつりと喉の奥で笑ってしまう。寒いのが嫌ならわざわざ学校に行く必要もないだろうに、いつから三年生の数少ない登校日を律儀に守るような男になったのだろうか。――そういう晴臣の胸中を察したのか、智生はますます嫌そうに表情を歪ませて「今、失礼なこと考えただろ」と吐き捨てた。
    「いや、案外真面目だったんだなと思って」
    「……なにそれ」
    「鼻、真っ赤だぞ」
    「あー……うん、凍りそう」
     晴臣も寒さに強いわけではなかったけれど、毎年さまざまな布を纏い過ぎてだるまのようになっている智生を見ていると、自分はまだ耐性がある方なのかもしれないと思えてくる。
    「耳あても持ってくれば良かった」
    「……いよいよ本物のだるまだな」
     ――二月のちょうど真ん中。卒業式を一ヶ月後に控えた今日、そういう他愛のないやりとりを繰り返しながら、あと何度こうして彼と共にこの道を歩くことになるだろうかと考える。高校を卒業したあと彼がどうするつもりなのか、晴臣は今日まであえて訊くようなことはしなかった。彼の思い描く『理想の将来像』の中に自分が存在していることは確信を持っていたけれど、ふたりの関係がどんな形を成しているのかまでは想像することが出来なかったから。――柄にもなく、すこし、怖いとも思う。
    「あ、」
     不意に智生がちいさく声を上げた。ポケットに仕舞ったままだった右手を出して、空を眺めながら手のひらで何かを掬い上げるような仕草をする。――雪だ、と。彼はぽつりとつぶやいた。
    「……」
     彼の視線の先を辿るように晴臣も静かに顔を上げる。白い雪はひらひらと花びらのように舞い落ちて、彼の無防備な赤い鼻の上にぴたりと着地した。そのままふわりと溶けてなくなってしまう。
    「晴臣」
    「ん?」
     不意に名前を呼ばれ、彼の鼻先にとどまっていた視線を持ち上げた。寒い寒いと繰り返していた彼のくちびるは先程とは打って変わって楽しげにゆるく弧を描いている。――ずっと前から決めてたんだけど。唐突に彼はくちびるを動かしてふわりと言葉を落とした。
    「卒業したら、本格的に音楽の道に進もうと思ってる」
    「……そう」
    「お前も一緒にだ、晴臣」
    「……」
     しん、と。ふたりを冬の静寂が包み込む。晴臣は何も言わず、じっと彼の瞳を見つめていた。それからふっとくちびるをゆるめると、噛み締めるように「いいな、それ」と頷いた。……つまり、卒業したあとも智生との関係を正しく続けていくということだ。ふたりの世界の中で『俺たち』の音楽を紡ぎ、互いの隣で生きていく。それはまるで……――
    「『プロポーズみたい』」
    「……は?」
    「ん? そういう顔してなかった?」
    「してねぇ」
     嘆息混じりに言葉を落とした晴臣の顔を、智生は楽しそうにけらけら笑いながら覗き込む。至近距離でぱちんと視線がぶつかり、彼のアメシストがうっとりと細められた。
    「やるからには全力だ」
    「……当たり前だろ」
     最初から、お前との音楽に骨を埋める覚悟なんだ、俺は。
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