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    あ や 🍜

    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    (はるちせ)キスもセッ*スもするし、互い以外の相手を選ぶ気なんて微塵も無いけど、それが恋とは思っていないふたりがすき。

    ##ちせとはる

    その世界は恋を知らない ぽかぽかとあたたかい、春のまどろみに似た夢を見ていた。
     部屋中に散らばる意識を手繰り寄せるように、ぴったりふたつ、ぱちりぱちりとまばたきを落とす。めずらしく、昼の手前のような時分まで休日を謳歌する子どもみたいにぐっすりと眠りこけていたらしい。
     くあ、と大きな欠伸を零してから、当然そこにあるはずの温もりを求めて、白いシーツのキャンパスに俺はくるりと円を描く。けれどそういう俺の甘い期待とは裏腹に、哀れな左腕はすっかり熱を失ったリネン生地の感触を虚しく拾い上げただけだった。――顔を動かして、視線を隣へ向ける。
    「……はるおみ……?」
     ぽつり。ひとりごちた言葉は、まだ何処か夢うつつな風を滲ませている。そこでようやく、一緒に眠りについたはずの彼はとっくに夢から目を覚まし、俺を置いて、ふたりきりのベッドから抜け出していたことに気が付いた。……飼い主に捨てられた仔犬って、こんな気分なのかな。寝起きのぐずぐずした頭でそういうくだらないことを考えながら、俺はちいさくため息を吐く。
    「(……何処行ったんだ、アイツ)」
     まだ、昨晩の、綿あめのようにふわふわとやわらかくて、胸焼けを起こしそうなほど甘ったるい記憶たちは、余すことなくこのちいさなベッドルームを漂っていると言うのに。のそのそと身体を起こし、誰もいない部屋の中を俺はくるりと見渡した。すっかり冷えてしまった両手で顔を覆い、もう一度、昨晩の彼との行為をさいしょの方からゆっくりと振り返ってみる。……うん、大丈夫。絶対に夢じゃない。というかそもそも、わざわざ記憶の糸を辿るようなことをしなくても、身体がぼんやりとした気だるさを伴っている時点で、それが現実に起きた事実であることは火を見るより明らかだ。
     中途半端に身体の上に覆いかぶさっていた掛け布団たちをよいしょと持ち上げて、まだほんのりと余韻の残るベッドから、俺はようやくの思いで抜け出した。


     その世界は恋を知らない


     ベッドの脇に落ちていたスウェットを拾い上げ、片足ずつ通した俺は、ぺたりぺたり、フローリングの床に足の裏を付けては離しを繰り返しながらリビングへ向かって歩みを進めている。剥き出しの皮膚を通り抜けて、無機質な冷たさがそろそろと持ち上がってくるようだ。
     朝特有の――今はもう昼だけれど、ベッドの温もりが身体の内側からすこしずつ失われていく感覚が、子どもの頃からどうしても好きになれない。だから本音を言えば、身体に掛け布団を巻き付けて、暖かい部屋までずるずると引き摺っていきたいというのが正直なところである。でもまあ、実際にそんなことをすると家主である晴臣の機嫌がわかりやすく急降下するから、どうしようもない時以外は控えるようにしているのだ。『わがまま』の使い所は、もっと有意義な場所にたくさん散りばめられている。
     一人暮らしのくせに、作曲用の機材を置く場所や作業部屋が欲しいからというそれらしい理由で、晴臣はファミリー向けのフラットの一室を借りて暮らしている。無駄に部屋と扉の数が多いのはそのせいだ。「どうせ持て余してるんだから、一緒に住んで良い?」と冗談半分で口にしたことがあるけれど、彼は面倒臭そうにため息を吐いただけで、その場は適当に流されてしまった。未だにその返事を貰っていないことを、俺は今更のように思い出している。別に、どっちでも良いんだけど。
     リビングへ続く扉のドアノブに、俺は静かに手をかける。途端、ひんやりとした鈍い金属の感触が伝わってきて、思わず「冷た……」と口に出していた。熱を奪われたせいで皮膚の表面にぞぞぞと鳥肌が立つ。
     ……さいあく。それもこれも、俺をベッドルームに置き去りにしたアイツが悪いんだ。
     眉間に寄るシワをそのままに、そうやってぶつぶつと文句を零しながら扉を開ける。そんなご機嫌斜めの俺を慰めるように、さいしょに優しく出迎えてくれたのは鼻腔をくすぐるブラックコーヒーの香りだった。予想していなかった状況に、あれ? と首を傾ける。
     リビングに併設しているキッチンには、見慣れた後ろ姿があった。オーバーサイズのパーカーを身に纏い、肩に付く黒髪を無造作にひとつに結って、自身で入れたコーヒーを晴臣は静かに口にしていた。パーカーの下からは、蝋のように白く透き通った脚がすらりと綺麗に伸びている。あの様子だと、下着を履いているかも怪しいところだ。変なところで物ぐさな彼は、ベッドの下に散らばったふたり分の衣服の中から適当に目についたものを拾い上げてそのまま袖を通したのだろう。――だって、あのパーカー、俺のだし。
    「……晴臣」
     くちびるの先で、その音を確かめるように彼の名前を紡ぐ。爪先をしっかりと晴臣の方へ向け、ふわりふわり、花の蜜に誘われる蝶のように彼の背中へ近付いた。そのまま、パーカーに覆われた細い腰に俺は自身の腕を絡ませる。
    「おはよ、晴臣」
    「……ん」
     きっと、俺が寝室から出てきたことに彼は早い段階から気付いていたのだろう。大して驚いた風もなく、俺の朝の挨拶を彼は静かに受け止める。
     晴臣の背中にぴったりとはりつきながら、すこしだけ高い位置にある彼の肩に顎を乗せる。三センチメートルの差を容易く埋められるのは、晴臣の背中が丸まっているおかげだ。――寒さに身を縮める猫みたい。脳内にふっと浮かんだそういう思考に、意図せずくちびるの端が持ち上がった。晴臣にバレたら嫌がられるだろうな、とも思う。
     首元に顔を近付け、鼻先で彼の首を擦りながらすん、と息をした。俺のパーカーを着ている晴臣からは、俺が普段愛用している柔軟剤と晴臣自身の甘さが混ざり合ったような心地好い匂いがする。どちらも俺のお気に入り。その事実を目の当たりにした俺は、自分でも気付かないうちに、ふふ、と笑みを零していた。
     背中にまとわりつきながら唐突に笑い出した俺を不審に思ったのかもしれない。コーヒーの入ったカップをキッチンの台に置いて、晴臣は不機嫌そうに口を開く。
    「……なに」
    「ううん、なんでも」
     ……柄にもなく、日常に散らばる『幸せ』を噛み締めていた、なんて。それを素直に白状したら、きっと彼は「らしくねぇな」と笑うのだろう。だから、わざわざご丁寧に言葉にするつもりはない。――そういう天邪鬼な俺の胸中を察したのか否か、唐突にはちみつを煮詰めたような甘さを滲ませて、彼は「……智生」と俺の名前を口にする。音に誘われるように俺は顔を持ち上げた。
    「……、」
     むに、とやわらかい感触がくちびるに触れる。それが晴臣のくちびるであることに、俺はすぐに気が付いた。幼い子どもがするような戯れのキスはそれ以上の重たい意味を多分に含んでいる。……なあんだ。晴臣も、やっぱり『そう』なんじゃん。映画のワンシーンのようなシチュエーションで甘ったるいキスをしてしまうくらい、ふわふわとした思考を享受している。
     余韻を残してすぐに離れたくちびるの先で、流行りのラブソングでも歌うみたいに、俺はうっとりとつぶやいた。
    「かわいいね、お前」
    「……るせぇ」
     眉間にシワを寄せ、わかりやすく『不機嫌』を顔に貼り付けた彼に、俺は思わずケラケラと音を立てて笑ってしまった。そのせいでより一層彼の機嫌が悪くなったことはきっと言うまでもない。そのくせ、至近距離でぴったりと絡んだままの視線をそらす気はないらしく、琥珀色の瞳はじっとこちらを見つめ続けている。
    「(……やっぱり、かわいい)」
     重なる部分から互いの体温が混ざり合う感覚は、何物にも代えがたいことを知ってしまったから。俺もお前も、互いを手放す未来なんて、一欠片も想像することが出来ないんだ。
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