『顔を隠す』 新作フラペチーノを片手に退屈そうな表情を浮かべる辰宮晴臣は、同性の俺から見ても整った顔立ちをしていると思う。
カウンターに頬杖を突いて、そんな彼は何をするでもなくぼんやりと店内の様子を眺めている。
「……それ、甘くないの?」
思わず、頭に浮かんだ疑問をそのまま口に出してしまった。俺の言葉に誘われるように視線をこちらへ向けた晴臣は、何を勘違いしたのか、「飲むか?」とプラスチック製のカップを差し出してくる。……うーん、別に、味が気になったわけじゃないんだけど。
けれど、せっかくの好意を無碍にするのも気が引けたので、素直に頷いた俺は晴臣の方へ顔を寄せてストローに口を付けた。
新作って、そもそも何だったっけ?
そんな今更なことをぼんやりと思いながらカップの中身を一口分吸い込み、――瞬間、口の中いっぱいに広がる暴力的な糖分に、思わず、うえ、と舌を出した。味を判別している余裕もないくらい。
「……あっま……」
「そりゃあな」
俺の反応を予想していたみたいに、晴臣はくつくつと喉の奥に笑いを零した。普段は大人びて見える彼が、頬をゆるませ、そうやって年相応に笑う姿を久々に見たような気がする。笑われているのは自分だということも忘れ、思わず彼の横顔をじいっと見つめる。
「……なに」
「ん? いや、良いなあと思って」
「は……?」
脈絡のない俺の発言を訝しむように、怪訝そうな表情を浮かべた彼はふたたびこちらへ視線を向ける。はちみつ色の瞳を細めて、言葉の真意を探ろうとしているらしい。別に、難しく考えないで素直に受け止めてくれれば良いのに。
「案外、子どもっぽいところがあるよねって話」
そう言うと、彼は嫌そうに顔をしかめてみせた。どういう意味だ、と嘆息を零しながら、それらしい苦言を呈してくる。
「褒めてるんだよ」
顔に似合わず甘党なところも、笑うと少し幼く見えるところも、俺は案外気に入っているのだ。
しばらく口を開(ひら)かなかった彼は、不意に、掬い上げるように俺の顔を覗き込んだ。先程までの不機嫌そうな表情は鳴りを潜め、真剣な面持ちでじっと見つめられる。それから、形の良いくちびるを動かして彼は静かに言葉を零した。
「俺も、お前とのこういう時間は『良いな』と思ってるよ」
「……」
ヒュッ、と。喉の奥で空気の鳴る音がする。
不意打ちみたいな『相棒』からのまっすぐな言葉と感情を、らしくもなく、真正面から受け取ってしまったせいだ。自分から仕掛けたくせに、返り討ちにあってしまった。情けないことに。
案の定、口の端を持ち上げ、晴臣は悪戯を成し遂げた子どものように意地の悪い笑みを浮かべている。
……何それ。そんな顔見るの、初めてなんだけど。
「……っ」
バチン! と、思った以上に大きな音が出たけれど、そういうことに構っていられる余裕がこれっぽっちだって残されていない。唐突に、そして勢い良く両手で顔を押さえられた彼は、ゔ、とくぐもった声を出した。
だって、今、顔を見られるのはまずい、と思う。絶対に。
「……」
「……」
気まずさを伴う――いや、そう思っているのは俺だけかもしれないけれど、そういう類の静寂がふたりの身体を覆っている。
ふっ、と、案の定、それを先に破ったのは晴臣の方だった。ふたたびくつくつと喉の奥で笑い始めた彼は、きっと次の俺の行動を待っているのだ。
「……むかつく」
「俺の台詞だろ」
「……」
笑いながら言うことじゃないよ、と。喉まで出かかった言葉をすんでのところでのみこんだ。そうやって突っかかることこそ、彼の思うつぼのような気がしたので。
他人の両手で顔を覆われるという間抜けな格好にも関わらず、晴臣はひどく上機嫌なように見えた。
顔の熱が引いたら、とりあえず、彼の手の中にあるフラペチーノは全て飲み干してやろうと思う。