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    ちせとはる(左右不定)/ 匋依 / 箱▷https://odaibako.net/u/hrlayvV

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    はるちせ(はる?)/2022 智生BD/ふたりとも煙草を吸っています。

    ##ちせとはる

    幸福な日々の過ごし方 珍しく、気温の上がらない一日だった。
     冷えた窓ガラスを通り越して、晴臣は、ベランダに立つ片割れの姿を見た。春と夏の合間の夜空は分厚い雲に覆われ、月も星もすっかり姿を隠してしまっている。――否、昨晩の、猫の瞳を思わせるような月の形から考えるに、今晩はどちらにせよ月が見えるはずはなさそうだけれど。
     智生の背から視線を外し、部屋の中に置かれたデジタル時計に、そっと目を向ける。無機質な数字たちは、あと数分で日付が変わることを静かに知らせていた。それが意味するところを真正面に考えながら、けれど、あえて意識していないふうを装って、思考の大部分を頭の隅の方へと追いやった。それからすぐに、彼の背へと視線を戻す。
     煙草を燻らせる相棒が曇った夜空を見ながら何を考えているのか、すべてを理解することは不可能だ。人好きのする笑みを浮かべながら、彼は、いつだって本心を何処かに仕舞い込んだような振る舞いをするから。それでも、晴臣と過ごす時間を彼なりに大切に思っているらしいことだけは確かだった。二人で音楽を紡ぐ未来はこの先も続いていくし、今日という日がなにかの節目になるわけでもない。だとしたら、相棒の自分に出来ることはひとつしかないだろう。
     中途半端に開いていた窓に手をかけて、ひとが通れるくらいの隙間を作るように横へと動かした。カラカラと小気味良い音が鳴る。ベランダへ足を踏み入れた晴臣は、柵に頬杖をつく相棒の隣へ、静かに近付いていく。
     顎の下を支える右手のひとさし指と中指の間に、細い煙草が挟められているのが見えた。先端からゆらゆらと煙がのぼり、暗闇の中で智生の身体を包んでいる。鼻腔の表面を特有の匂いがそろりと撫で上げた。お世辞にも『良い匂い』とは言えないそれは、けれど、一定数の人間には生活の一部として受け入れられているもので、その中に智生と晴臣も含まれている。
     柵の外側に垂れ下がるもう片方の手に、煙草のケースが握られていた。手を伸ばし、晴臣は、そこから煙草を一本だけ拝借する。晴臣のそういう一連の行動を彼は最初から最後まで口を閉じたまま眺めていた。どうやら大人しく煙草を分けてくれるつもりらしい。
    「火、あるか」
    「ん」
     智生の視線が、ようやくはっきりとこちらへ向けられる。そのまま煙草をくわえなおした彼は、晴臣のくちびるの先へそっと先端を近付ける。
     ベランダに、赤い花が咲いた。
     智生の煙草から直接火を受け取って、それから彼が好む煙で肺を満たしていく。
     夜の空気にふっと煙を吐いた晴臣を眺めながら、彼は揶揄う口調を隠そうともせず言葉を落としていく。
    「料理人が煙草吸って良いの?」
    「……誰が料理人だ」
    「あれ、違った?」
     くつくつと喉の奥で笑う彼を一瞥し、晴臣は「今更だろ」と吐き捨てる。その理論で言うなら、音を紡ぐ『俺たち』にもあてはまるはずだろう、とも。
     ――喫煙を『ゆるやかな自殺』だと最初に表現したのは誰だっただろうか。聞き齧っただけの言葉を脳裏に浮かべながら、それこそ今更だなと思う。結局、生も死も、『相棒』と共にあれるのなら大した違いはなかったから。『運命』なんて、甘ったるい言葉で表現してしまいたくなるような、そういう出会い方をしたのだ、『俺たち』は。
    「……」
     ――晴臣、と。ぽつり、音を確かめるように、くちびるに名前を乗せた智生が、口に含んだ煙をふうっと吐き出した。視界が白くぼやける。――その行為に含まれる意味にはあえて気付かない振りをして、晴臣はただ『呆れ』を示すだけのため息を零した。そういう晴臣の反応を前に、ふわりと彼の相好が崩れる。……悪戯に成功した子どもみたいな無邪気な笑顔が浮かぶ。
    「……なに」
    「ん? ふふ、ううん。ごめんごめん」
     吹いたら飛んでしまいそうな、ふわふわと軽い謝罪を口にして、すっかり満足したらしい智生はふたたび前を向く。――晴臣の思考を自らの方へ手繰り寄せ、そのたびに、幸せそうに笑うからタチが悪い。けれど、そういう行為も含めて『わがまま』な彼らしいとも思うのだ。
     気付かぬうちに、夜空を覆う雲はすっかり消え去っていた。
     この男に曇り空は似合わない。出会った時から変わらず、晴臣は一途にそう思い続けている。
     ――特別な言葉など送るつもりはなかった。ただ、その瞬間をいちばん近くで共有することに、正しい意味が存在するだろうから。何よりきっと、彼もそれをいちばんに望んでいる。
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