伝染思慕便箋(仮)争いとは時にひょんな事から始まる。同じ相手を好きになる者、恋路を彷徨い揺れる者、手に入れようと手段を選ばぬ者、様々な者たちの葛藤がこの学園に渦巻いていた。
#4
最近、嫌な噂が立っている。
〈水星女が御三家を全滅させる気だ〉
まあ、認めたくないけれど今は彼女がホルダーなんだから、その立場を守るには全てに打ち勝つというのは至極当然であって。それを長らく維持し続け、周囲から尊敬されていたグエル先輩は偉大なのだと、この頃は特に痛感する。過去形で述べたが、少なくとも私たちは今でもグエル先輩を尊敬している。パイロットとして優秀な成績を修めながら、父君であるジェタークCEOの後継者として日々自己研鑽を怠らないその姿に、一個人として感銘を受けている。
それで、件の噂だ。水星女は先日の決闘でペイル社の新型MSを駆る氷の君ーーエラン先輩を下した。こうなった以上、グラスレーが動くのは予想に難くない。というか誰しもが想像しうる事象だ。
本当はグエル先輩に勝って欲しいし、ホルダーに返り咲いて、水星女が調子乗らないように圧をかけてくれる……と信じているが、現実はそう簡単ではなく。
先日、氷の君に決闘を申し込まれたグエル先輩は、CEOに止められていて専用機も使えないのに承諾し、敗れてしまった。
お陰でグエル先輩は寮を追い出され、学園の何処とも言えない場所で野宿しているとのこと。ラウダ先輩が心配してキャンプサイトに訪ねようとしたら、
「俺のことはいい、お前は寮生を守れ」
とか何とか言われて追い返されたそうだ。なんだよそれ、ちょっとカッコつけてませんか。でも、そういう所がグエル先輩のいい所でもある。だから尊敬している。
今日も今日とて授業の合間にグエル先輩に会いにいく。ペトラも私も、ただ元気な顔を見て安心したいというだけなんだけど。
「そういやさ、例の紙切れの落とし主、見つかった?」
廊下を歩きながら、ペトラが聞いてきた。前の方は別の寮生が談笑していて、私たちの話も雑音の中に紛れそうだった。
「いーや。まだ」
「中身は見てないんだけどね!」
強く念を押すみたいな言い方でペトラが食い気味に返す。……中身、割とネタバレされてるんだけど。
「でもラウンジにあったと思うんだよね。ロウジが拾ったってのが本当だったら」
「最近決闘の申し込みした人いたっけ?」
賭けるものが恒例になる面子から洗うべきかなと思い立った。普段はこういうの、ペトラが思いつくものだと思ってたけど。
「ねえ、そういやこの前グラスレーの腹黒女……あ」
ペトラの口がグッと閉じられた。思わず倣って自分の口を塞いでみた。すると、ペトラが視線を廊下の突き当たりに流したので同じく視線を追ってみた。
「だぁかぁらぁ、それってぇ、私のこと、どう思ってるの?」
甘ったるい猫撫で声で、目の前の男を籠絡しようとしている女子生徒がいた。彼女は、言い淀む男にさらに詰め寄って制服の裾を摘んだ。やってんな、また。
「教えてくれないの?いじわるぅ」
そう言って女子生徒は男の胸板にそっと手を添える。なんか一挙手一投足にわざとらしくて過度な艶めかしさがあって、ちょっと吐きそう。
「き、今日はこれで!ま、またね!レネちゃん」
タジタジの男子生徒が半ば逃げ出す恰好で駆け出したものだから、もはや可哀想という感想しか浮かばない。なので、私もそこで思考停止していたみたい。
「わっ」
こちらに駆けてきた男子生徒とぶつかってしまった。意外としっかり衝撃があり、床に手荷物を落としてしまった。イテテと嘆いてお尻を軽く叩いていたら、ペトラがブンブンと首を振っていた。撤退合図だ。慌ただしく手荷物を拾い上げ、Mark Timeだ。
「し、失礼しましたー」
からのForward Step、脱兎の如く退散を決め込んだ。
だから、まさか例の紙切れが落ちたままなんて気づくはずも無いし、それがあの腹黒女に拾われてるなんてことも知らない。
……メイジーが後で教えてくれたことだけど。
(つづく)