伝染思慕便箋(仮)どうしても気になってしまって。先輩ってどうして自分への好意に疎いんでしょうね(笑)
#6
「リリッケ・カドカ・リパティ」
それは、午後の追加授業でのことでした。私の席には、同学年では見かけない顔の女生徒がいました。彼女の顔は、なんだか怒りのような表情がはりついていて、どうにも心が穏やかではないなって思いました。とりあえず、「はい、何でしょう」と平静に様子を窺ってみましたが、彼女は握り拳にさらに力を込めて私に何かを差し出しました。・・・これは、何かの紙でしょうか。
「良かったわね、あなた宛だって」
はあ、私宛のお手紙ということでしょうか。もしかしたら、この前ランチに誘ってくれたあの方でしょうか。そうとは限らないけれど、人からの好意というのはやっぱり嬉しくなるもので。私はその紙を受け取りました。
帰寮の時間になって時間を作れたので、地球寮の共用スペースにあるふわふわのクッションに座ってホットミルクを飲んでいたら、スレッタ先輩とニカ先輩がやってきました。二人ともなんだか楽しそうだったので、つい聞いてみたいと思い声をかけようとしましたが、立ち上がった途端に二人が同時にこちらを向いたのでその必要がなくなりました。
「リリッケさん!聞きましたよ!!」
「ランチに誘われたって?モテモテだね」
柔和な笑顔のニカ先輩が私の肩をポンポンと軽く叩きました。
「ふふ。でもお食事するってだけで、まだそういうのじゃ……」
スレッタ先輩が不思議そうな顔をしていたので、続けてみることにしました。
「彼はなんだか困っているというか、悩んでいるというか。そんな感じに見えたんです。だから、たぶん相談したいんじゃないかなって」
「な、なるほど~」
スレッタ先輩。それ、わかってないときの顔ですよ?
「でもでも!リリッケさんは優しいので、相談に乗ってくれるならきっと彼も嬉しいと思いますよ!ほーよーりょく?みたいな!」
スレッタ先輩の鮮やかな赤毛が左右に揺れていて、私もなんだか上機嫌というか、そんな気持ちになりました。スレッタ先輩ってやっぱり、人を惹きつける何かがあると思います。
「あ、そういえば」
突然のニカ先輩の声に顔を向けてみると、彼女はなんだかニヤニヤと口角を上げていました。
「今日、グエルさんとシャディクさんが話しながら廊下歩いてて、すれ違ったんだけどね」
「あ、私も見ましたよ~!ミオリネさんに話しかけられてましたよね」
「そうそう。ミオリネさんのキレッキレのツッコミ、面白かったよね」
聴くに、シャディク先輩の制服の着こなしについてグエル先輩が物申していたところに、ミオリネ先輩が追い打ちをかけてきたとのことで、なんだか微笑ましい光景が浮かびます。そういえば、シャディク先輩とミオリネ先輩は幼馴染、グエル先輩だってベネリット御三家として長い付き合いがあると思い出して合点がいきました。
「でね、ミオリネさんが立ち去った途端にグエルさんが急にキョロキョロし始めて……」
ふむふむ。頷く私の横でスレッタ先輩が再び首を傾げていて、彼女はそれ以降を知らないのだと気づきました。
「らしくない行動にシャディクさん、驚いちゃって笑い転げてましたよね。あれ、何してたんでしょう」
「さあ……慌てようからして、何か探してるみたいだったけど。わかんないや」
ニカ先輩がそこで話は終わりという感じで締めたため、ここでプチ女子トークは閉じられました。マルタン先輩から消灯の合図があったため、みんなで寝室に向かいました。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ~」
アリヤ先輩が一番先にベッドに入り、それに続いて私たちもそれぞれベッドに入ろうとするのだけれど、ふと今日のことが頭を過ります。
あの手紙……。結局本当に彼からのものか確認できず終いです。ベッドの脇に仕舞ってある小箱に手を掛け、そっと現物を抜き出し、文字列をじっと眺めてみました。だって、居ても立っても居られないのだから。
改めて見てみても、確かに中身はラブレターと言って差し支えない内容でした。しかもとても情熱が込められていたので、きっと書いた人は本当にお相手のことを一途に想っているんだと伝わってきました。けれど、ちょっとした懸念というか、違和感があって。
≪許してほしい≫っていうフレーズが、なぜだかとても印象に残ってずっと考え込んでしまいます。なんというか、そう。この書き方や言葉選びがどうも件の彼ではないような気がしてきました。だって彼はどちらかと言うとふわっとした方というか、朗らかなイメージがあったので。それにこの手紙を渡してきたのは、他寮の、しかも上級生。だとしたら、この手紙を書いたのはその人の周囲の方だと思うので。
うーん、このままじゃ寝不足でお肌の調子が悪くなるとわかってはいるのだけれど……。もしかしたらこの人は……、価値観の破壊……、相手の意思と関係なく……、認めてほしい……、憧れ……?そんなことを悶々としていたら、なんだか瞼が急に重くなってきて、そのまま夢の世界へ誘われてしまいました。
「おはよーございます!」
「おはようございます……ってスレッタ先輩!寝ぐせ!寝ぐせすごいですよ」
翌朝、かけた目覚ましより早く目が覚めました。快眠と言い切れるほどではなかったけれど、それでも連日予習・復習で時間を削っているスレッタ先輩を見れば、やっぱりよく眠っていたんだなと思わされます。
早朝の洗面化粧台を私たち女子組が陣取るのはもはや見慣れた光景です。スレッタ先輩の癖毛をブラシで梳いていたら、チュチュちゃんが入ってきました。彼女もまた、髪に特徴を持っているので、セットは必至です。
「あの、もう寝ぐせ直りました?」
「はい、ばっちりです!あと、スレッタ先輩にこれ。付けてみてください」
乳白色の液体がたぷっと揺れる小瓶を手に取る。これは昨夜遅くまで勉強に勤しんだ彼女へのちょっとしたお疲れ様を込めたサプライズ。
「あ、これ……!」
「駅前の化粧品屋で売ってた、たっっけぇジェルか」
チュチュちゃんがまた「よくこんなん買うなー、あーしは面倒だわ」ってちょっとむくれている。でもこれは、自分へのご褒美として買ったんです。
「すごい……、つやつや!」
スレッタ先輩の目がキラっと光って、とても眩しい笑顔が鏡越しにこちらへ向けられるので私までつられて笑顔になりました。
「寝不足続いてたんだろ?スレッタはもうちょい自分を大事にしな」
チュチュちゃんがシフォンヘアをキュッと持ち上げてスレッタ先輩の顔を覗くのですが、言い方と全然違って表情はとても優しいのでわかりやすいなーなんて思います。
「あ、そういや。リリッケ、これ落としてたぞ」
「あっ、これ!」
そう、彼女が手渡してきたのはあの手紙。もしかして私、あの後寝落ちしちゃった……?
「なんですか、それ!もしかして、ら、ラブレター……とか?」
スレッタ先輩がもじもじと聞いてきましたが、あまりの照れ様にまるで彼女が告白されたみたいな錯覚を覚えてしまいます。とっても可愛いので思わずぎゅっと抱き着いてしまいました。
「ラブレターなんですけど、なんだか妙に気になって……」
そこで、私はこの手紙についてランチに誘ってくれた彼だとは思えないということをざっくり伝えました。
「≪許してほしい≫ってなんだよ、懺悔かっての」
「リリッケさん、私こういうのエアリアルのライブラリにあったマンガ?で見たことあります!相手のことは好きだけど好きだと言えないとか、もどかしさとか。でもあくまで自分を好いてほしいわけじゃないってやつですよね!ね?」
「あんだよそれ、一方的すぎるだろ」
チュチュちゃんはクール……というかドライに返しますが、ちゃんと話を聞いてくれているわけで。だからこそ、スレッタ先輩の熱のこもった解説?には驚かされます。というか、エアリアルのライブラリは一体どんな作品がどれくらいあったんだろう。
「でもでも、相手を想っているだけで胸がいっぱいになったり、生きる活力になったりとか、そういうアレですよね!」
そう、そうなんです。でもこれ、なんだかデジャヴというか。どっちかというと私よりもスレッタ先輩に対しての表現として“合っている”気がしてきました。
興奮気味に食い入るスレッタ先輩が今回ばかりはちょっとまともに見られないかもしれません。こんなに可愛くて真っ直ぐな人なのに。
「スレッタ先輩。やっぱりこれ、私宛じゃないような気がしてきました。なんとなく……ですけど先輩宛のような気、するんです」
こういうのを、俗にオンナの勘だとか言うのかもしれない。変な感覚だけど、こう言葉では言い表せないものがありました。
「え?あ、はあ……」
やっぱり納得できない顔のスレッタ先輩にその手紙を握らせます。これだ、先輩が先輩なんだと思える要素は。
「きっとこの人、本当は直接渡したかったのかもしれません。だけど、よくわからない縁でここまで流れついちゃったものだから、多分焦ってます。断言はできないんですけど、スレッタ先輩がこれを持っていれば何かわかるんじゃないでしょうか」
「わ、わたし……?」
自信なさげな背中をポンと叩き、私は笑顔一つだけ置いて朝食の準備に向かうことにしました。
スレッタ先輩なら、きっと。ね?
(続く)