伝染思慕便箋(仮)#5
「わっ」
廊下の曲がり角近くから声がした。
私を置いて逃げ出した男……キープくん12号は、大方前方不注意で誰かとぶつかったんだろう。初心なんだな、それだけしか思うところは無い。一つだけ言えるのは、キープくんにした以上目はかけるつもりではあるということだけ。だからあんなにドギマギさせてやった。私は可愛いで全て落とせば問題ないもの。
生憎、私の次の目的地もそちらにあるのだ。だから当然廊下を進むのだが、今日は様子がおかしい。
折られた紙が落ちていた。
「な~にこれ。紙なんて珍しいじゃん」
落としたやつが悪いのよ。外面はちょっと皺が目立つけど、中身を見てたっぷり数分間微笑んでやった。
「なになに?貴女を想い続けます。貴女に想いが届いて欲しい、なんて烏滸がましいけれど。それでも愛し続けることを許してほしい。……ってポエムかよ」
恋愛沙汰は自分も発生させることはあるし、本気になった奴が盲目になるなんてことは知ってる。だけど何だこれは。あまりにも一途で、湿度高すぎて反吐が出そう。
少なくとも私には合わないし、正直言ってナメてるとしか思わない。まあ、人にはそれぞれあるんでしょうけど。私はつまみ食いして楽しむ性質だからってだけ。
でもこの学園で自由に恋愛できるのもトップ層から何も言われない程度の人間だけ。それが信頼されていてなのか、はたまた放任主義なだけなのかはわからないけれど。
午後の追加授業があるので、指定教室に移動する。この紙を後生大事に持ってても仕方ないし、そもそも持ち歩くのも面倒だなと思っていたから、そろそろどこかで捨てられないかな、なんて考え事に耽ける。
「出席取るぞ。席に着け」
担当教師、なんかいつもよりハゲたかな。くだらないことを思いついてクスクス笑ってしまう。
「……1年リリッケ・カドカ・リパティ」
「はい!」
……耳がザワついた。最近男どもを引っかけまくる女の名が聞こえた。本人にその気は無いのだろうが、魔性の女っぷりは全校的に知られている。アレの何が良いのやら。それより私の可愛さで悩殺してやると言うのに。腹立つ。
授業中も何だか無性に苛立ちが続くので、隣に座ったメイジーにちょっかいをかける。
「ないわー」
「何が?あの子も可愛いと思うけどね」
「なんでさ」
「この前、○○寮の男の子にランチに誘われたって」
……嫌な予感がした。
「それって、この前告りに来た……」
「そうそう、その子!」
なんだよそれ。ウチの男に手を出してんの?は~やることが汚いわ。
それで何?浮かれてるんでしょ。告白を受ける受けないで、恋に恋してるみたいな。
「3年メイジー・メイ、レネ・コスタ!」
あ、やべ。先生がこちらを睨んでいる。
「はーい」
「気をつけまーす♡」
特大のぶりっ子ポーズで媚びを売る。先生だってうら若い女の子には弱いのは調査済みである。
しかし、先程の怒りがまたぶり返して気持ちが悪い。さっさと授業が終わることを祈ってひたすら暇つぶしに徹した。
「では、本日の授業は以上だ。各自忘れ物に注意して帰るように」
やっと、やっとだ。虚無い時間が終わった。終礼チャイムが鳴って皆そぞろに寮へと戻る。
だけど、どうしても虫の居所が悪いので。
「リリッケ・カドカ・リパティ」
席を立とうとしたタイミングを見計らって声をかける。
「はい、何でしょう」
あの男が落とした紙を押し付ける。なんで私がこんな惨めな目に遭うのか。
「良かったわね、あなた宛だって」
「はい?ありがとう、ございます?」
なんで疑問形?天然キャラってワケ?戸惑いながら紙を大事そうに受け取る様が妙にしっとりしてて訳がわからない。
これ以上フラストレーションためるのも嫌になるから、もう何も語らない。
あー、なんか何でもいいから理解らせてやれないかなあ。
(つづく)