伝染思慕便箋(仮)本当に伝えたいと思った時ほど、貴方はいない。
#3
夜なのに煌々と光が漏れ出すジェターク寮談話室。
しかし今ここに居るのは僕一人だ。
日中、勢いのまま受け取ってしまった紙屑の皺を伸ばしてみた。最初は二つ折りだったようだが、今は折り目が増えている。シャディクはこれを握らせて、良いことがあるなどと宣ったが、信じてもないし何も起きてなどいない。
「こんなの僕にどうしろと」
第一この時代に紙などの媒体を使う者など滅多に居ない。ほとんど嗜好品のようなものだ。
渡し方からして、シャディクが僕宛という訳でもなさそうだ。
興味本位というか、何気ない動作で紙を開いた。
当然のように全文読んでしまった。
……実にくだらない。他人の恋愛など知ったことでもない。なんだよ「許して」だなんて。
はあ、僕ではそんな純粋ですぐに壊れる感情など扱いきれないだろ。僕なんて……こんなちっぽけな親愛ですら気づかれることはない。ましてや、こんなドス黒くてやましい感情などは一ミリも伝わらないし、伝えたら困ることなど明白だ。なのに当の本人はあの忌々しい女を……。これ以上考えるのは精神衛生上良くない。ため息が通常の3倍くらい多く出た。
「ラウダ?どうかしたのか」
考え事で周りが見えなくなっていたようだ。兄さんの呼びかけが無ければこの手紙を慌てて畳むなどしなかっただろう。
「いや、なんにも。拾い物の主を推理してたってところかな」
「ちゃんと返してやれよ?」
声のトーンが穏やかな兄さんは、どこか幼げな印象だ。それを聞いた僕の心はまた潤いを取り戻す。
「うん。兄さんこそどうしたの?そろそろ消灯だけど」
「あー。その、まあ、捜し物だ」
言いながら兄さんは腹を擦る仕草を見せた。なるほど、夜食でも漁りに来たのかな。僕らは育ち盛りと言うやつだから、急に食欲が増幅することはよくある。
「見つかるといいね」
そうだ。ちょっとだけ。ちょっとだけでいいから、僕が兄さんを想っていることが伝わればいいなって。ただそれだけの動機だった。
「ねえ兄さん。僕が兄さんのことちゃんと思ってるってわかってる?」
試すような質問で、しているこちらが動悸の激しさが止まらない。
兄さんの指先がキュッと曲がって跳ねた。何となくだけど、切り傷のようなものが見えた。
「お前、それ……」
呟きのようなそれの後、暫くの間返事がなくて、僕の唇が乾いていく。もしかして、この紙屑を見たのだろうか。
「……いつも感謝している」
きっと、兄さんの唇は固く結ばれたままなんだろう。兄さんはまだ背中しか見せていないのに、僕のことをただの対等な弟のように扱ってくれる。こんなに嬉しいのに、まだ何か足りないと思ってしまうのは僕のくだらなくてどうしようもないエゴなんだろう。
許して欲しい、なんて馬鹿げているだろうか。
「なんスかそれ。ラウダ先輩、アンティーク趣味なんスか?」
……また考え事に夢中になってしまった。今度は誰だ。目線を下げれば明るめの茶髪と元気にはねた金髪。ペトラとフェルシーだ。昼時の食堂でガッチリと左右の席を固定されてしまった。ちなみに兄さんは先に特化クラスの打ち合わせに行っている。
「み~ちゃお!」
素早い動きでフェルシーが手元を弄ってきた。堪らず手を開いてしまったので当然中にあったソレも奪われるというわけで。
「なにこれ」
「紙?」
「あ」
反応が遅れて、取り返せない。元々僕の持ち物でもなかったが。そんな時、僕らの後ろを通る人影があった。
「あっれ~フェルシー?告白でもするのぉ?」
決闘委員会のセセリアだ。嫌味を言わせれば随一などと言われているが、構うだけ面倒だ。
「ちち、違うし!これはラウダ先輩から……って、え?告白???」
フェルシーが動揺して、ペトラが落ち着けと宥め、セセリアが嗤う。
……ん?
僕はこの紙屑の内容を知っているが、フェルシーとペトラはまだ見ていない。
「あら~ラウダ先輩、おアツいこと」
「待てセセリア」
「はいはい?」
セセリアの笑みは真っ黒だ。こちらの苛立ちも手玉にとっているような、そんな態度で。そのままグイとにじり寄ってくるものだから、睨んでも罰は当たらない。
「フッ、冗談ですよ~。だってそれ、ロウジが拾ったんだし」
その情報は初耳だ。
「はあ~つまらないじゃないですか。損した」
そう言うなりスタスタと歩き去っていく。奴めただただ人をネタにしたいだけじゃないか。
両隣を見れば疲れた様子の二人が目で訴えかけてきた。ここを早く立ち去りたいと。
「行くよ」
……今日はなぜか兄さんとは一言も話すことがなかった。
(つづく)