終煙怪奇譚:「メメメ」.
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ふるふるふると、自身のやるせなさに震える。
ふつふつふつと焦げる心の底が、じれったさに悶える。
考えども考えども浮かばない。インクの一滴すらも進みがない。苦しく、悶え、気が晴れず、言い知れぬ心地悪さに浸食される。何かが浮かびそうで浮かばない。
ごうんごうんと、そしてがたがたと震える洗濯機の群れに囲まれながら待合の椅子に腰かけ、煙草を咥え、万年筆と手帳を片手に髪を掻き上げる。持ち上げた脛を置いた片脚が貧乏揺すりをし出しそうだ。
レトロなコインランドリーで、晴れ晴れとしない鬱屈さともう少しで何かが掴み取れそうなもどかしさに浸されている。
「クソッ、締め切りまで間がないぞ」
幸か不幸か、しかし有り難さなのか。
自身が書き出す本が世に廻る機会を手にし、なんとか今日までそれに生かされてきた。だが、「さて、これからだ」となる有り難いそうした事柄も、今は自身を苛む為の燃料の一つになっている。重圧と期待がぐつぐつと煮えていく心情の材料になる。食材が混濁した砂糖抜きのジャムの方がまだましだと感じる程、ぐちゃぐちゃとした身の内だ。
「ここまで書き詰まったのは初めてなのではないか?」
気分を変えようかと久しぶりに訪れた此処でも駄目らしい。子供の頃からあるこの何処か古さを感じるコインランドリーは、以前は物が仕上がる間で思考するのに丁度良く、気に入っていた場所なのだが……。
外は帳が落ち、暗闇の中でぽつりと明かりが灯る静かな店内で、深く深く溜息を吐く。それによって何時の間にか途絶えていた機械音に気づいた。
「今日はもう駄目か……――っ」
途端、悪寒が走る。
それが何か理解すると、背から全身にかけて寒気が走り去ってゆく。手帳からふっと顔を上げた先で眼が合った。眼が在ったのだ。
群れの正面に構える大きな蓋が、全て目玉と化している。事象に一度だけ大きく跳ねた心拍が、今度はドクドクと加速していく。なのにも関わらず動かせなくなってしまった身体の奥底から、加速する心拍に押されて吐きそうになる。
目を逸らしたくとも、逸らした先でまた目が合う。どれもそれも此方をじっと見続ける。綺麗に磨かれたタイルにも映り込むのだから逃げ場がない。固まった身体が抱える脳では、それがあるという認識を押し付けてくる。困惑した脳内が、出もしない答えをだそうと「どうしたらいい?」という言葉だけを巡らせていた。
次第に無数の目玉達が、自身の本に向ける誰彼の、次はまだかと催促する身も知らぬ何者か達に見えてくる。そんな妄想が気持ち悪さを悪化させ、居心地の悪さに再度視線を彷徨わせた。
疎かになった手元から、かつんと万年筆が地に落ちる。
からからと転がると洗濯機の群れの足元に辿りつく。
ぎょろりと複数の目玉が反応する。
此方へ向いていた眼がその動きに合わせて辿り、追い、どん詰まりに着いたそれを凝視する。……けれど一つだけ、大きな眼が此方をじっと見続けていた。此方の反応を見て喜ぶように。
気づいた時には走り出していた。片手には手帳を握りしめ、自宅に向かって走り出していた。
確かな恐怖が走らせた。そうだ、恐怖を感じたのだ。なのに、
なぜ自分は笑っているのだ。
心情が弾んでいる。心が震えた。こんな体験があるか。モヤモヤとしていた思考が晴れてしまった。幻覚だろうと妄想だろうと現実だろうとどうでもいい。面白いネタが出来てしまったではないか!
そう思い続ける自分はもう相当に末期なのだろう。バクバクと爆ぜる音を内包して走り去った。
手を動かし、早く書き止めねば。
こんな体験、二度あるか分からぬのだから。
- 了 -
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エブリスタの企画「三行から参加できる」用に新しく書いたもの。お題は「ふるえる」。
※ポイピクの仕様上で、拡大するとなぜか題と本文が詰まって読みづらいので、出だしに点をうっています。特に本文とは関係が無いので気にしないでください。