宵々かくりよ:常盤の郷の住人達(1)「entrance」についてどこにもはいらないもの。何かと共通しているもの。ただあるだけのもの。ファンタジー寄りのどうということはないお話達。
基本的には短話が多いです。場合によっては「閲覧注意」?
【項目】entranceⅠ
entranceⅡ:〝休み〟を手に入れた二人の話。
entranceⅢ:蛇と鼠達のなんてことはない会話。
entranceⅣ:誰かと食べるおやつはおいしい。
entranceⅠ
「偶々ここへ迷い込んだんだろうな」
「でも残念。もう〝部屋〟は埋まってしまったよ」
思考しながら静かに首を傾けると、携えた白い髪も共に傾き揺れる
「面倒な図書館はあいつに押し付けたし、新しい駅員も来たし、植物園も街も埋まった。他もすでに役揃い。……やっぱり君に今管理してもらう〝場所〟はないなぁ」
「とういうことで、旅に出るか消滅するか選んでもらおうか。まぁ、あるいは……」
「この世界を彷徨うか……だね。まぁ、好きにすればいい」
その人物は少し屈み、自分より小さな半透明の〝それ〟に話しかけた
「――ようこそエントランスへ。君は死んだんだよ」
そう目の前の人物は笑いながら言葉を吐いた。
entranceⅡ 〝休み〟を手に入れた二人の話。
今日の作業はもう終わりにしよう。
広い駅のホームに佇んでいた駅員は、積み重なった疲労の中そう思い至り、帽子の鍔へと手を掛ける。そうして辺りを見渡しながら帽子を取ろうとした時だった。
「ん?」
ホームの真ん中に人影が見えた。
遠目に見える人物の、発色の良い赤い髪が揺れる。見ただけの年齢は少年くらいだろうか?
ふぅっと一つ溜息を吐くとその人物の傍まで近づく。だが、駅員が傍に立っても此方を見ようとはしない。ホームのベンチに座る少年の襟から覗く、細く赤い線だけが伺う様に此方を見上げている。
(困ったな……もう休もうとしていた所なのに……)
静かな駅の雰囲気と同じ様に、ただぼうっとしながら一言も発っさない少年へと声を掛ける。
「君、〝どうして此処に居るか〟覚えているかい?」
「え? えーと……」
掛けられた声で駅員が居た事に気づいた少年が、問われた事に応えようと考える。暫くの沈黙の末に返ってきたのは不鮮明なものだった。
「わからない……なんでだっけ……?」
「……」
どうしたものかと互いの間に静けさが纏う。「うーん」と首を捻る駅員はふと、少年の手元にある物に気づく。その手には細身のカッターナイフが握られていた。
(ああ、なるほど)
目の前の人物が〝此処に居る理由〟に思い至ると、自身の事を考える。このタイミングで少年が〝それ〟を持ってきたのは都合が良かった。
「君、やる事が無いのなら此処で駅員をしないか?」
「……え?」
唐突にそんな提案をされ、固定されてた様に動かなかった少年の表情が驚きに変わる。伏せていた視線を駅員へと向けた。
「この場所にずっと居座られても困るし、……私も丁度〝休み〟が欲しかったからね」
「駅員……?」
「ああ、そうだ。なに、難しい事は無いよ。この駅を管理するだけだ。私がずっと管理していたんだが……もう疲れてしまってね。辞めたかったんだが他が見つからなかったんだ。君に〝還る〟気が無いなのなら此処で駅員をしてくれると嬉しんだが」
「……」
駅員の要望に少年は黙り込む。再び長い静寂が二人の間に居座り始めた。
(これは……無理かな?)
半ば諦め要望を撤回しようと口を開きかけた時、少年は手に持っていたカッターナイフをじっと見る。そして漂っていた音の無い空間を殺したのは少年の方だった。
「いいですよ。思い出したから、ここに来た理由」
淡くもなく、大きくもなく。丁度良い声色で淡々と駅員の願いを引き受ける。少年の返答に、駅員は嬉しそうに声を上げた。
「そうか! じゃあ鍵屋の所へ行こう! 今丁度帰ってきている筈だから。君に管理を引き継いで貰う為に」
喜々としている駅員はスッと腕を持ち上げると、少年の首元へと指を差す。
「君のその首の赤い線。丁度いいから私が貰って行こう。私の〝これから〟の為に役立つからね」
そんな事を言った後、後ろを振り向いた駅員は歩き出す。それについて行こうと少年が足を踏み出した時だった。
「あ、それと」
声を発し、駅員はくるりと少年へと向き直る。突然此方を振り向いた相手に首を傾げた。
「なんですか?」
「その手に持っている〝遺品〟も貰っておこうかな」
不思議そうに手元のカッターナイフを渡す少年に、嬉しそうな笑みで駅員は返した。
entranceⅢ 蛇と鼠達のなんてことはない会話。
「ひっヘビ!」
「食べないで!」
一人は楽しそうに冗談めかして、一人は本気で。二人の鼠達が藤の傍らに潜む蛇に驚き、一番背の高いもう一人の鼠は慌てる二人をどうしようかと困っていた。
「食べんよ」
わちゃわちゃとしている二人に向けて、にゅるっと白い身体を伸ばして朽名が顔を出す。
「食べない……?」
「ああ」
「ほんと?」
「ああ、私が食べるのはふ」
うんうんと頷いて鼠達に答えていた蛇の口元を、いきなり藤が塞ぐ。
「ふ?」
「何でもないよ」
蛇の口元を塞いだまま、藤ははてなを浮かべている一人の鼠ににっこりと笑みを返す。そんな真ん中の鼠は安堵の声を零した。
「良かったー! ……でも、もし先生に会ったら食べたくならないでね」
「先生?」
未だに蛇の口を塞いだままの藤が問う。
「うん、靴屋に住んでるんだ。僕達の先生」
「此処に来る前、私達が通っていた学校の教師をしていたんですよ。それで今も先生と呼んでいるのです」
「まぁ、今は完全に鼠の姿だけど。それでも俺たちにとっては恩人で、先生なんだ」
「気をつけてね。鼠が怒ったら怖いんだよ?」
entranceⅣ 誰かと食べるおやつはおいしい。
「ははっ」と少年は小さく笑う
「『産まなきゃ良かった』ってことは、責任もって〝処分〟しなかったってことは、もう誰かの為に生きなくていいってことだよね」
「押し付けられる知識も、見たくない顔も、居たくない場所も選ばなくていいって」
「学びたいことも、一緒に居たい人も、生きて居たい場所も。全部自分で選んでいいって。好きなように、生きたいように、自分の為に生きていいってことだよね」
ぽたっと少年の手の上で粒が落ち、弾けた
静けさだけがその空間を汚染する
「……でも、もういいや。疲れちゃった」
赤い髪の少年は側に置いてあったカッターナイフに手を伸ばす
目から零れ続ける粒は床に落ちては弾けていく
溢れそうな音は少年の喉の奥へと飲み込まれ、ただ静かな空間にカチカチッと音が響いた
伸ばされたナイフの刃はそっと首元へと当てられる。
❖ ❖ ❖
暖かい。
時間が曖昧な筈のこの世界では、一応は冬だった筈だ。
(あっ……そっか)
少年は静かに目を開ける。
そっと開かれた視界に、植物の緑やそこへ浮かぶ花々の色が映る。
(植物園に居たんだっけ……?)
園内にあるベンチに座ったまま、冴えない頭で目の前の光景を見つめる。僅かに含んでいた眠気に再び瞼が閉じられていく。
「ルカ」
だが、真っ白だった脳内に、聞き慣れた声が届けられた。
「起きた?」
ひょこっと視界の端に白と黒が現れる。
「トウア……俺、寝てた?」
「うん。たぶん、さっき沢山荷物運んでくれたから疲れちゃったんじゃないかな」
「そっか……」
はーと息を吐き、天を仰ぐ。
「まだ眠い?」
「ううん……ただ、なんか夢を見てたような……」
「どんな夢?」
「うーん」
目を瞑り、流れていた光景を思い出そうと記憶を辿るが、薄れ消えてしまったそれは何一つ思い出せなかった。
「ごめん、覚えてないや」
返答と共に返された笑みの中に疲れが見える。トウアが表情の奥に疲れを見つけると、きゅっとルカの手を取った。
「疲れた時は甘いものが良いって藤が言ってたよ。さっきむつと一緒にお菓子作ったんだ、一緒に食べよう?」
深緑が広がる光景の中に、白と黒の髪を揺らしたトウアのふわっとした笑顔が混ざる。その笑みを見たルカもつられて笑い、立ち上がると手を引かれ歩き出した。
- 了 -