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    しんべえ

    腐/CP厨
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    しんべえ

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    リメショ雨彦×鬼翔真の鬼ショタ雨華小説。
    三話目。

    #雨華
    yuHua
    #華村翔真
    shou-jinHamura
    #葛之葉雨彦
    amihikoKatsunoha
    #SideM
    #エムマス
    m-mass
    #おねショタ
    maleVirgin
    #パロ
    parody

    狐に嫁入り 参鬼といっても様々な鬼が居るが、その中でも翔真は特殊な、不死、或いは長寿の鬼である。
    聞けば、元は新潟の生まれで、齢三十を前に見た目が全く変わらなくなり、以降、三百年近く生きているという。
    家族仲良く暮らしていたが、鬼は自分だけで、理由も、先天的か後天的かも分からないようだ。
    親族が皆人生を全うすると、翔真はひとりぼっちになってしまった。
    もともと、田舎より都での生活に憧れていたのもあり、あるとき、思いきって故郷を飛び出したのである。

    翔真は雨彦に初めて会った日、京都から来たと言っていたが、実はその前は、東京や大阪にも居た時期があった。
    転々と、というのは、要はその場所には長く居られず、逃げるように動き回っているのだ。
    鬼といえば人(肉)を喰らうと連想されるのが一般的であるが、翔真の場合は、人と交わり精(力)を喰らう。
    「これまで命を奪ったことはない」と、本人は言っているが、
    精を喰い尽くされた相手は、一週間ほどは昏睡状態になり、ピクリとも動かなくなるという。
    悪い言い方になるが、一昔前であれば、これを辺境な土地でやっていれば、「昔話」かのように語られる珍事であったかもしれない。
    が、明治の世になり、のこのこと都へ出て来て同じ事を繰り返せば、それは事件である。
    この数年の間に翔真が手を出した者の中には、有名役者、財閥の御曹司、異国からの来賓など、何やら華やかな面々も名を連ねていた。
    被害者やその関係者らは、「病気を移された」「毒を盛られた」と犯人探しに躍起になり、一般人の伺い知れないところで実は、只事ではない騒ぎになっていたのだった。

    「あなたの代わりに、無実の罪で囚われる方が居たかもしれないのですよ。実際、強引な取り調べもあったようです」
    叔母の言葉に、座卓を挟んで向かいに正座している翔真は、しゅん、として俯いている。
    座卓の横には火鉢が置かれ、四人の体を申し訳程度に暖めていた。炭の燃える、ぱちぱち、という控えめな音が、沈黙を埋める。
    叔母と父は、翔真の事は勿論、彼の左隣に座っている雨彦の様子も気にしていた。
    翔真を気に掛けるように、彼を横から、じぃっと見つめているのである。
    今、右手が動いたので、相手の腿の上で手でも握ってやっているのかもしれない。二人は、こんな雨彦を見たことがない。
    「雨彦」
    父に呼び掛けられて、息子は前を向いた。
    「お前さん、何ともなかったのか」
    「何もしてない」
    翔真と体を重ねたと勘違いされるのは、虫の居所が悪い。ただでさえ多感な年頃であるので、自分の繊細な、性的な興味だとか衝動のようなものには、干渉しないでほしい。半ば怒り気味に言い返してしまった。
    「雨彦さんとは何もしてません」
    翔真は、家族には真面目に自分の名を言うので、雨彦は気恥ずかしい 。相手の左手を上から握っているが、気持ち、掌が熱くなる。
    「その......、私が触れようとすると、何か、強い力が弾けて」
    鬼の言葉をそこまで聞くと、父と叔母は、座卓の上の、金茶色の飾り房に視線を落とした。
    雨彦の身に付けている念数については、何か特別な力があるわけではない。
    「力が弾けた」というのは、雨彦自身からだろう。
    潜在的な護身能力が働いたとでも言おうか、彼も特殊な存在であるので、鬼の邪(よこしま)な気を弾き返したと考えられる。

    翔真は、雨彦も含め、この家の者が普通の人間ではないことを察している。
    恐らく古くから、怪異、あやかし、妖怪などを視ることが出来、それらを相手にしてきたのだろう。そう思えば、あの時の雨彦の不思議な力についても、納得できる。......まだ彼の知らない、雨彦についての秘密もあるのだが。
    「此処へ来たのは、これをこの子へ返すためですか」
    「はい。......勿論、あわよくばとは思っていました。すみません」
    翔真は素直に受け答えしている。
    目の前に居るのは雨彦の母親ではなく叔母だとは聞かされているが、自分が「姑受けしない」ことを分かっているので、負けん気の強さを今は隠している。
    叔母は雨彦のほうを見て。
    「あなた、家を教えたの」
    雨彦が口を開くより先に、翔真が言った。
    「私が勝手に探しました」
    息子の顔が鬼へ向くのを、父は真正面から見ている。
    (やれやれ)
    こんな場面であるが、なんとも微笑ましいというか、よほどこの美しい鬼に魅入られているのか。
    先ほどから、やたらと相手の美顔を見つめていたり、彼の言葉に浅く頷いたり、重ねた手を握ってやったりと、息子の様子を見ていて飽きない。
    叔母も、雨彦が物言いたげに翔真へ向いたのを見て、これ以上聞くのはやめた。
    「今日日、鬼が人里で目立つのは危険です」
    「華村さんは普段、角も、爪も見せない」
    翔真が他所へやられると察した雨彦は、間髪入れず返した。今度は翔真がハッとして、雨彦を見つめる。
    「もしも正体が知られてしまったら......、殺されるか、見世物にされるか......。あなたも情が移った以上、そんな事になるのは嫌でしょう」
    叔母とて意地悪で言っているわけではないので、少々言葉に詰まりながら、説いた。
    雨彦は、一瞬でも翔真の悲惨な姿を想像してしまい、怒りで頭に血が昇っていくのを自覚した。
    彼の瞳孔が開いているのを見て、父と叔母は少しだけ、時を空ける。
    火鉢の中の炭が何度か、ぱちぱち、と鳴って、次に発言したのは、父だった。
    息子ではなく、翔真に語りかける。
    「どうだろう。ここからもっと南になるが、鬼の子孫が住む山合の村があるんだ。宿坊を営みながら、人と変わらない生活をしている」
    翔真はここまで聞いて、理解した。人里離れたその土地で慎ましく暮らせば、誰の迷惑にもならないし、理解ある同族らと一緒に居れば、自分の身も護れる、ということだ。
    「都に出た人には、ちと物足りないかもしれないが、空気の綺麗なところだし、お前さんは性格が良いから、きっとうまくやっていけるだろう」
    父の言葉選びは棘がなく、水のようにスルスルと、翔真の心に入ってきた。それにやはり、雨彦の面影がある。
    (良い男だねぇ......。おキツネちゃんもいつか、こんな風になるのかしら......)
    などと邪な思いが沸き立ち、翔真の瞳が、とろん、として、首が傾いてくる。
    (親子丼も良いかも......)
    と、艶やかに光る角の根元で淫猥な妄想が始まったところで、
    雨彦が上から重ねていた手が、静電気のようにピリピリと痺れはじめた。翔真からふわりと漂う梅の香りも、甘く、強くなる。
    (華村さん、もしかして......)
    雨彦が翔真を盗み見ると、父をうっとりと見つめているではないか。雨彦はムッとして、相手の手を、ぎゅうっ、と握った。
    「っ! お、おキツネちゃん?」
    翔真が我に返ると、手にまとわりついていた違和感は、ふ、と無くなった。
    「......」
    拗ねた表情で、ぷい、と前を向いた雨彦の瞳孔は、依然として開きっぱなしである。
    「そういうところですよ。 自分の衝動を抑えられないではないですか」
    目の前で翔真の駄目なところを見てしまい、叔母は流石にこれ以上、気を掛けられない。
    翔真も、ぐうの音も出ず、「しまった」という顔をしている。せっかく雨彦が機会を与えてくれたというのに、自分が情けない。
    父は「そうさなぁ」と困ったように笑って。
    「こいつもその気になるわけだ」
    などと言って自分を見るものだから、息子は余計に怒りが蓄積した。
    どうも先ほどから、父にも叔母にも、翔真に対していやらしい気持ちがあると思われているようで、苛々としてしまう。
    いや、そういった気持ちが全く無いといえば嘘になるが、そうと決めつけられるのは腹立だしい。
    「おキツネちゃん、ごめんね」
    申し訳なさそうに声をかけてくる翔真を見ると、蔵の中で見たような、眉を下げた表情だった。
    こんな可愛らしい彼を助けたくて、この席を設けたが、本人は先のような調子である。雨彦は、どうしてよいか分からなくなってきた。
    「私が遠くで暮らすようになったら、会いに来てくれる?」
    しゅん、として視線を落とした表情と、覇気のない声は、演技なのか本心なのか、父と叔母には分からなかった。
    二人して雨彦のほうを見ると、彼は「えっ」と言葉に詰まり、些か、驚いている。まさか翔真が折れるとは、思いもしなかったのだろう。
    「おキツネちゃんが、たまに顔見せてくれるなら、其処で暮らしてみる」
    「華村さん、本気なの」
    翔真は、こくりと頷いて。
    「私のせいで、誰かが捕まるの、嫌だもの......」
    まずい、と、雨彦は焦った。
    翔真のしおらしい態度から、父と叔母も少々気の毒には思った。が、話が通じて良かったと、ひとまず安心した。
    何にしろ一旦、暮らしてみてもらえれば良い。これは、彼を護るためでもある。たまに雨彦が顔を出せば、それを励みにして、新たな生活を頑張ってくれるかもしれない。
    「決心してくれて、ありがたいよ」
    「明日にでも、先方へ連絡します」
    と、二人が言って、すぐだった。
    火鉢の中の炭が真っ赤になり、「ぱちん!」と大きな音を立てて、弾けた。

    「......」
    今日いちばん不機嫌な様子の雨彦は、もう誰とも目を合わさず、ただ前を見ている。
    叔母の目には、甥の周りに、九本の白いモヤが蠢いているのが、はっきりと映っていた。
    (珍しいわね。こんなに怒るなんて......)
    父には見えていないが、今の力の弾け具合から、状況を察している。
    (どうしたもんか)
    大人二人は冷静にしているが、正直、雨彦をどう説得しようか悩んだ。寧ろ、説得など出来ないかもしれない。
    雨彦はこれまで、癇癪を起こしたり、我儘を言って周りを困らせるといった事は、一切無かった。決して子供らしい子供では、ない。
    かといって優等生というわけでもないのだが、この歳にしてはやたらと落ち着いており、客観的に物事を捉えることが出来る、よその大人から見て、少々不気味にも思われる少年である。
    そんな、一切我儘を言わなかった子供が、今、何を欲しているのか。
    それは恐らく、母である。
    多少の「イロ」もあるだろうが、雨彦はこの鬼に、あろうことか、まだ見ぬ「母」を見出だしているのである。
    これが、二人を悩ませた。
    「何か、よい案がありますか」
    叔母は不必要に甥を怒らせぬよう、落ち着いた様子で問いかけた。
    雨彦は、少し時を空けたあと、徐に口を開いた。
    「俺が、見てる」
    隣の翔真は、ただならぬ様子の雨彦に、些か不安げである。ぎゅう、と握られた手が痛いが、気にしていられない。そんな翔真の事にも、今の雨彦は気付いていない。
    「見てる、とは」
    父が問うと、雨彦は開いたままの瞳孔を向けた。
    「華村さんのこと、俺が見てる。だから、他所へやらないで」






    雨彦の自室、離れは八畳の和室で、かつては祖父が使用していたと聞く。
    冷え冷えとした玄関の板の間で寝巻着に着替えながら、雨彦は、明日からのことで頭の中が忙しい。
    翔真を吉野へやらずに済み、ほっとしてはいるが、まだ気は抜けない。何せ考えることが、山ほどあった。住む場所を探さなければならないし、家具や日用品の調達に、仕事探し、等々。
    (華村さんも疲れてるだろうから、今日は早く寝て、明日は朝から荷物まとめよう)
    なるべく身軽に移動したい。後からでも手に入るものは、そのときに買えばいい。極力、父と叔母の力は借りたくない。というより、構わないでほしい。
    (しっかりしなきゃ)
    父と叔母の事を考える。今頃、二人もあれやこれや話しているだろう。
    彼らからすれば、翔真がこの部屋で一晩明かす事は、よく思わない筈だった。翔真が逃げる可能性だって、自分が襲われる可能性だってある。
    にも関わらず、だ。翔真を自室に泊めると言うと、二人は束の間顔を見合わせたあと、構わない、と言ったのだ。
    つくづく自分がひねくれていると思うが、二人の表情が「一線を越えれば、興味は薄らぐ」とでも言いたげな表情に見えたので、今思い返しても不愉快である。ちなみに実際、そう思われていた。
    (ぜったい、華村さんとは、何もしない)
    雨彦にも、意地が、反抗心があった。

    「着替えた?」
    「うん」
    障子を開けて和室へ戻ると、翔真は、先の着物のようには着崩すことなく、きちんと寝間着を着て、布団の上で足を崩して座っていた。
    戻ってきた雨彦と目が合うと、嬉しそうに目を細める。妖艶というよりも、今のは、母が子に向けるような、優しい笑みだった。
    とはいえ彼も、頭の中は落ち着かない様子だ。
    (男の子と同じ部屋なのに、別々のお布団だし、何もしないなんて、変な感じだねぇ......)
    しかし、これに慣れなければならない。ここでこの少年の精を奪っては、元も子もない。
    翔真は雨彦を見つめるまま、口許を微かにムズムズとさせた。つま先も、きゅ、と、布団を握るかのように動く。
    梅の香りが少しばかり強くなったので、雨彦は、何となく勘づいた。
    (華村さん、我慢してるのか)
    自分が翔真の面倒を見ると言った手前、初日からやらかすわけにはいかない。
    相手も、そして、自分もだ。
    二人の布団は、間にあと二組入るくらいの距離が空けられている。近くもなく、遠くもなく、といった、絶妙な距離感である。
    もし、二つの布団をぴたりとくっ付けていたら、抜き打ちで父と叔母が来たとき、何を言われるか堪ったものではない。
    とはいえ、やたらと距離があっては翔真を警戒しているようで、彼を傷付けそうで心苦しかった。これぐらいの距離が、ちょうど良いのかもしれない。
    しかし今、雨彦は、翔真のすぐ隣まで来て、畳の上に、ちょこん、と腰を下ろした。
    翔真が無理矢理には襲わないという事を分かっているし、それに、傍に居たいと思わせる、強い母性を感じるのだ。
    会うのが二度目で、こんな風に思うのは変かもしれないが、自分の全てを受け入れてくれるような、そんな安心感を覚えるのだ。
    「華村さん、どうして此処が分かったの」
    相手の気を紛らわせようと、気になっていた事を聞いてみた。
    「桜井の神社やお寺とか、その近くを探していたの。ほら、おキツネちゃんって、不思議で可愛いでしょ」
    「可愛くない」
    神社や寺の子ではないが、察しが良いな、とは思った。翔真も、あのときの強い力が気になっていたのだろう。
    それより、探していた、だなんて、なんともいじらしいではないか。雨彦は、胸が満たされるような感覚を覚えた。
    「大変だったんじゃないの」
    「ふふ。誰もおキツネちゃんの事知らなくて、困っちゃった」
    奈良市内から桜井までは、"優しいお兄さん方のご厚意で"人力車だとか荷車などに乗せてもらい、下りてきたという。
    翔真は積極的で、あれこれ考えるより先に動くタチである。桜井に着くや、さっそく住民に地域の寺社仏閣について尋ね、その場所を教えてもらった。
    だが、方々で雨彦の名や特徴を挙げて聞いてみても、彼を知る者は居なかった。同年代の少年少女にも聞いてみたが、情報は得られず。ただ皆一貫して、翔真の美しさに見惚れてしまっていた。
    「あの飾り房、上等なものなんだね。軟らかくて、糸の質も良いって、数珠師さんが言ってたよ。おキツネちゃんの事は、ご存知なかったけど......」
    わらしべ長者さながら。どういう伝手でそんな人物まで辿り着くのか。雨彦は翔真の話を聞きながら、彼の行動力に、半ば圧倒されていた。が、自分とは正反対の性格を、羨ましくも思った。
    「陽も傾いてきて、今日はもうダメかもって落ち込んでたの。そしたら、最後に訪ねたそこのお寺の方が、雨彦君は葛之葉さんちの息子さんですよって。それで、此処に」
    雨彦は、事の急展開に、少し目を大きくした。
    翔真の言う、そこのお寺......文殊院には"彼女"を祀る「葛之葉稲荷」が在るのだ。ともすると、自分のために翔真を導いてくれたのかもしれない。
    「後悔してる?此処に来たこと」
    雨彦は、あの日から忘れられなかった翔真と再会できた事が、とても嬉しい。
    だが翔真にしてみれば、蔵に閉じ込められた挙げ句、これまでの気ままな生活を制約されるのだ。正直な気持ちが知りたかった。
    雨彦の問いかけに、翔真は慌てたように首を振る。
    「まさか。おキツネちゃんに会いたかったから、とっても嬉しいよ。それに、一緒に暮らせるなんて、夢みたい。すっごく楽しみ」
    ふふ、と、はにかむ。
    「ごめんなさい。能天気よね」
    蔵の中で見た不安げな表情を覚えているので、雨彦は翔真の笑みを見て、ホッとしている。
    彼の鼻がかった甘い声は、聞いていて安らぐ。艶っぽく感じるときは逆に、変な気持ちになって落ち着かなくなるというのに、不思議である。
    「いや......、楽しみなら、よかった」
    雨彦は相手の言葉が嬉しくて、口許が綻びそうになるのを、何とか堪えた。
    「華村さんのことは、俺が護るから、心配しないで」
    熱に浮かされて、らしくもなく、口が滑る。
    「まぁ。おキツネちゃんったら、男らしい」
    今のこそ、母が子を誉めるような、誇らしく思うような口ぶりだった。
    これには流石の雨彦も、唇が弧を描く。
    (そんなふうに、笑うのね)
    彼の笑みは、翔真の胸に、きゅうんと響いた。
    思わず両手を前に着き、そっと、顔を寄せる。
    小首を傾げたかと思ったら、数秒の間、雨彦の左頬に、みゅ、と、温かく柔らかな唇が触れた。
    「、、っ」
    少年は、驚くが、逃げない。
    翔真は悪戯っぽい笑みで、雨彦を覗きこむ。
    「おキツネちゃんと暮らすなら、私、お嫁さんがいいな」
    「お嫁、さん?」
    少し赤い顔の雨彦は、冷静を装ってはいるが、今の接吻に些か動揺している事は、翔真にばれている。
    「そう。だって、兄弟にしては似てないし、親子ほど歳も離れてないでしょ?」
    そう言われたら、雨彦は妙に納得した。自分達の関係を誰かに説明する必要があるとき、「役」が決まっているほうが良いかもしれない。
    「華村さんが、そうしたいなら」
    「やったぁ♥ じゃあ、おキツネちゃんが、旦那さんね」
    「そうなるわな」
    言いながら、恥ずかしいのと嬉しいので、頬がサワサワと甘く痺れる。
    蕩けるような笑みの翔真を、このまま真正面から見ていたら、どうにかなってしまいそうだ。まだ住むところすら決まっていないのに、翔真との生活が始まると思うと、心配や不安よりも、彼の言うとおり、楽しみになってきた。
    翔真は、あっ、と気が付いたように、そそくさと正座をして、三つ指を着いた。艶々とした紅く長い爪が、揃う。
    そして、やや芝居がかって、礼をする。金色の美しい髪が、寝間着の肩から流れ落ちて、揺れる。
    「不束者ですが、どうぞ末永く、よろしくお願いいたします」
    相手の所作の美しさに、束の間、雨彦は見惚れてしまった。
    こんな挨拶をされたら、本当に翔真を娶ったようだ。しかも相手は布団の上であるし、まるでこれから初夜の床入りでもするようで、頬が熱くなった。

    このとき雨彦は、自分達にとって「末永く」など有り得ないという事を、考えもしなかった。
    今は良くとも、ずっと二人で暮らす事を家族は許さないだろう。この血を残すために、いずれは翔真と引き離されて、まだ知らぬ何処ぞの誰かと契る事になる筈だ。
    なにより、翔真はずっと若く美しいまま。時が進むのは、雨彦だけである。
    だが、そんな未来の事は、まだ十五そこらの少年には想像できなかった。
    今はただ、翔真と一緒に居られることが、嬉しかった。彼の笑顔を見ていると、春の陽だまりの中に居るような、幸せで穏やかな気持ちになった。
    雨彦も翔真にならって、三つ指を着いて、礼をする。何と応えれば良いか分からなかったが、ひとまず、同じように。
    「......こんな旦那ですが、よろしく、お願いします」
    拙い雨彦の挨拶に、顔を上げて背を伸ばした翔真は、ニコニコとしている。
    ひとりぼっちで三百年近く生きている彼こそ、「末永く」などという言葉の残酷さは、重々身に染み付いている。
    それでも言ってしまったのは、
    できる限り長く、雨彦の傍に居て、彼の成長を見守り、彼に尽くしたいと、心から思ったからだった。
    「私、おキツネちゃんの事、うんと幸せにするよ」
    先述のとおり、翔真は、行動の人だ。
    この言葉のとおり、彼は日々雨彦を支え、幸せを招く、姫神のような妻となっていくのである。


    続く
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