名前を呼んでお誕生日おめでとう。
霞む視界の中で君はそういった。
数えて五つ目の名前はいつまでも決まらなかったので、たまたま打ち捨てられたような廃屋の本棚にポツンと残っていた小説の登場人物からとった。
その小説をパラパラと捲るとスッとまるで自分がその少年になったような感覚に陥る。名前を彼から貰っているのだからそれも不思議ではないが、どこか同調できる彼の人生をしみじみと思った。
別人として生きるのはもうこの短い人生で四回目のことで、慣れたものだ。今回は私の素性を知る彼がそばにいるし、私と彼の存在を知るものはそばにいない。二人きりの時間がほとんどで、彼もその名前を小説から取ったので、ロールプレイに興じているような感覚だ。
ハンスとヘルマン。
皮肉なものでこの小説の中で私は彼に出逢い、落ちぶれて、その後若くして死ぬのだ。しかもなんとも滑稽な理由で。
さて、外部の人間である私がそれをどう回避してやろうかと思いを巡らせる。
離れなければよかったのだと。そんな風に思った。
外から見ればこんなにも簡単なのに、当の本人たちは四苦八苦しながら生きている。あぁ、君は私だ、ハンス。
「貴方、またそれか」
よくないぞ、と難しい顔をしている彼は私が憧れて、同時に憎んだ男だ。
輝かしい彼の存在に私は何度も殺され、そして彼を糧にして幾度となく息を吹き返した。やっぱり、離れなければ良かったのだ。民衆の期待になど応えようとしたからだ。
でもどうだろう。求めていた彼との存在しないはずの蜜月が、ハンスの中の大切な青春が、今私の手の中にある。
こんな皮肉、御伽話にしては出来が悪い。
どこで間違ったのか、それとも間違いではなかったのか、もう今ではよく分からないんだ、ヘルマン。
あぁ、名前を、私の名前を呼んでくれないか。