歯磨きの話虫歯があるとコロニーから出る時に痛むからな。
父さんがよく言っていた。
毎日朝晩の二回、歯ブラシでのブラッシングだけは生活習慣として定着した。父さんがルーティンとして日常に組み込んでくれたおかげで、今でも欠かすことがない。逆に言えば、生活習慣として定着したのはこれだけだった。
食事も、シャワーも、着替えでさえもしなくなって気にならないのに、これだけはしておかないと不安になるのだ。
昔、サイドセブンで食事も摂らず機械いじりをしていたとき、時間になったから歯磨きをはじめたらフラウに気味悪がられた。
「アムロ、どうしてなの?」
フラウなりに少し遠慮した表現は、僕のおかれた環境がそうさせたんだと今なら解るが、当時の僕は虫歯になったら困るだろう、としか思わなかった。虫歯で困る前に空腹か栄養失調で倒れることの方が確率としては高かっただろうけど。
そういえばハロにもブラッシングのリマインダー機能を追加したんだった。
随分と執着している。
人間が持つべきとする習慣なんて、そもそもが執着の塊で、欲求、三大欲求なんて呼ばれるものはそれの代表格かもしれない。
いや、それは無理やりすぎる。
意味もなくふわりと浮かんだ懐かしみと半ば無理やり繋げた思考は柔らかなシーツに落ち着いた。
横にはシャアが寝ている。
寝ているのか、狸寝入りなのか、どっちだっていい。
手放せない執着を自覚している。
身体を起こし、そっと頬に触れた。
歯でも磨くか、と思った自分に対して笑いそうになった。
染みついた習慣も執着も、なくすほうが大変なのだ。