無花果と歯磨き「君は歯磨きだけはきっちりとこなす。素晴らしいことなのだが、生活習慣として身についているのはそれだけとも言える。何故だ?」
それ以外はまるでダメ。そんな嫌味とも取れるが、表情から純粋に不思議がられていることがよく分かった。
『アムロ、どうしてなの?』
フラウの言葉を思い出して笑ってしまった。
「父親から渡されたものがこれだったってだけだよ。」
わざとぼかした言い方をした。
シャアはよく分からないといった顔だ。
それが面白くて分からないままにしてやろうと思った。
テーブルには白い皿。カットされた無花果が綺麗に並んでいる。赤から白へのグラデーションが綺麗でついつい見惚れてしまう。ざらりとした模様とプチプチと時々弾ける食感が独特だ。優しい甘さとほんのりと香る青さ。
どうやらシャアは無花果が好きなようで最近よくテーブルに並ぶ。フォークで切ると果肉は蕩けてしまいそうなほどにねっとりと柔らかだ。
冷やしたものよりも、常温のほうが彼は好きだと言った。
その言葉がやけに耳に残っている。
「アムロ」
名前を呼ばれたので顔を向けると、優美な輪郭には不満の色。
「不器用な父さんの唯一がそれだったんだ」
「さっきからそればかりだ」
シャアが苦笑する。
「言わせるなよ」
ふと、涙がこぼれた。
愛されている実感が、その瞬間にはあった事を思い出したからだ。
言い付けられる時の優しい口調。言い付けを守る使命感と報告する時の達成感。愛を受けて、それを返す喜びがあった。
シャアが声を上げ、席を立ってこっちに来た。優しい人だと思う。
「私が悪かった」
無花果が好きな優しい人はそう言って抱き締めてくれた。
あたたかく、強い腕が心地良い。
明日は僕が無花果を切ってあげようと、そう思った。