特異点デート▽デートする話(マロお題)
▽ぐだキャスギル
「場所は千九百九十■年の日本。微弱だけれど聖杯の反応も出てる。そのものがあるわけではなさそうだけどね。新宿幻霊事件を覚えてるかい? 恐らくだけど、あれの残り滓、ってヤツかな。大した異常ではなさそうだけど、放っておくわけにもいかない。ちゃちゃっと片付けて、なんなら遊んできたまえ!」
――というのが、出発前のダ・ヴィンチの言葉。無責任にも聞こえるが、場所が日本であること、立香の暮らしていた年代に近いことから気を使ってくれたのであろうことは想像に難くない。レイシフトを終えて再び在りし日の風景を目の当たりにした今、呼び起こされるのは懐かしさだ。多少店の位置が違ったりなどはしていたけれど、休日に遊びに来た時のことを思い出させる景色だった。
微小特異点、と呼ぶにも小規模な異常は想像していたよりも驚くほどあっさりと解決した。今までのことから言えば異例の早さである。いつもならトラブルにトラブルが重なり更にトラブルが起こるくらいのことはしてもいいのだが、そんなこともなくものすごくあっさりとした解決だった。解決した自分達が拍子抜けするほど。
「レイシフトにはまだ時間がかかるから、しばらくゆっくり散策でもしてきたらどうだい?」
と、準備が整わないにしてはのんびりとした口調でダ・ヴィンチに言われ、やはりこちらが本命なのだろうと思いつつありがたく提案を受け入れた。全く同じではないけれど、それでも慣れ親しんだ街を歩きたいと思ったのだ。
「――王様のそれ、ホント違和感ないですね」
隣を歩くギルガメッシュを見上げて言えば、鮮やかな赤色が横目に立香を見た。
「当然であろう? わざわざ貴様らの感覚に合わせてやっているのだ、歓喜するがよい」
滑らかな青色のシャツに身を包んだ神代の王は、得意げに唇の端を上げる。襟から覗くネックレスや骨張った細い手首を飾るブレスレットは黄金だが、色合いとしても造りとしても馴染んでいるので華やかではあるが華美すぎるといったことはない。その姿はオフの日のセレブではなかろうか。オフの日のセレブを立香は見たことがないので想像だが。現代人であるはずの今の立香よりも現代人らしいのではないだろうか。極地礼装は色こそ地味だが街をのんびり散策する時に着る服ではないと思う。
ギルガメッシュのその姿はもういい加減見慣れた姿ではあるが、見るたび感嘆するし、視線を奪われる。それは立香に限ったことではなく、今往来ですれ違う人々もそうであるらしく、ギルガメッシュを横目に見たり振り向いて見る者もいた。当のギルガメッシュは不躾な視線を気にする様子は皆無だったが。
「で、我らはどこへ向かっているのだ? 貴様が付き添えと懇願するゆえ同行を赦したが、つまらぬところへ行くのではあるまいな」
「この先に、昔……前によく行ってたクレープ屋があるはずなんです」
「はず、とはまた曖昧な言葉よな」
「ここ、オレが生まれる前ですもん……そんなに前からあった店かどうか……」
記憶とは全く違う場所もあれば、見たことのある場所もある。それでも全く同じ、という場所はほとんど見当たらない。数年で様変わりする街だ。あまり期待はできない。
が。
「あ!」
「む?」
思わず声を上げた立香をギルガメッシュが僅かに目を瞠って見やる。立香の方はずっと先の前方を見ていてギルガメッシュを見てはいない。けれどすぐに振り仰いで、
「あれです! あそこ!」
立香は見ていた先を指で示す。立香が下校途中によく友人達と買い食いしていた店が、あの頃見たままそこに建っていた。行列ができているのも同じだ。
「また随分とみすぼらしい店ではないか。小屋か?」
「中に入って座って食べる店じゃないですからね。オレ達も並びましょう」
「並ぶ……?」
「王様、早く!」
怪訝な顔をするギルガメッシュをやんわり無視して、立香はギルガメッシュの手を引いて列へ向かう。自分が列に並ぶという衝撃をまだ受け止めきれないギルガメッシュの衝撃も、やんわり無視された。
「懐かしいなあ……ここのクレープ本当に美味しいんですよ。どれにしようかな……」
「……」
衝撃から復帰できないギルガメッシュにまだ気づかない立香は、キラキラとした目と表情で立ててある看板のメニューを眺める。ギルガメッシュはややあって深く溜め息をつき、諦めることにした。そんな表情をされては、水を差す方が愚かである。
「王様はどれにします? 甘いの平気ならイチゴとチョコとか……アイス入りもいいですよねえ、今日暑いし」
「アイス……」
諦めて立香の言葉に耳を傾けていたギルガメッシュがぼそっと呟く。それを立香が聞き逃すはずもなく、メニューから視線を外してギルガメッシュを見上げるその顔は、輝くばかりの笑顔である。この笑顔にギルガメッシュが弱いことは、薄々勘づいている。現に今も、ぐ、と喉の奥を鳴らして視線を逸らしたので、二人仲良く並んで待つことが決定した。上機嫌の立香は前を向き、ギルガメッシュの分の注文は思い切り豪華にしよう、などと心の中で決めた。
❄︎ ❄︎ ❄︎
「ありがとうございました〜!」
明るく元気の良い店員の声に見送られ、立香は少し離れた木の下で待つギルガメッシュの元へ歩く。もちろん、両手にはそれぞれクレープをひとつずつ携えている。ギルガメッシュは行列には共に並んでもらったが、流石に出来上がるまで待たせるのもしのびなく、品物は立香が受け取ることにして日陰で待ってもらっていた。遠目に見ても、すらりとした長身で眩いばかりの金髪はよく目立つ。おまけに整いすぎるほど整った容貌なのだから人目も引く。道行く人々がこそこそとギルガメッシュを指してカッコイイだのモデルかな?だの話しているのを耳にした。恋人が褒められるのは悪い気はしない。あの人は自分のサーヴァントで恋人なんですよ、と自慢したい気持ちを抑え、ギルガメッシュの元へ足早に向かった。
「……なんだ、その緩みきった顔は」
「え? んへへ、秘密です」
「秘密だと?」
立香の返答にギルガメッシュは怪訝な顔をする。眉間に皺が寄っても綺麗な顔であることには変わりないが、まあまあとたしなめて片手に持ったクレープを差し出す。
「この先の公園にベンチがあるので、そこで食べましょう」
「む……」
「アイス溶けちゃいますよ? 早く行きましょう」
まだ納得いっていない風ではあったが、立香がその場を離れたためギルガメッシュは渋々立香に従って歩き出す。視線はクレープからはみ出している丸いバニラアイスに向いていた。その下には果実入りのベリーソースがたっぷり入っている。気に入ってくれるだろうか。
❄︎ ❄︎ ❄︎
運良く先に座っていた人が立ち去り、公園では日陰のベンチを確保できた。すれ違いざまに視線を感じた気がするが、立香というより隣のギルガメッシュを見ていた可能性の方が高い。目立たないよう現代風の霊衣を着てもらっているが、それでも目立つものは目立つらしいことはここまでの道行でよく解っている。聖杯の欠片が人気のある場所になくてよかったなあ、とのんびり考えつつクレープを齧る。サクッとした小さなパイのような良い食感の後に、甘酸っぱいイチゴと、ふんわりした生クリーム、焼きたてのクレープ生地の味が続く。パイでイチゴの酸味が和らぎ、まろやかなクリームとクレープ生地と混ざって甘さを残し、喉の奥へ落ちていく。おいしい。懐かしい。隣で黙々とアイスを食べているギルガメッシュを見る。アイスはクレープその他と一緒に食べた方がおいしいのではないかと思うのだけど、溶けるのを気にしてかギルガメッシュは先にアイスを食べていた。今までの暑さもあるし、単純に冷たいものが欲しかったのかもしれない。大きな手に不似合いな小さなプラスチックのスプーンでアイスをすくい、口へ運ぶ。喉仏が上下するのを見て、立香はなんとなく唾液を飲み込んだ。
「アイス、先になくなっちゃいますよ? 一緒に食べた方が美味しいと思いますけど……」
「そうは言うが、どんどん溶けてくるではないか。これでは一緒になど……」
「あ」
アイスを見たまま立香に返事をするギルガメッシュの、白い手首へつつっとバニラアイスの雫が伝う。
「王様、手、手首、垂れてます垂れてます」
「む」
「何か拭くもの……」
立香は慌ててポケットを探る。確かハンカチを持ってきていたはずだ。
「王様、こ……」
最後の一音は声にならずに消えた。顔を上げた立香の目の前で、ギルガメッシュが自分の手首をぺろりと舐めたのだ。赤い舌が白い肌を滑る。立香は咄嗟になぜか周囲を見回し、人がいないことを確認して安堵した。見てはいけないものを見てしまったような、誰かに見られたくないような。
「お、……王様、お行儀悪いですよ」
「落ちては無駄になろう?」
ハンカチを渡すとギルガメッシュは今舐めた箇所をハンカチで拭う。もうそこにアイスはないだろう。顔が熱い気がするが、気温も高いのでよく解らない。
「溶けるのが難ではあるが、雑種共の嗜好品としては上出来だな」
「素直に美味しいって言えばいいのに」
「たわけ。この我の味覚を満足させるにはこの程度、児戯と同じよ」
「いらないならオレが食べますけど」
立香が空いた手を、す、とギルガメッシュのクレープへ伸ばすと、すんでのところでギルガメッシュの手が持ち上げられてクレープが逃げる。
「いらぬなど言っておらぬわ、たわけ」
顔を背けたギルガメッシュは、立香に半分背中を向けて食べるのを再開したらしい。肩越しに覗いて見ればまたアイスをつついていた。背を向けられているのをいいことに、立香は満足気に笑う。素直じゃないところが可愛いなど、今更言うまでもない。
ジワジワと蝉が鳴いている。立香が過ごしていた時とは時代が少し違うけれど、夏暑いのもクレープが美味しいのもあの頃と変わらなかった。
黙々とクレープを食べる。ギルガメッシュは、しばらくして気が済んだのか、ベンチに座り直して立香の隣に収まった。アイスは半分ほどになり、その先はクレープと共に食べることにしたらしく角度を迷いながらクレープに齧りついていた。僅かに開いた驚いたような真紅の瞳が緩んで、立香の選んだクレープはハズレではなかったと知った。
「――――なんか、デートみたいですね」
立香の視線の先には日傘を差す母親に手を引かれる子供が歩いている。時間が穏やかに過ぎていくのが少し不思議で、この後レイシフトでカルデアに帰るのだが、このまま電車に乗って帰りたくもあった。
「なんだ? 我はそのつもりだったが」
「え?」
違うのか?と、振り向いた立香にギルガメッシュが悪戯っぽく笑って見せる。からかわれていることも考えなくはなかったが、その言葉をそのまま受け止めることにして立香はきょとんとしてから満面の笑顔を浮かべる。
「ええ、デートですね。デートでした」
立香の言葉を聞いたギルガメッシュはからかうこともなく前を向いて、クレープの最後の一口をぱくりと食べる。その穏やかな横顔を見た立香は片手を持ち上げかけ、やめる。ここは公園だ。
「人目が気になるか?」
「まあ……はい、あんまり他の人に見せたくないので」
言って、立香も最後の一口を口の中へ放り込む。もうパイは残っておらずクレープ生地の柔らかさにイチゴの欠片が混ざった味がした。
「この我を独占したいとは……貴様はまこと、強欲よな」
「そうですよ、オレ欲深いので」
視線を合わさずに言葉を交わし、言い終わってから横目で見上げると細められた真紅がこちらを見下ろして笑っていた。それに笑い返し、同時に鳴り始めた通信機に応答する。レイシフトの準備が整ったらしい。
「それじゃ、帰りましょうか」
ベンチから立ち上がり、振り向いてギルガメッシュへ手を差し出す。その手と立香の顔を交互に見たギルガメッシュは、諦めたように息だけで笑い、右手を持ち上げた。立香はその手を掴み、引いてギルガメッシュが立ち上がるのを待つ。
「デートの続きは帰ってから、か?」
「えっ?」
「まさかコレだけではあるまい?」
「えー…………何か考えます」
「では期待せずに待つとするか」
「ハードルが上がった……」
掴んだ手を離すか、一瞬だけ迷って、離さずにおいた。誰かが見咎めるかもしれないが、どうせもう二度と会うことはない。それよりも掴んだ手を離さないことの方が、立香には重要だった。