幼女とぐだおと王様の話▽幼女組がいます
▽幼女視点です
▽ぐだキャスギル
マスターを探していた。優しくて、おかしくて、よく笑って、強くて、いつも一生懸命なマスター。わたしたちのマスター。探しているのに見つからなくて、みんなで手分けして探す。マスターのお部屋にもいなくて、管制室にもいなくて、食堂にもいなくて、運動する部屋も、ゲームがいっぱいある部屋も、本がいっぱいある部屋も、みんなで探したけど見つからなくて。
他のみんなと合流して、あとはどこだろうって相談した。カルデアの中はみんな探したつもり。どこかですれ違ったのかしら?と、ひとりが言う。カルデアはみんな探しちゃいましたよ、と別のひとりが言う。今日はレイシフトも聞いてないよ、と別のひとりが言う。諦める?と誰かが言った。
「それは嫌!」
みんなが言った。顔を見あわせてうなずいて、みんな同じことを考えてるのを確認した。でも、マスターは見つからない。
「やっぱりすれ違っちゃったのかも。もう一回、今度はゆっくり探してみよう」
もう一度みんなでうなずいて、焦らず走らず廊下を歩いた。
❁❁❁
どのくらい歩いたか、一番背の高い、大きな?大きくなっている?彼女が、
「あ!」
何かを見つけたみたいに声を上げた。大きなふたつの目が見ているのは、カルデアの中から外が見れる(外は映像で、本当の外ではないけれど)大きな窓。の方。それから窓に向かって走りだしたから、みんな慌ててついていった。四人分の足音がする。
「――なんだ、小雑種ども。廊下は走ってはならぬといつも言われておろう」
みんなで駆け寄った先には、窓の方を向いたソファに座るえいゆうおう……じゃない方の王さまがいた。いつも見てる金色の板と石板と、ふたつが宙に浮いている。走ってごめんなさい、と、ひとりずつ謝って、でもね、と切りだした。
「わたしたち、マスターをずっと探してたの」
「なに? マスターを?」
「ええ。マスターったらどこにもいなくって! かくれんぼだったらわたしたちの負けだわ」
「それで、やっと王さまを見つけたんです! だからつい……」
「王さまなら、マスターのいる場所、わかると思って」
うんうんとみんなで頷く。王さまとマスターはいつも一緒にいるから。マスターが見つからない時は王さまを、王さまが見つからない時はマスターを探すといい、って言ってたのは誰だっけ。
「カルデア中を、か。それは大儀であったな。しかし功を焦っては得られるものも得られぬ。詰めこそ慎重に、よ」
「はーい……」
王さまの言うことはいつも難しいけれど、なんとなくわかったつもりになって返事をする。たぶんみんなそう。
「して、マスターを見つけてなんとする?」
「それは……」
みんなをうかがうと、他のみんなと目があった。みんなうかがっていた。どうしよっか、と声は出さずに目だけで合図して、
「マスターに、これをあげようと思ったの」
ぱさ、ぱさ、ぱさ、ぱさ、と、持ち替えた草花が乾いた音を立てる。
「花……?」
「花冠よ。みんなで作ったの。だからマスターにあげようと思って」
怪訝な王さまはそれで全部わかったみたいな顔をして、うつむいた。糸のような金色の髪がさらさらと流れて、同じ色のまつげに引っかかって離れる。
「それは間が悪かったな」
「仕方ないわ。マスターはお疲れだもの」
わたしたちと王さまの見た先は、ソファに座っている王さまの足のうえ。目を閉じて、すやすやと眠っているマスターにみんなの視線が集まる。マスターはよく眠っていた。コソコソ小声だけど、周りで喋っていても目を覚まさないのだから、そのくらいにはよく眠っている。
「マスターが目を覚ましたら、渡してくださる?」
「ふむ。よかろう」
「じゃあ……」
わたしのも、わたしのも、と眠るマスターのお腹の上にみんながそれぞれの花冠を乗せる。ぱさ、かさ、と草花の擦れる音がしたけれど、眠っているマスターはぴくりともしない。ゆっくり上下するお腹の動きがなかったら、息をしているか心配していたかもしれない。
「…………」
花冠を置くわたしたちを見ていた王さまは、目をぱちぱちとしてマスターのお腹の上に置かれた花冠を見て、くっと喉を鳴らして口元を手で隠した。
「?」
「くっ……貴様ら、これでは……立香が……っふふ、」
王さまは笑いをこらえきれていなかった。花のような模様の浮いた肩が小さく震えている。口を押さえているから、手に隠れていない頰や目元が少し赤くなっていた。
「どうしたの? なにかおかしい?」
「く、くく……これでは……死んでいるようではないか」
そう言われて、みんなで少し引いてマスターを見てみる。王さまの足を枕にしたマスターは、ソファの端まで足をまっすぐ伸ばしていて、手はおへそのうえくらいで緩く組んでいる。その上に花冠がたくさん。確かに、棺の中にいるみたいだった。
「本当だわ!」
ひとりが、驚いたように声を上げた。するとすぐに、
「こら」
と、王さまが言って、人差し指を唇にあてて静かにするよう促す。笑っていたから、王さまの目には涙が滲んでいた。慌てて口を押さえた彼女と、王さま以外のみんなでマスターをのぞきこむ。少し口の開いたマスターは、すうすうと穏やかな寝息を立てている。本当に、よく眠っている。
「でも王さま、死んじゃったなら悲しまなくちゃ」
「マスターが死んだら、悲しいです……」
「……ふ、そうだな。真に命尽きたなら、な」
そう言って、王さまはマスターの頭を撫でる。白い指が、マスターの黒い髪の間をするすると通りぬけた。
「……王さまは、マスターが死んだら、悲しい?」
マスターを見下ろす王さまは、「そうさなあ」と呟いて、ひと呼吸おく。それから、マスターを見下ろしたまま、
「これの動き回る様を見れぬのは……すこし、つまらぬかもな」
かなしい、と言わなかった王さまは、やさしく細めた目でマスターを見て、わたしたちを見て、さっきと同じに人差し指を唇にあてて少し笑って、「内緒だぞ」と言った。
「さて、貴様らの贈り物は我が預かろう。もう戻るが良い」
ふわ、と浮かんだ花冠が、ひとつずつ金色の粒になっていく。さらさらと、風もないのに流れて、散り散りになって消えるのはいつも、きれいだなあ、と思う。
「よろしくお願いします。王さま」
みんなでおじぎをして、ばいばい、と手をふった。王さまは手をふってはくれないかなと思ったけれど、なんでもないみたいに手をふってくれた。王さまたちから離れて、見えなくなる前に一度ふり返ったら、王さまは、またマスターの頭を撫でていた。さっきみたいに、起こさないようにそっと、やさしく撫でているんだろう。きっと。