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    えんどう

    @usleeepy

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    えんどう

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    ▽酒呑ちゃんとぐだおと王様

    ##第三者がいる話
    ##5001-9999文字

    ぐだおが酒呑ちゃんに絡まれる話▽酒呑ちゃんがいます
    ▽酒呑ちゃんが喋ります
    ▽王様はやや不在です
    ▽ぐだキャスギル







    「あら、旦那はん」
    「あれ、酒呑ちゃん。珍しいね」
     昼食時でざわつく食堂。蕩けるような声に横を見れば片手にいつもの大きな朱塗りの器を持ち、小さな瓢箪を小脇に抱えた酒呑童子が立っていた。食事より酒を好む彼女が食堂にいるのは珍しい。隣に座っていいかと問われて、特に断る理由もなかったので承諾した。おおきにありがとうと笑いながら、ちょこん、と小さな酒呑童子が椅子に収まる。
    「ここの弓兵はんのな、作る肴がアテにようてなぁ。たまに見繕うてもろてるんよ」
    「なるほど」
     真っ昼間から酒を呑むのはどうかとも思うが、常に呑んでいるのが酒呑童子だ。今更咎めてもどうしようもない。それに彼女は酔いもしない。酔っ払っているような言動は多いが、全くの素面である。のらりくらりとして掴みどころがないのが酒呑童子だった。
    「でも旦那はんがおるならわざわざ用意せんでもよかったわぁ。なんやアテになるようなお話、聞かせておくれやす?」
    「無茶振りだなー」
     酒呑童子を喜ばせるような話が自分にできるとは思わない。もぐもぐと昼食のカレーを咀嚼しながら立香はそれでも何かないかと思考を巡らす。隣で瓢箪から盃へ酒を流し込む酒呑童子は、いつものとらえどころのない笑みを浮かべて立香の言葉を待っている。
    「最近旦那はんからのお呼びもかからんし? 旅のお話でもええんよ?」
    「それは、……………ごめん……」
     カルデア初期メンバーと言っても過言ではない彼女には長い事世話になった。最初に聖杯を渡したのも彼女だった。最近は、確かに以前より共に戦場に出る機会は減っている。それでも頼れる仲間には違いないのだが。
    「あら。責めてるんやないよ? ここには小僧もおるし、飽きることはないよって。ほれ、旦那はんにもいろいろあるんやろ? ――ああ。ほな、」
     にこり、というよりはにたり、と、底の見えない笑みを浮かべられて嫌な予感がする。酒呑童子はくい、と酒を煽ってからもったいぶるように口を開く。
    「あのお人との話を聞こか。旦那はん、あのお人のどこが好きやの?」
    「」
     口に入れていたカレーを思わず吹き出しそうになり、すんでのところで堪える。危うく吹き出すか変なところに入るところだった。その様子を見て酒呑童子はくすくす笑う。立香は口の中に残っていたカレーを飲み込んで、水で流し込む。どんどんと胸を拳で叩いて、一息つく。
    「あの、酒呑ちゃん、あの人って……」
    「いややわぁ、とぼけてはるの? 旦那はんのい人のことやないの」
     にたにたと笑う口から小さな牙が覗いて見える。見上げる紅に縁取られた菫色の瞳は愉しげに細められていた。
     あの人、好い人。方言もあって難解な事も多いが、酒呑童子のその言葉が解らないわけではない。ただ、あの、その、酒呑童子の言うその人との事は、誰にも言っていない、筈、なのだが。
    「酒呑ちゃん、それ、どこで……?」
    「ンー? うちが旦那はんのことで知らんことがあると思うてはるの?」
     そう小首を傾げられてしまえばその通りのような気もするし、そんな筈が、とも思う。というか、バレてるとしたらかなり恥ずかしい気が――
    「そんなことより、早う聞かせておくれやす。古今東西、鬼を愉しませるんは人間の役目やえ?」
     器から漬物らしきものをつまみ上げて口へ運びながら酒呑童子が笑う。逃してくれそうにはない。もう腹をくくるしかなさそうだ。バレてるならごまかしは利かないだろうし。でも、そうか、バレてる、のか。それはやはりちょっと、だいぶ、恥ずかしい。
    「んー……」
     恥ずかしさを横に置きながらスプーンも置いて、改めて考えてみる。思い出してみる。あの人。あの、何よりも美しく苛烈で人類を愛した、ちょっと愉快な賢王の事。愉しい事が好きで、冒険が好きで、ワーカホリックで、口煩いけど底には情が垣間見える人。
     ざわついている今なら、自分の声を気にする者はいないだろうか。それでも少し声は抑える。
    「えーっと、まず、戦闘で頼りになるところでしょ。スキルは全員にバフかかるし、アーツの性能上げてくれるし攻撃力も……星だってジャラッジャラだし」
    「へえ。それから?」
     思い出しながら右上を見、意味もなく右手の指を折りながら挙げていく。脳裏に浮かぶのは立香の指示を受けて愉しそうに戦う後ろ姿。
    「体力あるから粘ってくれるし、攻撃面でちょっと心許ないかな〜なんて思ってたら、あれで意外と一人で全部何とかしてくれるし、宝具も……対軍、だし」
     ジグラットで一人操っていたディンギルを、顕現した兵士たちに預け、撃たせる宝具。懐かしさと、少しの切なさとを抱かせる、力強い王の号砲。
    「オレ、いつもあの人の後ろ姿見てるけど、それが、なんか、すごく……好きで」
     あの時立香を庇って致命傷を負ったその後ろ姿を、今は安心して頼もしく見ていられる。それが嬉しい。守られているのはあの時も今も変わらないし、戦えば怪我を負うのはあの人なのだが、一人で勝手に死なれる事はもうない。そんな事にならないようにするのが、マスターである自分の役割だと思う。今はもう、手を伸ばせば届く範囲にいるのだ。それを嬉しく思わないわけがない。
    「随分頼りにしてはるんやねぇ」
    「うん。頼りにしてる。頼りになる人だから。あんまり無茶はしてほしくないんだけどね」
     強がりすぎるところがあるからなぁ。言って、中断していた食事を再開する。もぐもぐもぐと口を動かす立香の隣で、酒呑童子は酒を注いでは呷る。
    「あとはー……、あれで結構みんなの事気にかけてて、情けもあって、諦めが悪くて、頭が良くて、決断も早いし、一度認めてくれたら信頼してくれたりして」
     ウルクで過ごした期間、シドゥリさんから与えられた仕事をコツコツこなしていって得た信頼は、今も続いている。と思う。でなきゃ指示なんて聞いてくれないだろうし。うん。
    「見目の方はどうやの? うちは好きやわぁ。黙っとったら、お人形はんみたいで」
    「あー……うん。……きれい、だと、思う……」
     かち、とスプーンを噛む。改めて言うとなんだか気恥ずかしい。見慣れはしたが、それでもやっぱり目を奪われる瞬間はあった。今まで見た何よりも、きれいなひとだから。口籠る立香を、盃片手に酒呑童子は笑顔で見遣る。その目が先を促しているのを、ちらりと横目で確認した立香は苦笑いして息を吐いた。
    「綺麗すぎる、くらい、かなぁ……髪はキラキラしてて太陽みたいだし、眼は炎よりも紅くて…宝石みたい、だし。顔のパーツのバランスって言うのかなあ。すごい整ってるんだよね。完璧って感じ。あと腰が細い」
    「腰」
    「細いんだよ……オレでも片手で抱けそうなくらい……」
     天井へ目を向けながら彼の人を思い出す。自画自賛するだけあってギルガメッシュの見た目は文句のつけようもなく、文句をつけようとも思わないくらいに完璧なうつくしさだった。
    「いっつも結構人を小馬鹿にしたみたいに笑ってるけどさ、時々笑顔が優しかったり、子どもっぽかったりして。そうなると結構可愛くって。あ、あれで結構笑うんだよ。爆笑する事もある」
    「ほうか、ほうか。弓の方のあのお人がわろとるんは、よう見るけどなぁ」
    「そうそう。英雄王はすごいけど王様も、あれでなかなか……ウルクでもすげえ笑われた事あって」
     出逢いの話をしながら思い出せば自然と笑みが漏れた。あの時はこんな事になるなど夢にも思わなかった。あの威圧的な王とこんな仲になるなんて。持ったスプーンで宙に円を描きながら立香は続ける。
    「あの……ウルクではね、王様が諦めないからオレも諦めないでいられたんだと思う。何度もヤバい目に遭ったし、世界の終わりだって見たけど……王様がいれば……諦めなければ、なんとかなる気がして」
    「せやけど、あん時は旦那はん、見るたびやつれてはって。心配やったわぁ」
    「え、ほんと? 心配させちゃったかな……ごめん」
    「ふふ。ええよ。あんな旦那はんも貴重やし」
    「貴重……なのかなあ」
     酒呑童子にコロコロ笑われて立香は苦笑う。酒呑童子の言葉はどうも掴みにくく、本心のようでも、本心でないようにも聞こえる。けれど、本心でないにしても彼女が立香を気遣う言葉を選んだ事は嬉しく思う。これは紛れもない立香の中の事実だ。
    「ほんっとうに大変だったけど……でも、なんとかなった。酒呑ちゃんも力を貸してくれてありがとね。みんながいたからなんとかなったんだ」
     前を向いて話す立香は、隣の酒呑童子の眇めた菫色がやわらかく笑んでいるのにも気づかない。
    「それでもあの人はいなくなって……あの時オレは王様の手を掴み損ねたけど――もう一度、掴めたんだ」
     ぐ、と握った右手を見下ろす。あの日あの時あの場所で、もし手を掴んでいたら何にもならなかったのは解っているけど、それでも諦められなかった。諦められなくて――
    「酒呑ちゃんも知ってるでしょ? あの時うちに来てた王様、ウルクで逢った王様と同じ人だったんだ」
     にへ、と相好を崩す立香に酒呑童子はそういえばそんな事もあったか、と頷く。立香のここまで緩みきった表情を、酒呑童子は初めて見る。つまんで喰べてしまいたい欲求がちらりと頭をよぎったが、この肴はなかなかに酔狂で愉快だ。可愛らしいマスターが楽しそうに笑うのは悪い気分ではない。
     が、しかし、悪戯心が湧かないわけでもなかった。
    「旦那はん、ほんまにあのお人が好きなんやねぇ。……で、ねやではどうやの?」
    「うん、……うん」
     頷きかけた立香は続いて囁かれた言葉に驚いて隣を見る。にやにやと笑う酒呑童子の幼い美貌があって思い切り戸惑う。
    「いや、あの、その、えっと、それは、その、えーっと、な、なにも?」
     わたわたと両手を動かしながら明後日の方向を見る立香の顔は赤い。その反応で二人がそういう関係にまで至っているのは明らかなのだが、立香は気づいていない。
    「うふ、ふ、ふふ。旦那はんにもちゃあんとそういう欲はあったんやねぇ。ふふ」
    「いや、だから、その、」
    「喰べたい時に喰べたらええんよ。人間は、好きおうとるモン同士、情を交わすんは当たり前なんやろ?」
    「それは――……そう、だと思う」
    「ならええやないの。うちは人間のそないな機微、よう知らんけど。きれいなモンと交わるんは好きやわぁ。気持ちがええことは、愉しいさかいに」
     蕩けた顔で言われると、なんというか余計に恥ずかしさがこみ上げてくる。顔が熱い。
    「ま、初心うぶな旦那はんをいじめるのは大概にしとこか。……ああ、ほんなら最後に」
    「?」
     にた、と笑った酒呑童子に見上げられる。一体何を言われるのかと身構える立香の前で、酒呑童子は首の中ほどで切り揃えられた髪を揺らして小首を傾げる。
    「あのお人のこと、ほんまに好いとるん?」
     何を言われるのかと思ったが、至極簡単な問いだった。立香は笑って、
    「好きだよ。大好き」
     そう答えた。それに対して酒呑童子はにこりと底の見えない表情で笑い、視線を上げる。立香の肩も、顔も、頭も通り越して、更にその先。高い位置を見上げるように。まるでそこにあるものを見るように。
     
     酒呑童子を見下ろしていた立香はその動きに合わせて身体をひねり、後ろを振り向く。
    「――や、そうよ。ほんに、よろしゅおすなぁ」
     ころり、と鈴を転がすように笑う酒呑童子の、立香の視線の先にいたの、は。
    「…………」
    「…………………………」
    「…………………………………………」
     目に鮮やかな赤い穴だらけのボトムに覗く白い生足。おそるおそる視線を上げれば、白い肌を剥き出しにした、仁王立ちの、黄金の、王。
    「――――」
    「ほな、旦那はん。ええ肴をおおきに、ありがとう」
     酒呑童子は残った漬物の乗った器と、まだ酒の入っている盃を持ち、椅子から降りたかと思えばふらふらと立ち去ってしまう。
     あとに残された立香は、硬直していて声も出せない。
    「…………………………………………………あの、いつから」
     ようやく、声を絞りだす。真後ろよりは二歩ほど離れた位置で腕を組み、こちらを見下ろしているギルガメッシュの顔からは、感情を読み取る事ができない。
    「…………そうさな、貴様が誰彼構わずデレデレと情けない面を晒しているところから、だな」
    「それってどこからなんですか」
    「……どこからでもよかろう」
     ふい、と顔を背けたギルガメッシュは、怒っているのかなんなのか、いまいち掴めない。ただ仁王立ちで立っているのは解る。それが解ったところで何になるのか解らないが。立香は混乱している。
     どこから聞かれていたのだろう。酒呑童子に話した事は本心だが、本人に直接言った事のない事も多分に含まれている。自分が食堂に来た時にギルガメッシュの姿がなかった事は確認済みだが、いつからいたのかは解らない。どこから聞かれていたのかも解らない。ただ、聞かれた事は、確かなようだった。
     そう認識した途端、ぼん、と音がしたような気がするほど急激に顔に熱が集まる。思い出す限り、恥ずかしい事しか言っていない。おまけに最後は、最後は確実に聞かれている。基本的には讃美したつもりなので、直接言え、と言われるのかもしれないが。
    「我は!」
    「」
     突然の大声にびくっとして立香はギルガメッシュを見上げる。ざわついていた食堂内に散っていた視線が一斉に集まるのが解った。少し離れた位置で俯いているギルガメッシュの表情は見えない。変な汗が吹き出す。怒られるのか
    「我は帰るぞ」
    「は、はい」
     謎の宣言をし、ギルガメッシュはこちらに背を向ける。瞬いて見れば、長く伸びる布の合間から一瞬垣間見えた耳が、赤く染まっていたような。赤く?いや、気のせいだろう。
     いくつかの視線を集めながら、つかつかつかと食堂を出て行ってしまったギルガメッシュを茫然と見送った立香は、テーブルに向き直って猛烈に頭を抱えた。帰る、と宣言したがギルガメッシュが帰るのは立香の部屋だ。立香も帰るあの部屋だ。部屋へ戻れば否応なしに顔を合わせてしまう。いったい、どんな顔をして逢えばいいのだろう。これは、告白した時より恥ずかしいのではないだろうか。あの時は勢いで乗り切ったが。
    「どうしよう……」
     数多の困難を乗り越えてきたが、こんな大問題は乗り越えた事がない。言った事に嘘はないが、それだけに気まずさはある。
    「どこから聞かれてたんだろ……」
     ざわつきを取り戻した食堂で、立香は口を押さえ少しでも熱を逃がそうと努める。が、当分収まりそうにない。いったい、どんな顔をして逢えばいいのか。
     おいしい筈のカレーの味は、そのあとまったく解らなかった。

       ❉ ❉ ❉

     食堂を後にしたギルガメッシュは、カツカツカツカツ爪先を鳴らして大股で自室を目指す。道行く職員がその姿と勢いにぎょっとして道を開けるため、実にスムーズな帰還だった。
     部屋へ戻ったギルガメッシュはまっすぐにベッドへ向かい、ばたりと倒れ込む。
    (おのれ……)
     最初は、己以外の者にデレデレとだらしない表情を向けているのが気に食わないだけだった。その情けない顔を叱咤してやろうと思って近づいた。しかし聞こえてきたのは。
    『オレ、いつもあの人の後ろ姿見てるけど、それが、なんか、すごく……好きで』
    『うん。頼りにしてる。頼りになる人だから。あんまり無茶はしてほしくないんだけどね。強がりすぎるところがあるからなぁ』
     何を生意気な、と割って入れた筈なのに、できなかった。
    『あれで結構みんなの事気にかけてて、情けもあって、諦めが悪くて、頭が良くて、決断も早いし、一度認めてくれたら信頼してくれたりして』
    『綺麗すぎる、くらい、かなぁ……髪はキラキラしてて太陽みたいだし、眼は炎よりも紅くて…宝石みたい、だし。顔のパーツのバランスって言うのかなあ。すごい整ってるんだよね。完璧って感じ。あと腰が細い』
     腰、と己の身体を触ってみる。確かに全盛期に比べれば幾分か減ったようには思う、が、片手で抱けるなど、大きく出たものだ。見目の讃美など聞き飽きるほどに聞いてきたというのに、どうしてか、立香の声が頭から離れない。
    『いっつも結構人を小馬鹿にしたみたいに笑ってるけどさ、時々笑顔が優しかったり、子どもっぽかったりして。そうなると結構可愛くって。あ、あれで結構笑うんだよ。爆笑する事もある』
     可愛いなどと、女子供に言うような事を、この王に対して思っていたのか。
    『ウルクではね、王様が諦めないからオレも諦めないでいられたんだと思う。何度もヤバい目に遭ったし、世界の終わりだって見たけど……王様がいれば…諦めなければなんとかなる気がして』
    『それでもあの人はいなくなって……あの時オレは王様の手を掴み損ねたけど――もう一度、掴めたんだ』
     死ぬしかなかった己に向かって手を伸ばした立香。その手を取らなかった己。あれが間違いだったとは思っていない。ああしなければ人の世は続かなかった。この世が続けば、後にどんなものが生まれるかまで識ってしまったのだから、あれはあれでよかった。
     そしてもう一度伸ばされた手を、今度は寸分違わず掴む事ができたのだ。これは僥倖だ。何を惜しむ事があろう。まあ、思わぬ誤差はあったが。
     そのあとは閨の話を振られ、真っ赤になって慌てていたか。その様は滑稽で、思い出せば笑みが漏れた。まあ、あまりつまびらかに吹聴する事でもないだろう。特にあのまだまだ純真な立香にとっては。
     そうして鬼にも笑われ、最後に問われたのは。
    『あのお人のこと、ほんまに好いとるん?』
     ごく簡単な、短い問いかけ。
    『好きだよ。大好き』
     立香は即答、だった。恥ずかしがる事も、躊躇う事も、迷う事もなくギルガメッシュへの好意を、あの眩しいくらいの満面の笑顔で告げた立香。傍にギルガメッシュがいる事にも気づかない鈍さのくせに、そんなところばかり、一丁前に。
     ギルガメッシュに向けられたのではない、ギルガメッシュの事を想う言葉と笑顔。あんな顔を、ギルガメッシュのいないところで。
    「――……我に直接言わぬか、ばかもの……」
     枕に顔をうずめながら、今はいない立香に向かって毒づく。なぜか、顔の熱が引かない。もっと讃えよ、などとも言えた筈なのに、逃げるようにして戻ってきてしまった。あれ以上、あの場にいる事に堪えられなかった。この我ともあろう者がなにゆえ、とギルガメッシュは考えるが答えが出せる筈がない。
     しかしやられっぱなしも気に食わない。立香が戻ってきたら、もう一度頭から言わせて辱めてやろう。その程度の賛辞、と笑い飛ばしてやろう。
     それまでに、顔の熱が引けばいいのだが。

       ❉ ❉ ❉

     食堂をあとにした酒呑童子は、一人廊下を歩いて行く。あの王がいたのはとっくに気づいていたが、それを立香に教えてしまっては興が削がれる。おかげで、なかなか楽しいモノが見られた。立香の一言一言に、いちいち生娘のように反応して狼狽える様は、なかなかに見物だった。この先は見る事はできないが、さぞ愉快な二人のやり取りがあるのだろう。
    「――ほんに、ヒトっちゅうもんは、けったいで面白おすなぁ――」
     誰に聞かせるでもない独り言は、誰にも聞かれず薄紅色の笑い声と共に蕩けて消えた。
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