師匠とグレイの話「グレイ何をしているんだ?」
「あ、師匠」
廊下でしゃがみ込んでいた内弟子を見かけて声をかける。カルデア内では離れて行動していることも多いため、偶然出会うのは珍しい。グレイが私の方に振り返って見上げてくる。そしてグレイが何をしているかが分かった。
「その猫は……」
グレイは黒猫を撫でていたらしい。カルデア内に野良猫はいない。誰かの使い魔の猫だろう。黒猫は呑気に頬に当てられているグレイの手に顔をこすりつけている。
「アビーさんのノーシュさんです。一匹でいたので撫でていました」
「なるほど」
アビゲイル嬢の黒猫は一通り満足したのか、一声鳴いてから走り去ってしまった。走ったのを見送ってからしゃがんだままだったグレイは立ち上がる。
「師匠は覚えていますか?あの黒猫のこと」
「……覚えているとも。あの猫とアビゲイル嬢の使い魔だと目の色が違っていたな」
「そうですね。あの子は蒼い目でしたから」
呪詛に利用されたあの可哀相な猫は、私たちの記憶からは消えていない。しんみりした空気が廊下に漂う。このまま悲しむのは違うだろう。
「グレイこの後の予定は」
「いいえ、今日はもう予定はありません」
「なら、部屋で紅茶でもいれてくれないか?」
言い方はどうだろうと思うが、グレイは何かと私の世話を焼くのが好きなようだ。証拠にフードから見える彼女の表情が先ほどよりもずっと明るくなる。
「……はい! あと師匠の髪もブラシをかけてもいいでしょうか?」
「構わない。行くぞグレイ」
「はい師匠」
自室へ向かうため歩き始めれば、グレイも足早に私のあとをついてきた。