Crazy about you 思えば、生涯で最も迂闊な質問だったように思う。
「シェーシャくん。君は……私なんかの何処が好きなんですか?」
部屋で二人きり。寄り添って互いに軽く触れながら、戯れに唇を重ねた、その合間。愛されていることに自信がなかったわけでも、彼の愛を疑ったわけでもない。きっと微睡みのような幸福に浸っていたからこそまろびでた問いだったのだろう。
赤髪の若いヴィーヴルはまばたきをして少し考えた後、口を開いた。
「顔」
まあそうだろうな、とは思ったが、動揺する自分がいる。違う答えを聞きたかった──そう考える間もなく、青年が続ける。
「綺麗な目。綺麗な髪。綺麗な羽。柔らかい唇。綺麗でいい匂いのする肌。身体中についた傷。長い脚。細い指。細い首。いつもの気だるげな声。俺を呼ぶ時の声。長い睫毛。薄くてかわいい舌。細い腰。小さい尻。健気に俺を受け入れてくれる狭い腹。
真面目なところ。謙虚で努力家なところ。寂しがり屋なところ。負けず嫌いで意志が強いところ。何があろうと生き延びたしたたかさ。度胸があるところ。意地悪なところ。ずるいくせに変に公平なところ。なんでもないって顔して強がるくせに、内心結構傷ついてる繊細なところ。
仕事中の真剣な顔。機械いじりしてる時の集中した顔。コーヒー淹れてる時に機嫌良さそうに鼻歌歌ってる後ろ姿。髪を梳かしてやってるときのリラックスした顔。俺に乗っかって見下ろす時に長い髪が肩からこぼれ落ちてくるの。俺の背中に抱きついたまま寝ちまったときの身体の重み。安らかな寝顔。だらけてるときのぼーっとした顔。酔っ払った時のハラハラするほど無防備な顔。感じてる時の泣き顔。俺を誘うときのゾクゾクするような表情も、子供みたいに笑う顔も好きだ。抱きしめた時、満足そうに目を細めて溜息つくのがかわいくてしょうがねえ。たまにお前の部屋に押しかけた時、平気な顔してるくせに声が上ずって嬉しいの全然隠せてないの見るとホンっっと堪んねえ気分になる。あともっかい言うけど、俺を呼ぶ時の声が好きだ。シェーシャくん、って最後の吐息が甘えた感じで掠れてくのがすっげぇイイ。俺が愛してるって言ったとき、何度聞いても聞き慣れないって感じで一瞬間が空いてから、目許がふわって嬉しそうに緩むのが好き。それから──」
「ま、待って……待ってください」
胸を押さえて訴えると、青年が器用に片眉を上げた。
「何? まだあんだけど?」
それを聞いて嬉しくなってしまう自分が何より耐え難くて、息も絶え絶えに訴える。
「も、もう、今日はこれくらいで……勘弁してください。心臓が持ちません」
「そう?」
引き寄せられるまま唇を奪われる。先ほどの、戯れるような触れあいなどではない。貪られる。分厚く長い舌が歯を割り、有無を言わさぬ優しさで口の中を蹂躙される。食欲と性欲が紙一重なヴィーヴル族の「獲物を食い尽くし、味わい尽くしたい」という意思表示だ。力強い抱擁は、こちらを気遣いながらも抵抗を許さない。
夢心地でキスを受けていたパッセンジャーは、至近距離で赤い瞳が炎のように燃えている事に気づいた。ほんの少し不満げな──実はそれなりに怒っている顔。
「俺がどんだけあんたに夢中がわかった?」
「はい……よく、わかりました」
しおらしく頷いたけれど、これからベッドで嫌というほどわからせられるのだろう。
「身体に教え込む」だなんて、軽蔑することこの上ない考え方だったというのに、相手がシェーシャであるというだけで期待に胸が高鳴ってしまうのだから、本当に「恋」というのは人を愚かにさせる怖ろしい病だと思う。