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    @vermmon 成人済/最近シェパセ沼にはまった。助けて。

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    パセ誕おめでとう!シェパセの誕生日ネタです。

    #シェパセ

    Three Enigmas その日、パッセンジャーはいつも通りの時間に目を覚ました。身支度にそれなりの時間がかかるので、彼の朝は少し早い。
     軽くシャワーを浴びて、髪と肌と羽の手入れをするが、そわそわと落ち着きのない気分が、見慣れた自室を新鮮なものに感じさせている。
     努めていつも通りに過ごそうとしているのに、期待する事をやめられない。
     もう二十年以上、今日を特別な日にしない事に慣れてきた。それでも、年甲斐もなくワクワクしてしまう。
     今までの自分ならあり得ない感情──これもまた、彼が与えてくれたプレゼントと言えるかもしれない。
     髪を梳かしていると、宿舎のドアが開いた。この部屋にパッセンジャーの許可なく入れるのは、緊急時の医療オペレーターと、もう一人──恋人の青年だけだ。
    「よぉ、おはよう。起きてるか?」
     その声を聴いて、心臓が跳ねた。体温が上がり、心が浮き立つ。そんな自分が恥ずかしくなり、パッセンジャーは数回深呼吸した。
    「いま行きます」
     応じる声がいつもより高い。喜びを抑えきれない。落ち着け──ゆっくり呼吸をしながらブラシを置き、バスルームを出た瞬間、今度は先ほどとは比にならぬ衝撃を受けた。
     シェーシャが立っている。それは良い。彼が朝早くから訪ねてきたのは初めての事だが、一日の始まりに恋人の姿を見られるのは幸せなことだ。
     若いヴィーヴルはやや緊張気味の面持ちで、神経質な仕草で長い尻尾を揺らしている。その手には、彼の髪と同じ色をした薔薇の花束が抱えられていた。
    「誕生日おめでとう、エリオット」
    「…………ありがとうございます」
     硬直が解けたパッセンジャーはぎくしゃくと腕を伸ばし、恋人からの祝福を受け取った。
     花束を抱いた瞬間、瑞々しい香りが漂う。赤い花弁にはまだ水滴がついていた。早朝に摘んだばかり花は生命力に溢れ、どこか希望に満ちている。
     パッセンジャーは花の数を数えた。一、二、三……九本。
     九本の鮮やかな赤い薔薇が、シェーシャが選んだプレゼントらしい。
     ちらりと視線を上げると、青年はこちらをじっと見つめながら必死に平静を装っていた。自分の贈り物が恋人を失望させていないか不安なのだが、それをあからさまにするのはプライドが許さないのだろう。それでも、他人に読み取れる程度には顔に出てしまうところが、彼のチャームポイントなのだが。
     パッセンジャーは恋人を安心させるべく、微笑みかけた。
    「ありがとうございます、シェーシャくん。とても嬉しいです」
    「……良かった」
     ふうっと溜息をつき、青年が胸をなでおろす。
     ここ数ヶ月の間、シェーシャの頭を悩ませていたのは、『恋人の誕生日をどう祝うか』という命題だった。
     事の起こりは今年の春──シェーシャの誕生日のことだ。パッセンジャーは張り切ってあれこれ画策し、青年の誕生日を全力で祝った。全力すぎて、彼はお返しに悩んだ。
     外勤に出れば時間が許す限りあちこちの店を覗いてプレゼントに相応しい品が無いか物色し、パッセンジャーの好むものを研究した。そのいじらしい努力はしばらく前に落ち着いたので、どうするか決めたのだろうと察してはいたが、詮索はしなかった。シェーシャが当日まで黙っているなら、こちらもサプライズを楽しませてもらうのが礼儀だからだ。
     その答えが、腕の中にある花束だった。
     何とも愛おしい回答ではないか。
     パッセンジャーが上機嫌でいるのを見て、シェーシャは完全に安心したらしい。
    「花瓶が必要だろ?」
     彼は腕に下げていた袋から趣味のいい花瓶を取り出し、水を入れて花を飾った。必要な物しか置いていないせいで無機質に見える宿舎が、途端に華やいだ気がする。
     ベッドに並んで座り、パッセンジャーは尋ねた。
    「シェーシャくん、どうして花を選んだか聞いてもいいですか?」
    「ホントは、形で残る物にしたかったんだが……」
     格好をつけて黙っているつもりだったのかもしれないが、やはり話したかったのだろう。水を向けられると、青年は紆余曲折を語りだした。
     任務で出掛けた町、途中で出会ったキャラバン、少量の荷物を持って旅する行商人──その何処でも、これといった品を見つけられなかったこと。
     自作も考えたが、好みが合わないので諦めたこと。
     パッセンジャーは食べ物にはあまり興味がないし、コーヒーはこだわりが強すぎる。日用品や機械の部品では色気がない。
    「それで、花を?」
    「ありきたりで悪かったけど、他にもう思いつかなかったんだ。ラナさんに頭下げて、一週間仕事を手伝うって条件で分けてもらった」
     植物の世話って大変なんだな、とぼやいた青年は、「あんたが『何でもいい』なんて言うからだぞ」と愚痴った。
    「『何でもいい』と言ったのは、君が悩んでくれると知っていたからですよ。この数ヶ月、折に触れて私の事を思い出し、私のために頭を悩ませてくれたでしょう? 最終的に君が何を選んだとしても、その時間こそが、一番の贈り物だと思ったのです」
    「やっぱり捻くれてるな、あんた」
     まあ、そういうとこが好きなんだけど。
     ため息交じりにそう言うと、シェーシャは気が抜けたような顔で花瓶に生けられた花を見つめる。
     パッセンジャーはその横顔を見つめながら口を開いた。
    「何故、薔薇を選んだのですか?」
    「え? いや……香りがいいし、あんたに似合うと思って」
    「庭園には沢山の種類の薔薇がありますが、何故、この色を選んだのですか?」
     続けて問われたシェーシャは、急に不安そうな顔になった。
    「……なあ、これ……言わなきゃダメか?」
    「はい」
     パッセンジャーが頷くと、青年は観念した顔になり、恥ずかしそうに答える。
    「お、俺の髪の色に似てたから……部屋に飾れば、目に入った時に思い出してくれるかなって……」
     なるほどと頷き、最後の問いを口にする。
    「何故、九本なのですか?」
    「ラナさんは好きなだけ持ってって良いって言ったけど、あんまり沢山貰うのも悪いし、少なすぎても見栄えがしないだろ? 一本ずつ増やして、バランスのいい花束になったな、と思ったところで止めただけだ」
     パッセンジャーは頷いた。
    「まあ、君ならそうでしょうね」
    「どういう意味だこらぁ」
    「君らしい答えで安心した、という意味です。ところで、何か好きな数字を言ってくれませんか? 二桁以上でお願いします」
    「えっ? き、九十一?」
    「その数に九を掛けて、各桁の数字が一桁になるまで足し続けてください」
     シェーシャは呆れた顔をした。
    「答えは九──九の倍数はその各位の数字の和も九の倍数である、だろ?」
    「はい。私が数学に興味を持ったのは、九という数字の性質が面白かったからです。九は私にとって思い出深い数字です」
    「そっか……──いや、それだけじゃないだろ」
     丸め込まれそうになったシェーシャは、不満げに牙を剥いた。
    「九以外にも何かあんだろ? ラナさんにも『赤い薔薇を九本ね』ってニヤニヤされたしよぉ……どういう意味なんだよ?」
     自分が選んだ贈り物の意味に全く気付いていないシェーシャに、パッセンジャーは極上の微笑みを向けた。
    「教えてあげません」
     こう言えば、好奇心旺盛な彼は自分で調べるだろう。せいぜい、意味を知って羞恥に悶え転げるといい。
    「さあ、食事に行きましょうか。きっと、人生で一番美味しい朝ごはんになるでしょう」
     パッセンジャーは清々しい気分で立ち上がり、釈然としない顔をしている恋人に手を差し伸べた。




     ※赤い薔薇の花言葉は「情熱・愛情・熱烈な愛・美」など。9本の薔薇の花言葉は「いつまでも一緒にいてください」。
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